○松あきら君 公明党の松あきらでございます。
「真に豊かな
社会の
構築」の二回目であります
国民意識の
変化に応じた新たな
ライフスタイル、このまとめでございます。今回は、私は少し大きな
観点からのまとめを発表させていただきたいと思います。
今、私たち人類に課せられた大命題は、申すまでもなく、生命を尊厳する
社会の
構築であります。私ども、二十一世紀に生きる者として後世に
是非とも残さなければならない正に人間としての遺産こそ、生命を尊厳する
社会の
構築と継続であると思うものであります。
改めて二十世紀の歴史の
流れを見ますと、何とも無惨なことでありましたことか。人類の歴史は横暴と悲惨の歴史と言っても過言でないことはだれしもが実感していることではないでしょうか。
本日のテーマであります
国民意識の
変化に応じた新たな
ライフスタイルを考えるに当たりまして、この生命の尊厳をあらゆる
ライフスタイルの基調に置くべきであると強く訴えたいのであります。その上に立って、
世界じゅうの人々が物質的、精神的に幸福を享受すべき平和、文化、
教育、人権、
開発、福祉、
環境等々に向かって知恵を出し合い、苦しんでいる人々とともに悩み、人種、民族、宗教、言語、資源、政治、
経済などの差異を克服すべき勇気を持つこと、それをこれからの
社会構築観とすべきであると思うのであります。
いかなる国も国際化の波を避けることはできません。様々な現象が地球規模化しております。
経済も文化も多くの分野が影響を受け、それに対処しなければならないと思います。
世界がますます相互依存を強め、ほかからの影響を受けやすくなっております。私たちは、すばらしい多様性に満ちた文化や生物種との共存、
一つの人類家族であり地球共同体の一員であることを認識し、新しい地球文明につながる人間の
ライフスタイルが創造されなければなりません。
地球憲章にも込められた願いは、未来世代に対する責任感とも言えます。私たちは想像力を使って持続的可能な生活様式のビジョンを
地方、国家、
地域、地球レベルで発展させ、私たちの時代を生命の尊厳への新たな目覚めとともに、人類益、地球益としての正義と平和を確立するための努力をすべきであると思います。
しかし、昨今の
日本社会は余りにもエゴが横行し、他者の存在や生命を軽視する
ライフスタイルのもたらす犯罪による
社会不安の増加、大気、水質、土壌などの直接生命の安全にかかわる
環境汚染の日常化、一日平均の自殺者が何と七十人を超えているという、かつて
経験したことのない人為的な愚かな
社会の中で今日あえいでいるのが、残念ながら
日本の現状であります。
今日、
教育基本法の中で、国を愛する心の育成の一節が話題になっておりますが、ある識者の論評によれば、
国民の心をないがしろにしている
日本の
社会で、どうして国を愛する心を持てと言えるのかといった辛口の論評もあるくらいです。また国を愛する心を訴える前に人間の心を愛する国にしたらどうだといった会話を耳にしたこともございます。
町じゅうや道路網を無
目的に徘回する若者の群れは、自分と仲間以外は皆風景とばかりに、至る所で傍若無人な行為で他者のひんしゅくを買い、他人に迷惑を掛けることをもって自分の存在感とするという誠に嘆かわしい状況が充満しているのでございます。昔から子供は大人
社会の投影と言われていることからしますと、まず第一に律すべきは大人の倫理ではないのでしょうか。
また、視線を変えてみますと、現在の
日本は高齢化、少子化の真っただ中にあります。
まず、高齢化による
国民の生活意識の
変化を考えてみますと、これは単に歩行や行動が困難になるお年寄りが多くなったから段差のない
町づくりをといったレベルで済まされる問題でないことは言うまでもありません。
高齢者が、かつては戦中、戦後の困難な時期の
日本を汗水流して支え、頑張ってこられたことへの
対応としては、
高齢者や障害者への福祉を優先する
施策、
高齢者の心を大切にする
町づくりを
国民的な視点とすべきであります。
一方、少子化の問題も深刻の度合いを増しているのでございます。
厚生労働省の試算によれば、今のような特殊出生率が将来も続くとすれば
日本の
国民人口は約三百年後には百万人を割るというのでございます。今年、来年の
施策はもちろん重要でありますが、一面からすると、長期の展望とビジョンの上に立った新たな
ライフスタイルとしての現在から近未来への
施策の提供と実践が求められているのではないでしょうか。
既に二十一世紀も三年目の半ばになりました。あと十年、二十年後には現在の小中学生が
社会の中核となることは必然でございます。果たして、現在の
教育がこうした現実に視点を合わせた
教育なのかどうかも
国民の意識の
変化への大きな論点となってしかるべきと思います。
最近では、小中学校の六三制を五四制にしたり中高一貫の制度にするのが流行のような兆しも見えてきました。果たして、こうした制度を変えれば
教育が変わるのでしょうか。その一方では、詰め込み
教育への逆行に拍車を掛けている面も浮上しているようです。教師の
教育観を大きく転換し、子供へかかわる技能の向上を図ることによって
教育を変えることも可能なのではないでしょうか。つまり、
教育改革は教員改革からの視点が強く望まれるものであります。
二十一世紀は今日の青少年の活躍の時代でございます。
国民の意識の
変化といっても、現在の青少年をどのように育てようとしているかということへの明確な指針がこの問題のキーポイントと考えます。
これまで
日本の、今日の
日本社会の問題点を
指摘してまいりました。しかし、
日本は悲観的な面ばかりがあるわけではありません。現代の若者にも生命の内容にはすばらしい資質が残っております。阪神・淡路の大震災のときに、リュックサックを背負って、だれに頼まれたのでもなく、多くの青年がボランティアに駆け付け、被害に遭われた市民に生きるという大きな希望を与えてくれました。また、ナホトカ号の油流出のときも、
全国から多くの青年が油の駆除に駆け付けてくれました。その姿を見て
日本の青年の将来に大きな希望を感じております。
その人間の心をいかに改善、開拓していくか、いかにして国際化に即応してリードしていけるように育成していくかが新たな
ライフスタイルの回答を得る方程式であると思います。
一例を挙げれば、ゴーン社長率いる日産自動車株式会社の発展がございます。ゴーン社長は思い切ったリストラ策が注目をされておりますが、これまでの
日本の肩書き、学歴
社会の悪弊を打ち破り、社員個々人の適性と責任感を拡充させることで業績を一挙に向上させたものと注目をされております。一人一人の社員の自信と生きる力を引き出した人として注目を浴びているのでございます。つまり社員の心を変えたのが先なのです。人間、心が変わればすべてが変わるという格言があります。その良いお手本と言っても過言ではないのではないでしょうか。
今回のテーマであります
国民意識の
変化に応じた
ライフスタイルの論評のまとめといたしまして、今日我が国が直面をしております利己主義と生命軽視の風潮、高齢化、少子化、国際化の三点をいかに克服すべきかのリーダーシップの発揮と人間性豊かなビジョンの提示、そして、その
国民的合意の形成と、それに基づく実践、さらには国際
社会で信頼される
日本になりましょうといった毅然たる態度を示せる
日本人としての誇りと、
世界市民としての自覚を併せ持つ高邁な人格の涵養こそが
国民の意識の
変化に応じた
ライフスタイルの形成につながることを訴えまして、公明党の
意見表明とさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)