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参考人(
田中明彦君) 東京大学の
田中でございます。
本日は、
参議院国際問題調査会にお招きいただきまして、大変ありがとうございます。本
調査会におきまして、
東アジア経済統合促進のための
措置について御審議いただくということ、大変すばらしいことであろうというふうに思っております。
この
東アジアの経
済統合促進というテーマにつきましては、本日のお二方の御
参考人、それから
自由貿易協定促進につきましてはこれまでにも御
参考人の方が実質的な議論については
お話しいただいているというふうに承知しておりまして、私は、その実質的な議論を踏まえた上で、
日本がそこでどのような外交を進めるべきか、そのためにどのような体制が必要であるか、あるいは現在の体制にどのような問題点があるかというようなことについて私の私見を申し述べさせていただきたいというふうに思っております。
お
手元に一枚の非常に簡単な項目だけを示した紙を御用意しておりますけれども、それに従いまして少しずつ御説明申し上げさせていただきたいというふうに思います。
一番最初、やや学者、研究者風の言論的に申し上げて恐縮ですけれども、本日、
経済外交
強化というふうに申し上げましたけれども、現在、この外交というものに一体どういう
特徴があるかということについて、まず最初、簡単におさらいをさせていただきたいというふうに思います。
古典的に言いますと、十九世紀とか二十世紀の初めぐらいの外交といいますと、大まかに言えば国と国とが特命全権大使を交わして
交渉すると、そういうようなイメージでありますね。今年は日露戦争の百周年ですけれども、外交のイメージというと、やはりポーツマス講和
会議に出ていった小村寿太郎全権がロシアの全権と渡り合うというような、そういうイメージでございます。
もちろん、このような
タイプの外交
交渉というのは今もございます。
日本が例えば北朝鮮との間で拉致問題について
交渉をやるといえば、それは国を代表した特命全権ないしそれに代わる部分の人がやるわけですが、こればかりが現代の外交ではないと。今の外交というのは、今までの古典的なものに比べて
相当複雑性を増している。なぜかというと、そもそも外交の取り扱う
課題というものが非常に多くなって、その結果、外交といっても外務省だけがやるというようなものではなくなってきている。
ここに、私、やや抽象的な現代外交の定義を書きましたけれども、ここに、読み上げますと、「自国と世界システムの他の部分との間の
相互作用に関する国家としての(非軍事的)処理」と。やや持って回った言い方をしましたけれども、今、外交ということを
考えると、こういうようなやや持って回ったような抽象的なことを言わざるを得ない。
こういうふうに言った上で、どういうところに
特徴があるか、古典的なものと比べてどういうところに
特徴があるかというと、ここに四つほど挙げておきました。
一つは、まず、様々な
交渉経路というのが同時並行的に進んでいる。外務省と外務省だけが
交渉しているわけではない。
経済産業省も
交渉している。農水省も
交渉しているし、経団連も
交渉しているし、
JAも
交渉していると。様々なものが
交渉しているという多数の
交渉経路があります。
そして、第二に、このいろんなところで行われている
交渉が皆、個々別々に行われているのではなくて、非常に複雑なリンケージ、
連携といいましょうか連関の下に、一方で起こっていることが他方に常に
影響を与えるということがあります。
それから、三番目に、ここに「2レベル・ゲーム」と書きましたけれども、現代の外交というのは外国とだけ
交渉していればいいのではないのですね。外国との
交渉の結果を
国内の有権者の人たちがこれで受け入れてくれるかという問題もあって、
国内向けにもゲームをやっている。つまり、外で行うゲームをやりつつ、それが
国内で行うゲームでもそれが同じ範囲に収まるというような形、両方のゲームで解答を求めなければいけないという
状況があります。
そして、四番目に、外交といったときに、例えば
日本と
タイとで
交渉を進めているという外交は、それだけが行われているわけではなくて、
WTOで行われる多角的な外交と、それと
日本と
タイとの外交というのは同時並行的に行われるという現象も起こってくるわけであります。
ですから、今申し上げましたように、現代の、特に
経済を
中心としたような外交ということは非常に複雑な絡まり合った様相を呈しているということをまず確認しておく必要があろうかと思います。
そこで、第二の論点でありますが、現在の
日本にとっての
経済外交の
課題というのはどんなものがあるのかということについて私の
考えを述べたいと思います。
まず、第一に
考えなければいけないのは、
東アジア共同体というようなものを作るということが
日本にとって戦略的に重要な
課題になっているということを申し上げたいというふうに思います。
日本の外交といえば、常に日米
関係が重要であるということが言われますし、それからもう
一つ、抽象的に言えば国際協調が重要であるということが言われます。この日米重視も国際協調もともに重要であることは間違いありませんが、これに加えて、やはり今後の
日本の将来を
考えたときに、
日本の近隣
地域、つまり
東アジアに平和で安定し、
繁栄する
地域を作っていくということの意味を非常に重く
考えなければいけないというふうに思います。
もちろん、
日本は
日本だと、
日本独自でやっていくのだという
考え方もあるとは思いますが、現代の世界の中で、とりわけ
日本において少子高齢化等が進む中で、
日本人が
日本人の
国民の
利益を最大限に
維持しておくために
日本というユニットだけで
考えて世界に対処するのが望ましいかという問題がございます。
私は、現在の
日本にとっては、
日本を重視するということとともに、
日本を含むより大きな枠組みを
日本の
周辺地域に作っていくということが重要であり、その
日本の
周辺地域に作った大きな枠組みの中で
日本人の発言力を
確保していくということが非常に重要であると思っております。したがって、そのような枠組みというのがここで言う
東アジア共同体というものだと思います。
そして、この
東アジア共同体を作るためにはどうしたらいいかということを
考えていきますと、現在の
東アジアの客観的情勢ですね、政治的には様々な体制があり、
文化的にも様々であるというような
状況から
考えれば、この中で最も
促進しやすい領域はどこかといえば、これは
経済なのであります。
経済的な
相互依存、結び付き、深めていき、そして
経済的に、ああ、我々は同じ船に乗っているんだというふうに
東アジアの人々が思っていくということが正にこの
東アジアの共同体を作っていくことにつながる一番有効な道であるということです。
そして、その
経済重視の
東アジア共同体重視といったときに具体策は何かといえば、現在のところ最も重要なのは、先ほど来
お話がある
自由貿易協定作成であり、包括的
経済連携の実現であるということであります。
ただ、このような
東アジア共同体というような戦略的
課題を実現しようとすると、これはかなり容易ならざる
事業であるということを我々は
考えなければいけない。なぜかというと、それは取り扱う
対象が
一つのものに限られないわけですね。
課題の包括性というふうに言ったらいいと思います。つまり、外交
交渉にこれはなりますけれども、その外交
交渉の取り扱う領域は
日本の官僚組織すべての管轄
事項にまたがると言っても過言でないという
状況なのであります。
特に、そういうような
課題についてこれまでの小泉政権のやってきたこと、全くなかったということではなくて、それなりの成果があると思います。
二〇〇二年の一月に小泉さんはシンガポールに行って、ともに進みともに歩むコミュニティーということで
東アジア共同体を提起されて、シンガポールとの
経済連携協定を実現させるという形で進んできましたし、昨年の十二月には日・
ASEAN首脳
会議ということで、そのときに、先ほどの
大川参考人からの
お話にあったような様々な
交渉に入るということが進んできたわけであります。
ただ、私、このプロセスを見ておりますと、やはりそこには
日本の
経済外交を実施する上での問題点というものが出てきているというふうに思わざるを得ません。つまり、一番最初に、冒頭述べましたような、現在のような複雑な外交を進めるための、進めていくのに、今の体制で果たしていいのかという問題が出てきていると思うわけであります。
先ほど
大川参考人がおっしゃられたことで、
日本と
タイとの
FTAについて、
タイの首脳は昨年の六月に何とか本格
交渉に入りたいと意気込んで
日本に来られたわけですね。ところが、そのときに、
日本の政府、小泉さんはもうちょっと待ってくれということを実質おっしゃったわけです。これがこの十二月に本格
交渉に入れたというのですから、現実には
日本と
タイの間で本格
交渉に入るということは、後から
考えれば問題はないはずなんですね。十二月にできたものがなぜ六月にできないのかという、そういう問題があると思います。その六か月遅れたことによってどういう問題が起きたかというようなことをやはりいろいろ
考えてみる必要があろうかと思います。
さて、その面を
考える場合に、
日本のやはりその政策実現のための体制の
特徴ということをもう一度ここでおさらいしてみる必要があると思います。
これは、
日本の通常の行政組織ですから内閣法の下にありまして、各省設置法に基づいて行われます。この体制は通常いわゆる縦割り行政といったものですが、
日本の
FTA交渉を進めるに当たっても、いわゆる縦割り行政の弊害というものが私はかなり色濃く出ているというふうに思わざるを得ません。
しばしば、
日本の体制をやゆする表現として、
日本には課長の数だけ政府があると言われたりすることがあるわけですね。そして、その結果、課あって局なく、局あって省なく、省あって国なしというような、すべてが課の関心
中心に物事が進む。そのすべての担当の課を
中心に、それに
利益団体と、場合によっては政治家の
先生方がくっ付いた小さい鉄の三角形というものができ上がって、すべての課ごとに小さい鉄の三角形がある。この小さい鉄の三角形がノーと言うと何も動かないというようなことが、時に
日本の政策決定メカニズムに対して批判される
特徴なのであります。これは、すべてがこうなっていると私は申し上げませんけれども、このような面が現在の
FTA交渉についても出てきているというふうに思うわけであります。
その結果、今の
日本の
経済外交にどういう問題が出ているかというと、ここに四つほど挙げました。
まず、統一意思の欠如であります。この
FTA、先ほど申し上げましたように、すべてといいましょうか、非常に包括的な領域にかかわり合います。そうすると、担当している課長さんの数というのは何人にもなるわけですね。そうすると、それぞれの課長さんが政府ですから、
一つの単一の
日本政府の意図というのがそこから生じないという問題があります。
そして、統一意思がございませんから、この
交渉をどのように進めていくかということについての
日本国としてのゲームプランというものが欠如する。この進め方はもちろん、対外的にもそうですし対内的にも、両方あると思います。例えば、六月に日
タイの
交渉は入るのはやめた、それから九月に
WTOの
会議がある、同時に
日本と
メキシコの
FTAが進んでいるといったときに、この
三つなり四つなりのものをどう関連させて進めていくのかについて、果たしてどれだけ突っ込んだゲームプランがあったのかということになると、私はいささか自信が持てないわけであります。
そして三番目に、リンケージ戦略の欠如と書きました。非常に複雑な様々な問題を一緒に取り扱う
交渉事になります。その結果、何が必要になるかというと、まとめようとした場合に、
一つの領域について何かこちらに得をしようと思えば、別の領域で譲歩しなければいけないということになります。ところが、
日本には、先ほど申し上げましたように課長の数だけ政府がありまして、そうすると、こちらの課のところで得点を取ろうと思ったら、どこかの課で泣いてもらわなきゃいけないわけですね。ところが、この両方が政府で、両方が拒否権を持っていますから、そうすると、片方で
日本国としては絶対的に得になるものを獲得しようとしても、他方のところで譲歩するということが決断ができないということになる、そういう問題が出てきます。
それから、最後に、そのように大勢のアクターを取りまとめていきますから、これは時間が非常に掛かる。先ほど、なぜ六月は駄目だったのが十二月になってできるのかというと、やっぱり六か月時間が必要だったということなのが実態なのだと思います。現代のような、情勢がかなり早く進む中でこのように時間を掛けていくということが、果たして
日本の
経済外交にとって適切かというような問題が出てきていると思います。必ずしも、
中国のやっているやり方がすべて正しかったり、うまくいっているというわけではありませんけれども、例えば
日本と
ASEANとの
交渉でいえば、
中国が
ASEANに対して行う様々なオファーというようなものにはそれなりのスピード感が見られるということは、私は事実だと思います。
さて、最後に、もう時間もございませんが、それではどうしたらいいかということでございます。
長期的な面とそれから短期的な面について、分けて申し述べてみたいと思います。
私にしても、これは大変、非常に複雑な
日本の、そもそもこれまでに長い間できた政治体制の問題ですから、直ちに答えが出るというものではありませんが、若干、私論的に申し上げますと、長期的に言うと、やはり各省ごとの役目が余りに固定的に決まっている設置法の体制というのはそれなりに
考えていかなければいけない。各省の任務、
役割分担について、もう少し総理大臣あるいは官房なりがその任務についてフレキシビリティーを持てるような法体制にしていく必要があるのではなかろうかと思います。
それから、この
FTAのような総合的な対外戦略を
考えるに当たって、やはり長期的に言えば、
経済財政諮問
会議とか総合科学
技術会議というような総合的なシステムが現在は内閣府にございますけれども、そのような対外政策についても、対外
関係総合戦略
会議といったようなものを総理の下に設置するということも考慮に値するのではなかろうかと思っております。
さらにまた、省庁の再編ということはもうこの間やりましたからなかなか難しいかもしれませんけれども、
経済産業省と外務省、それからその他の省庁の
経済担当部門というものを今後どういうふうに位置付けるのかということも長期の
課題であろうと思います。
さて、そのような長期のものは
課題として
考えるとして、短期的に現在の
FTAを進めるためにどういうことが必要であろうかというふうに思うわけであります。
二〇〇一年の中央省庁等
改革によって、実際は総理大臣の重要政策等についての発議権というようなものが新しい内閣法に書き込まれておりますから、あるいは内閣官房の企画立案ということも新しい内閣法に書き込まれておるわけでありますので、政治のリーダーシップをかなり強く
発揮すれば、現在でも
相当程度総合的なリーダーシップを
発揮するということは可能であろうと思います。ただ、それでも、現在の段階ですと、
経済交渉というと、その
交渉のたびに
関係閣僚すべてが出ていく。外務大臣、経産大臣、農水大臣、みんなが出ていって
交渉に行く。大臣レベルでないときも、次官級といいましょうか、外務審議官が行けば通商審議官が行き、そこに農水省のやはり同じランクの審議官が行くという、すべて
関係の省庁のランクの同じ人が
日本は全部行くわけですね。それで行って、相手方は一人と
交渉する。このような体制というのはやはり
考えていかなければいけない。
私は、例えば特命で、現在、対外
経済担当大臣というようなものを任命して、
日本の
FTA交渉はこの一人の人がやるのだということを決めるということが必要であろうと思います。もちろん、特命で一人の方を任命するということ以外には、例えば現在の
経済産業大臣をその特命の対外
経済担当大臣であるのだということによって、一人の責任者が
日本の
交渉をする、一人の
交渉者がギブ・アンド・テークで、先ほど言ったリンケージ戦略が取れるという形を取っていく必要があるのではなかろうかと思っております。
言い尽くせない点もございますが、この辺で私の発言とさせていただきます。