○
参考人(
金指正雄君)
金指と申します。今日はお招きいただきましてありがとうございます。
三番目ということになりますと、大体、大方論点は出尽くして、私があえてしゃべることも
余りなさそうな感じがいたしますが、私は一応新聞社、元新聞記者を、政治記者をやっておったという肩書で出ていますので、若干、少し、何といいますかな、角度を変えて
お話をして、御参考になればと存じます。
私が政治記者をやって、六年前に新聞社辞めて、今大学の教師をやっていますけれども、なかなか
参議院は面白かったですね。時代でいいますと七〇年代の初め、六〇年代の後半から七〇年代にかけてちょうど
参議院は重宗王国が崩れていって河野議長が誕生するという、何といいますか、ある種の沸騰点にあったような時期で、そのころでしょうね、カーボンコピーなんという言葉も出てきたのは。大体七〇年代前後ですね。
それはどういうことかというと、一つは、当時は佐藤
内閣でして、非常に
政権基盤は安定しておりましたし、
衆議院に出す
法案は大体
参議院でも通ると。したがって、何といいますか、
衆議院と同じようなスタイルで
議論が進むというふうなことが一つの
側面だったと思いますし、もう一つは、佐藤
内閣のときは、御承知だと思いますけれども、非常に対決
法案といいますか、つまり池田
内閣、その前の池田
内閣で積み残した割合政治性の高い
法案をごっそり抱え込みまして、そうするとそれを無理に通しますから、いわゆる強行採決というようなことをするわけですね、それがもう連日ありまして。それが、言わば政界用語で言う荷崩れ状態のものが
参議院に来るわけですから、これもまた会期制を取っていますから、とにかく通さにゃいかぬということで、
参議院でも強行採決をするということで、つまり
衆議院と同じような腕力というんですかね、そういう世界に
参議院もなってきたと。
つまり、良識の府とか、
衆議院と
参議院の区別は、
衆議院は権力の府というんですかね、先ほど来出ています
政権を創出する、作り出すという正に権力そのものを作っていくわけですから権力の府。それに対して、別なタームで言えば、
参議院は権威の府というんですかね、力じゃなくてもっと別なもので国政の一つの主人公であるという、権威の府というんですかね、そういうふうに私は考えておるんです。そこのところが崩れるというか問われ始めた、問われたという状況でしたね。
ただ、なかなか面白かったと申しますのは、非常に政治的に過熱していますから、これはやっぱり面白いですね、面白い。
議会の中が何だかがたがたがたがたやっていれば、世の中の関心も集まってきますから。つまり、
議会というのは世の中に支えられて初めて
議会なわけで、世の中の関心をいかに集めるかという。これはいろんな集め方の方法があるわけですけれども、そういう
意味で、非常に
衆議院と並んで
参議院というものに対する関心も高かったように思います。
その一種の、そういう
意味でのハイライトが、重宗王国から河野議長誕生のちょうどそのストーリーといいますかね、そういうことだったと思います。
じゃ、
参議院は
衆議院並みの
権力闘争の府になったのかというと、そういう
側面も今申しましたようにありましたけれども、同時に、私なんかの印象では、なかなか勉強をしている
議員さん方が多くて聞きごたえのある論議もありましたですね。よく言われていますように、経済問題ですと木村禧八郎さんとか、あるいは国際外交問題ですと羽生三七さんとか、あるいは女性問題ですと、あるいは
選挙の問題ですと市川房枝さんとか、論客がおりましたし。
それから、私なんかが非常に、当時は沖縄問題が最大のテーマでして、沖縄返還、これは沖縄問題の最後の何といいますか核心、核心
部分というのはどういう形で沖縄が
日本に返ってくるかと。つまり、沖縄は御承知のように今でもそうですけれども、基地があるわけですけれども、基地の町ですけれども、島ですけれども、なるべくならば基地を減らしていく、とりわけ当時は核兵器が置かれていたわけですね。それから、沖縄基地を米軍の勝手に使われるんじゃやっぱり国際紛争に
日本は巻き込まれるんじゃないかという
議論が
野党にも強かった。そこで、どういう形で沖縄が返ってくるのかと、そこが、しておった。
与野党の質問もあるいは我々マスコミの関心もその一点にあったわけですな。
ところが、当時の総理の佐藤さんは白紙という言葉を繰り返してなかなか手のうちを見せない。相手の交渉がありますからね。それはやむを得ないところがあるわけですよ。ところが、この白紙の固い扉をこじ開けたのが
参議院の予算
委員会で前川旦という方が質問をして、それで珍しく佐藤さん、口が堅い佐藤さんが核抜き本土並みだということを明言して大騒ぎになったんですよ。つまり、やっぱり質問の仕方、
質疑の
在り方、それからそれにふさわしい論客といいますかね、
議員さん方、こういうものがそろっていますと、非常に
議会というのは活性化をして、世の中の注目を浴び、やっぱりその
存在理由が高く評価されるというようなことを非常に私は感じまして、やっぱり
参議院というのは非常に、いろいろ言われるけれども、私はいい
制度だなということを非常に感じたことを思っております。
それからもう一つ、これはちょっと今の
議論と、この本来のテーマとちょっと違うかもしれませんけれども、
参議院というのは一種の先行指標なんですね。政治の流れといいますか、世の中の流れを先取りする、そういうところがあるんですね。
参議院選挙がありますとそれが出てくる。
例えば、佐藤
内閣が、最後になりますと、
選挙は一応勝ちますけれども、大都市で票を減らしているわけですね。いわゆる多党化現象といいますか、
野党の中の細分化、あるいは
政党離れ、もうそのころから一種の
政党支持なし層という問題が出ていまして、それは都会で多いわけですけれども、その
部分が
選挙になりますと
参議院の
選挙に非常にまず現れる。あるいは前後して行われる地方
選挙に現れる。
衆議院というのは最後にその結果が現れるんですね。そういう
意味で非常に注目していますと面白いんですね。
これはどうしてかって、これはいろいろな
考え方がありますけれども、一つは、先ほどちょっと出ていました全国区という
制度が、これが割合少数
意見というものを反映する
部分がある。それから、
参議院の場合はもう一つ、二票制なんですな。これは一票を投票するか二票、
有権者が二票を持って投票するかというのはこれ全然違うわけですね。それは今の、この間の
衆議院選挙でもそうですし、その
衆議院選挙も過去三回、今から三回ぐらいさかのぼると二票制になっていますけれども、二票制であるということは極端に、いろんな
選挙民は使い方をするわけでしょうけれども、同じ
政党に入れるという人もあるでしょうけれども、ある
政党に、ファンの
政党に入れるけれども、しかしこれは
余り悪さしちゃいかぬからこっちでバランス取ろうというようなこともありますし、これなかなか微妙なんですよ。ですから、今でも
比例代表と、要するにあれですよ、小
選挙区、
衆議院の場合ですね、票差が相当ありますよ。
つまり、
有権者が二票制ということは主人公になるんですな。
政党によって引きずられないで、おれたちがやっぱり
政党を選ぶんだよと。今の大学と同じなんですな。教師が昔のように威張っていたんじゃ駄目なんで、今は学生が少ないですから、学生に評判のいい授業じゃなきゃ学生が集まってこないんですよ。今の時代も、政治の世界もそのようなことに私はなってきていると思うんですね。
そういう
意味で、この二票制という辺りが一つ先行指標になる理由かな、これはよく分かりません。もっといろいろ研究されたら面白いと思いますけれども。
ということで、私はなかなか
参議院選挙、あるいはそれぞれの院で成り立っていますが、
参議院というのは非常にユニークな面白い
制度だと思いますね。これまで、
学者の方もいろいろこれまでの
委員会でも速記録なんかを拝見しますと出ておりますけれども、やっぱり
二院制というのはそれぞれの国の成り立ちによって違うんですね。身分制
議会から来たものがあれば、アメリカとかドイツみたく連邦主義の国から、どうしても昔の州の
意見を尊重しなきゃいかぬというような。つまり、アメリカのように地元が
最初あって、カウンティーと、それからその次に州ができて、最後にワシントンにじゃ集まりましょうやという国の成り立ち方と、
日本のように初めから何やら国らしいものといいますかな、お上があって、だんだん最後に
国民が出てくるというそういう組立て方と、国によって全然違うわけですね、歴史背景も違いますし。
ですから、
二院制といっても違いますし、いわんや
選挙制度なんというのは正にその象徴みたいなものでありまして、ですから、最後に
選挙の話もしなきゃいかぬわけでしょうけれども、
余り選挙制度にお荷物を掛けても僕は
余りしようがないんじゃないかという感じが、長い間の政治記者の、気もしますね。つまり、
制度をいじくっても、
政党の力といいますか、政治の力の方がそれを超えていくんですよ、常に。全国区のそもそもは、やっぱり一つの理念があったわけですね、理想があったわけです。ですけれども、それが二十二年の
最初の
選挙は良かったけれども、もう次の
選挙ぐらいから変わり始めているわけですね、
参議院について言えば。じゃ、今度、
比例代表やるかというと、これもなかなかまた問題も起きてくるということで、私はどうも、
二院制自身は非常に評価していいと思うんですけれども、そのためには一院と
二院の区別をしなきゃならぬということに
議論はなっていくわけですけれども、せっかく
二院制、それぞれ国の事情によって違うわけですが、私は
参議院の、しかも全
国民を
代表する、
選挙された
議員で組織するという
日本の
国会、衆参
両院でできている、つまり
公選制に基づく両議院の
存在というのは、これは大変に大事なことだと思うんですね。
やっぱり、先ほど申しましたように、
国民あっての
議会ですし、
国民あっての政治だというふうに私は考えるわけでありまして、そういう
意味からしますと、
参議院の
存在というのは誠によろしいんじゃないかと、先ほど来のこともありますし。
それから、やっぱり
日本人というのはどうも、何でも、何といいましょうか、一つだけじゃ何となく不安なところがあるんですね。やっぱり落ち着きが悪いわけですな。やっぱり左
大臣、右
大臣があって収まるとか、おひな様じゃありませんけれども。やっぱりサッカーなんかでも前半四十五分、後半四十五分、これでようやく観衆は納得するわけですな。同じこと。ですから、
二院制というものの
意味合いというのは、いろいろ理屈付け、先ほど私も、権力の府であり、片っ方は権威の府であるというというふうに一応分けてみましたけれども、二つあることだけである
意味じゃ
意味があると、そのぐらいラフに考えて、問題はその
中身であって、どこをどういうふうにそれを運用して、あるいは審議のありようをするかとか、そういういい
意味での相違点をどうするかというところに尽きていると思うんですね。そのための一つの方法が
選挙制度であり、もう一つが
議会運営、審議の方法を含めた
やり方だと思うんですね。
で、その場合が、そこにメモで字を書いておきましたけれども、三番と四番といいますか、
役割と
議会運営ですね。大ざっぱに言えば、片っ方は、
衆議院の方は権力密着型ですから、
政権を作っていくと。そいつを
参議院は言えば冷ややかな目で眺めていくという。ただ、先ほど来出ています
政党政治ですからなかなかきれいにいきませんけれども、少なくとも基本的な
考え方、ありようというのはそういうところでいいと思うんですね。
それから、私は前にも斎藤議長のときに諮問会議にメンバーで入っておったわけですけれども、そのときに
参議院の位置付けというのを、再考の府、再び考えるというんですかね、一遍こう
衆議院でばあっとやったけれども、やっぱりちょっと熱に浮かされてやったかななんというところで、もう一度立ち止まって考えてみる、そういうところに
参議院の一つの
役割があるんだろうということで再考の府という位置付けをしたんですけれども。
その場合は、一つは、切り口といいますか、角度といいますか、例えばこれはいろんなあるんですけれども、国益ということで物事を考えていく、これは特に権力の府である
衆議院ではそういうことでありますが、
参議院の場合は、国益ということを踏まえつつも、同時に、社会益というんですかね、あるいは人類益というんですか、地球益というんですか、そういう
レベルまで引き付け考えていく。それが少し長期的に
参議院は
議論をする。だから
任期も長いわけですね。
衆議院の場合はどうしても当面のハンドリングに追われますから、どうしても現実
処理にアクセントを置いている。そういう視点の違いもあってもいいし、これはいろいろあるわけですね。
それから、時間と書きましたのは、政治やっていますと、皆さん方は御専門ですけれども、だからお分かりでしょうが、時間の
要素というのは非常に多いんですね。今日駄目でもあしたは変わっちゃうんですよ。いい話が、民主党の党首が昨日と今日で替わるようなもので、そうすると全然この対応の仕方が変わってくるわけですね。ですから、
参議院というのは幸いなことで、大体
衆議院でやったやつが
参議院で受けてやる、
参議院先議もありますけれども、そういう時間差の中で起きる変化とか、そういったものを十分かみ入れる、あるいは
任期の六年ということを十分使って、違った視点から物差しを当てていくと別な見えなかったものが見えてくるという
部分があって、そこがやっぱり
参議院の値打ちじゃないかというふうに私は思うわけです。
要するに、時間が参りましたので、言いますと、やっぱり私は、この間の
衆議院の
選挙制度のときも
衆議院に呼ばれて行ったんですけれども、
余り選挙制度ばかりいじってもしようがないんじゃないかと。それが何か玉手箱で、開ければ翌日から世の中の風景が変わるなんて、それほど期待しても違うんじゃないですかというふうなことを言って。現に三回小
選挙区やっていますけれども、代議士なんかに聞くと、いや、もうますますどぶ板
選挙になりましたよなんと言ってこぼす人が多いんですが。やっぱり
余り過大なことを
制度論でやりますと、人間の知恵というのはまた進んでいますからね、次の知恵で
制度を超える
部分が出てくるわけで、そういう
意味ではむしろ、最近のお相撲じゃありませんけれども、土俵の充実というんですかね、つまり、
議会に我々が託しているのはやっぱり十分な審議、決まったことがなるほどこういうプロセスで決まったのか、まあしようがないなというその
部分だと思うんですね。
ですから、せっかく
国会議員という栄誉の皆さんおられるわけで、大いに審議を、しかも、先ほどちょっと言いました、
衆議院とは違った形で審議方法を取り入れたりして、
参議院というものを
存在意義を高めていただきたいというのが、生意気なようですけれども
結論ですね。
それで、
政党化というのは、これはもうやむを得ないんですよ。
日本は
政党というと何となくうさん臭いように伝統的に思うけれども、このうさん臭いものがやっぱり
議会を作って我々に代わってやっているわけですから、うさん臭くしない努力、そのためにはいろんな方法がありますけれども、やっぱり
参議院の
議論を見ていて、やっぱりいい先生いるじゃないか、一票今度入れてやろうかというふうな感じで、土俵の充実と、しかられますけれども、
議会の充実を
衆議院ができないんなら
参議院やればいいわけで、そういうようなことを
お願いしたいなと。
何かいきなり
選挙制度を変える、あるいはそのために
憲法を変えるという、三段跳びにちょっと行き過ぎるんじゃないかなという感じが私はいたします。
終わります。