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井上参考人 井上でございます。このような機会を与えていただきまして、深く感謝申し上げます。
私は、
司法制度改革
審議会の
委員として
審議会意見の取りまとめにかかわった後、
司法制度改革推進本部事務局の
裁判員制度・
刑事検討会及び公的弁護
制度検討会の両方の座長を務めさせていただきました。本日は、そのような経緯、経過も踏まえて発言させていただこうと存じますけれども、御承知のように論点は非常に数多く、すべての点について触れることは到底できませんので、幾つかの点に絞ってお話し申し上げたいと存じます。
最初に、
刑事裁判の充実、迅速化に関する
刑事訴訟法の改正について述べさせていただきたいと存じます。
まず、
法案では、新たに公判前整理
手続というものを導入することといたしております。この
手続は、当事者間での適正な証拠開示を
実施させつつ、真に争いのある点、争点を整理し、公判で取り調べるべき証拠を
決定し、実効的な
審理計画を立てて公判に臨ませるということによって、公判の
審理を争点を中心にした充実し、かつ集中したものとしようとするものであり、
刑事事件の公判の充実、迅速化を実現する上で極めて重要なものであると承知しております。とりわけ、
裁判員が加わって
刑事裁判を行う場合には、このような形で公判の
審理を実質的で集中したものとすることは、ほとんど不可欠の条件となるものと言えます。
この公判前整理
手続における争点整理を可能とするために、検察官のみならず、
被告人・弁護人も、
公判期日で主張する予定の事実面ないし
法律面の主張については、これをその
段階で明らかにしなければならないものとされております。
このような義務づけというものは、公判前整理
手続における争点整理の実効性を確保するというために不可欠なものであるというふうに考えられますが、これに対しては、
被告人の憲法上の自己負罪拒否特権、これは自己に不利益な供述を強要されないという権利でありますが、これや、
刑事訴訟法上の黙秘権、これは有利不利を問わず言いたくないことは言わなくてもいいという権利ですが、それとの
関係で問題があるという意見もあるようであります。
しかし、ごらんになればおわかりのように、
法案の
規定というのは、あくまで、まず検察官が公判で証明しようとする事実とその証明に用いる証拠というものを
被告人側に示される、そういうことを
前提として、その上で、
被告人側としてみずからの判断で公判で明らかにしようとする主張を、時期を前倒しして、あらかじめ整理
手続で明らかにしてもらうよう求めるだけのものにすぎません。自己に不利なことを認めるように求めるものでないばかりか、そもそも当の主張をするということ自体を強要するものではありませんので、憲法上の自己負罪拒否特権には抵触せず、
刑事訴訟法上の黙秘権の
趣旨にも反しないというふうに考えております。
次に、証拠開示の拡充という点について述べさせていただきます。
審議会意見は、御承知のように、充実した争点整理を行うために証拠開示を拡充するということと、そのルールを法令により明確化するということを提言し、かつ、それに当たっては、証拠開示のルールの明確化に当たっては、証人威迫、罪証隠滅のおそれ、
関係者の名誉、
プライバシーの侵害のおそれといった弊害の防止が可能となるものとする必要があるということを言っておりました。
法案では、それを踏まえまして、検察官は、現行法で開示が義務づけられている取り調べ請求予定の証拠書類や証拠物といったものに加えて、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要な一定類型の証拠というものと
被告人側の主張に関連する証拠についても、開示の必要性と弊害の有無、種類、程度等を勘案して開示するものとしております。
このように、弊害の防止にも目配りしつつ、証拠開示の
範囲を相当程度に拡大させ、さらに当事者間で争いが生じたときには
裁判所が裁定するという仕組みを導入するという形でバランスのとれた
制度を組み立てており、全体として見るときには、争点整理と
被告人の防御の準備を十分に行うことを可能にする適正な
制度に仕上がっているというふうに考えております。
なお、この点で、検察官の手持ち証拠を
原則としてすべて
被告人側に開示すべきであるという意見もあるわけですけれども、その考え方は当事者主義という
刑事訴訟
手続の
基本構造との
関係で原理上問題がないわけではないと思われますし、実際にも、そのような
制度では、本来
事件の争点とは何の
関係もなく、しかもその
内容が人の
プライバシーにかかわるような証拠についても無限定に開示の
対象とされてしまうという問題があり、適切とは思えないところであります。
また、検察官手持ち証拠の一覧表を開示することとすべきだという意見もあるようですけれども、この意見も現実的ではないというふうに考えております。一覧表といいましても、両極を考えますと、一つは証拠の標目だけを掲げた形式的なものというものを考えますと、これは開示されてもほとんど意味がありませんし、そうかといって、他方の方ですが、証拠の
内容や要旨まで一覧表に記載するとしますと、初めから証拠を全面的に開示しているのとほとんど同じになってしまうというふうに考えられるからであります。
次に、そのようにして開示された証拠の
目的外使用の禁止という点について触れたいと思います。
刑事訴訟法の
規定に基づきまして、一方の訴訟当事者から他方の当事者に開示される証拠というものは、あくまで当該
事件の
審理とその準備のために必要なものとして開示されるものでありまして、それにとどまるはずであります。そのような
目的と切り離して、開示を受ける当事者の自由な処分にゆだねられるというものではありません。
しかも、当該
事件の
審理以外の
目的でその証拠を使用することを認めますと、その証拠、例えば、わかりやすい例を挙げますと、だれかの供述調書や、あるいは殺害された
被害者の写真といったものを考えていただくとわかりやすいと思いますが、そういったものが例えば金銭により譲渡されて雑誌等に掲載される、その他の形で不当に
利用されて、
関係者の名誉や
プライバシーの侵害という結果を招くおそれもあるわけですから、
目的外使用は
一般に許されないのは当然のことだというふうに言えます。
ただ、現在の
刑事訴訟法ではこの点についての明文の
規定を欠いておりますので、今回、証拠開示を大幅に拡充するというのに当たっては、明文の
規定を設けるということが適切ではないかというふうに考えております。
これに対しては、そのような禁止
規定を設けますと、例えば、関連する
民事訴訟でその開示された証拠を使用したり、あるいは学術研究
目的で
利用する、その他の
利用ができなくなるので不当であるという意見もあるようであります。
しかし、それらの
目的で
刑事事件の証拠を使用することを相当な
範囲で可能にする方策は現行法においても設けられておりまして、そのような方法によるのが本来のあり方だと思われますし、他の
利用のためには、必ずオリジナルなもの、開示されたものそのものを用いないといけないというわけではなく、この禁止の
対象外になっています、その概要を伝えるといったことで十分
目的を達せられるのではないかというふうに考える次第であります。
次に、
裁判員の参加する
刑事裁判に関する
法律案の方に移らせていただきます。余り時間がありませんので、
合議体の構成という点と
裁判員の守秘義務の点のみに触れさせていただくことにします。
まず、
合議体の構成につきましては、御承知のように、
裁判員制度の意義についての、
裁判員が
裁判体に加わって
裁判することの意義についての重点の置きどころの違いとか、あるいはヨーロッパ大陸諸国のような参審
制度をモデルにして考える
立場と、英米などの陪審
制度をモデルにして考える
立場の対立などをも反映しまして、ここに至るまでさまざまな意見があったということは御承知のとおりであります。
私自身も、
検討会の
議事、議論を進めるために、たたき台としてやや異なった構成を提案したことがありますけれども、今回の
法案の
規定は、
審議会意見が考えていた、
裁判官と
裁判員とが対等な
立場でかつ相互にコミュニケーションをとることによって、それぞれの異なった知識経験を有効に組み合わせて共有しながら協働して
裁判を行う、こういう
制度理念といいますか
制度構想を踏まえた一つの合意点として十分了解可能なものであり、まずこの辺から始めてみて、ふぐあいがあれば適切な時期にまた見直すこととするのがよろしいのではないかというふうに考えております。
最後に、
裁判員の守秘義務について触れさせていただきたいと存じます。
今回の
法案では、
裁判員や
裁判員であった者等は、評議の秘密その他の
職務上知り得た秘密につき守秘義務を負うものというふうにされております。その評議の秘密の具体的
内容につきましては、
法案の七十条一項に定められておりますが、そこに見る定義は、現在の
裁判所法の
規定を踏まえたものであり、明確性の点でも妥当なものだと私は考えております。また、その中の「評議の経過」という用語も現在の
裁判所法で使用されておりまして、用語それ自体として明確な
内容を持ったものであるというふうに思います。
この守秘義務の
範囲につきまして、評議の経過の一部は
対象から除外すべきだという意見もあるようですが、それではかえって、守秘義務を負う
裁判員の
立場から見ましても、話してよいことと話してはいけないことの区別が非常に難しくなるという難点があり、適切ではないように思われます。
また、守秘義務の
期間を限定すべきだという意見もあるようですが、守秘義務は、御承知だと思いますが、
裁判の信頼性や、評議において
合議体の構成員が安心して自由に意見の交換をすることができるということを確保するということとともに、
事件関係者の
プライバシーや秘密を保護するというためにあるわけですから、そのような必要が短
期間でなくなるということは考えられないのではないかというふうに思われます。
また、仮になくなることがあるとしても、それがどのくらいの
期間であるのかということは、一律に言うことは非常に困難だというふうに思います。少なくとも、当該
事件の
裁判が進行中であるか終了した後であるかということによって守秘義務の有無やその
範囲を区別するということに十分な合理的な
理由があるようには私には思えません。
さらに、
裁判員であった者が
自分の意見を公表することは許すべきであるという意見もあるようですけれども、評議において述べられた意見というのは、
自分の意見であることは確かだとしても、当該
事件の
審理や証拠から得られた
情報に基づき、あるいは
合議体の他の構成員との意見交換を通じて形成されたものでありまして、しかも評議の過程で述べられたものでありますから、それを対外的に公表することを許すというのは、結局は評議の秘密の
制度趣旨に反してしまうのではないかというふうに思われます。
実際、多くの元
裁判員であった方
たちがそれぞれ
自分の意見を公表してしまえば、評議の
内容は明らかになってしまいますし、またこういうことはない方がいいんですが、あったとしてですが、元
裁判員が評議の過程で述べた意見とは異なることを、それが
自分の意見であったというふうな形で公表したようなときには、そうではなかったんじゃないかと言う人が出てくるかもしれませんし、誤解や紛糾を生じさせ、
裁判の信頼を損ねることにもなりかねないように私は思います。
最後に、守秘義務に対する罰則として懲役刑を設けることにつき批判的な御意見もあるようですけれども、
刑事罰則の定め方としましては、法定刑の上限というのは最も悪質な場合を想定して定めるのが通常でありまして、例えば、営利
目的で秘密を漏らす、あるいは
プライバシー侵害の程度が特に重大であるとか広
範囲にわたるといった悪質な事案も想定されるわけですから、そうした場合にも対応できる
制度としておくべきではないか。ただ、そのようにしても、これは当然皆さんおわかりだと思いますが、重い罰というのは特に悪質な場合のみに適用されるわけでありますから、通常の善良な国民に実質的な影響を及ぼすものではないというふうに考えております。
裁判員制度につきましては、もう五年近くつき合ってきておりますので、ほかにも申し上げたい点が多々ございますけれども、時間に制約がありますので、この程度とさせていただきたいと存じます。
ありがとうございました。(拍手)