○牧
委員 民主党の牧
義夫と申します。
初めて、
予算委員会での
質問をさせていただくわけでございます。
予算の方もいよいよ大詰めということで、
予算委員会のメンバーの皆様方には心から御慰労を申し上げたいと思います。
私は、実は
文部科学委員会に所属をいたしておりますので、きょう飛び入りで、ここに参加をさせていただきました。
最後の
最後、ここで発言をお許しいただきましたことを、御無礼をお許しいただきたいと思うわけであります。
三十分、時間をいただきましたので、いわゆる地方分権、三位一体の
改革、とりわけ、中でも一番重要な義務教育国庫
負担制度、これが一部、四千二百五十億という暫定措置が今回講じられているわけでございますけれども、この問題に限って集中して
質問をさせていただきたいと思うわけであります。
来週から私どもの
文部科学委員会においてこの法案の審議に入るわけでありますけれども、正直、私どもとしては、そのまま我が
委員会にこの問題を丸投げされたんじゃたまったものじゃないという意識でございます。また、中山
文部科学大臣もお座りになっておられますけれども、中山
大臣にも私は心から同情するわけで、このまま
委員会に付託されて、いろいろ
大臣なりの苦渋の答弁をこれから引き出さなきゃならないわけですから、その前に、まずは
総理及び
財務大臣、
総務大臣等々からもぜひお考えをお聞かせいただきたい、そんな気持ちで、きょうはここに立たせていただいたわけであります。
きのうの集中審議においても、与党の議員から、
小泉改革がいよいよ総仕上げの
段階に来ている、そういった歯の浮くようなおべんちゃらの言葉も聞かれたわけであります。私は、そういうことはちょっと、よう言わぬわけでありますけれども、確かに
小泉総理の政権、いよいよ終わりに近づいている、そういう
意味では、そういったお話も間違いではないんだろうと思います。そろそろ、この
小泉政権というのは一体何だったんだろう、
小泉改革というのは何だったんだろうということを総括する機運が高まっていることも、また事実ではないかと思います。そういった
意味で、この四年間の
小泉総理の、まさに看板だけの、かけ声だけの
改革にもううんざりして、辟易する国民の多くの皆様方の声も代弁しながら、
質問をさせていただきたいと思うわけであります。
ただ、私なりに残念なのは、今回のこの義務教育費国庫
負担制度の法改正、中身が余りにもずさんである、そして教育論についての
議論が全くないがしろにされたまま、ただただ財政論、数字合わせだけに走ってしまったということが残念でございまして、法案そのものを見ても、切ったり張ったり、足したり引いたり、また係数を掛けてそれぞれに配分するというだけの話で、こういった加減乗除というのは、本当に小学生でもわかりそうな足し算、引き算、割り算、掛け算で、そういう言い方をしたら小学生に失礼かもしれませんけれども、そんな内容でございます。
わかりやすくていいという話もありますけれども、私には、これが一体どこが
改革なのか、どこが地方分権なのかということが皆目わからないわけで、まず、その辺からお聞かせいただかなければならないと思うわけであります。
これは、二兆五千億から四千二百五十億を引いて、そして、その分をただ今までの比率に応じて地方に配分するだけということですから、本当に、わかりやすく例えるならば、例えば、今まで両親が子供の学費を月一万円学校に納めていたとします、その一万円を、今度から子供の自主性に任せるといって子供に持たせて、これを学校に払いなさいと言っているのに等しいわけで、それは、どっちにしろ子供は学校に一万円納めなきゃいけないわけですから、何にも子供の自主性の尊重にもならない。簡単に例えればそれと全く同じような内容になるわけであります。
この問題に特化して私は
質問しますけれども、この問題というのは本当に、事の本質を解決することについてはまさに先送り、義務教育の今後のあり方についても、結局はこの秋の中教審にその結論をゆだねるという形でありますし、また、四千二百五十億の用途についても地方に丸投げということであります。結局は、最終的には十七年度、十八年度において三兆円の税源移譲を果たすという数字合わせだけですから、まさに
小泉改革の特徴である先送りと丸投げということであるわけで、そして、最終的には数字合わせ。丸投げの先送りの数字合わせ、この三点そろった、まさに三位一体の
改革であると言わざるを得ないわけであります。
そこで、私なりに
質問を進めさせていただきたいと思うのですけれども、先日、
文部科学委員会で、中山
大臣から所信の表明がございました。その中で、
大臣は「義務教育は、国家、社会の形成者たる国民の育成と、子供たち一人一人が、この世に生を受けたありがたさを実感し、一生を幸せにかつ有意義に生きることができる土台をつくるという二つの目的を持っていると考えます。」このようにいみじくもおっしゃったわけで、私も全く同感であります。
我が国が戦後の焼け野原から
経済復興をなし遂げ、そして
世界の先進国の仲間入りをして、また、主体的にとはまだ言いがたいのですけれども、国際貢献の一端をも担うような、そんな国になってきたというのは、ひとえに基礎教育、本当にあまねく行き渡った基礎教育がその土台になっているということは否めないわけです。そしてまた、その根幹をなす義務教育の国庫
負担制度というものがそこにはあったわけで、義務教育の無償制だとか、あるいは教育水準の確保、あるいは
地域間の格差のないそういった教育水準の維持というものは、まさにこの制度に支えられてきたわけであります。
小泉総理は、
総理就任直後の所信表明演説の中で米百俵の精神に言及をされたわけで、私は、そのときは、
小泉総理もやはり教育の
重要性というものを十分認識しておられるんだなと期待を持ったのも一方では事実でございますけれども、期待をした私がひとり愚かだったのでしょうか、本当に今さらのように思うわけであります。まず、いま一度ここで
総理の、教育、とりわけ義務教育についての基本的な理念をただしたいと思います。