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2004-11-04 第161回国会 参議院 外交防衛委員会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成十六年十一月四日(木曜日)    午前十時三分開会     ─────────────    委員異動  十一月二日     辞任         補欠選任      荒木 清寛君     山下 栄一君  十一月四日     辞任         補欠選任      喜納 昌吉君     那谷屋正義君     ─────────────   出席者は左のとおり。     委員長         林  芳正君     理 事                 浅野 勝人君                 三浦 一水君                 山本 一太君                 齋藤  勁君                 榛葉賀津也君     委 員                 岡田 直樹君                 柏村 武昭君                 桜井  新君                 福島啓史郎君                 山谷えり子君                 今泉  昭君                 佐藤 道夫君                 田村 秀昭君                 那谷屋正義君                 白  眞勲君                 澤  雄二君                 山下 栄一君                 緒方 靖夫君                 大田 昌秀君    国務大臣        外務大臣     町村 信孝君        国務大臣        (防衛庁長官)  大野 功統君    副大臣        防衛庁長官   今津  寛君        外務大臣    逢沢 一郎君    大臣政務官        防衛庁長官政務        官        柏村 武昭君        外務大臣政務官  福島啓史郎君    事務局側        常任委員会専門        員        泊  秀行君    政府参考人        内閣官房内閣審        議官       堀内 文隆君        内閣府政策統括        官        武田 宗高君        警察庁刑事局長  岡田  薫君        防衛庁防衛参事        官        西山 正徳君        防衛庁防衛局長  飯原 一樹君        防衛庁運用局長  大古 和雄君        防衛施設庁長官  山中 昭栄君        防衛施設庁施設        部長       戸田 量弘君        外務省アジア大        洋州局長     薮中三十二君        外務省北米局長  海老原 紳君        外務省中東アフ        リカ局長     吉川 元偉君        財務省主計局次        長        杉本 和行君        財務省理財局次        長        日野 康臣君        国土交通省航空        局技術部長    遠藤 信介君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○政府参考人出席要求に関する件 ○外交防衛等に関する調査  (日米安保体制に関する件)  (在日米軍再編問題に関する件)  (米国大統領選挙に関する件)  (イラク情勢に関する件)  (米軍池子家族住宅追加建設問題に関する件)  (沖縄県における米軍ヘリコプター墜落事故に  関する件) ○経済上の連携の強化に関する日本国とメキシコ  合衆国との間の協定の締結について承認を求め  るの件(内閣提出衆議院送付)     ─────────────
  2. 林芳正

    委員長林芳正君) ただいまから外交防衛委員会を開会いたします。  委員異動について御報告いたします。  去る二日、荒木清寛君が委員辞任され、その補欠として山下栄一君が選任されました。  また、本日、喜納昌吉君が委員辞任され、その補欠として那谷屋正義君が選任をされました。     ─────────────
  3. 林芳正

  4. 林芳正

    委員長林芳正君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────
  5. 林芳正

    委員長林芳正君) 外交防衛等に関する調査を議題といたします。  質疑のある方は順次御発言願います。
  6. 浅野勝人

    浅野勝人君 九・一一以来、テロの撲滅を国家の目標に据えたはずのアメリカ安保政策をめぐって世論が真っ二つに割れました。国のありようをめぐってアメリカ世論がこれほどはっきりと分断された大統領選挙は初めてだと多くのアメリカ人々が感じたといいます。安保政策はその国のあるべき姿を決めますから、国民一人一人に自らの信念や生きる意味合いを考えさせ、決断を迫ります。ましてアメリカ人々にはベトナム戦争イラクの現状にダブって映りますから、様々な思いが呼び起こされて、その結果、世論が二分されたのだと思われます。アメリカ人々の選択は日本にも少なからぬ影響を与えるに違いありませんから、私どもにも今分かりやすい安保論争が改めて求められると考えます。  日米安保条約のおさらいから入ります。  まず、日本に対するアメリカ防衛義務を明確にした五条の見返りに、六条は米軍基地の提供を保障しています。ただ、米軍による基地使用米軍の都合次第で自由勝手に許されるわけではありません。日本の平和と安全及びそれと密接に関連する極東の平和と安全を維持する目的に限られています。極東という地域防衛目的に限られているこの制約は、条約の根幹を成しています。  日米安保条約で言う極東とは何を指すのか、改めて外務大臣に伺います。
  7. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 委員お尋ね安保条約日米安保条約六条、いわゆる極東条項でございますけれども我が国の及び極東の平和と安全の維持に寄与するために、米軍我が国施設区域使用することができるという規定があります。  これで言う極東範囲につきましては、これはもう昭和三十五年以来、再三再四、政府統一見解という形で申し述べておりますとおり、第一に、国際の平和と安全の維持という観点から日米両国が共通の関心を有する地域であり、二番目、実際問題としては、米国我が国施設区域使用して武力攻撃に対する防衛に寄与し得る区域であり、三番目、大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺地域であって、韓国及び台湾地域を含むということになっております。  なお、この区域に対して武力攻撃が行われ、あるいは、この区域の安全が周辺地域に起こった事情のため脅威されるような場合、米国がこれに対処するために取ることのある行動範囲は、必ずしもこの今上に述べた区域に局限されるわけではございません。
  8. 浅野勝人

    浅野勝人君 その問題については更に詰めていきますけれども、もう一度確認します。  日本基地を使って米軍が出動する地域台湾とその周辺の海域が入っていますが、日本政府は、日中正常化共同声明で、台湾中国の領土の一部であることを理解し、尊重するということを明言しています。このことは微妙な関連を惹起しますので、触らないのが国益に沿うという指摘のあることも承知しておりますけれども、いま一度整理しておいた方がいいのではないでしょうか。外務大臣、いかがですか。
  9. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 一言で申し上げますと、この台湾地域につきましては、この政府統一見解において極東範囲に含まれるということであります。これは委員承知のとおり、日中国交正常化日中平和友好条約締結日米安保条約にかかわりなく達成された。逆に言うと、安保条約の方が従前から存在をしていたということでございまして、冷戦終結後も依然として不安定性、不確実性が存在している中で、日米安保条約に基づく日米安保体制の意義は不変であります。  そういう意味で、極東範囲に関する三十五年の政府統一見解を含め、安保条約及び条約に関して政府が累次申し上げている立場に変更はないということで、台湾は、この地域については、台湾地域についてはこの政府統一見解において極東範囲に含まれるということであります。
  10. 浅野勝人

    浅野勝人君 先ほど外務大臣ちょっとおっしゃいましたけれども、もう一度議論整理しておきますけれども極東条項についてもう一つ重要な側面がありまして、極東条項は、基地使用目的について定めた言わば制約ですよね。これは、在日米軍基地を使うことが許される米軍活動範囲、言い換えれば出動地域極東に制限していることを意味しますか、もう一度お答え願います。
  11. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 日米安保条約の枠組みにおきましては、在日米軍施設区域我が国極東の平和と安全の維持目的として提供されるということは先ほど申し上げたとおりであります。日本極東の平和と安全を維持するという目的に沿って行われる限り、施設区域使用する米軍行動が、お問い合わせの行動極東範囲を超えることについて、条約上は問題はないということであります。
  12. 浅野勝人

    浅野勝人君 どういう場合に超えますか。
  13. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) これは、極東範囲に関する政府統一見解、先ほど大臣がお述べになりました見解でございますけれども、この中に考え方が書いてございまして、極東区域に対して武力攻撃が行われ、あるいはこの区域の安全が周辺地域に起こった事情のため脅威されるような場合に、米国がこれに対処するため取ることのある行動範囲は必ずしも極東区域に局限されるものではないとされております。ここの部分のことを大臣がお述べになったものでございます。
  14. 浅野勝人

    浅野勝人君 つまり、米軍は、日本及び極東防衛という目的達成のためなら在日米軍在日米軍基地、とりわけ在沖米軍基地を使って極東の外、極東周辺にも出動できるという御答弁だなと理解をいたしました。  外務大臣極東周辺ってどこまでですか。
  15. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 今、浅野委員がおっしゃいました、いわゆる極東周辺ということの地理的な限界お尋ねだろうと思いますけれども、これは、このような周辺地域というものがどこか、あるいはどこまでかということにつきましては、これは極東区域に対する攻撃、あるいは脅威性格がどういうものであるかというこの性格いかんにかかわるのでありまして、あらかじめこの地域あるいはこの辺までというふうには特定することができないという性格のものでございます。
  16. 浅野勝人

    浅野勝人君 局長の御答弁は、在日米軍行動範囲、つまり出動地域攻撃又は脅威性格いかんによって判断されるもので、必ずしも極東という区域に限定されるわけではないと、こういう答弁だなということで理解をしてよろしいですね。
  17. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) そのとおりでございます。
  18. 浅野勝人

    浅野勝人君 防衛庁長官、今の外務省答弁軍事的側面から見てこの解釈に付け加えることはございませんか。
  19. 大野功統

    国務大臣大野功統君) 特にございません。  ただ、一つだけ申し上げたいのは、極東、これは政府統一見解でございますが、極東というのは別に地理学的に、地理学的に正確に確定されたものではない、これだけは付け加えさせていただきたいと思います。
  20. 浅野勝人

    浅野勝人君 かつて大平外務大臣が、相模補給廠NATO向けの戦車の修理をすることの可否を問われて、条約趣旨からはみ出ていないと私は答弁することはできないと、らしい言い回しで答えておいででございます。当時はこれで明確でしたけれども弾道ミサイルを始め攻撃手段が長距離化していることを考えると、理論的には地理的限界がなくなってしまいます。これは極めて危険なことだと私は考えます。現在及び将来予測される国際情勢に見合った歯止め理論構成をきちんとしていただく必要があると改めて感じております。両大臣見解をただしておきます。
  21. 大野功統

    国務大臣大野功統君) それでは、私、申し上げたいと思いますのは、まず、歯止めといたしまして、憲法第九条で認められております自衛権発動、これは大変大事な問題であると思います。  自衛権発動としての武力行使というものは、やはり一番、我が国に対する急迫不正の侵害があったこと、二番、これを排除するために他の適当な手段がないこと、そして三番、必要最小限度実力行使にとどまるべきこと、これと浅野先生おっしゃいましたミサイル長距離ミサイルが出てきたから地理的概念もというような話が出てきておると思います。  理論的に言いますと、例えば自分の防衛のため、今申し上げたのは自己防衛のための武力行使であります。例えば、遠いところから、極東範囲の外からミサイルが飛んでくる、日本に向けて飛んでくる。これはもう、正に相手国意図なり、意図がはっきりしている、国際情勢から見てその、もう飛んでくるんだと、飛んでくることがもう分かり切った、こういう段階日本からその相手国へ何らかの手段を講ずる。これは理論的には自己防衛の中には入ると思いますけれども日本はこの防衛力考え方からしてそこまでの装備は持たないということになっております。だからこそ、日米同盟という同盟関係を大切にする、こういうことでありまして、仮に先生おっしゃる国際的に見て本当に広がりを持ってきた時代にどうするんだというお尋ねに対しましては、そのとおりの認識、分かりますけれども、我々の防衛力というのは正に自己防衛で、先ほど申し上げました必要最小限なんだ、こういうことで、さらに急迫不正の場合なんだ、排除するために他の適当な手段がないんだ、こういう観点から考えているわけであります。それを補うのが正に日米同盟であると、このように認識しております。
  22. 浅野勝人

  23. 林芳正

    委員長林芳正君) 外務大臣答弁、よろしゅうございますか。
  24. 浅野勝人

    浅野勝人君 失礼しました。外務大臣お願いします。
  25. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) これも今までいろんな答弁、いろんな質問、いろんな答弁がなされておりますが、要するに周辺地域がどこかというのは、極東区域に対する攻撃又は脅威性質いかんによるということで、なかなか特定しておくのは難しいんだろうなと思います。  ただ、例えば地球の裏側、南米がどうかということになってくると、さすがにそこは違うんでしょうねというようなことは今まで累次答弁しているようですが、じゃだんだん迫ってきて、こうだんだん日本の方に近付いてくると、そこはなかなかいわく言い難いところがあるということだろうと思います。
  26. 浅野勝人

    浅野勝人君 防衛庁長官、私は行け行けどんどんすべきだと言っているんじゃなくて、どうぞひとつ、そこは非常に危険性の伴う理論構成になるから、自らの自制ということをきちんとしてほしいんだという意味であることを念を押しておきます。  世界規模米軍の再編は、ブッシュ大統領が再選されて恐らく公約として加速されるだろうと思われます。米陸軍一軍団司令部日本移転可能性に関連して、日米安保体制にとって最も大切なことは、抑止力をいささかも弱めることなく沖縄海兵隊を削減できるかどうかが焦点だと私は思っています。広域司令部の受入れと在沖米海兵隊の削減をセットで決着させる努力が求められます。日米間でアイデアを交換しているということですけれども、いいアイデアが出てきていますか。
  27. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 今、正に意見交換をしている段階でありまして、その中で具体の地名が全く挙がっていないかといえばそれはうそになろうと思います。ただ、これが正式の提案です、これが正式の答えですという形のものにまだ煮詰まっているわけではございません。むしろその前に、まずそもそもアメリカ意図というのはかなりはっきりしていると思いますが、それをより明確にさせること、そしてそれに対して日本側はどういうものをどう考えていくのか、米軍役割使命、自衛隊の役割使命というものをまずある程度総論的にしっかり固めた上で、その上で具体論に入っていくということであろうかと思います。  私どもの基本的な視点が幾つかあろうかと思いますが、一つ安保条約抑止力維持というものと、もう一つは、今御指摘のあった沖縄の過重なる負担軽減といったようなことは最低限の要件であろうと思いますし、そのほかにも幾つかあるんだろうと思います。その辺を今、我々も頭の整理をしつつあるという段階でございます。
  28. 浅野勝人

    浅野勝人君 八月下旬に大統領補佐官ライス女史から細田官房長官電話があったという情報は本当ですか。外務大臣、聞いておいでですか。  実は、ワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者が書いた「プラン・オブ・アタック」、「ブッシュイラク戦争」というもう分厚いレポートですけれども、今読み終えたところで、ブッシュ政権内部ライス女史役割からちょっと興味を感じたんで、余計なことを聞いてみました。
  29. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) ちょっと八月二十七日かどうか記憶が定かでございませんけれどもライス補佐官から細田官房長官電話がありまして、この米軍の再編問題も含めまして、今後更に閣僚レベルでも議論をしていきたいという趣旨のお話があったというふうに記憶いたしております。
  30. 浅野勝人

    浅野勝人君 正直な話、ありがとうございます。大変興味のある電話のやり取りではなかったのかなと想像をしたものですから、伺ってみました。  先ごろの政府答弁書は、一週間ぐらい前のですか、社民党の沖縄の先生に出された答弁書は、今次の在日米軍兵力構成見直し現行日米安保条約及び関連取決めの枠内で行われることは当然であり、第六条の見直しといったことは考えていないと明言しています。はっきりしていて大変結構です。  したがって、繰り返しますけれども広域司令部日本移転を含む米軍の再編問題は、この基本方針に沿って、できる限り沖縄負担を和らげる決着を目指すことが肝要と存じます。目安が付いてきたら早く2プラス2を開いて両大臣に踏ん張っていただくよう決意を促させていただきます。  両大臣一言ずつ決意を伺います。
  31. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 去る十月二十四日、パウエル国務長官日本に来られましたとき、その話もいたしました。  具体的にいつどこで2プラス2というところまでには参りませんでしたし、まあ米政府もどういう人事になるのかということに、通例でありますと、やっぱり一月の二十日前後の大統領就任式ぐらいまで人事が掛かるということもあると思いますから、なかなか日程をセットするのは難しいと思いますが、しかし、できるだけある程度総論的な議論がまとまった段階で私は2プラス2をやった方がいいですよねという話をし、パウエルさんも基本的にはそれは同感だということでございました。
  32. 大野功統

    国務大臣大野功統君) 町村大臣と心を一にして、そして二つ原則抑止力維持、そして沖縄を始めとする地元の負担軽減、この二つ原則の下に頑張ってまいります。
  33. 浅野勝人

    浅野勝人君 ちょっと話題変わりますけれども、国連の安保理事会常任理事国入りをするについては集団的自衛権行使について態度を明確にすべきだという見解があるそうですけれども、これでは常任理事国になるのなら憲法を改正せよと言っているのと同じことになります。それとこれとは混同すべきではないと私は考えておりますけれども、どうお感じですか。
  34. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) これは御指摘のとおりでありまして、直接リンクする話ではございません。現行憲法のままでも十分安保理常任理事国として活動することは可能でございますので、私ども、それは直接リンクする話ではないと、こう頭の整理をしております。  ただ、安保、失礼しました、憲法も今国内でも様々な議論が始まっているところでございますから、そうした国内での議論するに当たって、今の集団的自衛権の問題あるいは集団安全保障という概念もまた別途あるわけではありまして、別なのか一緒なのかということも含めて、そうした議論をすることは大切なことだろうと思います。  ただ、そのことと常任理事国入りは直接リンクする話ではないということははっきりしていると思います。
  35. 浅野勝人

    浅野勝人君 日中問題について、一つ確認しておきたいことがあります。  旧日本軍が遺棄した毒ガス爆弾の件ですが、急がないと化学兵器禁止条約延長期限の二〇一二年までに処理し切れません。  実は、去年八月、中日友好協会の招きで一人で北京に行った折、当時外務大臣だった王毅さんとかと三十分余り会談会談というと大げさですね、お目に掛かって六者協議の見通しなどを伺う機会があったんですが、その折、遺棄爆弾処理について先方から指摘がありました。実務者同士日中協議調査研究、実験を繰り返した結果、燃焼爆破方式で実施することで合意し、四月に政府間で文書を交わしたと。四月というのは、去年の話ですから、去年の四月という意味です。たしか燃焼爆破方式のことをデトネーションチャンバーと言ったような記憶がありますけれども、難航していた処理方式が決まったんだから、合意に基づいて作業を急ぐべきだということでありました。私も全く同感であります。  その後、どうなっていますか。
  36. 逢沢一郎

    ○副大臣逢沢一郎君) 委員指摘の旧日本軍が遺棄したままとなっております化学兵器処理の問題、私も重大な関心を抱いておりますし、また日中間で適切に処理をしていかなくてはならない大切な課題であるというふうに承知をいたしております。そして、我が国といたしましては、考え方として、化学兵器禁止条約義務を誠実に履行をしていく、そういう方針の下、この問題を処理をしていくということを改めて申し上げておきたいと思います。  委員指摘のように、中国側との間でいろいろな話合い、また具体的な処理方法等について協議を進めているわけでありますが、確認をさせていただきますと、平成三年より計十二回にわたりまして政府間協議を実施をしてまいりました。現在も同協議会を通じて実際の廃棄処理に向けた日中間の調整を積極的に進めているわけであります。  最近では、昨年及び本年の共同作業グループ会合におきまして、日中双方遺棄化学兵器の、今委員正に御指摘をした、された点でありますが、処理技術については燃焼処理することで一致をしたわけであります。その処理施設具体的な立地場所等についての意見一致も見たわけでありまして、それらを受けまして現在、処理施設基本設計について専門家の間で、日中双方専門家の間で協議を進めておると、こういう段階であります。
  37. 浅野勝人

    浅野勝人君 よく分かりました。  たまたまその折に東北地方で、恐らく黄爆弾だと思いますけれども黄爆弾というのはびらんガスが漏れたんだと思いますけれども、ちょうどニュースでやっていまして、それに触れた方が首がこんなに、こんなに膨れ、足がもう大きなこぶのようになっている場面がニュースで何度も放送されておりまして、ああ、これはこの問題、処理を急がなけりゃいかぬなということを痛感をしたことを覚えております。  念のためですが、去年の四月に日中政府間でそのことについて文書を交わしたというのは、しているんですか。
  38. 薮中三十二

    政府参考人(薮中三十二君) お答え申し上げます。  今、委員指摘の点は、昨年八月の黒竜江省チチハル市における事故がございました。  これは正に……
  39. 浅野勝人

    浅野勝人君 そのときにぶつかったんだ。
  40. 薮中三十二

    政府参考人(薮中三十二君) はい、そのときの事故でございまして、これにつきましては日本側から事故原因となったドラム缶のこん包であるとか医療専門家チームの派遣等々を行いまして、またその際、本件事故に係る善後処理間の最終的な解決を行うということで、文書で確認をした次第でございます。
  41. 浅野勝人

    浅野勝人君 その文書というのは、そのことが起きたからなのか、たしかそれは八月ですから、その年の四月に文書を交わした、つまり処理方式について実務者同士の積み上げのことをこういう方法で処理しましょうという文書を交わしたというふうに私は理解したが、そうじゃないんですか。
  42. 薮中三十二

    政府参考人(薮中三十二君) 今の文書と申し上げましたのは、正に事故の関係で、事故処理に関しての文書を交わしたわけでございます。  また、委員指摘の、先ほど副大臣から御答弁のありました処理技術、これについて、これは本格的な遺棄化学兵器処理に関する本格的な解決策でございますけれども、これにつきましては処理技術を燃焼処理とする。また立地場所についても意見一致を見ているところではございますけれども、これについては今までのところはまだ、そういう申合せをしたと、基本的な合意ができている、しかしこれからまだ基本設計等々を行うということでございますので、現在協議中でございます。
  43. 浅野勝人

    浅野勝人君 文書を交わした交わさないはさることながら、そういうお互いの実務者同士協議で合意しているということであれば、その合意に従って、妙な政治的思惑や配慮は排除して、最も安全で最も効率のいい、そしてできるだけ短期間に、百数十万発とも二百万発とも言われるこの問題をやはりクリアして初めて日中間の大きなとげが抜かれると、なくなるということだと存じますので、精力的に政府を挙げて取り組んでほしいと希望をしておきます。  終わります。
  44. 佐藤道夫

    ○佐藤道夫君 続いて、私から両大臣お尋ねいたします。  いずれも外交防衛上の重要問題と、こう言ってもいいわけでございますので、両大臣から忌憚のない御所見をこの場で承ることができれば大変幸せだと、こう思っております。  そこで、質問通告はしておりませんでしたけれども、何といっても、今朝方勝敗がはっきりしてきたアメリカ大統領の選挙についていかな所見をお持ちなのか、そのことを承っておきたいと。  これ、実は昨日のテレビか何かで、そういうことで、ブッシュ大統領の事実上の勝利に終わったと。で、各国の首脳から祝電でしょうかね、それが寄せられていると。それが読み上げられまして、いずれもテロとの戦いに引き続き勝利してほしいというふうな内容でしたが、中に何人かが、イラクからの撤退ということも考えるべきではないのかというふうなこともありました。  私、アメリカの選挙戦、あれ、テレビで見ているだけですから何ももっともらしいことは言えませんけれどもね、イラク撤退を要望するような人たちが大勢民主党の大会に集まって、顔を紅潮させて、そうだそうだと、速やかに撤退せよと言っている。ああいう人たちの票が民主党に積み重なって、やっぱりいま一歩というところですからね。これからは、ブッシュ大統領アメリカの政治を行っていく上に、自分の反対派があれだけいたのかと。ふん、何だあれはと、おれが勝ったんだというわけで済ますわけにはいかない。やっぱりそれなりに評価をして、その人たちの発言にも耳を傾けていくということが必要だろうと、こう思っております。  小泉首相はブッシュ大統領と大変近い関係にあると。よくアメリカに行って、二人並んでカメラに映っておると、にこにこにこにこして。何しろ相手は背が高いものですから、小泉さん、そのそばで今にも消えていくんではないかというような感じですけれども、いずれにしろにこにこしながら周辺に控えておると。  しかし、言うまでもないことですけれども、真の友情というのは、やっぱり日ごろから自分の考えていることをその友人と思っている人にきちっとぶつけると、そして議論をすると、これが大事なんで、その中から本当の友人、友情が更に芽生えてくると、言うまでもないことですけれども。相手の言うままに、おれとおまえは親友だから、なるほど分かった分かったと言って、言うことを聞いている、これはもう友達とは言えない。相手から見れば、これはもうおれの言うままになる単なる下男下女のたぐいだと、こういう目で見られかねぬこともあるわけで、やっぱり日米関係、緊密さが必要だと。もちろんそのとおりです。私も大変その点は必要だとこう思っておりますけれどもアメリカに対して言うことを言うということも本当の意味での日米関係、真の意味日米関係を築き上げる基礎になるんだろうと思います。そういうことが果たして小泉さんの口からブッシュ大統領に向かって発せられているのかどうなのか。まあ、そう言っては何ですけれども疑問なしとしないわけであります。  そういう、あなた方の考えとは一致しないかもしれませんけれども意見があるということを踏まえて、両大臣として今回のアメリカブッシュ大統領の勝利についてどうお考えなのか、これから四年彼がアメリカの政治、ということは要するに世界の政治を牛耳っていくことにもなりかねないわけですからね、日本としてどうあるべきかということを率直に話していただければ大変有り難いと、こう思います。
  45. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) まあ、選挙でありますから、大変な激戦であったということで、激戦を勝利したブッシュ大統領にはまずお祝いを申し上げるというところから始まりたいと思います。  選挙戦、何が争点であったのか、もちろんイラクの問題が一つであったことは間違いがないと思います。ただ、私も米国の選挙戦のすべてを知っているわけじゃございません。ほかにもいろいろな国内の問題もまた大きな争点になっていたというような話も聞いておりますから、あの票差がすなわちイラク戦争の是非だけの票の違いであろうということはなかなか言えないのかなと思います。ただ、先ほど浅野委員からもありましたけれども、そのことについて確かに世論が分かれているという事実もまた私どもはしっかり押さえておく必要があるんだろうとは思います。  さて、そういう中で今、小泉・ブッシュ関係ということでございました。  まあお二人きりでブッシュ大統領の別荘でお話しになられた、これはまあ珍しいことだそうでございますが、そこでどういうお話が行われているのか、その辺は正に余人が分からない部分でありますから率直に言ってよく分かりませんが、ただ、公式な文書、電報等で知り得る限りの両者の会談というのは非常に率直であり、かつお互いに思っていることをかなり言い合える仲という印象を私は持っておりまして、決してブッシュさんが一方的にしゃべり、小泉さんがイエス、イエスと何でもうなずいているというような関係ではないんだなと。また、多分それでは本当の、今委員指摘のような本当の意味の良好なる首脳、両首脳の関係ということには確かにならないんだろうと思います。しかし、いずれにしても、両者が、両リーダーが緊密な信頼関係で結ばれているということは間違いのない事実であろうということだと思います。  そこで、そういうトップ同士の関係もそうでしょうし、日米間は、釈迦に説法でございますけれども、もう政治、経済、文化、いろいろな面で様々な緊密な関係ができております。それを総称して世界の中の日米同盟と私どもは呼んでいるわけでございますから、そういう意味で、ともに手を携えて世界が直面する、あるいは両国が直面するいろいろな問題の解決に努力をしていく、この良好な関係を更に維持発展させるように私自身も外務大臣として一生懸命努力をしていきたいと考えているところでございます。
  46. 大野功統

    国務大臣大野功統君) ブッシュ再選についてどういうふうな感想を持つかということでございますけれども、一番にやはりこれほどアメリカ大統領選挙が世界各国の関心を呼んだことはないのではないかと。それは、先生御指摘のように、やはりイラク問題が背景にあるのではないかと、こういう印象は確かに持ちます。  それから二番目に、アメリカ国内における世論でありますけれどもブッシュの支持者というのは、やはりテロとか安全保障問題を一番大きな問題として考えている。それから、民主党の方は、ケリー支持者というのは、やはり雇用問題とか経済問題とか、こういうものを一番に考えて、テロとか安全保障というのは関心としては下の方になっているのではないか。そこで、テロとか安全保障問題について、先生御指摘のとおり、やはり少し温度差があるのかもしれない、こういう印象は確かに持っております。しかしながら、私ども、私自身感じますのは、やはりこれほど安全保障とかテロという問題に対して世界各国が共通の認識を持たなきゃいけない時期はないのではないか、こういうことであります。  三番目に、日本との関係でございますけれども、やはり、私は、今、町村大臣がおっしゃったとおり、この外交とかそれから同盟関係というのはやはり信頼関係であります。信頼関係でありますから、違った人となりますと、やはり、こんにちは、今日はいい天気ですねから始めなきゃいけない。本当に自分の思いをそのままぶつけ合うことができる、これが小泉総理とブッシュ大統領との関係であり、これからそういう関係をもっともっと広げていくようなことができる、これが再選の本当に大きな意味ではないか、こういう小泉・ブッシュ関係の上に立って、ますます日米関係が世界の中の同盟として確固たるものになっていくことを期待しているものであります。
  47. 佐藤道夫

    ○佐藤道夫君 まさしくそのとおりでございますので、これからもそういう目で日米関係のより緊密化、本当の意味での緊密化を築き上げるという観点で政治情勢を配慮して、に配慮してもらえればと思います。  それから閣議、あれは友人関係とは言えませんわね。総理大臣が一番偉いんですから上下関係と、こういうことにもなりかねないけれども、閣議の席にもやっぱり率直な意見を各閣僚が述べまして、そして総理大臣にも考えてもらうと。現にそうやっているよと言われれば、私、のぞいたことがないから分かりません、そのとおりなんだろうと思いますけれども、いろんな問題が国民のいろんな層から提起されておるわけですからね、それを閣議の席で大臣から披露していただいて、そして、これはどうだろうかということでみんなで議論をすると。これが真の意味での国民と一体となった政治ということにもなるんだろうと思いますので、何分よろしくお願いしたいと思います。  それでは次に、パレスチナのアラファト議長の問題を取り上げてみたいと思います。  彼が存在していることを私も忘れておりまして、このごろはさっぱり新聞にも出てこないんで、何をやっているのかと。たまに思い出しはしても、まあ何か陰でごそごそ悪いことでも考えているんだろうというぐらいでおりました。そしたら、つい先日大きく報道されまして、何か大変な病気にかかって、パリは、フランスはパリの病院に入院するんだということで、彼の顔写真もテレビで報道されておりまして、見れば、確かにもうやつれ果ててしわだらけで、かつてのアラファトとは全く違うような雰囲気でした。これはよほどの重病だと。そしたら、そばにいた友人が、ああ余命幾ばくもないななんて、そんなことを、無責任なことも言っておりました。あるいは、そうかもしれません。  私、あれを見ながら、もう十年前、一九八四年、アラファト議長とイスラエルの、何でしたっけ、イスラエルのラビン首相に対してノーベル平和賞が与えられたということを思い出しまして、そうだったと。あのとき、ある意味では世界じゅうが感動したわけです。そして、ノーベル委員会、確かに立派だと、ああいう血で血を争うような戦争をしていた連中が、もう争いはやめて穏やかな話合いでこの中東の平和を積み上げていこうと、こう考える、それを評価してノーベル平和賞を与えると、本当にすばらしいことだと、私などもそういう感じを持ちまして、そして、本当にもう二千年来、宗教が表面に出てキリスト教とイスラム教、最近ではユダヤとイスラム教というふうな争いになって平気で人を殺す。その先頭に立っているのは宗教者なんですね。だれが考えても人を苦しみから救うと、そういう宗教家が先頭に立ってあいつを殺せと言う、言わんばかりのことをやっているのが中東、中近東の状況だと、こう言ってもいいわけです。  それが、あれはラビン首相が言い出して、それにアラファト議長がそうですねということで、二人で話合いで平和を築き上げようということになったわけで、何回かの話合いをしている。それが、そのことをノーベル委員会が高く評価してノーベル賞を与えた、平和賞を与えたと、こういうことなんです。  そのことについて外務大臣防衛庁長官防衛庁長官も満更戦争を、あれは戦争ではないと言うわけにもいきませんから関係がないとは言いませんので、あのノーベル委員会の評価をどういうふうに当時考えていたか、お話し願えればと思います。
  48. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 私は、六、七年前に外務政務次官を一回務めたことがございますが、その折にイスラエルとパレスチナ両方に伺いました。そのとき初めてアラファト議長ともお目に掛かりまして、三時間余にわたって食事をしながら随分いろんな話をして、最後は私が、ちょっとびろうな話ですが、トイレに行きたいと言ったら自分で案内をしてくれましてね、これはおれのトイレだから使えとまで言ってくださいました。何か非常に妙なことをよく覚えておりますが。  今、御指摘のノーベル平和賞、十年前のことでございました。まあ長い長い長い歴史上の対立がようやっとこれで終止符を打てるのかという意味で、私も大変大きな期待を持ちましたし、本当にこれこそ歴史的な、正に歴史的な合意だなと、こう思っていましたが、しかし、なかなか現実はお二人の期待どおりには進まずに、また今日、改めてロードマップというものができ、それに沿って進むはずのものがなかなか現実進んでいないという。そして、テレビを見ると、もう本当に毎日のように自爆テロだ、攻撃だというものが行われている姿。どうやったらこういう問題が本当に解決できるんだろうか。言うべくして非常に難しい問題だろうけれども、正にこれは人類の英知をもって何とか解決したいもんだなと、そんなふうに思っております。  いずれにしても、あのノーベル平和賞をお二人が受賞された、その志にもう一度すべての関係者が戻って、和平への道を真剣に探求してもらいたいと願っておりますし、我々もそれに向けて努力しなければいけないと思っております。
  49. 大野功統

    国務大臣大野功統君) ラビン首相がノーベル平和賞をおもらいになる直前でありましたけれども、私、ラビン首相にお目に掛かりました。そのとき、ラビンさんが本当に深刻そうな顔をしておっしゃっていたことがまだ、私一生忘れないだろうと思います。  それは何かといいますと、平和を維持することは血を流さなくて済むけれども平和を作るということについては血を流さなければならない場合もあるんだ。なるほど、こういうことを考えて真剣に悩んでおられるんだなと、そういうことを感じました。  その後、ノーベル平和賞をおもらいになって、また後に凶弾に遭われて、そしてお亡くなりになる。なぜああいう真剣な努力をしていた方が凶弾に遭って死ななきゃならないんだろうか、こういう問題は我々真剣に受け止めていかなきゃいけないと思います。  それから、ラビンさんにも約十年前あの、あ、ラビンじゃなくてアラファトですね、アラファトにもお目に掛かりましたけれども、私、町の中をずっと歩いてみて、パレスチナ地区の町を歩いてみて感じましたことは、日本の援助で、子供たちがこの我が家のこの屋根は日本の援助でできたんだと、こんなことを言っていたのを覚えています。だから、本当にそういう細かな日本の配慮が何とかこのパレスチナ地区の民生の安定に役立っていかないものだろうかと、こんなことを感じました。  いずれにしても、結論としては、今大変な時期、状態にあります。何とか英知を絞って、あの地区に平和が来ないものかな、これに向けて日本としても、宗教的なあるいは歴史的なしがらみを超えて、しがらみはないわけですから、そのしがらみがないという第三者的立場で何とか解決できないものだろうか、これはみんなで考えていかなきゃいけない問題だと思っています。
  50. 佐藤道夫

    ○佐藤道夫君 お二人ともそのころ、ラビン首相それからアラファト議長に直接会っておられるということなので、ノーベル平和賞がはかなく夢と消えてしまったことについての感慨もまたひとしおのものがあるんだろうというふうに思います。  そこで、その翌年、一九八五年ですか、ラビン首相がユダヤの狂信者に殺されてしまう、暗殺されてしまったと、そしてその後を継いだのが現在のシャロン首相と、こうなるわけですね。  シャロン首相はどうしたかというと、このノーベル委員会の本当に苦心に苦心をして築き上げてきた平和への第一歩を無残にもまた踏み付けてしまって、彼がイスラエルの、イスラエルじゃなくてパレスチナの宗教の聖地を訪問した。あれはもうイスラエルの聖地でもあるし、パレスチナの聖地でもあるわけですけれども、それを踏みにじった、平気で踏みにじったと。それがきっかけのようになってイスラエルがヨルダン川の西岸のユダヤ人入植地、これはゴラン高原もそうですし、ガザ地区もそうなんですけれども、ユダヤの入植地を拡大していくと、何か文句があるかと人の国に入っていって平気でああいうことをやっていると。  ですから、これはパレスチナだって黙っているわけにはいかぬでしょうから、体を張ってテロだゲリラだといって反対することになる。当たり前といえば当たり前のことなんで、どこの国が、自分の国に人の国の者が入ってきて、これはおれたちの、おれたちのものにするからおまえら出ていけと、こう言われて、はあ、そうですかというふうな国はないと思う。  日本だって、仮に北海道なんかにほかの国の者が入ってきて、ここはおれたちのものだと、おまえら出ていけと言われたら、本当に今の若い者、茶髪にして何か携帯電話だけでこうやっていますけれども、そういう危難が降り掛かってきたら、本当に命を投げ出して頑張るんだろうと。それが当たり前といえば当たり前のことなんで、いや、こいつらはテロだからもう相手にするなとか言われれば言われるほど、もうけしからぬという思いに駆られると。  戦争中の特攻隊というのがありましたよね。あの当時の若者たちが、軍隊に入っておれは特攻に入るんだと、そしてアメリカの軍艦目掛けて突入するんだと、涼しい、もうさわやかな顔をして、私よりも五、六年上ですけれどもね、その連中が近くで会うとそういうことを言っていました。へえ、そうなのと、うん、そうだよなんて、それぐらいの感覚、当たり前のこととして彼らは特攻隊として突入していったと。アメリカから見れば、これは気違いだと。命を懸けて我々の住んでいるこの軍艦に突入してくる、何ともしようがないと。この気違いを養っている日本という国も、速やかに今の日本は滅ぼさなければいかぬということで、より対日戦争に力が入ったことだろうと思う。しかし、私は何人かその特攻隊のお兄さん方を知っていましたけれども、そうやって頑張っていると。本当にこれが本当の意味日本人なんだ、日本人なのだなと、こういう思いも持ったことがあるわけです。  それで、シャロンがイスラエルを統治してから紛争が余計激しくなってきまして、彼はどうも、時には何か思い出して、そのユダヤ人入植地とその周辺のパレスチナの国との間に石の、石塀を造ってみたり、何かいろいろやっているようですけれども、いずれにしろ、パレスチナの人たちから見れば、これは我が領土だと、そこに入り込んで何をやっているんだと、こういうことで、この紛争をやめるわけにはいかぬと、命を投げ出してもやろうと、こういうふうにもなりつつあるわけなので、このお二人が、お二人がですね、その両方の首脳ともそういう緊密な関係にあるとすれば、彼らに対して本当にもう一度ノーベル平和委員会、ノーベル委員会がノーベル平和賞を授与したということを考え直してもらいたいということで彼らと話し合うと、ひざを、ひざ詰め談判をすることだっていいと思うんですよ。  そして、やっぱり宗教を表に立てて戦うと、もうそういう時代じゃないと。血を流してやると、そういう時代も過ぎ去った新しい二十一世紀ですからね。やっぱり、各国が衣を脱ぎ捨てて話し合っていくと、そういう時代を築き上げていこうということで、是非とも日本国を代表して彼らに話をしてもらいたいと。そうすればノーベル委員会ももう一度考え直して、ああ日本のさる大臣は本当に立派な人だと、彼にノーベル平和賞を授けようと、そういうことも言い出さないとは限りませんので、どうか外務大臣防衛庁長官、そういう機会を利用して新しい時代を作ろうということで話し合ってもらえればと、そういう考えがしているわけです。  今、小泉首相も非常に熱心に安保委員会常任理事国になろうと、こういうことを言っておられるようですけれども、空の言葉でそういうことを言ったって各国とも全然知らぬふりをしておると嘆いておりましたけれども、小泉さんもね。やっぱりそういう実績を示して、日本はこれだけの努力をしているんだと、これをどういうふうに評価するか、それはノーベル委員会の、ノーベル委員会の自由でもあるし、安保理事会あるいは国連の考えにもよるわけですけれども、あそこまで日本人が本当に真剣にやってくれていると、我々としても彼らの努力というものを大いに評価すべきではないのかと、こういうときが来ないとも限らない。まあ大抵無理でしょうけれどもね。そういうことで頑張ってもらえればと思います。  今の件について、両大臣からまた一言お願いできればと思います。
  51. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 委員指摘のように、本当になかなか歴史の根の深い難しい問題だろうと私どもも思います。しかし、だからといって手をこまねいているというわけにもまいらないということで、ささやかではあるかもしれませんが、またどれほどの効果が確かにあるかどうか分かりませんが、努力はしております。  例えば、両国間の信頼醸成措置というものを図ろうじゃないかということで昨年と今年と二回、今年は七月に双方の関係者を招いて信頼醸成会議というものをやって、これは川口前大臣の御努力でございました。また両国に、両方の代表の方に私ども政府代表として有馬特使を派遣をいたしまして、シャローム・イスラエル外務大臣、エラカート・パレスチナ自治政府交渉担当長官に会って直接今年の八月下旬働き掛けもしたり、あるいは特にパレスチナの皆さん方への支援が必要だということで人道支援あるいはパレスチナ自治区の政府改革あるいは信頼醸成、この三分野を重点に置いたパレスチナ支援も積極的にやる、こういうことで、ささやかではございますが一生懸命努力はしているということでございまして、これまでの努力を更に私どもも引き続きやっていかなければいけないと考えております。
  52. 大野功統

    国務大臣大野功統君) 今までの日本というのは自分に余り関係ないことにつきましてはメッセージを出したがらなかったんですけれども、出さなかったんですけれども、私はやはり安保理事会として世界の平和にも貢献しようという意気込みを持ってきているわけですから、いろんな問題に今先生のおっしゃったようなメッセージをどんどんどんどん日本として出していくべき時期が来たんじゃないか、このように思います。
  53. 佐藤道夫

    ○佐藤道夫君 次には話を変えまして、今世界の大変な問題になっているイラク戦争の大義ありやということについてお尋ねいたします。    〔委員長退席、理事浅野勝人君着席〕  もうあちこちでもう飽きるくらいに議論されておりますから今更取り上げるのもどうかと、こういう気もしますけれどもブッシュ大統領は最近、やっぱり大量破壊兵器はなかったと、しかしフセインを捕まえただけで戦争の目的はあったんだと、世界平和に貢献することにもなったんだということを言っております。こんなことが果たして許されるんだろうかと。  いいですか。戦争を始めてアメリカ軍がイラクに駐留してから戦死した一般民間人は十万人だというふうについ最近報道されまして、私、そんなものじゃない、もっと二十万人も超えるんじゃないかというふうにすら思っておる。それから、アメリカの戦士、兵士で戦死した者も数千人と、もっといるのかどうか分かりません。今でも、イラクに対するアメリカの空爆は、イラクの居住区に対するアメリカ攻撃が続いておって、また何百人死んだと。それに対するテロ、これテロ攻撃も活発、より活発になって、今日は何人死んだと、こういう報道がなされております。本当にこれは一体何だろうかと。  しょせんは大量破壊兵器を摘発するために始まった戦争だと、こう言ってもいいわけですよ。大量破壊兵器が、イラクを、保有が、をイラクが隠し持っているということについては、アメリカやイギリスの情報機関が証拠を捏造したと、それも半ばアメリカ、イギリス両国も認めておるようです。要するに、証拠を捏造してまで軍を進めたと。  一帯に軍隊が入り込む、人の国に入り込めば、もう大勢の犠牲者が出ることは分かり切った話ですから、どうしても入って大量破壊兵器を摘発する必要があるんだと、こう言うならば、だれに聞かれても、これだけの証拠があるんだと、本当に努力に努力を重ねて証拠をつかむと。アメリカというのは情報機関が非常に優れていますからね。大量破壊兵器をどこかにイラクが隠したと、こうすれば、金を出せば、そのとき使われた作業人夫やらいろんな人がいるわけですよ。イラク軍だって協力をしたのかもしらぬ。その連中に金をやれば、あそこに埋めましたと、フセイン大統領直の命令であそこに隠し、隠してありますと、情報をつかむことは何でもないことなんですよ。それが捏造されたんだと、こういうふうにも言われておりますし、一体これは何なんだと。  やっぱり、石油利権を目的としてあそこに入り込んだのかと、こういうふうにも言いたくなるわけでありまして、いや、そうじゃない、やっぱり大量破壊兵器を発見しようと思ったんだと、そんならそれで確証はあるのかと、それが遺憾ながら確証はなかったんだ、多分あるだろうということで入り込んだんだと。こんなことは許されるんだろうかと。  やくざが、おまえに金貸しているぞと、金を返せと。いや、借りてませんと。そのときに、金を貸したという事実を証明するのはやくざなんですよね、証明するのは。借用証書を持ってくる、おまえにこれ貸しているじゃないかと。しかし、そういう証拠を一切示さないで、おまえらの方で借りてないことを証明しろと、借りてないことを。証明できなければ借りていることになるんだと。おれはおまえを痛め付けてやるぞと、こう言っている。これが実は日本政府の国会答弁もそうなんですよね。  あの、聞いておられたでしょう、いかにあの答弁がインチキかという。小泉さん、何回も何回も言っています、イラクが国連決議に従って大量破壊兵器を出せと、それがないとすれば、ないことを証明しろと、こう言っているんですよ、国会の場でも。前の外務大臣も何回もそれ言っていました。一体、この人たちは大学の法学部出ているんだろうかと。立証責任という言葉があるでしょう。金を貸している場合の立証責任というのは、貸している者が借用証書なり立会人なりを出して証明する必要がある。おまえに金を貸していることは間違いないと、借りてないと言うんならば借りてないことを証明しろと、こんなことを言ったら大学一年生だって笑い出しますよ。笑わないのは国会ぐらいでありまして、なるほどねなんて、こう言っているのかもしれません、おかしいこと。この国権の最高機関である国会が、こんなことに、ううん、なるほどな、やっぱりイラクが証明しない限り軍、兵隊を、軍隊を進めた意味はあったんだと、こんなふうに考えているとすれば、法律を知らないと、こう言われても仕方がない。  法治主義というのは、イギリスとアメリカが言い出したことなんですからね。だれが勝手に言っているんじゃなくて、そして、何百年ということ。もう国王の裁判だってそうなんで、かつては、国王が勝手にこいつはもう死刑にしろとかいうことで、捕まえてきた者を死刑にしたりしていた。それじゃ許されないということで律し、法の、法的支配という言葉を作り出して、そして、これで裁判を適正にやっていこうと。あいつが悪いやつですよと言うならば、悪い証明をするのが国側であることはもう当然といえば当然なんですね。    〔理事浅野勝人君退席、委員長着席〕  フセインが証明しないから戦争を始めた、どこが悪いんだと。こういう考えについて、もちろん法学部を卒業しておられると思いますけれども、お二方、どう思いますか。
  54. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 恐縮です。私は経済学部でございますので、余り論理的ではないのかもしれませんけれども、それはさておきまして。  確かに大量兵器、大量破壊兵器は、このイラク監視グループによって発見されなかったという報告書が出たのは、委員指摘のとおりでございます。  しかし、私どもがあのアメリカの、米英軍等による武力行使を支持したのは、大量破壊兵器があるからとか、ないからとかいうことではなくて、累次の国連決議に違反をしていたということに論拠を置いているわけでございます。  そして、先ほど、お金を貸した、借りたという例えがいいかどうか分かりませんけれどもイラクに何度となく自らの潔白であるということを証明しなさいと言ったにもかかわらず、それはしなかった。しかも、いろいろな査察等々を、じゃ、なぜ妨害までしたんだろうか。妨害することなく、必要な書類、必要な場所等々を全部示しておれば、こういう武力行使という事態には至らなかった。やはり武力行使という事態を招いたのは、そういう国連の累次の決議に従わないイラクに私は非があると。  したがって、日本政府は、累次の国連の決議に従わないイラクに対するそういう制裁的な行為を是認をしたと、支持をしたということであって、私はやっぱり、ちょっと恐縮ですが、委員議論は、やっぱり何か、何がよかった悪かったかと。それは武力を使った、アメリカ、米英軍が武力を使ったという、そのそこの一点だけを見れば、それは武力は使わない方がよかったじゃないかと言われりゃ、それはそうかもしれないけれども、しかし、もうちょっと大きく見ると、やはりおかしかったのはフセインであり、当時のイラクだったということを見失ってはいけないのではないのかなと、こう私は考えます。  しかも、そのイラクは、確かに今回の調査ではなかったかもしれませんけれども、現実にかつて大量破壊兵器を持ち、かつそれを少数民族等に使用したことがあるという、まあ表現はちょっと不適切かもしれませんが、言わば前科のある身なんですね。まあ前科がある人が常に悪いことをするとはあえて言いませんけれども、しかし、それだけの疑惑を国際的に招いているということだからこそ九一年にさかのぼっての決議があるわけであります、国連の決議があるわけでありますから、やはり私どもとしては国連決議に基づいて取られた行動を支持するのは私は何ら不思議はないと、今になってもそう考えております。
  55. 大野功統

    国務大臣大野功統君) 佐藤教授に口頭試問を受けている学生のような心境になってまいりましたが、私は法学部出身でございますので、佐藤先生のおっしゃる、ないことの証明を自らやるというのが難しいというのは本当によく分かるんでありますけれども、ちょっと基本論から始めさせていただいて、申し訳ありません、簡単にします。  九・一一のテロによって、要するに一番世の中で恐ろしいのはテロであり、大量破壊兵器である、そしてまた、例えば専制独裁国家が大量破壊兵器を持つことである、こういう認識が強くなってきたと思います。その認識の中で、これはもう十二年間にわたってイラクについては国連決議があったわけでありますけれどもイラクが大量破壊兵器を持っているかどうか、これは正にポイントでございますが、このポイントについて、言わば国連の決議の中では査察を受け入れなさいと、この査察を拒否することによってやはり疑いが出てきている、こういうことであります。  したがいまして、何度も何度も十二年間にわたって国連決議を再度やりながら、何回もやりながら、結局受け入れないということは、その国連決議に違反するということは、持っているという蓋然性を高くしてしまう、これはイラク自らの問題であります。したがって、繰り返しますが、大量破壊兵器を持っている独裁国家、専制独裁国家が一番怖い、これは世界じゅうにそういう問題が広がったらテロの脅威として世界の平和や安全が破壊されてしまう、こういうことであります。  したがいまして、例えばイギリスのブレア首相も、情報が誤っていたということについてはおわびをするけれども、その武力行使をした、国連決議に基づいて武力行使をしたということは、当時も正しかったし、今日も正しかった、こういうことを言っているわけでありまして、私はやはり今結論として、外務大臣のおっしゃることで、ことと全く同じであるということを申し上げたいと思います。
  56. 佐藤道夫

    ○佐藤道夫君 私、言いたいことは、やっぱり最終、ぎりぎりになって物を言うのは法的な問題でしょうと、こういうことなんですよ。  あの当時は、もう世界じゅうにイラクの大量破壊兵器を摘発するために軍を進めるんだとアメリカははっきり言っていましたし、我々も聞いておって、多分持っておるだろうと。それを発見するのはもうアメリカがすぐにやるだろうと思っておりましたらば、いたずらに死傷者だけがどんどん増えていって、そして大量破壊兵器、そんなものは、さっきも言いましたけれども、情報機関を使って幾らでも調べ上げることができるんですけれども、全然出てこない、一体どうなっているんだという声が世界じゅうに起こり出したら、最後になってアメリカがようやく、情報機関が証拠を捏造したりいろいろやっていたものですから、こういうことになりましたということを言い出した。しかし、フセインを捕まえたということは評価してくださいと言うんですね。あんなことはもう最初から言っていたわけでも何でもないですよ。やっぱり大量破壊兵器、そんな危険な兵器を隠し持っている以上は、アメリカにお願いして軍隊を派遣してもらって摘発すると、それでなきゃ世界の平和は保てないと、こういう発想だったんでしょうけれども、それが何、平気な顔をしてフセイン大統領を捕まえたと。  そうして、もう一つ大変な問題、法治主義の観点からあるのは、フセインが今一体どこに何罪で入っているのか全然発表がないわけですよ。世界じゅうの人だれも知らない。一部のアメリカの軍と情報機関だけなんでしょうね。大統領は知っているかもしれません。こんなことは許し難いことなんですよ。それから、裁判も開かないでもう何か月も入れっ放しと。新聞報道などで時たまやられますけれども、何か独居房に入れておいて、便所掃除もやらされているんだと。それでもフセインは自分の説を曲げないで裁判になったら頑張ると言っておると。それも立派な態度なんですけれども。  これ、裁判の法治主義、裁判に適用されるのは大変重大なことなんです。おまえの夫はこういう罪名で、こういうことで逮捕・拘留して、今どこそこに入っていると、弁護人を付けたいなら付けなさいと、裁判はいつから始まるということを告知する、関係者にも告知することによって、ようやくいわゆる独裁主義から、独裁主義というのはこのやっている方が独裁だというんですよ、私は。  何、相手が独裁主義だから、悪いことをやっているから、捕まえてきてだれも知らぬところに入れておいて、そのうち裁判の形式を踏んですぐ、フセインに対しても間もなく裁判を始めると、すぐ死刑にするということをアメリカのさる有力者が言っていました。もう結論まで出ているんですね。これだって、きちっといつごろ裁判を開くと、弁護団はこれ以下何名で構成されている、何か問題があればその弁護団の人たちと相談しなさいと、これは当たり前のことなんで、どんなに極悪犯人であっても、捕まえてきてすぐ死刑にしちゃえなんということを言ったら、もうその国自体の存立が問われても仕方がないわけです。  オウムの麻原がそうでしょう。あれは松本サリンだ、地下鉄サリンだ、いろいろなことをやっていましたけれども、あのころの世論は、もうオウムがやったに違いないと、それは麻原がやらせたに違いないと。で、極端な人は、捕まえてすぐ死刑にしちゃえと、裁判なんか開く必要ないと、こういうことも言っておりました。それとフセインの裁判、同じことじゃないかと。  一体こんなことを世界最新の文明国だというアメリカやイギリスが結託してやっていいんだろうかと思わざるを得ないわけで、こういうことを閣議でもやっぱりきちっと議論をして、それを踏まえて、日本にもいろんなアメリカやイギリスの有力者がやってくるでしょう。こういう点、どう考えられているんでしょうかと、質問をすることも大変大事なことだと私は思っている。それから、あなた方が訪ねて、アメリカ訪ねていっていろんな人と会う際に、こういう問題があるんだけれども一体どうなのかと。今のフセインの問題については、この世界じゅうに法律を学んだというのが何十万、何百万人といるんでしょう、だれ一人おかしいということを言わないんですね。みんな、うん、しようがないな、そんなことで終わっている。東大教授だなんて威張っていて、あんた東大のどこで、法律を教えている、じゃこの問題どう考える、うん、それはねなんて、それで終わっちゃっている。  やっぱり、こういうことにきちっと議論をすることが新しい時代を作り上げていくことなんですよ。まあ、私の一方的なお願いかもしらぬ、しりませんけれども、あなた方が内閣、閣議で、あるいは海外の有力者と話し合うときにも、一つ議論として、こういうことが議論されているけれどもアメリカ、イギリスに任しておいていいんでしょうかと。今度は日本の総理大臣も、今度はあいつ捕まえろなんという、アメリカ勝手に言い出すかもしれませんよ。今まで日米関係を築き上げてきたら、今度は何か裏に回って変なことやっているから、うん、捕まえろ、捕まえろなんていうことで終わってしまうかもしれません。そして、裁判はろくな裁判もしないですぐ死刑と。そういうことを人類が抜け出すために何百年と掛かったわけですよ。そして今の司法制度を作り上げて、多分に手間暇掛かるかもしらぬけれども、まあしかし、きちっとやることはやっていこうというふうに私は思っておりますので、何か法学部出ていないと、別に自慢にもなることないんで、当たり前のことを言っているだけですから、大学卒業生としてどうお考えになるのか、お願いします。
  57. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 私どもが知り得る限りのこと、これはもう既に公表されたことばかりでございますけれども、昨年の十二月十日に当時のCPA、暫定統治当局というんでしょうか、これが当時の統治評議会が制定した人道に対する罪のため、イラク特別裁判所というものを作るということを発表したわけであります。この法律は、裁判所の手続について次のように定めるというふうに報道されておりまして、一つは、裁判所長はイラクの刑事手続法に従い、このイラクの刑事手続法というのは正にサダム・フセイン時代に作られた、あるいはその前かもしれませんが、手続法に従い、裁判手続及び証拠に関する規則を作ると。それから二番目に、告発あるいは裁判においてはイラクの刑法の一般規定が適用されるということでありまして、既にある法律にのっとってこれは行われる裁判手続ですよということがうたわれているわけでありまして、極めて恣意的にだれかが勝手にそういうルールを作ってやるというわけではないということがここからうかがえるわけでございます。そして、こうした今申し上げた規定は今年の三月八日に定められましたイラク国家施政法というのがございまして、その四十八条で追認をされているということで、したがって、これから行われるであろう裁判は、そのイラク国家施政法の下で行われると。そういう意味では、法律に基づいて粛々と行われるものであろうというふうに私ども理解をしているところでございます。  ただ、そうは言いましても、すべての面で、例えば今日本の司法制度で行われているようなもろもろの、例えば被疑者の権利の確保等々が全部行われているかといえば、それは多分違う面もあると思います。それはいいか悪いかといえば、それは望ましくないのかもしれない。しかし、今のイラクの置かれた政治状況の下で、少なくとも彼らの元々ある法律に基づいてやろうとしている、その部分だけは、やはり私どももそれなりに評価をしなければいけないんじゃないのかな、不十分な点はきっとあるんだろうと私も思います。
  58. 大野功統

    国務大臣大野功統君) 今……
  59. 林芳正

  60. 大野功統

    国務大臣大野功統君) あっ、失礼しました。  町村大臣から御説明がありましたとおり、この裁判でこれを裁いていくという道筋が付いておりますけれども、法と秩序を維持する、国内的に法と秩序を維持するということと、国際的に法と秩序を維持していくというのは大変難しい問題があるような気がいたしております。もちろん、国際司法裁判所はありますけれども、例えば戦争という国際紛争をどうやって裁判の中で裁いていくのかということは、やっぱり、例えば我々自身、日本の問題でもそうですが、極東裁判というのをどう考えるのかというような問題がありまして、非常に難しい問題じゃないかと思います。  やはり国連というものがもう少しそういう意味できちっとしていかなきゃいけないのかな、あるいは集団安保の問題をきちっとこれから構築していけば、こういう問題も少し、国際紛争という面でとらえましてね、国際司法裁判所がやっている問題は別として、そういう問題ももう少し明快になっていくのじゃないかな、これが先生のお問いに対する私の考えでございます。
  61. 佐藤道夫

    ○佐藤道夫君 終わります。     ─────────────
  62. 林芳正

    委員長林芳正君) この際、政府参考人出席要求に関する件についてお諮りいたします。  外交防衛等に関する調査のため、本日の委員会財務省理財局次長日野康臣君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  63. 林芳正

    委員長林芳正君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────
  64. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 まず、今、各委員のところに資料を配付をさしていただいております。    〔資料配付〕
  65. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 本来はカラー刷りなんですけれども、ちょっと費用の関係でモノクロになっていることをごしんしゃくいただきまして、構想をしていただいて見ていただければ有り難いと思います。  資料の配付ですから、正確にまず役所の方と確認したいと思います。  一番上の「池子の森。六分の五の緑は、残します。」。これは発行は自由民主党さんです。連絡先、国民運動本部長中山正暉先生ですが、中山先生は昭和五十年代後半に御自身の経歴でも国民運動本部長をされているというのが明らかになっております。政府としても、このチラシが池子市民に配布をされたということは承知をされておりますか、お尋ねいたします。
  66. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) 承知をいたしております。
  67. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 次に、「ご案内します。これが池子の住宅建設事業の全容です。」と。裏面もございます。「池子の緑は大部分残ります。」。これは、日付がこれはもう入っていないんですけれども、私の、あ、書いてありました、ごめんなさい。最初に今申し上げたのは平成三年十二月で、後の方は、これは書いてないんだな。これは防衛施設庁ですから、両方とも横浜防衛施設局ですから、これも事実防衛施設局から配布されたものだという確認と、もう一方が、リーフレット上は日付が書いていないように思いますので、これはいつまかれたのか、それぞれどの程度配布をされたのか、そのことについても防衛施設庁にお尋ねしたいと思います。
  68. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) 日付の入っているものは平成三年十二月、これが「ご案内します。これが池子の住宅建設事業の全容です。」と。これは右下に日付が入っております。それから、「池子の緑は大部分残ります。」。これは日付が入っておりませんが、これは昭和六十一年の六月で、部数が約三万部でございます。
  69. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 ありがとうございます。  六十一年六月に三万部。平成三年十二月のは、これは何万部配布したんですか。
  70. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) 二万七千でございます。
  71. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 ありがとうございます。  それから、資料、お手元には、各委員のところには届いてないんですが、いわゆるよく言う三者合意、平成六年十一月十七日、防衛施設庁長官、逗子市長、神奈川県知事、それぞれ当時の長官、市長、知事の名前が記載されて公印が押されているのがございます。  この合意書の一番最初の書き出しの部分、防衛施設庁、逗子市及び神奈川県は、池子住宅地区及び海軍補助施設米軍家族住宅をめぐる懸案の円満な解決のため、米住宅建設事業に係る逗子市要望につき協議を進めてきたところ、次のとおり合意をしたということが一番最初の書き出しで、以下、項目が続いていくわけですけれども、この「防衛施設庁、逗子市及び神奈川県は、「池子住宅地区及び海軍補助施設」の」という、この池子住宅地区及び海軍補助施設というのは、今それぞれ三件のリーフレットを今いつごろ何万部というふうなお尋ねをしましたが、例えばこの共通しますのは、一番見やすいのが、それぞれ見やすいんですけれども、一番上にとじた関係で、ある程度現地のを見ながらやり取りをさしていただきますと、「池子の森。六分の五の緑は、残します。」ということで、自民、自由民主党が発行したこの航空写真、航空写真の「東側上空から見た池子の森」、下の方に、写真の部分の下に、実線部分は池子弾薬庫で、点線部分が池子住宅建設区域ですと。この実線部分が池子弾薬庫ということで、寸分たがわずということは別にしまして、この実線部分が合意書で交わした池子住宅地区及び海軍補助施設という理解でよろしいですね。
  72. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) いわゆる池子住宅地区及び海軍補助施設というふうに、これはいわゆる池子の森というふうに言い換えてもいいかと思いますが、いう表現を使った場合には、この写真にございます実線部分全体、面積で申し上げますと約二百九十ヘクタールということになろうかと思います。
  73. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 ですから、今私が尋ねましたのは、じゃ、この自由民主党、自由民主党と言うのもあれですから、政府とやってますから、これはまあ二枚目のこの航空写真見た方がいいかも分かりません、政府の、防衛施設局の。「建設中の米軍家族住宅の全体配置図です。」ということ。これをひとつそれぞれ見ながら確認をさしていただきたいというふうに思います。  したがって、これは防衛施設局が二万数千枚、逗子市民に説明資料として配布をしているわけですけれども、それを改めて確認さしていただきました。  これも航空写真等を活用していると思うんですが、この広域的な広い部分の提供区域、提供区域。ですから、先ほど私は三者合意でですよ、いわゆる三者合意で「「池子住宅地区及び海軍補助施設」の」と言うときには、と言うときには、この写真から見て提供区域、このことを指しているのではないですかというふうにお話ししているんですけれども、そのこと、そういうことでお答えください。
  74. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) これは、神奈川県、逗子市、それから私ども国、三者で、三者合意に至る過程でいろんな議論がなされております。  どういったテーマについてどういった内容の議論がなされているか、そういう議論の前提として、どういうその施設区域を念頭に置いて議論がされていたかということでございますが、いわゆる米軍家族住宅の建設をめぐる問題というその三者合意の取っ掛かりの議論としては、これは昭和五十七年の夏でございますが、どこに建設をするかというようなこともはっきりはしていなかったという時点では、これ、横浜市も相当大きな問題意識を持っておられたということでございまして、その時々でどういうものを念頭に置いて、どういう面積の広がりを想定をしてその議論をしていたかということは、これはまあ後ほど御議論がおあろうかと思いますけれども、様々なものがあろうかと思います。  ただ、いわゆる池子の森あるいは弾薬庫と言ったときには、先ほど来お示しの、面積にして二百九十ヘクタール全体を指しているというふうに私ども理解をいたしております。
  75. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 池子の森、池子の森とあなたおっしゃっているけれども、池子の森と書いてあるから池子の森と言いますが、提供区域と書いてあるじゃないですか、提供区域。あなたが、それ、駄目ですよ、きちんとやっぱり答えておかないと、国会なんだから。合意書、あなた方の先輩の宝珠山さんが、防衛施設庁、逗子市及び神奈川県は、池子住宅地及び海軍補助施設のということから始まっていく合意文書だから、この池子住宅地及び海軍補助施設と聞いて、この写真を見ながら言いながら、これが提供区域、このことから、この提供区域のことでやり取りした話でしょうということを私は言っている。この池子の森、池子の森って、提供区域という言葉使ってください。  指摘しているとおり、池子住宅地及び海軍補助施設というのはこの提供区域のことを言うんですというふうにスタートしなきゃ話になんないじゃないですか。
  76. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) これは、これまでの国会でのいろんな御議論がございまして、いわゆる家族住宅の追加建設をしないという議論になった場合の対象区域がどこを指すかということになってきますと、これは逗子市の側と私ども見解の相違が生じているわけでございますが、この三者合意にございます「池子住宅地区及び海軍補助施設」と言った場合には、二百九十ヘクタール全体を指しているというふうに理解をいたしております。
  77. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 後から現時点の状況について聞きますから、きちんと、質問したことにきちんきちんと答えていただかないと、今、その焦眉の逗子市、横浜市いろいろ、いろんな対応がなっておることは承知の上で私話をしているわけですから。  いずれにしろ、この前も私申しましたけれども部長にもお答えをいただいておりますが、異なる自治体の対応がしているということはどういうところに原因があるんだろうかということを私は解明させていただきたいということを実は前提にあるわけですから。ですから、平成六年十一月十七日、長い道のりをたどってきたけれども、逗子市の、逗子市そして神奈川県知事、防衛施設庁長官が合意書、いわゆる三者合意というのは、防衛施設庁、逗子市及び神奈川県は、池子住宅地及び海軍補助施設のと言うときに、この航空写真で言う提供区域、この中で合意をされた私はやり取りだったということで、今、再度何回かやり取りしましたけれども、今、防衛施設庁長官としてお認めになったわけですね。  それで、改めてそれでは、その合意書、防衛施設庁が三項に、「逗子市要望のいわゆる三十三項目について、次によるほか、将来必要が生じたとき、昭和五十九年の横浜防衛施設局長回答を基本とし、事情の変更を考慮しつつ対応する。」と、こういうふうにございます。  この事情を考慮しつつとか、いろいろやり取りもその後自治体同士しておりますけれども、これも資料として私も入手しておりますが、逗子市要望のいわゆる三十三項目、このことについて、この住宅建設の部分についてどういうふうに、当時政府の方が回答しているかといいますと、住宅建設戸数の限度を遵守することについて、家族住宅を追加する、建設、追加建設する考えはないと、家族住宅を追加建設する考えはないということが、この合意の前の昭和五十九年、五十九年の横浜防衛施設局の回答としてされて、そのことを平成六年の十一月十七日のいわゆる三者合意である意味で再確認をしていると。こういう経緯でよろしいですね。
  78. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) 三者合意において引用しているものは今御指摘になったものだと。すなわち、横浜防衛施設局長から昭和五十九年に逗子市長に対して考え方の表明がなされたというものだということでございます。
  79. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 それで、改めてこの三種類のリーフレットを見ながら、多分委員の方は、私もどこに逗子市域と横浜市域の白線なり黒線といいましょうか実線が入ってくるのか、正確にはなかなか御説明するのが不可能なんですが、委員の方にも御理解をいただくということで、この真ん中に事業計画区域というのがありますが、ここに現在では米軍家族住宅が建設されておりまして、もう供用中でございます。そして、右側の方に、上から下にかけて道路のようなものがある。これは道路なんですが、いわゆる横浜横須賀道路というもので、上の方に三信団地というのがあります。これは横浜市域分であります。  横浜市域は、この横浜横須賀道路からこの事業計画区域の方に、左側の方にずっとこう行ったところが、これが横浜市域、横浜市金沢区になっていくわけですけれども、この大部分が確かに逗子市域でありますが、このいわゆる提供区域というのは、逗子市及び横浜市市域分ということになっていくわけで、実は、この米軍家族住宅を池子弾薬庫跡地に建設するに当たりまして相当な長時間、年数を要しまして、市議会は議員選挙、逗子市市長解職、リコールとか様々なことございまして、そして最終的に、この平成六年、度々、今日資料がなくて恐縮でございますが、三者合意というところに至っております。  これはまあ、逗子市民が確かに池子の森を守れと言うときには、池子の森ということで、逗子市、池子というふうな連想をしますが、神奈川県知事がテーブルに三者合意で入ったということは、神奈川県全体、県民的な立場に入って池子全体の緑を守る、緑地を守るということで、実はテーブルに着いて合意をしてということについて、これはある意味では常識的なことであって、もし政府が当時から、当時からこの横浜市域分、池子分、逗子市分ということを分離して考えるならば、少なくとも提供区域両自治体間の線引きをしながらやり取りをしなきゃならないことになっているにもかかわらず、今回の、このいわゆる新たに米軍住宅を建設するに当たりまして、巧妙にもですよ、巧妙にも、私は詐欺じゃないかと思うんですけれども、これだけ残ります、残りますと、緑は残りますと言っていながら、今度はこの横浜市域分に根岸住宅の移転分、そして新たな建設、横浜市による提案では四百戸が百戸減らされて三百戸になるというから、計七百戸。このいわゆる横浜市域分に新たに七百戸建設しようということが提案をされている。  このことに関して、今、逗子市の方は、当時の三者合意や政府側の提案からしておかしいではないかと、問題ではないかというふうに実は至っておりまして、不幸なことに、私も度々このことを昨年来取り上げまして総理大臣とやり取りさせていただきまして、政府は逗子市ときちんと協議をするようにという指示をされておりまして、一方、横浜市は、横浜市と政府防衛施設庁を中心にやり取りをする中で、これは横浜市域分は含まれませんと、横浜市域分は含まれないんだから横浜市で判断していただいて結構ですということを防衛施設庁が横浜市に説明をしている。これは事実ですか。
  80. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) これは、いわゆる池子の家族住宅の問題は、足掛け十年に及んだ問題でございます。三者合意の議論、あるいは今日お示しのチラシのその議論、いろいろございました。  ただ、私どもは、あくまでも今回計画をいたしておりますのは横浜市域における住宅の建設ということでございますから、当然一義的には横浜市の方といろいろお話をさせていただくということでございますが、ただ、これまでのそのいろんな経緯、あるいは市民の方がいわゆる池子の森の緑について強い関心を示してこられたということからも、行政区域外のことであるから一切その説明をする必要がないとかいうような考え方は毛頭持っておりません。  昨年の夏以来、種々私ども考え方等についても逗子市の方に御説明をさせていただく努力もし、現に、私あるいは前石破長官も長島市長とお会いをしていろいろ私ども考え方の御説明をさせていただいたという経緯がございます。ただ、あくまでも行政区域としては横浜市域において住宅の建設を計画をしているということでございます。
  81. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 多分、委員の方は詳しく現地なり経緯について御案内ないわけで、私のやり取りについて不明確な部分があるかも分かりませんが、このリーフレットを見る限り、説明も今聞いているとおり、最初の昭和六十一年ですか、配布をされた「池子の緑は大部分残ります。」、二百九十ヘクタール。二百九十ヘクタールというのは横浜市域分も入るんですよ。という中で、現在のままの面積、二百四十足す五十で、造成区域五十ヘクタールという説明をして、そして様々な過程の中で三者合意になったんですよ。  先ほど来から説明している「建設中の米軍家族住宅の全体配置図です。」というところにこの面積も書いてありますよ、この「ご案内します。これが池子の住宅建設事業の全容です。」と。これにも全面積二百九十ヘクタール、一〇〇%と書いてあるじゃないですか、裏表。横浜市と逗子市と違いますなんて書いてないじゃないですか。こういった、防衛施設局は、防衛施設庁は資料を配布をしながら、そして様々な過程の中で三者合意をしたときに、提供区域、そして、先ほど来言う池子住宅地区及び海軍補助施設ということでのやり取りをして合意をしたわけでしょう。  当時、それじゃ、横浜市に横浜市域分に家族住宅建設なんて提案していないんですよ。この提供区域の中には逗子市域のここの部分、事業計画区域だから逗子市は要望してやり取りをしていて、昭和五十九年に追加建設する考えはないとかという、こういう確認を取りながら最後に平成六年に三者合意をしているんですよ。  詐欺ですよ、詐欺、率直に言うと、今やられていることは、今。二百九十ヘクタール、何回もやっているじゃないですか。そしてまた、自由民主党の中山先生の、まあ国民運動として政府一体となってやられたんでしょうが、ちゃんと航空写真と同じように面積書いてあるじゃないですか。与党・政府と一緒になって多分一生懸命説明されたんでしょう。これだけの提供区域ですよと、ここで住宅、あとは広範囲な、残りは、緑地は残るんですよということで一生懸命やられたんでしょう。そして、一生懸命やられて三者合意をしたと。今度は、それは逗子市とやり取りで、建設は横浜市域は違うんですと。こんな説明通りますか、あなた。
  82. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) これ、昭和五十七年以降、十年歳月を要したわけですが、その過程で地元の御理解をいただくために私どもが逗子市あるいは逗子市民の方々に何を約束をしたのか。昨年の施設調整部会において、横浜市域において約八百戸の米海軍家族住宅の建設をしたいということで日米で調整が整って以降、国会においてもいろんな御議論がございました。とりわけ、今申し上げた私ども防衛施設局あるいは防衛施設庁が地元に対して何を約束をしたのかという観点から取り上げてこられましたのが、いわゆる平成六年の三者合意であり、あるいは先ほど来お示しのチラシであるわけです。  このチラシは、昭和六十年前後、何回かにわたって作成、配布をいたしておりますが、これ、米軍家族住宅の建設の必要性をまず御理解をいただく。当時、逗子市民の方々の中には、家族住宅の建設によっていわゆる池子の森のほとんどがなくなってしまうのではないかという御心配もございました。そこで、同施設全体二百九十ヘクタールと住宅建設の計画区域、約八十ヘクタールでございますが、それの関係を説明をするために種々こういったチラシを作成をしたということでございまして、その時点において、残余の部分について一切将来において家族住宅の建設をしないというような意思を明示をするという性質のものではございません。
  83. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 そうすると、もうそのときから、今のあれですよ、長官、重大なことですよ。一生懸命家族住宅を建てるために逗子市民を中心にチラシを配布をしたけれども、当時からもう将来的には家族住宅を建てないと約束したものではなかったということなんですか。そういうことですよ。いや、そういうふうに言ったんですよ、あなた。
  84. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) これ、その時々のニーズと申しましょうか、家族住宅の建設に限っていえば、具体的にどこにどれだけの戸数の住宅を建てる、あるいはその前提として、どれだけの住宅戸数が不足をしているかというような米側との関係においてどういう取組を必要とするかということにかかわってくるわけでございまして、当時の時点で、昨年あるいは今現在私どもがやろうとしているようなことが予想されていたというわけではないという意味で申し上げたわけでございます。
  85. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 当時約束したことと状況が変わったということですね。当時約束したことと、今度新たに横浜市域に、例えば状況が変わったということを言いたいわけですか。
  86. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) 先ほど申し上げましたように……
  87. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 簡単に言ってください、簡単に。そうなんですか。
  88. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) 私どもが何を約束したかという観点から、このチラシにおいては残余の部分に将来においても家族住宅の建設はいたしませんというようなことを明示的に約束をしたというものではないということを申し上げたわけでございます。
  89. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 重大なことですよ、あなた。議事録に残りましたからね。  あなたの今、発言を逗子市民、神奈川県民に知らせたら、裏切りじゃないですか、そんなの。何のために何年間もやっていたんですか。最初からおかしいということじゃないですか。当時はそうだったけれども、そうじゃないということなのかと言ったら、最初からそういう考え方があったということじゃないですか、そんなの。ひど過ぎるよ、それは、あなた。
  90. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) これ、先ほども申し上げましたように、私どもがどういう意図目的を持ってそのお示しのチラシを作成、配布をしたかということで申し上げているわけでございまして、残余の部分について将来にわたってこれこれこうだというようなことを、その意思を、目的を明示するために作成したものではないということを申し上げているわけでございます。
  91. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 駄目だよ、そんなこと言って、あなた。  読んでくださいよ、これあなたが発行したやつ。「池子の緑は大部分残ります。」と、真ん中辺に、現況、将来とも変化ありませんと書いてあるんじゃないですか。そんなでたらめなこと、国会答弁ずっと続けて通用すると思っているの、あなた。できないですよ、こんな、真剣に。いいよ、そんなの。全くもう。
  92. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) これ、先ほども申し上げましたが、あくまでも二百九十ヘクタール全体に及ぶ池子の緑がどうなるか。それとの関係で、約八十ヘクタールの住宅建設計画区域がどういうふうにとらえられるかということを、両者の関係を御説明をするために作成をしたということを申し上げているわけでございます。
  93. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 説明するためじゃないの。説明は説明だけれども、住宅建設が必要だからといって政府は与党一丸となってチラシ配布したんですよ。そのときの約束なんです、これは。政府ですよ。税金使ってるんだ、あなたたち。何言ってんのよ。事情が変わったら変わったって、白紙に戻したということを説明して、県とか逗子とか横浜とか何かに、県民に説明するのは当たり前の話じゃないですか。  私はこれまでも何年も国会、何年もと言ったら何十年も国会議員やっていませんけれども、地元の家族住宅の問題について必要性分かっていますよ。だから、横浜市内の四施設の返還がいろいろあるという中で本当は、日米安保条約、地位協定に基づいて、不必要となった、遊休地になっている、もうそういうところにすればもうルールに基づいて返還するのが当たり前じゃないですか。いや、政府の方は、アメリカの方からいろいろ用途を、何というか、ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ言っているから。何だったら日米安保に地位協定、そんないい加減な話じゃないかということもいろいろ何回もやっていましたよ。何回もやっていく中で今回その横浜市内の米軍施設の返還というのが対象に入ってきた。片方で今度住宅をということ。  しかしですよ、しかし余りにもひどいんじゃないですか、こんなやり方についての説明の仕方も。もっと別な対応の方法があったんではないかということを私は言いたい。そういう話になんないですよ、これじゃ。いや、待ってくださいよ。あなたは、何万部だっけ、二万七千部とか三万部、「池子の緑は大部分残ります。」「現況・将来ともに変化はありません。」と。税金を使って、そしてチラシを配布して、そしていろんなやり取りがあって、そして三者合意に至ったことに関して、私は、その後の状況変化ということでいろいろ話をしようかな、するんじゃないかと思っていたけれども、当時からもうそういうことで、そうじゃないという含みで話をしている。  防衛庁長官外務大臣防衛施設長官と私が一対一でやり取りしていました。これは日米間の問題で、これ政府として、実は政府が、政府が確かに当時の宝珠山昇防衛施設庁長官でありますが、大変なこれはもう年月掛けて、問題で、これは外務省も、それから防衛庁防衛施設庁、大変なこれ実はことでございまして、私は、今施設長官のこれだけ事実のこれが資料がありながら、この資料そのものについても否定するかのような答弁をしている限り、私はこれ以上このことに関しては答弁できないです、あっ、質問できない。  できれば、私は、予測としても、これ以上のやり取りしても施設長官、何か出るんですか、何か話。政府一体として、これ以上私はこのことに関して質問を留保せざるを得ません、やり取り聞いてて。県民、市民に対して明確な、なぜ昭和六十一年、そして、繰り返しませんけれども、昭和六十一年、平成三年、そして平成六年の合意書、このことについて、池子住宅地及び海軍補助施設、これは全市の、池子の緑であり、横浜市域分、金沢の、池子のものも全部含めたところで提案をして、そして三者合意に至ったはずなんです。そのことに関して、もう当時から現況・将来ともに変化ありませんと書いていながら、説明の資料ですという域を、しか出てないんですよ。  私は、あえて言うならば、先に話をさしていただければ、状況が変わったなら変わったということを政府として、政府としてですね、自治体や市民に説明をすべきだと、変わったなら変わったということで。三者合意はありましたと、しかしその後、家族住宅というのは必要なんですということで胸襟を開いて話し合うというのが、これは政府のありようだと思うんですけれども、そのことについて、そういう見解に立たない限り、私はこれ、この問題というのは進まないと思いますよ。そういう統一見解を出すべきだというふうに思いますけれども、いかがですか。  もういいですよ、長官長官長官長官ですよ。
  94. 大野功統

    国務大臣大野功統君) この問題につきまして説明ぶりにつきまして再検討さしていただきますが、再検討さしていただきますということでございます。
  95. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 是非、事実経過を調べていただいてきちんと答弁していただきたいんです。もうこれ重大なことです。  それから、大分時間がなくなりましたが、せっかくですから逗子市に関係するといいますか、逗子がですね、いわゆる仮称軍転法、まああの古い軍転法を今更何をというふうな御指摘を、いぶかしげにお思いの委員の方もいらっしゃるかも分かりませんが、これは一回衆議院の方でも、安保委員会外務委員会か、私ども神奈川県選出の大石議員が財務省と理財局次長とやり取りしています。  理財局次長、参考人で御出席ですけれども、この大石委員とそれからやり取りしたときはあなたですか、理財局次長さん、替わっていますか。
  96. 日野康臣

    政府参考人(日野康臣君) 前回御答弁申し上げたのは私の前任者でございます。
  97. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 同じことを質問するんですけれども、今日どういうことで、来ていただくということでお呼びしていますが、前任者から新しい、替わられているんですが、前任者どおりの答弁ということですか。
  98. 日野康臣

    政府参考人(日野康臣君) お尋ねの話は、逗子市に軍転法の適用をするように法改正すべきではないかという御質問だと思います。  逗子市が旧軍転市転換法、いわゆる軍転法施行当時、横須賀市の一部であったということは承知しておりますが、昭和五十九年の衆議院予算委員会におきまして、内閣法制局より御答弁しておりますが、軍転法第一条に規定しております横須賀市とは、地方自治法上の地方公共団体としての横須賀市をいうものと解されます。このため、逗子市について軍転法の適用はないものと考えております。また、この軍転法は、さきの大戦により甚大な被害を受けた旧軍港市を平和産業港湾都市に転換することにより、平和日本実現の理想達成に寄与することを目的としており、戦後五十有余年を経過した今日において、軍転法を改正してこれを新たに逗子市に適用する意義に乏しいものと考えております。
  99. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 今回新たな横浜市域分の家族住宅ということもありますが、なぜ逗子市がこの軍転法適用ということは、このいろいろチラシ、リーフレット類のやり取りの中で今家族住宅があり、そして公共提供施設というふうにありますが、逗子市が改めてこのいわゆる提供区域から返還されて、あるいは国側の方から逗子市で活用してほしいときに、財政的な点がある、これは軍転法そのものは財政的な裏付けの問題であるというのは理解の上ですけれども、改めて軍転法ということについての位置付けの重さについて、ある意味では私は、行政あるいは市民も議会も私は理解始めたと思うんです。  経緯的に今もお話ありましたとおり、この逗子市は横須賀市から区域分かれているんです。この軍転法ですと横須賀市域なんですよ。逗子町、逗子町は住民投票をこの、住民投票で当時の軍の跡地を格安であるいは無償で払下げ、特権を与える軍転法は、住民が直接投票で得なきゃならないということで、その後、昭和二十五年六月四日投票、二十八日公布、施行、そのときは逗子市域に入っているんですよ。逗子市域の、この市民の、あっ、ごめんなさい、横須賀市民ですね、横須賀市民。ところが、軍転法施行の三日後、昭和二十五年七月一日逗子は横須賀市から独立したんですね。それなのにそのときに逗子町には軍転法の権利が付いていない。第一条に、軍転法の第一条に逗子の町、逗子町の名が書き込まなかった、そして五十四年が過ぎた。  その今はもう当時のというふうに言えますけれども、いわゆる区域としては市民も、市民もですよ、市民も軍転法の対象区域ということで、横須賀市域の区域だということで望み、そして法律ができたけれども、横須賀市と区域が分かれてしまったということの中での五十数年があって、そして五十、この何十年かの間に、最近この弾薬庫の跡地が一部米軍住宅になり、そして米軍住宅が建つ中で、あるいは様々な公共施設なり提供施設をしようということで三十三項目にわたる合意があると、こういう、大ざっぱに言えばそういうことなんですよ。  今更と言われるかもしれない、つまり逆に今更なんだけれども、当時は横須賀市民であり、横須賀市域であったと。一度内閣法制局が答弁したから、それを後生大事にやっていくというふうなことも、役所はそういうふうなことが好きかも分からないけれども、もう一回この議員立法で提案されたときの経緯とか法の精神とか、そして日米慣行もあり、政府と逗子市と交わしたこと等、いろいろ約束を履行するために逗子市が様々な苦労をしている中で、この軍転法適用ということをいろいろ研究したときに、相も変わらず同じような答弁をしているということについて私は、国民をやはり代表する行政として非常に冷た過ぎると、率直に言って。冷た過ぎますよ、それは。  外務大臣防衛庁長官外務省防衛施設防衛庁にこのことは、軍転法の適用を逗子市にということについて通告をしておりません。強いて言えば防衛施設庁に、私は防衛施設庁にこのことの、軍転法適用のことについてやり取りをしようと思ったんですが、いや、それは議員、財務省ですという話になりましたので、急遽いろいろ私も調べまして、確かに理財局次長が、大石議員への答弁があると。しかし、古証文じゃあれですので、出してきているわけですよね。こういうことはやはりもう一度洗いざらい出していただきたい、政府で。  私はこれ別に取引するつもり何もないんですよ。これは、軍転法は軍転法、先ほどの提供区域の、新たな横浜市域分の住宅建設は住宅建設、別な次元の話だと思いますが。言ってみれば、市民のあるいは県民の様々な要望について、先ほども言葉として言いましたけれども、冷た過ぎる答弁が、回答が続いているんではないですかということを言いたいわけで、研究していただけませんか、早期に。外務大臣防衛庁長官、研究してくださいよ。
  100. 山中昭栄

    政府参考人山中昭栄君) 軍転法の問題は、私ども平成十二年の二月、逗子市長から当時の大蔵省、外務省のほかに要請をいただいておりまして、考え方は先ほど財務省の方からお答えがあったとおりだと存じますが、ただ私どもは、施設区域が所在する地方公共団体の、いろんな基地が所在することによるその不具合といいましょうか、騒音の問題もありましょうし、あるいは事件、事故の問題、さらには基地が所在することそのものが交通網の整備とか町づくりの障害になるというような状況にどうそれを、その改善をしていくかという観点からいろんなお手伝いをさせていただいているわけでございまして、逗子市につきましてもいろんな問題がこれまでございます。  見解の相違等が生じた問題もありますが、ただ、地元のいろんな御要望等については私どもとして、周辺対策あるいは各種交付金等を通じてどういう町づくり等の観点からのお手伝いができるかという観点からの取組をやってきておりますが、こういうものについてはこれからも引き続ききちんと対応していきたいというふうに考えております。
  101. 林芳正

    委員長林芳正君) 齋藤君、まとめてください。
  102. 齋藤勁

    ○齋藤勁君 大臣ね、研究、検討ぐらいいいんじゃないですか、研究、検討ぐらい。両大臣外務大臣でも大野長官でもいいですが。
  103. 大野功統

    国務大臣大野功統君) 法律というのは適用条件きちっといたしておるはずでございます。それに基づいて施設長官はお答え申し上げているし、財務省の方も答えていただいているのではないかと。それから、地域、その地域並びにその周辺の問題については、今施設長官から総合的に判断してやらせていただいておりますという趣旨の発言でございます。  法律問題、私自身細かには存じておりません。しかし、必ず法律というのは要件に従ってきちっと適用されているという状況でございますから、その点は御理解をちょうだいしたいと思います。
  104. 澤雄二

    ○澤雄二君 公明党の澤雄二でございます。よろしくお願いを申し上げます。  最初に、外務大臣アメリカ大統領選挙の結果について一つ質問をさせていただきます。  今、東京証券取引所の前場の数字が届きまして、前日比八十二円四十四銭高というので、兜町は大統領選挙の結果を好感しているようでございます。ブッシュ大統領が再選をされたということで、日米外交の基軸に特に大きな変化はないというふうに思いますが、イラク関連について一つ質問をさせてください。  それは、御存じのように大接戦でございました。ということは、ブッシュ大統領イラク政策についてアメリカ国民の半分近くが言わばノーの表示をしたとも言えるわけでございます。これで大統領選挙終わりましたので、アメリカイラク政策もこれから動いてくるんだろうというふうに思われますが、現在、十五万人近くの米兵が駐留をしていて、もうこれ以上の投入はよほどのことがない限り難しいだろうと言われています。一月に国民議会の選挙があります。これが終わると、漸次米軍の撤退というのがスケジュールに上ってくるんだろうと思われています。その時期ですとか規模についてはまあ分からないと思いますけれども日本のサマーワの自衛隊、これの撤退の時期はどういうふうに想定をされていますか、お答えください。
  105. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 自衛隊の派遣問題、その延長問題、十二月十四日に期限が参るわけでございまして、これもこの委員会でも累次、私あるいは防衛庁長官お答えをしておりますとおりに、今いろいろな状況が動いております。また、国際状況も動いております。また、現地の治安状況等も。まあいろんな要素を総合的に判断して決めていこうということでございまして、もちろん法律の性格が時限法でございますから、未来永劫にということでないのはもう明らかでございますけれども、しかしどこかの時点でそれは撤退するということになりますが、それが十二月十四日が境なのかどうなのか、この辺はよくこれからの事態の推移なども見極めて判断をしていきたいと考えております。
  106. 澤雄二

    ○澤雄二君 それでは続いて、米軍沖縄での墜落事故、ヘリの墜落事故についてお話を伺います。  最近のニュースでは、普天間に配備されていました同型機の米軍ヘリ三機が十月の二十八日、岩国に移りました。しかし、依然として沖縄の県民の皆さんは大きな不安の中にいる。そして、事故直後、沖縄の県民だけではなくて、日本のいろんな方たち、多くの方たちが非常に疑念、疑惑、不安に思ったことがあります。それは、墜落した米軍のヘリに劣化ウラン弾が積まれていたのではないかという一部の報道でございます。しかし、これは誤報であることが確認をされました。誤報でありますが、新たな問題が浮かび上がってきました。そのことについてお話を伺いたいと思います。  まず最初に、事実関係でございますが、米軍のヘリは、八月の十三日午後二時十五分に事故が発生をして、事故直後、米軍と一緒に日本の、沖縄の消防隊それから警察も現場の警備それから消火活動に当たりました。しかし、間もなく米軍側がロープを張って事故現場の保守を図ったと。その後はしばらくは日本の消防、警察は、いわゆる墜落現場そのものでございますが、立ち入ることができなかった。そのことの確認をまず最初にさせてください。
  107. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) まず、事故の発生でございますけれども、これは我々、アメリカ側とも確認をいたしておりますけれども、二時十八分に事故が発生をいたしております。その後、警察は一一〇番により事故を認知いたしまして、また消防も一一九番によりまして事故を認知いたしまして、二時二十三分には米軍が現場に到着をいたしたと。また、沖縄県の警察機動捜査隊員も到着をいたしております。また、二十七分には宜野湾市の消防が現場に到着をいたしているわけでございます。  それで、我々が警察から聞いておりますところによりますれば、大体三時半ぐらい、事故が起きましてから一時間ちょっとぐらいのときから米側と日本側の間で言わば調整が行われまして、現場の直近、これについてはいろいろな危険性もあるだろうということで機体を一番熟知している米側がこれを言わば警備するということで、その周辺については沖縄県警が警備をするということが決まったというふうに聞いております。
  108. 澤雄二

    ○澤雄二君 そういう説明、聞いております。  そして、八月の二十六日に外務省の北米局が公明党の議員に対してそういう説明もしてくださいました。具体的なその報告書を読み上げると、警備については当初から現地の警察と米軍が連絡を取り合って、墜落現場直近は安全性の懸念もあり主として米軍が、直近周辺を主として県警が実施。十五日夕刻以降は、二次災害の危険性がなくなったことから、事故現場直近でも共同の警備実施というふうに説明をしてくださいました。  ここでお聞きしたいのは、事故直後、安全性の懸念があった、二次災害の危険もあった、この安全性の懸念、それから二次災害の危険性ということについて外務省はどういう認識をされていますか。
  109. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) これは、先ほどのような直近については米軍が、その周辺は警察が警備を行うという確認をいたしました際に米側からそのような趣旨の説明があったというふうに我々は聞いております。  その意味するところでございますけれども、例えば、燃料に引火することによる爆発、あるいは漏れた燃料の気化による中毒、あるいは建物の崩壊等、一般にこのような航空機の事故が発生した際に考えられるような危険を念頭に置いて米側が説明をしていたというふうに理解をしておりまして、八月の十五日夕刻以降は、米側からこのような危険性はなくなったという説明を受けた形で、警察も現場直近に参りまして共同で警備を行うこととしたというふうに理解いたしております。
  110. 澤雄二

    ○澤雄二君 十五日というのは四十八時間以上たっているわけでございます。米軍の説明にあるように、漏れた油に引火して爆発する危険がある、若しくは建物の倒壊の危険性があった。常識的に考えて、地面に漏れたオイルが四十八時間後にも更に何かに引火して爆発する危険性ってあるのかなと、普通に考えればです。それから、建物についても、その後、建物の中に入って現場検証もされていますし、あの建物の状況を見て、あの建物が倒壊する危険があったとは普通には考えられないわけでございます。  そうすると、米軍が現場に日本の警察、消防を入れなかったのは何かほかに理由があったんではなかろうかということも推測ができるわけでございますが、これは警察庁の方にお聞きしますけれども、十四日の日に米軍と一緒になって県警が現場検証、いわゆる墜落現場の現場検証をしたいという申入れをしましたが、それが実際に認められるのはいつのことですか。
  111. 岡田薫

    政府参考人岡田薫君) 現場検証についてのお尋ねでありますけれども、いささか検証という言葉と実況見分ということとちょっと人によって混同があるかもしれません。  御説明を申し上げますと、今回の事案につきましては、事故当日の夕刻、沖縄県警から米軍当局に共同の実況見分を申し入れました。これはお断りしたいということでございました。その後、令状を取りまして、令状に基づく検証を行おうといたしましたところ、米軍財産である機体の検証については日米地位協定上必要とされる同意が得られなかったということであります。  そうしたことを前提として、県警では、八月十三日の事故発生直後から十五日までの間、必要に応じ現場に立ち入って実況見分を行うとともに、八月十七日と十九日には令状に基づく現場の検証を行っているというものでございます。
  112. 澤雄二

    ○澤雄二君 それは間違いないんでございますが、先ほど北米局長が言われた十五日というのは、アメリカ側がロープを張ったいわゆる外側の間近なところまで入ったということ。それから、十七日の今説明のあったものについても、これもロープの中側には入れていません。十九日、機体が撤去されて初めていわゆる墜落現場に入っています。  この遅れたことを私は今日は追及するつもりは全くなくて、なぜそこまで米軍が中に入れなかったのかということを別の視点からちょっとお聞きしたいと思っています。  七七年に横浜でファントムが落ちた。このときは、翌日、もう合同で墜落現場に入っています。今回は、十九日、機体が取り除かれるまでいわゆる墜落現場には近づくことができなかった。  それで、ちょっと質問の角度を変えてみますけれども、これは事故直後の新聞記事の写真でございます。これはもう皆さんごらんになっていると思いますけれども、三種類ぐらいの防護服を着て現場検証をしています。これはマスクが付いています。これは全く外気を吸入しないために酸素ボンベを付けています。
  113. 林芳正

    委員長林芳正君) 澤君、理事会であらかじめ提示していただいた資料のみを用いて質疑をしていただければと思います。
  114. 澤雄二

    ○澤雄二君 ああ、そうですか、済みません。申し訳ありません。  それで、もう一つの写真はガイガーカウンターで放射線量を計測をしています。  こういう映像、テレビ、新聞その他で大臣もごらんになったと思いますけれども、こういうことをごらんになってどういうことを認識されましたですか。
  115. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 先ほど、このような航空機の墜落現場におきましては、燃料の引火による爆発あるいは燃料の気化による中毒というような、様々な危険が生ずる可能性があるということは一般的に言えるだろうということでございますので、当然のことながら、現場に参りました米軍もこのようなことを念頭に置きながら装備をしていたというふうに考えております。  したがいまして、これは、そのような状況下において米軍が必要であるというふうに判断を行ってそのような防護服を着用していたというふうに考えております。
  116. 澤雄二

    ○澤雄二君 それでは、ガイガーカウンターの計測はどういうふうに認識されたですか。
  117. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) これは九月三日に米側が発表をいたしておりますけれども、この機体の一部、たしか翼の安定機器だったと思いますけれども、それと氷結防止機器だったと思いますが、ここにストロンチウム90という放射性の物質が使われていたということを発表いたしましたけれども、恐らくそれを測定するというか、そのためにガイガーカウンターを使用していたというふうに考えております。
  118. 澤雄二

    ○澤雄二君 私のこれからの質問を先取りして答えられちゃったので困っちゃいますけれども、私が聞いたのは、事故直後、このガイガーカウンターの写真を見てどう認識されたかということをお聞きした。
  119. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 私が最初にその写真を見ましたときには、確かに、たしか報道ではガイガーカウンターというようなこともありましたけれども、私自身は、そういう知見がないものですから、正直に申しますと、どういうような機械かというのは判断をできないということでございました。
  120. 澤雄二

    ○澤雄二君 北米局長がそういう知見がなくても、外務省として、どうしてこういう機械を米側が持ち出したかという検討もされなかったということですね。いいです。  それで、この物々しいアメリカ側の、つまり現場検証の姿についていろんな揣摩憶測が当時出ました。最も象徴的だったのは、先ほど冒頭に申し上げました劣化ウラン弾を積んでいたんじゃないかということが一部の新聞、雑誌、しかもテレビも二局ぐらいその事実、事実といいますか、そういうことを報じていました。それで、当然のようにマスコミも、なぜこういう物々しい装備で検証するのかということはアメリカ側に対してただしました。米側の答えは当初、タングステンという、その危険性もあったということが最初にありました。  それから、八月の二十七日に米軍の広報、大使館の広報、合同でバックグラウンドブリーフィングをマスコミに対してされています。この中で、アメリカ側は新しい事実を言いました。事故機の危険があったから現場検証を同時にしませんでしたと、合同でしませんでしたと。その危険性の中に、先ほど言われた燃料、石油、油圧オイルの爆発の危険性、もう一つ新しいことは、あるいは複合材が挙げられるという発表をしました。  外務省はこのことを御存じでしょうか。
  121. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 今委員がおっしゃいました八月二十七日のバックグラウンドブリーフィングでこのような言及があったというふうには承知いたしております。
  122. 澤雄二

    ○澤雄二君 そのときに、複合材の危険性について、アメリカ側は危険物質の中に複合材を挙げました。その報告を受けて、外務省側が複合材というのは危険な物質だというような認識ございましたか。
  123. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 今おっしゃった複合材でございますけれども、このバックグラウンドブリーフィングによりますと、この航空機全般、今回のことではございませんけれども、この航空機全般について事故の場合の危険性ということであると、燃料、石油、油圧オイルあるいは複合材が挙げられると、そのため、現場処理に当たる者が機体などの回収と現場の調査を行う際に自分の身を、安全を守る必要があるというブリーフィングでございました。  したがいまして、このような危険性については、米側で、その場で作業を行う者がそのような手当てをすると、そういう意味だろうというふうに理解した次第でございます。
  124. 澤雄二

    ○澤雄二君 そこまで、そこまでだということだと思うんですが。  それで、いよいよ、先ほど北米局長がお答えになりましたけれども、八月の二十七日に複合材まで米側は発表して、九月三日にアメリカ側は実はヘリコプターのローターの根元にストロンチウム90を積んでいたと。これはブレードといいますか、ヘリコプターの羽根の疲労度みたいなものを検出するために積んでいたんだということの発表をしました。  その同じ報告は外務省は受けていらっしゃいますか。
  125. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) この件につきましては、まず最初に九月の二日に、米軍それから沖縄県、沖縄国際大学等が参加していた会議の場で米軍より事故機に放射性物質を用いた装置が設置されていたという説明がありまして、その日の夜、二日の夜に在京の米国大使館から連絡がございまして、改めてこの本件を承知をいたしましたので、我々の方からは、本件に関する事実関係を徹底的に調査をして関連する科学的データ等の詳細を提供するよう求めまして、これを受けた形で翌日の三日に米側は、この放射性物質がストロンチウム90であることを含め、より詳細な事実関係について公表したということでございます。
  126. 澤雄二

    ○澤雄二君 この二日の夜から三日にかけて、アメリカ側がストロンチウム90を回転翼の安全装置及び氷結探知機に積んでいたということを発表したことによって、いわゆる劣化ウラン弾ではなかったんだということが分かったわけでございますが、このストロンチウム90の危険性について外務省はどのように認識をされたですか。
  127. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 三日のその米側の発表によりますと、このストロンチウム90は、検査機器、失礼、回転翼安全装置、こちらの方はケーシング六つの中にそれぞれ約五百マイクロキュリーが含まれていたと。それで、それがノック式のボールペンぐらいの大きさのシリンダーにそれぞれ装てんをされていたけれども、六個の容器のうち五個は回収されたけれども一つは機体の燃焼、溶解で気化した可能性が高く、識別不能であるということでございまして、その際米側が行った説明は、焼失したストロンチウム90の量は人体に危険性はない、この量は通常の胸部、胸部エックス線撮影あるいは太平洋を横断する航空機搭乗による照射に比べ、かなり小さいと。  また、氷結探知機の方でございますが、これは約五十マイクロキュリーのストロンチウム90を含むが、これは現場から回収をされたという説明を受けましたので、そのようなものというふうに理解をいたしておりました。  またさらに、この件につきましては沖縄県も独自の放射能測定を行っておりますけれども、放射能測定値には異常がないという調査結果を公表しております。
  128. 澤雄二

    ○澤雄二君 なぜそういうことを質問させていただいたかというと、今ので分かりましたけれども外務省はストロンチウム90の危険性について余り認識をされていなかったのではないかと。  確かに、米側の発表のように、放射線量は五十マイクロキュリー、五百マイクロキュリー、これはほぼ自然にあるものと変わりありませんので、その放射線量そのものは余り危険性はないと言えます。しかし、ストロンチウム90そのものの危険性について、今の御答弁だと、全く外務省は認識をされていなかったと思えますが、どうですか。
  129. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 米側に対しては、最初のそういう報道がなされたころから、そういうことがもしあるんであれば、それについては調査の上、こちらに連絡してほしいということは申しておりました。  ただ、ストロンチウム90というものそのものについての科学的な知識が我々にあるかというと、それはございません。
  130. 澤雄二

    ○澤雄二君 今、北米局長は新たなことを言われたわけですけれども、当初から、事故当初から、そういうことがあれば我々に知らせてほしいということをアメリカ側に通告をしていたということは、最初からその疑わしさがあったということを外務省は知っていたという答弁を今その中で言われたんだと思いますが、それはさておきまして、ストロンチウム90そのものは、この中で皆さん知っている方はたくさんいらっしゃると思いますが、これをそのもの、体内にもし入ったときには体内被曝、それから発がん性、大変危険であるということを指摘されています。  それで、大臣にお伺いしたいと思います。  今までのやり取りを聞いていて、このアメリカ側がストロンチウム90を実はヘリコプターが積んでいたという事実を発表するまでに、事故から二十日間掛かっています。で、事故直後、あの物々しい装備でアメリカ側が検証していたことも知っています。そして、ファントムのときには翌日から合同で現場検証したものを、ヘリコプターの機体を撤去するまでアメリカ側が日本の警察官、消防は入れなかったという事実を総合して考えていただいて、逆に言えば、事件、事故直後、その現場に入った警察官、消防官、それ以後もそうでありますが、この危険なストロンチウム90が現場にもしかしたら残っているかもしれない状況の中で、言わば日本のその人たちは命の危険に三週間さらされていた。その危険性を全く米側から三週間に、二十日間にわたって報告がなかった。このことについて、大臣はどう思われますか。
  131. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 九月二日ですか、まで説明がなかったということは、確かに、周辺の住民の方々も、あるいは今現場に行かれた方々も含めて、遅いなという率直な印象は持ちますですね。そういう意味では、大変遺憾なことであったと、こう思います。  やはり、現場でのその連絡体制というのは今、事故現場における協力に関する特別分科委員会というのを設けておりまして、そこでの警備の統制の在り方とか、そういう通報の在り方でありますとか、この辺、反省材料はあるようでございますので、今そこを詰めているわけでございますが、今委員が御指摘のようなことなども含めて、きちんと対応して改善を図るべきは図らなきゃいけないなと、こう印象を持ったところでございます。
  132. 澤雄二

    ○澤雄二君 日本外交を代表される外務大臣答弁としてはすごく心配なんでありますが。ちょっと遅かったかなですか。現場で事故直後、消防に当たった人たち、警備に当たった警察官がストロンチウム90の危険性はみんなあったんですよ。それを、ちょっと遅かったかなと遺憾に思っているという、それが外務大臣答弁なら、僕はすごく心配であります。  そして、この危険性は今もまだ続いているということです、日本国内において。またこういう不測の事態があったときに、そこに消防に駆け付けた人たちや警備に駆け付けた警察官をどうやって守るの。もっとはっきりと米側に対する対応を答弁していただけませんか。
  133. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 先ほども申し上げましたけれども、ストロンチウム90そのものが、それは大量ということであれば今委員がおっしゃいましたような危険性ということがあるんだろうと思います。ただ、米側の説明ということでさっき申し上げましたように、この機体に使われていたストロンチウム90ということに限定して申し上げれば、それは通常の胸部のエックス線の照射に我々が受ける量よりも小さいということでございますので、米側においてそのような判断をしていたと。その判断に立ってまた我々にもその連絡をしてきたということでございますが、いずれにせよ、その通報については、もっと早くできなかったのかということを含めまして、さっき大臣が申し上げましたように、我々として米側と話をして、改善すべきところは改善していきたいというふうに考えております。
  134. 澤雄二

    ○澤雄二君 先ほど申し上げましたが、放射線量は、五十、五百マイクロキュリーはほとんど影響ありません。しかし、ストロンチウム90そのものがすごく危険なんです。だから、米側は、自分たちの現場検証は、最後には酸素ボンベまで付けて一切外の空気を吸入しない形で現場検証を進めています。そういう危険な場所に日本の警察官と消防署員が置かれていた、危険な事実も知らされなかった、そのことをもっと重く受け止めていただきたい。  それから、今後、事故が起きる可能性はまだあるわけです。その場合には直ちに、こういうものを積んでいるときには直ちに日本政府に通告があるようにという、そういう申入れをしていただきたいと思いますが、どうですか。
  135. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 繰り返しになって恐縮でございますけれども……
  136. 澤雄二

    ○澤雄二君 済みません、大臣答弁を求めます。
  137. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 今委員がおっしゃいましたような点を含めまして、その特別分科委員会で米側と協議をしてまいりたいというふうに考えております。
  138. 澤雄二

    ○澤雄二君 大臣も、じゃ、御答弁をお願いします。
  139. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 先ほど申し上げましたように、そういった点を含めて今分科委員会議論をしている最中でございます。
  140. 澤雄二

    ○澤雄二君 その結果は教えていただけますか。
  141. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 当然のことであります。
  142. 澤雄二

    ○澤雄二君 時間がなくなって、次の機会に残りの、残余の質問はさせていただきたいと思いますが、もう一つ心配なことは、同じシリーズのヘリコプター十機が自衛隊が持っております。その自衛隊のヘリにもストロンチウム90はやっぱり搭載をされているわけであります。これについての対応はまた次の機会に質問させていただきたいと思います。  それからもう一つ、途中で、二十七日のバックグラウンドブリーフィングで米側が発表いたしました複合材、この複合材は実は今民間の航空機にも多数使われております。つまり、自衛隊が持っているヘリもこれから、今飛んでいる民間機ももし不測の事態の場合には大変、消火に当たる消防署員、警備に当たる警察官、また市街地の場合には住民たちの命の危険を、あるということを指摘させていただいて、私の質問は終わりたいと思います。
  143. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 在日米軍再編について町村外務大臣お尋ねいたします。  米軍再編について先日の委員会大野長官アイデアの交換をしていると答弁されました。日米間には安保条約があるわけですから、米側の提案と条約の解釈が当然問題になります。米国からキャンプ座間への移転を提案されたとされる米軍第一軍団の現在の活動から見て、日本防衛極東における国際の平和及び安全の維持目的にする、そう言えるんでしょうか。大臣です。大臣大臣です。
  144. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 第一軍団、今ワシントン・フォートルイスにあります第一軍団の指令というものは、今我が国施設区域使用して行われているわけではございません。したがいまして、安保条約六条との関係で問題を生ずるということはないと思います。
  145. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 当然ですよ。私は再編の移転の関係で話をしているわけです。  問題は、私は今本当に変な答弁だったと思うんですけれども大臣、私、端的に聞きたいんですけれども、やはり安保条約があって基準がある。ですから、仮にいろんな協議があっても、やはり第一軍団の任務、活動から見て、今述べたそういう安保条約に規定されているそういう目的と合致するのか、その点をお尋ねしているんです。  もういいですよ、局長、いいですよ、時間がないから。お尋ね大臣お尋ねしている。
  146. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) 余りこの時間は私に質問がないと、こう伺っておったんでありますが、せっかくのお尋ねですからお答えをしますが。  今、その具体のどこそこがどう日本に来るというお話をされましたが、今、私どもは主として日米間で何度も、先般来申し上げておりますとおり、総論的部分ですね、言わばこの再編成の目的、それに対応する米軍の在り方、それに対してまた日本の自衛隊の在り方、その使命役割、それらがトータルとしてどのように極東の、あるいはアジア太平洋地域、平和と安定をもたらすために貢献できるのかという辺りを今議論をしておりまして、ただ、時として抽象論だけではなくて具体論議論することもありますが、それはあくまでもより理解を深めるための一つの想定ということでございまして、今委員指摘の、その司令部をどこにどうするというようなことを具体的な提案があった、それに対して日本がどう答えたというようなことはございません。
  147. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 まあそういうことはないと、しかしこれから議論されると、更にですね、そういうことだと思います。  それで、私、この問題、一番大事なのはやはり第一軍団がどういう任務と目的を持っているのかと、その問題だと思うんですね。この問題は米国では明らかになっていることです。私読みましたけれども、一九九九年三月十八日、米上院軍事委員会でクロッカー司令官が詳細に証言しております。  それによれば、第一軍団は戦域範囲を有事に対処するとされて、その任務には米太平洋軍の常設の統合任務軍としての任務の全範囲が含まれるとされています。具体的にはパナマ、ホンジュラス、エルサルバドル、ハイチ、欧州、ボスニア、中東、アフリカ、韓国、日本など世界のあらゆる場所へ部隊を展開してきた、そういう実績があるわけですね。こんなに広範囲に展開することを目的とする部隊が、今協議されているとおっしゃられました、決めてはいないんだと言われましたけれども、果たして安保条約の五条、六条に合致するのかどうか。合致しないことは明らかじゃありませんか。
  148. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 先ほど大臣から御答弁申し上げたとおりでございますけれども、現在は米側との間で何ら具体的な措置については決まっていないわけでございまして、その限られた前提を置きまして、安保条約の関係を今ここで申し上げるのは適当ではないというふうに考えます。
  149. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 しかし、アメリカがそれを求めているということ、これは非常にはっきりしていると思うんですね。  私は、一つは、第一軍団というのは米軍によればアメリカの利益を揺るがす地域的有事に対応することを任務としています。これが非常にはっきりしているところですよね。そしてまた同時に、先ほど町村大臣もおっしゃられたけれども、地球の裏側、南米というのはどうかとおっしゃられましたけれども、実際そこも展開しているわけですよ。  ですから、そういうものが日本のどこかに持ってこられるということが果たして安保条約の規定から見て検討の余地があるのか、それを伺っているんです。端的に答えてください。
  150. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 繰り返しになるわけでございますけれども、今委員がおっしゃっております第一軍団の司令部が日本施設区域に移設されるということについて決まっているということは一切ないわけでございまして、その今の第一軍団の指令ということを前提に六条との関係を今私が申し上げるというのは適当ではないと思います。
  151. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 それではお伺いしますけれども、第一軍団の任務や目的というのは、私が今簡単に紹介いたしましたけれども、それに相違ありませんよね。
  152. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 我々が持っております資料によりますれば、第一軍団の任務は太平洋地域における危機事態に早期に対処する任務を負うというふうに理解しております。
  153. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 それも含まれますけれども、それにとどまらない。そこに重大性があるし、したがって、日本の例えばキャンプ座間にそれを移設するということがそもそも検討できるのかという問題提起を私はしているわけです。政府は、まだ決めていない、そうおっしゃられるけれども、私は、そもそもそういうこと自身、アイデアの交換にせよ、あるいはまた協議の対象にもなるべきではないと思うわけです。  というのは、今局長が述べられたその任務に加えて、私がさっき述べた非常に大きな、大変足の長い、そういう展開地域を持っている。それと同時に、このクロッカー証言にもあるわけですけれども、第一軍団というのは北朝鮮への侵攻作戦計画というので名高い作戦五〇二七の主力部隊の一つでもあるわけですよ。このような計画を持つ軍団の司令部を、決めていないとおっしゃられるけれども、仮に入れるかどうかということを検討あるいは協議をする、あるいはアイデアの交換をされる、そのこと自体、私は、そのことが結局は、この司令部が先制攻撃戦略に基づいて日本に駐留する陸海空軍を指揮し、制約なしに世界のどこにでも出撃される、そういうものになっていくのではないか、そういう立場から申し上げているわけです。  結局、何を聞いても、決めていない、仮定の問題には答えられない、これでは議論にならないと思いますけれども、私は、この第一軍団の非常に重要な任務と役割、それをやはりしっかり見据える、このことが重要であるし、このことは、このことを見るならば、その移設というのは、日本への移設というのは成り立たない、このことをはっきり申し上げておきたいと思います。  次に、クロッカー証言にもあるわけですけれども、前回の質問の際に、第一軍団と自衛隊が国内外で訓練を実施している事実を防衛庁長官は認められました。  自衛隊が第一軍団と実施している実弾射撃訓練と指揮所演習の開始の年度、訓練の実施頻度、参加部隊の規模について説明を求めたいと思います。
  154. 大古和雄

    政府参考人大古和雄君) まず、米国における射撃訓練につきましては、陸上自衛隊が平成四年度より実施しているものでございます。これは、平成四年度及び平成五年につきましてはハワイのポアクロア演習場で実施しましたけれども平成六年度より第一軍団が管理する米国本土のヤキマ演習場で行っております。この訓練は、これまでおおむね各年度の九月ごろ、約一週間、約二百名から三百名程度の人員が参加して実施しております。  それから日米共同方面隊指揮所演習につきましては、昭和五十六年度より実施しているものでございますが、米陸軍の第一軍団は平成六年度から参加しております。この演習は、これまでおおむね各年度の七月中旬に米国ハワイで、一月下旬におきましては日本において、それぞれ一週間程度掛けて実施してございます。米国での演習には日米約百名ずつが参加し、日本での演習には、日本側数千名、米側千数百名が参加しております。  日米共同統合演習につきましては、昭和六十年度より実施している演習でございますが、米陸軍第一軍団につきましては平成七年度の演習のみに参加している状況でございます。この演習は、これまでおおむね隔年で、一年置きに二月ごろ、約一週間掛けて実施しておりまして、直近の平成十五年度の例では日米双方で約四百五十名ずつの人員が参加しております。
  155. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 あわせて、その第一軍団に派遣されている自衛官の人数、そしてその任務についてお伺いいたします。
  156. 大古和雄

    政府参考人大古和雄君) 毎年、射撃訓練で、ヤキマ演習場で行っておりますので、その演習場の日程調整とかで陸上自衛隊の連絡員が行っております。
  157. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 端的に任務は何ですか。
  158. 大古和雄

    政府参考人大古和雄君) ヤキマ演習場の管理を第一軍団がしておりますので、日程調整とかそういうことで連絡要員が行っていると。その連絡調整に連絡員が当たっている、こういうことでございます。
  159. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 今お答えありましたけれども、今の話によっても、また資料も提出していただきました。実弾訓練は毎年一回ワシントン州のヤキマ演習場で、また指揮所演習はおおむね年二回ハワイ州の陸海空軍施設国内でいえば、東千歳、仙台、伊丹、朝霞、北熊本の各駐屯地で実施している、そういうふうにあります。そのことに間違いないわけですよね。今お答えあったとおりです。  自衛隊がそもそも第一軍団と訓練を繰り返している目的、これは一体何なんでしょうか。
  160. 大古和雄

    政府参考人大古和雄君) 第一軍団は、日本攻撃されたような際には日本防衛するということで所掌を持っております。いずれにしても、日米共同訓練は、その第一軍団が参加するものを含めまして、我が国に対する武力攻撃があった場合に日米で共同対処することになりますので、そのための相互の技量向上等を目的として行うものでございます。
  161. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 防衛庁の別の資料を見ますと、最近の訓練では、第一軍団司令官が米側の統裁官を務めていると書かれております。第一軍団の任務が、先ほどお話ししましたように、結局、地球的規模で展開する、そこにあるわけですよね。そのことを考えるならば、第一軍団と自衛隊との共同訓練が、さきの安保防衛懇談会報告にも示されたように、自衛隊と米軍の一体化による世界規模での活動を見越したものである、そのことは明らかではないかと思うんですね。  私は、これは非常に重大だと思います。ですから、こういう形で一体化して共同演習する、そのことも、私は先ほど移転の可能性の問題について触れましたけれども、そもそもこういう訓練についてやはり私は大きな問題がある、このことを考えるわけですが、その点、何かありましたら答弁願います。
  162. 大古和雄

    政府参考人大古和雄君) 先ほども言いましたように、日米共同訓練は日本防衛のためにやっているものでございます。  それから、例えば共同方面隊指揮所演習におきましては、米側も統裁官出しますけれども日本側も方面総監が統裁官をやっているわけでございます。  それから、いずれにしても、日米共同対処のときにおきましても日本の自衛隊が米軍の指揮下に入るわけではございませんで、訓練においても、そのような米軍の指揮の下に訓練しているという事実はございません。
  163. 緒方靖夫

    ○緒方靖夫君 やはり第一軍団が先制攻撃のそういう戦略を持っている、そしてその部隊として世界のあらゆるところに行く、展開する、そういう任務を負っている、それと自衛隊がともに訓練、演習をしている。今、用心深く指令系統は別だとかそういうことをおっしゃられましたけれども、やはり私はこれ自体が極めて重大だということを申し上げまして、時間が来ましたので、質問を終わります。
  164. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 外務省にお伺いいたします。  ただいま問題になっておりますアメリカのトランスフォーメーションとの関連で、一部のマスコミ報道によりますと、欧州、中東地域米軍基地の再編が特に重要視されていると報じられておりますが、この欧州中東地域米軍の再編がアジア太平洋地域の再編構想とどう関連しているのか、外務省の御認識をお聞かせください。
  165. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 今委員がおっしゃいました欧州における米軍再編の具体的な計画につきましては、欧米間で協議中のものでありまして当方として申し上げる立場にはないわけでございますけれども、いずれにせよ、現在米軍が行っている再編、米軍の再編というものは、世界的な規模におきまして冷戦時代の体制を見直しまして、より柔軟で展開能力の高い部隊及び司令部に置き換えるということを目的にしているというふうに理解をしておりますので、その方向性という意味ではこのアジア太平洋地域における再編というものと軌を一にしているというふうに認識をいたしております。
  166. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 先ほどの同僚委員の質問に対し外務大臣は、トランスフォーメーションについて目下総論的な意見を交換しているところという趣旨の御答弁をされました。  ワシントン・ポストによりますと、冷戦終結後、今回のトランスフォーメーションは最大規模の米軍の配置換えであるというふうに報じられておりますが、政府米軍のこのトランスフォーメーションについて、どのような基本的なコンセプトに基づいて対米交渉をなさるお考えですか。そして、今後の、つまり今後の日本の安全保障政策の青写真と申しますか、それはどのようなものですか。
  167. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) いろいろな観点があるんだろうと思います。米軍米軍の論理というのがあると思います。大きく言えば、それは冷戦構造が終結をしたと、しかし、さはさりながら一部それの残滓というものが残っている。他方、新しいテロあるいは新しい兵器といいましょうか、大量殺りく型の兵器が拡散をするという危険があります。それに加えていろいろな軍事技術というものが大変な大きな変革、進歩を遂げていると。そういう事態を背景に彼らなりの、やっぱり機動性を増すとか展開力を付けるとかそういうような要請がある。そのことは世界の平和であり、またアメリカの平和にとって大切だと、こういうことなんだろうと思います。ほかにもまた、多分いろんな要素があると思います。  それを日本に置き換えて、日本に当てはめてみるとどういうことになるかなということになるわけであります。まだそこの議論をやっている最中ですから、確たることを申し上げるのは早過ぎるかと思いますが、やはり日本日本として、やはり日本の、そして極東の、アジアの、太平洋地域の平和と安定というものをどのように米軍と、ある部分は共同して、ある部分は米軍に依存してその平和というものを実現をしていくのか、確保していくのかという観点、そしてその中で米軍が果たす役割と他方日本の自衛隊が果たすべき役割、これがどのように共同で行われ、あるいはそれぞれ独自に行われるかといったようなことをもう一度きちんと整理をする必要があるということだろうと思います。そして、いずれにしても、日米安保条約あるいは米軍の平和維持機能、別の言葉で言えば抑止力というものがやっぱり維持されるということが必要なんだろうなと思います。  それと同時に、私どもが今いろいろな機会に米国政府に申し上げておりますのは、現実に沖縄に過重な負担が発生をしていると、基地の七五%が集中している等々の実態を踏まえたときに、その過重な負担軽減というものもこの際再編成の中で実現をしていかなければいけない、そういう観点でこれからの議論を煮詰めていきたいと、こう思っているところであります。
  168. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 同じく外務大臣にお伺いします。  さきの本委員会での所信表明で日米安保体制の信頼性の維持強化ということを強調されましたが、今後具体的にどのようにして日米安保体制維持強化を図ろうとお考えですか。
  169. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) いろいろな具体論があるだろうと、こう思っております。これまでも我が国のこの日米安保に基づくいろいろな対応というものが考えられ、検討され、また法律も通されてきたと思います。我が国国内の法制だけでいっても、特に一九九〇年以降、周辺事態法というものができ、さらにはガイドラインというものもでき、また国内の有事法制、さらには民間の保護法制というのもできた。やっぱりこういったものの一つ一つの積み重ね、さらに、これは安保の枠ではございませんけれども、対アフガン、対イラクについて新しい法律も作りました。もうちょっと前では、これは別に日米ということばかりではございませんけれども、PKOの法律も作ってそれも運用してきたと。そういったことの一つ一つの積み重ねが大きな政策レベルでの日米安保日米の信頼関係の強化につながっていると、こう思いますし、また、もっとオペレーショナルな部分でいえば、これが自衛隊の方で日米間でいろいろな共同で行う訓練でありますとか、あるいはインターオペラビリティーの向上でありますとか、いろいろな形でのまた信頼感の醸成、あるいは共同で対処できるものは共同で対処するといったようなこと、様々な方法を通じて広い意味での日米間の安全保障の、ともにその責任を分かち合うという努力をし続けてきたところでございますし、今後も必要だろうと思っております。
  170. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 トランスフォーメーションでは、具体的な中身にはまだ立ち入っていないという北米局長の再三の御答弁でございますが、改めて確認させてください。  今、普天間の問題と関連して、アメリカ側から宮古郡の下地島の使用を申し出ているという報道がなされていて、地元住民の間に不安が高まっておりますけれども、これは事実と違って、下地島を軍事的に利用するということはないというふうに受け止めて結構ですか。
  171. 海老原紳

    政府参考人海老原紳君) 普天間飛行場の移設・返還に関しまして、名護市辺野古沖での代替施設建設に代わる案につきましては、御指摘の下地島も含めまして米側から打診を受けているという事実はございません。
  172. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 財務省にお伺いしますけれども、財務省は、今後の防衛力の整備計画や防衛費等について基本的にどのような認識を持って取り組んでおられますか。
  173. 杉本和行

    政府参考人杉本和行君) 防衛費についてのお伺いでございますが、我が国財政の状況は非常に厳しいものがございまして、先生御承知のように、税収はその歳出の半分程度しかないという状況にございます。こうした中で、歳出の構造改革を進めていくということは急務であると考えておりまして、十七年度予算編成に向けましても、防衛費を含めまして、聖域を設けることなく歳出を見直していくことが必要であると考えております。  ところで、我が国防衛力の在り方につきましては、昨年末の閣議決定がございます。この閣議決定におきまして、安全保障環境の変化等を踏まえ、テロや弾道ミサイル等の新たな脅威等に実効的に対応し得るなどの必要な体制を整備するとともに、本格的な侵略事態にも配意しつつ、従来の整備構想や装備体系について抜本的な見直しを行い、適切に規模の縮小等を図るというふうにされております。このような閣議決定の考え方、また本年の十月には安全保障と防衛力に関する懇談会の提言もございました。こうした提言も踏まえつつ、今後新たな防衛計画の大綱、中期防の策定に向けまして、安全保障会議において我が国の安全保障政策と防衛力見直しについて検討を進めてまいりたいと考えております。
  174. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 防衛予算を削減しなければならないときに、普天間飛行場の代替施設として辺野古に基地を新たに設けようとしているわけですが、防衛施設庁に伺いますけれども、一体その予算は、埋立地の造成費だけでも三千六百億掛かると言われておりますけれども、その上物を含めますと一体どれくらいの予算を見積もっておられますか。
  175. 戸田量弘

    政府参考人戸田量弘君) 普天間飛行場代替施設の建設工事経費についてのお尋ねでございます。  いわゆる護岸の建設、それから埋立て、こういったものにつきましては約三千三百億円を見積もっておるところでございます。その上物の部分でございますが、今後どのような施設を建設するのか、それをどういった配置にするのか、こういったことを決めた上でないとこういった経費については正確な積算ができません。したがって、現時点においてはこういった全体経費については見積もっておらないところでございます。  しかしながら、普天間飛行場の返還を含むSACO最終報告に盛り込まれました措置の実施につきましては、既に閣議決定におきまして、それらを的確かつ迅速に実施するため、経費面を含め、政府全体として十分かつ適切な措置を講ずることとされておるところでございます。防衛施設庁としましては、今後、関係機関とよく協議をして代替施設の建設の所要経費の確保に努力したいと思っております。
  176. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 埋立ての費用を計上して上物の費用を計上しないでSACOの最終報告の案を実行するなんというのはあり得ないことですよ。そういうことができるんですか。  大きなプロジェクトを作る場合には、そのアセスをやって、どれくらいの予算規模でどうなるということは前もって決めて作るわけでしょう。しかも、その代替施設というのは一兆円も掛かると言われている基地なんですね。そういうものを作る場合に予算の計算もしないで作るんですか。
  177. 戸田量弘

    政府参考人戸田量弘君) 普天間飛行場の移設・返還につきましては、市街地に所在する飛行場の一日も早い返還の実現が極めて重要と考えておるところでございます。
  178. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 質問に答えてください、質問に。
  179. 戸田量弘

    政府参考人戸田量弘君) はい。  このため、政府を挙げてこの問題に取り組んでいるわけでございまして、経費の捻出につきましても、わざわざ閣議決定の中で、先ほど申し上げたような内容を取り決めておるところでございます。  こういった形でこの重要な問題に取り組んでまいりたいと思っておるところでございます。
  180. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 最後の質問になりますけれども、これは前にも内閣府にお伺いしたんですけれども、恩納通信所の跡地利用について、現在どれくらい通信所が返されてどれだけ使われているか、そして、それによってなぜ再利用されていないのか、その責任はどこにあるのかということについてお伺いしたんですが、明確な答弁がありませんでしたので、改めてお伺いしたいと思います。
  181. 武田宗高

    政府参考人武田宗高君) 恩納通信所の跡地でございますが、これは全体で六十三・一ヘクタールございます。これにつきましては、これまで沖縄亜熱帯計測技術センターあるいはふれあい体験学習センター整備事業の用地として活用されているところでございます。  この両施設合わせまして約四ヘクタール余りということでございまして、それ以外の未利用地約五十九ヘクタールの利活用につきましては、恩納村が地権者等から成る恩納通信所跡地利用計画検討委員会を設置をいたしまして、国及び県と連携しながら主体的に取り組んでおられるということでございます。
  182. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 もうちょっと答えてください、何が跡利用を妨げているのか、その責任はどこにあるのかということを繰り返し前から伺っているわけです。恩納通信所のその地主たちの、そういうことは分かり切っていることですよ。ところが、どうして利用ができない、進まないのかということを伺っているわけです。
  183. 武田宗高

    政府参考人武田宗高君) ただいま申し上げましたとおり、今、地権者を中心に組織化あるいは合意形成に取り組んでいるという段階でございます。
  184. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 それはもう何年前からのものですか、今のおっしゃるのは。何年間使わずにこれまで来ているんですか。これ、軍転特措法の適用第一号ですよ、この事案は。
  185. 林芳正

    委員長林芳正君) 武田政策統括官、簡潔に御答弁お願いします。
  186. 武田宗高

    政府参考人武田宗高君) 恩納通信所につきましては平成七年に返還を受けておりまして、現在地権者の協議が進んでいると、そういう状況でございます。
  187. 大田昌秀

    ○大田昌秀君 終わります。
  188. 林芳正

    委員長林芳正君) 本日の質疑はこの程度にとどめます。     ─────────────
  189. 林芳正

    委員長林芳正君) 次に、経済上の連携の強化に関する日本国とメキシコ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件を議題といたします。  政府から趣旨説明を聴取いたします。町村外務大臣
  190. 町村信孝

    国務大臣町村信孝君) ただいま議題となりました経済上の連携の強化に関する日本国とメキシコ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件につきまして提案理由を御説明いたします。  平成十四年十月の我が国とメキシコとの間の首脳会談において、二国間の経済連携強化に関する協定締結のための交渉を開始することで意見一致したことを受け、同年十一月以来、両政府間で協定の締結交渉を行ってまいりました。その結果、本年九月十七日にメキシコ市において、我が方小泉内閣総理大臣と先方ビセンテ・フォックス・ケサーダ大統領との間でこの協定の署名が行われた次第であります。  この協定は、我が国とメキシコとの間で貿易及び投資の自由化並びにビジネス関係者等の自由な移動を促進し、ビジネス環境の整備、人材育成、中小企業支援等における協力を含む幅広い分野での連携を強化するものであります。  この協定の締結により、両国の経済が一段と活性化され、両国間の経済上の連携が強化され、ひいては両国間の関係がより一層緊密化されることが期待されます。  よって、ここに、この協定の締結について御承認を求める次第であります。  何とぞ、御審議の上、本件につき速やかに御承認いただきますようお願いいたします。
  191. 林芳正

    委員長林芳正君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。  本件に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこれにて散会いたします。    午後一時六分散会