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谷林正昭君 民主党・新緑風会の
谷林正昭でございます。私は出身は富山県でございまして、富山県の方はおいでにならないと思いますけれども、もし親戚がありましたらよろしくお願いいたします。
そこで、午前中は山下
委員の方からこの
整備公団の歴史が語られまして、そしてそのたびにやっぱり国民の期待、そしてその時代時代に合った
役割、こういうものを担ってきた、私もそれは大変すばらしいことだというふうに思っております。
そこで、ちょっと歴史を見ましたら、
平成十一年の六月八日に、第百四十五回の国会、そして当時、国土・
環境委員会で議論が交わされております。そのときに、新しい
整備公団になるに当たって附帯決議が付けられております。その附帯決議を改めて読ませていただきましたところ、そこに住んでおいでになる方々、それからそこに働いている方々、そして
委員の
皆さんも、気持ちの上では新しい
都市基盤整備公団しっかりやれ、頑張れ、応援するぞ、こういうような附帯決議が付けられております。
そして、二年たちました
平成十三年の、一年半ですが、十一月二十七日の一時から開かれました
委員会において私が質問をさせていただきました。それはどういう質問かといいましたら、突然行革
推進本部の方から金融公庫、道路
公団、そしてこの
都市基盤整備公団、そしてほかの
公団も含めて扇
大臣に総理の方から、正にトップランナーとして行革の先頭に立ってもらいたい、こういうメッセージがその日の朝に出されました。私は、それを受けて質問をさせていただきました。そのときに、大変失礼でしたけれども、
伴総裁にもお見え、来ていただいて、そのときの心境あるいはこれからの自分の気持ち、そしてどうやってそこに二百万人の
皆さんの気持ちを、新しい、もしこうなった場合ということを含めてその意気込み、心意気を話していただきました。そのときに扇
大臣も、心底そこに住んでおいでになる方、今そこで頑張っておいでになる方、そしてこの後も住み続けたい、そういう方々のことを思いながら自分の
考えを述べておいでになります。その述べておいでになる言葉の中には、なぜ私だけがこんなつらい目に遭うのというようなものも少しはにじみ出ておりました。それが今度新しい法律になって出てきたところであります。
その新しい法律になる前にどういう葛藤があったか、それもちょっと見させていただきました。それは、行革
推進本部が作った事務局案、これに対してこれまでの歴史やこれからの心配、あるいは
大臣がおっしゃいますように、そこに住んでおいでになる方々の心を一番大切にしたいという、そういう思いから事務局案といわゆる所轄官庁の意見がまともにぶつかり合って、そして一歩も引けないような
状況。しかしながら、今の日本を
考えたときに、行革というものも大事だ、あるいは小泉総理がおっしゃる構造
改革も大事だ、そういう中にあって新しい組織というのはどういうことなのかというものが意見がぶつかり合って出てきて、それがこの法律だと私は思っております。
そういう意味では、この法律を残念だ、勝った、負けたで論ずるよりも、これからそこに住んでおいでになる方、あるいは住もうと思う方、そしてそこで頑張って新しい町を作ってきた、こういう自負心や心意気に是非こたえるような、そういう新しい
機構に私はなっていくべきだというふうに思います。
そこで、質問に入らせていただきますけれども、この小泉総理が言う
特殊法人改革する必要がある、いろんな問題点がある、また第三者機関、いろんな
委員の
先生方の意見などもたくさん出てまいりました。そこで、今この時点になって
都市基盤整備公団として抱えている問題点、それからやはりこうしていくべきだった、いや、こうしてこれからはいくべきだという、そういうしっかりとした自覚、こういうものが私は今この法律を議論するには必要だというふうに思いますので、まず
都市基盤整備公団の今抱えている問題点、そしてその自覚を持って将来どうするかということを聞かせていただきたいと思います。