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参考人(
中野直樹君)
弁護士の
中野直樹です。現在、自由
法曹団の事務
局長をしております。本日は
参考人として発言をする機会をいただき、どうもありがとうございます。
本日は、
審議されております三
法案のうち、
裁判の
迅速化に関する
法律案に絞って
意見を述べさせていただきます。
私個人としても、自由
法曹団としても、この
裁判迅速化法案を作ること自体に立法事実がないばかりか、憲法で保障された
国民の
裁判を受ける
権利を不当に抑圧し、
裁判官の
独立を侵害するおそれがあると考え、
衆議院で
一定の
修正はなされましたが、なお法律とすることには反対の立場であります。
私の自己紹介をひとつさせてください。
私は、一九八六年に
弁護士登録し、この十七年間、東京多摩地域を
中心に地域住民の
権利救済に活動してきております。日常的に利用している主な
裁判所は、東京地裁本庁と八王子
支部、横浜地裁本庁と相模原
支部、川崎
支部、小田原
支部であります。
自由
法曹団は、戦前の一九二二年に創立された八十年の歴史を持つ法律家団体で、現在、全国で千六百名を超える
弁護士が結集し、権力による人権侵害の救済、労働
事件、公害・薬害・環境
事件、差別
事件、税金
裁判、教育
関係裁判、冤罪・再審などの困難な
裁判闘争に果敢に取り組んできています。そこから多くの憲法判例も生まれてきております。
この
裁判迅速化法案には立法事実がないという点から
意見を述べさせてください。
私は、今年の春になって
裁判迅速化法案が急に浮上したことに大きな戸惑いを感じました。私の実感として、殊更、
迅速化に的を当てた特別
法案を作らなければならないほどの
裁判長期化の病理現象があるとは思えないからであります。
我が国の
民事・
刑事裁判の
平均審理期間が諸外国に比べても長くないこと、毎年
短縮してきていることは統計資料で既に明らかであります。
この
参考人に出頭するに当たり、私自身が担当してきた
民事裁判の記録をひもといて、お手元に配付してあります資料の2と3のように整理をしてみました。資料の2は第一審で和解で終結したもの、資料の3は
判決があったものであります。担当した
裁判のうち、原告、被告が事実の全部ないし一部を争ったものに限定してあります。これらを
期間を分けて整理したものが資料の1であります。総数百三十九、ここでは百四十件となっています。百三十九件のうち、一年以内に終結が約五〇%、二年以内に終結が約八〇%であります。私の担当した
事件は、多くが住民間の
事件であり、その大半が二年以内に終結している実情にあるのです。
もちろん、三年以上の年数を要した
裁判もあります。それを資料1の方で抽出し、要因と思われることをコメントしてあります。
一つは、
当事者間の感情の対立が激しいものであります。そのような事案のときに、
裁判官が
迅速の任務意識の下に二年以内のできるだけ短い
期間内に終結させようとしても、火に油を注ぐような展開になってしまいます。強引に
判決をしても当然、控訴ですし、紛争としこりが深く残ってしまいます。私が担当した
事件では、
裁判官が二代、三代とわたりましたが、
裁判官も
代理人も粘り強く
当事者双方の話を聞く姿勢を続け、和解による紛争終結に導くことができました。
裁判には
当事者を納得させる
機能も必要であり、そのためには時間が掛かることもあるのであります。
二つ目は、行政認定基準と判例が進展している過労死労災の事案であります。
企業賠償請求
裁判でも行政
裁判でも、原告が
証拠収集、証人を探すのに
期間を要しますし、鑑定
意見を書いてくれる医師を探し、一件記録を検討の上、
意見書を書いていただくだけでも三か月から五か月を要するのであります。突然、家族を失い、場合によっては収入の道をなくした遺族の方と
弁護士が時間と労力を掛け、判例を生み出し、それが行政を動かしてきております。争われたこの事案で二年以内に終結することはおよそ不可能だと考えます。
三つ目は、行政を被告とする
事件、私の
経験では、特に警察の不法行為を理由とする国家賠償
裁判であります。
私が弁護団の一員となった
三つの
事件はいずれも五年以上掛かりました。私のじかの
経験は限られておりますが、他の
弁護士も、国相手の
事件が一番しんどく、
長期化するとの
意見を持っております。一審
判決までが長引くだけでなく、一審が原告勝訴
判決の場合でも、国が控訴し、解決までに気の遠くなるような長い年月を要するのであります。私が担当した
事件でも、国、
法務省は徹底して争い、必要な
証拠の提出に協力しないという姿勢を貫くために、被害を受けた
当事者はそのことでまた悔しい思いをさせられます。原告側は間接的な
証拠の積み上げと証人尋問の積み重ねをするしかありません。
私は、
法務省に言いたいのです。
法務省は、このように一律に網を掛ける
法案を提出する前に、まず国が
当事者となった
裁判の
審理期間の実態を明らかにすべきだと思います。そして、恐らく
審理期間は
市民間の
事件に比べ相当長
期間になっているものと推察されますが、その要因について実証的な研究を行い、公表することを先行すべきではないかと主張します。
自由
法曹団に属する
弁護士は、
社会の中にうずもれている人権侵害や
社会問題に光を当て、時には原告を掘り起こし、
権利救済のための数多くの
裁判に挑戦してきました。昨年、創立八十周年を記念して、一九七五年以降の四半世紀の自由
法曹団員の活動を四十を超えるテーマでつづった「自由
法曹団物語」上下本を出版しました。資料の4は、この物語の中に登場する
裁判から、労働、公害・薬害、人権、警察の
責任追及をする
裁判の一部を抽出し、提訴年月日と
判決・和解日を記載したものでございます。いずれも自由
法曹団に所属する
弁護士が弁護団の中核として活動したものであります。
個々にコメントする時間はございませんが、いずれも最終的には原告の方々の被害の
一定の救済がなされ、あるいは行政の方針と姿勢が改められた成果をかち取ったものであります。
これらの
裁判は、いずれも三年から十年を超える年月を要しております。しかも、
裁判を起こす前の原告の掘り起こし、
証拠収集、法律論の検討などにも相当な年月を掛けております。公害・薬害、そしてハンセン氏
事件では、被害者が
社会の偏見から身を隠し、提訴に踏み切ることすら萎縮しておられます。資力の面でも困難な方々ばかりです。弁護団員は、被害者の方々と話し込み、一人、二人と提訴の決意をする原告を増やしていきます。どの
事件も最初は名もなき人々の立ち上がりから出発します。
マスコミも取り上げません。大量の原告を組織し、地域や
社会に自分たちの被害を伝え、支援を
訴える運動を行わなければなりません。国会議員の先生方にも繰り返し支援のお願いをすることもあるでしょう。そのような運動を行いながら
マスコミの報道に乗るようになるのに数年という年月を要するのであります。弁護団員は、
裁判の
判決、和解で賠償金を得るまで手弁当で被害者とともに苦労の年月を重ね、事実・法律論の厚い壁を乗り越え、ようやく
裁判の展望を切り開いてきております。正に、憲法九十七条が、
基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の
努力の成果であると言っているとおりであります。
資料5は、既に
委員の皆様のところにお届けしているものでございますが、薬害ヤコブ
訴訟、緒方靖夫氏宅電話盗聴
事件国家賠償
裁判、住友生命既婚女性差別
裁判、ハンセン病違憲国賠
裁判について、弁護団員からその
裁判で払った
努力を報告してもらっております。いずれも、
裁判迅速化法案が、これらの
裁判を起こし、勝利的な解決をしていくために大きな障害となるのではないかと深刻な懸念が表明されております。
私や自由
法曹団に所属する
弁護士が取り組んできたこの種の
事件は、
充実した
審理をするためには、およそ二年以内に終えることは著しく困難であります。不可能と言っても過言ではないでしょう。一律に二年以内のできるだけ短い
期間内に終局させる
責務を
弁護士や
当事者に課す法律ができますと、
当事者や
代理人弁護士は、最初から
責務が果たせないことを自覚しながら
裁判を起こすことになります。これは、今でさえ
裁判を起こすことに様々な障害を持っている被害者の方々に、ますます
裁判を受ける
権利を
行使することを萎縮させることになるのではないかと危惧いたします。
今までは
民事事件を取り上げてきましたが、
刑事事件の
被告人は国家権力と対峙しながら
裁判を受ける立場にあり、法律により国家が特定の
目的のための
訴訟上の
責務を強制することは背理ではないかと考えております。
衆議院の
修正により、
法案第七条二項に、「前項の
規定は、
当事者等の正当な
権利の
行使を妨げるものと解してはならない。」が設けられましたが、この
法案全体の構造では、「
当事者等の正当な
権利の
行使」とは、あくまで
迅速化の
責務を負わされた
当事者等の
権利であり、正当な
権利の
行使自体が既に
迅速化の枠の範囲内での
権利と制限付きで解される危険がないのでしょうか。
ちょっと話を変えます。
法案が物的設備の
拡充を明記していないのは欠陥だという点であります。
法案第二条に、
裁判の
迅速化に係る
制度及び
体制の
整備として、
法曹人口の大幅な増加、
裁判所及び
検察庁の人的
体制の
充実が挙げられております。
弁護士人口の増加はもとより、
裁判官、
検察官の大幅な増員は喫緊の
課題であります。
私が利用することの多い東京
地方裁判所八王子
支部は、
民事事件の数でも
刑事事件の数でも、全国の本庁と
支部を通して、東京、大阪、横浜、
福岡、名古屋、札幌地裁本庁に次ぐ
事件数があります。
裁判官も書記官の数も足りず、東京地裁本庁から定員枠を借りているような状態であります。
裁判官は二百件から三百件の
事件を抱えていると聞きます。東京
地方検察庁八王子
支部の
検察官の数も足りず、起訴前の身柄拘束の勾留延長が常態化し、
裁判日が間近にならないと弁護人に開示される
捜査記録の整理ができないという
状況にもあります。今でさえも
裁判官も
検察官も疲弊しているのに、さらに二年以内のできるだけ短い
期間内の終局の
責務が課されるとするならば、
裁判官も
検察官も過労で健康を害することにならないか、大変心配であります。もちろん私
たち弁護士もそうです。
加えて、東京地裁八王子
支部は庁舎が狭く、これ以上
裁判官、書記官などの人員を増やそうにも物的スペースがない状態であります。
裁判を
迅速に進めるためには、その場所である法廷の数が適切な数あることが不可欠です。ところが、八王子
支部では、
民事の一つの合議体は、隔週に一日、つまり一か月に二日しか法廷が割り当てられません。
私が担当した
事件で、この開廷日の少なさに泣かされた
経験があります。原告が、先祖代々の自宅などに金融
機関から数億円単位の抵当権を付けられ、その無効を争う
裁判を起こしました。金融
機関は競売の申立てを行い、原告にはその停止を求める保証金の準備をすることができないことから、競売
手続の
進行を気にしながらの
裁判となりました。
代理人の私は、それこそ一日も早く
裁判を進める一心でありましたが、何しろ法廷の
関係で一か月に二日しか開廷可能性がないということから、それぞれの都合を調整すると、主張の整理の弁論
段階で二か月に一回、
証人調べとなると、何と三、四か月に一回しか
裁判日を取れないというもどかしい
状況となりました。その間に入札となり、物件の一部が落札され始めます。追い込まれた原告は
裁判半ばでかなり譲歩を強いられた和解をせざるを得なくなりました。私は、このとき、
裁判所の法廷の物理的な都合が
国民の
裁判を受ける
権利行使を阻害してはならないと痛切に考えさせられました。
この
経験から、
法案第二条二項が
裁判所及び
検察庁の物的設備の
拡充を明示していないのは承服できません。
最後に、
検証について一言触れます。
検証につきましては、
人事評価権を握る
最高裁のみが
検証主体となることには反対であります。
法曹三者がそれぞれの立場から
意見を述べ合うことが
長期化事案の分析と
評価を正確にし、拙速
裁判の弊害が出ていないかどうかについても適切なチェックができます。また、特に現に係属中の
事件につきましては、
裁判官の
独立を侵害しないことを保証する
検証システムをどのように作るかについて、厳に慎重な配慮が必要です。この点でも、
検証主体を
人事権を握る
最高裁に限定することは大変問題であると考えます。
以上で終わります。