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参考人(
本橋豊君) 秋田
大学の
本橋と申します。よろしくお願いいたします。
私は、
自殺予防対策の中で、特に秋田県の
取組を中心にお話をいたしますが、言いたいことは
一つだけでございます。地域における
自殺予防対策を推進することで
自殺率は確実に低下するということ、言い換えれば、社会の努力で
自殺は
予防できるというようなお話をしたいというふうに思います。(
資料映写)
お手元の
資料を見ながらお話を聞いていただきたいと思いますが、この
資料は、
自殺率の都道府県別の分布を示しておりますが、秋田、青森、岩手の北東北の三県で特に
自殺率が高いということが分かります。これは平成十四年のデータでございます。それはどうしてなのかということを考えてみますと、高齢化の進んだ地域であるからとか、雪が多い地域である、日照時間が少ない、それから医療施設が充実していない地域だからといったいろいろなことが考えられるわけです。
しかし、これらの地域は、かつては必ずしも
自殺率が高かったわけではなくて、一九六〇年代を見てみると秋田県の
自殺率は全国で二十七番目でございました。したがって、単に雪が多いからとか、それからよく県民性のことを言われることがあるんですけれども、県民性の問題とはそういう事実から考えると関係ないというふうに私は考えております。一九七〇年ごろからこれらの地域の
自殺率は高くなるんですけれども、経済成長の時期を経て農村の地域が少子高齢化が進展したというようなことがやはり大きな理由ではないかと私自身は考えております。
次のこの
スライドは、私が仮にいろんなところで考えた仮説を話しているわけですけれども、この図で、細かいことは申しませんけれども、
一つ重要なことは、
うつ病であるとか
自殺に関連する要因というのはたくさんあると。複合的なものである、何か
一つの
原因で
一つの結果が起きているということではないということです。様々な要因が
うつ病や
自殺に影響を及ぼしていると考えるのが妥当だということです。
それで、秋田県の
対策もそうですが、
世界の
対策すべてですけれども、やはり
うつ病対策を中心に組み立てられているということも事実でございまして、地域における
うつ病対策ということを柱に据えるということは極めて妥当なことだというふうに考えています。
ただし、それだけではなくて、さらに、農村の過疎地域ですと、家族的な要因であるとか個人特性要因、この場合特にストレス対処
行動というふうなものを我々考えておりますけれども、こういうものもいろいろ影響しているんだということを複合的に考えていく必要があるということでございます。
私ども秋田県、私も少しかかわらさせていただきまして、その
自殺予防対策を進めているわけですけれども、私自身は、新しい公衆衛生学と言われているこのヘルスプロモーションのアプローチによる
自殺予防対策というのを進めていくのが大切だというふうに考えておりまして、その
概念を簡単にここでお示しをしているんですけれども、三つぐらいの
段階に分けた場合、まず
自殺予防に取り組む姿勢を明確にすることです。
これは、特に農村地域などでは、都会でもそうかもしれませんけれども、まだまだ
うつ病であるとか
自殺予防に関する社会的偏見が強いと。まずその辺を除去していくということが第一ステップですけれども、この問題が重要な問題であること、それから
自殺は
予防できるというようなことを社会全体で認識することが大切だと思います。
それから、このような問題を実際に
対策として進めていくんだというような社会的合意を形成していくこと、これが大切です。これがまず第一
段階だと思います。
第二
段階としては、これらの第一
段階を踏まえて具体的な
自殺予防行動計画を策定し、実施していくわけでございますけれども、ここにおいては、新しい公衆衛生学の戦略であるいろいろなエンパワーメントであるとかアドボカシーであるとかメディエーションというようなことを考えながら進めていくべきであろうと。
それから、
うつ病の
治療、
予防と
早期発見、
早期治療というような二次
予防的アプローチもとても大切ですけれども、
病気になる前に
うつ病にならないようにするためにはどうしたらいいのかというような一次
予防の考え方ですね。
それから、場の設定のアプローチという考え方ありますけれども、
病気というよりは、どこの場で
対策を進めていったらいいのかということを中心に実際の場面では考えていく。これは
WHOやなんかが言っていることでございます。
それから、いろいろな国の
レベル、地方自治体の
レベルの
対策の中でも、健康政策だけではなくて、いろいろな政策、公共政策の中に
うつ病の問題であるとか健康という考え方を取り入れていくということ、これをヘルシー・パブリック・ポリシーというふうに言っていますけれども、健康的公共政策というふうに訳させていただいていますけれども、こういうことを考えていただきたいと。
そして、第三
段階としては、
高橋先生からも御指摘ありましたけれども、息の長い
対策が必要ですけれども、最終的には、
自殺が
予防できたのかどうなのかということを評価することが必要でございます。これは秋田県でもまだ最終評価の
段階ではございませんで、中間的評価ということで私どもが行った評価を
最後にお話をいたします。
これからその秋田県の具体的な
取組についてお話をしていきますけれども、国の
レベルでは健康
日本21という健康増進
対策がありますけれども、都道府県では、ここに書いてあるような健康秋田21であるとか県の名前を冠したいろいろな
行動計画がございます。秋田県の場合には健康秋田21
計画ということで、まずやはりその
自殺予防対策を推進するための体制を整備することが一番
最初は大切でございます。
秋田県の場合には、秋田県心の健康づくり推進協議会、これは現在は秋田県健康づくり審議会心の健康づくり部会というふうに名前は変わっていますけれども、基本的にはこの協議会なり部会が秋田県全体の
自殺予防対策のモニタリングとそれから適切なアドバイスをするというような
役割を持っておりまして、年二回、平成十三年度から開催されております。
それから、秋田県の場合、非常に特徴的なことは、国の
レベルでは健康増進法という法律ができておりますけれども、それを受けまして、この健康秋田21
計画を具体的に推進していくための法的な根拠ということで、昨年の四月から秋田県健康づくり推進条例というのを制定いたしましたが、ここの中で、第十八条で、県は、心の健康の保持及び、保持増進ですね、それから
自殺予防の
対策を行うことというふうに明記したわけでございますけれども、これは非常に極めて重要な根拠であるというふうに考えております。
具体的に申しますと、大変単純化いたしましたけれども、秋田県の
自殺予防対策、五つぐらいの柱から成っておりまして、まず
最初は情報提供と啓発、これは
うつ病の
予防あるいは
自殺予防に関する情報提供と啓発ということでございます。
二番目は、悩んでいる住民の
方々に対して相談体制のネットワークを構築をして充実させていくということです。
それから三番目といたしましては、
予防事業の推進ということで、後でお話をいたしますいろいろな秋田県の
自殺予防モデル事業というのを行いまして、それに基づいて全県的な
取組を進めていこうというような、そういうような
予防事業を行っているということです。
それから四番目としては、
うつ病対策ですけれども、これは県の
医師会などと協力をして、
一般医の
方々に対する
うつ病の研修、それから
一般の住民の
方々に対するいろいろな啓発のための講演会などを行っております。
最後の
予防研究というのは、主として私ども
大学が委託をされた形で、モデル事業の地域で
うつ病のリスク要因は何かということを定量的に評価すると、そういう
研究をさせていただきました。
以下、具体的に少し、
対策の柱というのをもう少し具体的にお話をしていきますと、この情報提供と啓発普及、これはヘルスコミュニケーションというふうに私ども言っていますけれども、全県の
レベルでこの
うつ病であるとか
自殺予防に対するシンポジウムのようなものを、これは毎年秋田県では開催しております。一番
最初は二〇〇〇年に行われました。このシンポジウムを受けて、実は藤里町というところでは具体的な
対策が進んだというようなことがありまして、そういう
意味では非常に重要であったというふうに考えております。
それから、全戸配布の
自殺予防に関するリーフレット等を作ったというふうなことがあります。ここにはその具体的なリーフレットの表紙を示しています。それから、市町村の
方々、特に保健の職員ですね、この方
たちが実際に
うつ病対策を進めていくためのガイドみたいなものを作成したということです。
相談体制の充実というところでは、秋田県は「ふきのとう」というのをキャラクターにいたしまして相談窓口のネットワーク化をしたということで、ふきのとうホットラインというふうに書いてあります。ちょっと見にくいかもしれませんが、ここでは、
病気のことだけではなくて、経済の問題であるとか、それから子供の問題、女性の問題、どういうところに相談窓口があるのかということを一覧表にしまして、これは全戸配布ですね、全県民に配布したというような
対策を取っております。
うつ病対策といたしましては、
先ほどもちょっと触れましたけれども、秋田県
医師会と協力いたしまして、臨床医のための
うつ病の手引きというようなものを作成してあります。これは開業医の
先生であるとか
一般医の方が日常診療の中ですぐ手元に置ける
マニュアルで、具体的にどういう薬を幾ら処方したらよいかというような具体的なことが書かれています。それから、この
一般医を対象とした
うつ病の研修を年三回ぐらい実施しております。さらに、住民を対象とした
うつの講座というのも頻回に行われています。というような、こういうようないろいろな
対策が行われているわけでございます。
予防事業の
一つとして、このモデル事業というのを秋田県では二〇〇一年から開始したのですが、ここでは県の方から市町村にこういうような基本パッケージを自分のところに合うような形でやってくださいというようなメニューを出しておりますが、ここに書いてあるようなメニューでございます。心の健康づくり巡回健康相談事業、これは同じ町の中でも更に地区をかなり限定した形で巡回していくというような形で、きめ細かい健康相談事業を行うというようなことですね。そのほか、講演会の実施であるとか、それから生きがいづくり事業などがその町の実情に合わせて行われています。
それから、地域診断
研究と
連携したモデル事業の推進ということで、実は秋田県では六つの町でモデル事業を行いましたけれども、モデル事業の
最初の年に住民を対象とした
うつ病のスクリーニングを実施いたしまして、
うつ状態であるというふうに思われる
方々に対して
医師が直接個別に面接をして指導をするというような事後追跡体制を整えています。こういうような
対策ですね。それから、メンタルヘルスマップというようなものを作成したりとか様々なことをやっております。
具体的な市町村
レベルの
活動ということで、モデル地域、モデル町の実際の
活動事例をまず簡単に御紹介したいと思います。この秋田県藤里町という白神山地のふもとにある過疎の進んだ町でございますが、ここの事例は非常に
参考になる事例だということであえて御紹介いたします。
この藤里町の
対策というのは、ここの一番冒頭に書いたように、住民の主体的な
活動を生かした
自殺予防活動を行って
効果を上げた地域であります。
先ほどもちょっと触れましたように、二〇〇〇年に県が開催いたしました「命の尊さを考えるシンポジウム」という、これに参加をした住民
たちが、自分の町でもこういう
対策を行わなければいけないということを理解して、実際にはNPO法人の「心といのちを考える会」という会を発足させまして、このNPO法人が中心になって、県の行政とも
連携をして、いろいろ具体的な
自殺予防対策と、実際にそれを実践する場でもこの法人が活躍をしているということでございます。
そして、具体的な
調査も行っているわけですが、で、細かいことは時間がないので余りお話しできないのですが、例えばこの「藤里物語」というパンフレットのようなものを全戸配布していますけれども、これは単に
うつ病の
症状を羅列したということではなくて、ドラマ仕立てで、住民の方
たちが関心を持てるような形でリーフレットを作って、
うつ病であるとか
自殺予防に対してどう考えてもらったらいいかということを書いている。そういう工夫を凝らした健康情報の提供を行っております。
それから、
大学の
専門家も支援を行いまして、いろいろな地区に出前で講演をするというようなことですね。それから個別の相談事業も行っております。それから仲間づくりのいろいろな支援も行っているということです。
最後に、こういうようなモデル町で事業を行っていったわけですけれども、具体的にこのモデル事業により
自殺死亡者は低下するんだということをお示ししたいというふうに思います。
このモデル事業、
先ほどもお話をいたしましたように、二〇〇一年から開始されまして、事業期間、三
年間でございますが、
二つの町で一年ずつずれて事業が開始されています。初年度に私どもの
大学のチームが入っていろいろ基礎的な
調査をやるということで、今年はその
最後の大森町、千畑町というのが事業終了年度でございまして、最終的に事業が終わります。
この黄色で示したところが実は事業を行ったところで、県の北部と県の南部、いずれも農村部で、過疎化と高齢化が進んだ町でございます。ここに、抑
うつ尺度得点の高得点者割合というので、大体一〇%から一五%ぐらいの方が抑
うつ的であるというような結果になります。この抑
うつ的であるところが高い地域では、実は
自殺率が高いということも分かっております。実施した
対策、具体的にそこに書きました。こういうようなアプローチをいたしましたということでございます。
さて、これがエッセンシャルな結果ですけれども、事業を開始したことによって、このモデルの四町です、六つのあるうち評価可能であった四町についてだけのデータをお示ししていますけれども、秋田県全体の
自殺率は増加
傾向にあるんですけれども、この四つの町の
自殺率は明らかに低下をいたしました。二〇〇三年の時点で、開始前と比べまして統計学的に有意な減少
傾向を示したということを認めました。
それでは、こういうような減少がもう開始後、介入後一、二年で認められたというのが非常に私どもの、驚いたんですけれども、どうしてなんだろう、どうしてこういうことが
効果があったのだろうかということについて、確実なことはまだ言えないんですけれども、一応現時点で私どもが考えているということは、積極的な
自殺予防活動を地域で行いますと、一年後ぐらいから確実に
自殺率の減少
傾向が認められます。そして、
活動を継続することによってこの減少
傾向は持続いたします。ここの青い字で示したように、この積極的な
自殺予防であるとか
うつ病予防の啓発普及
活動をこの地域でかなり重点的に行ったこと、それから、
うつ病のハイリスク者への事後追跡体制を整備したというようなことがありまして、こういうことがなるべく早い時期から
自殺予防の
効果が現れてきた要因ではないかというふうに私どもは考えております。
以上でございます。
御清聴ありがとうございました。