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参考人(
鷲谷いづみ君) 鷲谷です。どうぞよろしくお願いいたします。
お手元にレジュメがあると思いますので、それに沿って
意見を述べさせていただきたいと思います。
私は、保全生態学分野の
研究者の立場から、この
法律が取り扱う
生物多様性影響評価ということに限って
意見を述べさせていただきます。
保全生態学というのはまだ聞き慣れない言葉だと思いますけれ
ども、
生物多様性の保全、自然再生をも含む生態系の管理のための生態学の
研究分野です。自然との共生という社会的な目標が最近クローズアップされてまいりましたけれ
ども、それをサポートするための新しい
研究領域で、一九九〇年代の後半ぐらいから生態学の応用分野として認知されるようになってまいりました。
まず、
生物多様性保全という目標がなぜ必要かということについてですけれ
ども、それは一言で言ってしまえば、一番主要なのは、私
たちにとって健全な生態系を持続させるためということになります。
生物多様性の保全というのは、単に
生物の種類数を多く
確保するということではありません。
進化の歴史を共有する
生物種と、その
環境要素から成る、そういう意味で調整済みの
環境のネットワークとも言えるんですけれ
ども、そういう動的で均衡の取れたシステム、歴史的に試されて動的な安定性を保つようになった健全な生態系を維持するために、在来の
遺伝子、種、生態系を保全して、持続的に利用するということを意味しています。
ここで、生態系という言葉ですけれ
ども、
生物多様性条約においては、
植物、動物又は微
生物の群集とこれを取り巻く非
生物的な
環境とが
相互に作用して
一つの機能的な単位を成す動的な複合体として定義されています。
健全な生態系こそが人々の安全、健康で精神的にも満ち足りた生活と持続的な生産活動に欠かせない自然資源と生態系のサービスを持続的に提供することができると言えますので、それを維持することが目標となるわけです。
ところが、二十世紀には、土地の大幅な改変、
生物資源の不適切な利用、
汚染などが加速して、地域からの種の絶滅や物理的、化学的
環境要素の変化が進んで、多くの地域で生態系が単純で不安定なものになってしまいました。そのようなことが一層加速して不健全化の傾向があるわけですけれ
ども、それを抑制すること、既に損なわれてしまった生態系の機能や要素の回復を図ることは、人類の持続
可能性を
確保するために現在の最優先課題ではないかと思われます。
生物多様性は、そういう意味で、自然の恵みを生み出す源であると同時に、健全性を判断する目安でもあります。つまり、絶滅危惧種が増加していくということは、それだけ不健全化が進行しているということを意味します。
ここしばらくの間、経済性や効率性だけに目を向けた人間活動が優勢であったため、
生物資源の限界をわきまえない利用や森林、ウエットランドなどの開発に伴う地域的な大量の種の絶滅、ごく少数の種類の
作物や樹木だけから成る人工的な生態系の拡大、広域的な富栄養化や
汚染などが進行して種の絶滅も加速されますし、生態系の単純化、均一化が進んで、十分な健全性を保たれない状況になってきております。今までは、持続
可能性が保証し難いということで
生物多様性保全という目標が重視されているわけです。
次に、生態系の不健全化と外来種の問題について一言触れたいと思います。
外来種というのは、人為的に本来の生息域外にもたらされて定着する
生物種、新規の
生物種というふうにも言えるんですけれ
ども、その侵入は、ある意味では生態系が単純化したという不健全化の結果でもあるんですけれ
ども、同時に、新たな原因ともなって一層不健全化を加速します。
少数の侵略的外来種、英語ではインベーシブ・エイリアン・スピーシスと言いますが、が不健全化した生態系に蔓延して、捕食や食害、病害、競争、交雑、生殖の攪乱、物理的な
環境改変などを通じて在来種の地域的絶滅をもたらすことは、最近では世界じゅうで大きな問題として認識されるようになってきました。
一部の外来種、生態系にとっての、新規の
生物が侵略性を示すということは、次のような理由で生態学的な必然であると言うこともできます。
一つは、競争力や繁殖力などにおいて、近縁あるいは機能的に類似の在来種よりも優性、勝るという、普通はそういう性質を持っているということです。
どうしてそうなるかといいますと、
一つは、人間がある目的を持って選抜して、大きな適応力を持っているものであったり、あるいは非意図的に入ってくるというようなことで、新たな
環境に入り込むときに様々な関門をくぐり抜けたエリートであるということによっていますし、もう
一つは、生態的解放という
現象なんですけれ
ども、これは、在来種がいろいろな病原
生物や天敵などとのしがらみの中で苦しみながら生きているのに対して、多くの侵入
生物というのは、病原菌や天敵は置いて単独で入ってくるということが多いものですから、そういうしがらみがないということでパワー全開というような状態ですので、在来種の
関係においては優位に立つことが多いということです。
それから二番目には、まだ外来種が入ってきて、在来種との間には種間
関係の調整ということが
進化的には進行していませんので、競合する
生物やえさとなる
生物や寄生される
生物、病気、病原
生物に対して病気になる
生物ですけれ
ども、そういう
影響には歯止めがなかなか利きません。そのため、資源が独占されたり、食べ尽くされたり、致死的な病気が流行するなどということが起こりやすいということがこれまでの幾つもの
現象から明らかにされています。
新規の病原
生物とか新規のウイルスが私
たちの社会に大変厄介な問題を引き起こすことを考えるとこのことは理解しやすいと思います。新型のインフルエンザウイルスとかエイズとか、最近では毎日のように報道されているSARSなどが問題なのは、それらと人類が出会ってからの日が浅いので、まだ普通の風邪などのように
進化的な調整というか、なれ合いが起こっていないことになるわけです。
このようなことから、外来種の問題というのは
生物多様性を脅かす主要な要因の
一つとして認識されていまして、
生物多様性条約でも、八条の(h)において、生息域内の保全のために締約国が取るべき措置として、外来種による
影響の防止というのが掲げられています。そして、第六回の締約国
会議ではそのための指針
原則が採択されています。一方、同じその第八条の(g)にLMOの
影響防止についても述べられていて、それに依拠して
カルタヘナ議定書が採択されて今回の
法律につながったわけです。つまり、
生物多様性条約では、外来種の
影響とLMOの
影響は似たものとして扱われているわけです。
LMOは生態系にとっての新規の
生物であって、そういう意味では特殊な外来種と見ることができます。特殊性というのは、その
生物にとって新規の
遺伝子を持つこと、遺伝的な特性を人為的に操作されているということです。
遺伝子組換え生物は、使われ始めてから日が浅いものですから、その
影響についてはまだ具体的な
知見が少なくって、具体的な
知見を基に検討することが難しい状況です。それに対して、外来種についてはこれまで様々な
事例があって、十分とは言えないまでも多方面からの
研究も行われています。LMOの
生物多様性影響評価については、外来種について得られている
情報を十分に活用していくことが必要であると思われます。外来種
影響事例の分析はLMOの評価にとって極めて重要なのではないかと考えます。
例えば、いろんなことが明らかにされつつあるんですけれ
ども、
生物多様性影響が顕在化するのにどのぐらいの時間が掛かるかということですけれ
ども、多くの外来種の場合、侵入直後から
影響が現れるということはまれで、かなり時間がたってから問題が起こってくることの方が多いと言えます。
日本での
事例で見てみますと、今ブラックバスと同様に問題にされているブルーギルなどですと四十年間ぐらいたってから問題が生じています。また、今、畑や果樹園の厄介な
雑草になっているハルジオンでは、侵入したのは明治時代なんですけれ
ども、最近になって、ということは百年ぐらいたってから
影響が大きくなっています。
これらの場合は、新たな
環境に入ってきた
生物が適応したため、肉食のブルーギルが
日本の湖沼などのえさとして水草などを利用できるようになったことであるとか、ハルジオンの方は、
除草剤への抵抗性を獲得したために
除草剤がたくさん使われる場所で爆発的に増えるようになって手ごわい
雑草になってしまったというようなことがあります。このように、すぐには
影響が現れないけれ
ども時間がたつと
影響が出てくる侵入
生物というのは少なくありません。また、これらの例のように侵入した生態系において変わってしまう、適応
進化することによって急速な増加や顕著な
影響が起こり始めるということも、厄介な外来種問題というのはそういうことで引き起こされているようです。
人為的に大量に持ち込まれて長期間にわたって使われていますとまれに起こる突然変異などが蓄積してきますし、自然淘汰あるいは人為淘汰による適応
進化が起こりやすいものです。また、人がもたらす淘汰圧が強いほど、例えば同じ
農薬をたくさん使うとか抗
生物質などを連続的に使用するというのは強い淘汰圧を掛けるということなんですけれ
ども、そういうことをすると適応
進化というのは速く進みます。
ですから、新規の
生物が
生物多様性への
影響を与えるかどうかに関しては、ここに「量と時間と淘汰圧の法則」ということを書かせていただきましたけれ
ども、たくさん使われて長い間使われていて、何か人為的に特殊な淘汰圧などを掛けると問題が起こることが多いと言えると思います。
長期間にわたってと言いましたけれ
ども、それはその
生物の世代時間によって異なりますので、細菌などのように世代時間が短い
生物ですと、私
たちの感覚からいえば相当短期間のうちに
進化が起こってしまうということになります。
LMOの予測、評価のポイントについて述べたいと思います。
まず、
遺伝子組換えを施した
生物そのものの侵入性、侵略性を考慮する必要があります。その予測についてですが、移動能力や分散能力が大きかったり競争力とか繁殖力が大きい場合には要注意だということになりますし、また、その種そのもの、あるいは近縁の種あるいは近縁ではなくても生態的に似た種が既にどこかで侵略的外来種として振る舞った例があるような場合には、この場合も要注意ということになると思われます。
ここで重要なことは、
遺伝子操作によって
環境への適応性が高まる
可能性があるということ、そのことに注目することです。例えば、害虫や
除草剤への抵抗性であるとか、低温、乾燥など極端な
環境への適応性などにかかわる
遺伝子を導入したときにはその点を十分に考慮する必要があると思われます。
次に、
遺伝子そのものの生態系への侵入性です。
遺伝子組換えを施した
生物から別の
生物に
遺伝子が伝達されて、その
生物が外来種としての侵略性を高める
可能性を予測する必要があるということです。そのため、
遺伝子が他の
生物に伝達される
可能性として二つのことを意識して
チェックしなければなりません。
一つは、交雑の
可能性、つまり雑種を作る
可能性です。これは、
植物であれば
花粉がどういうふうに分散するかということと非常に大きなかかわりがあります。それから、二番目は、トランスポゾン、ウイルスなどを介して
組換え遺伝子が全く異なる
遺伝子に伝えられる
可能性、これを水平伝達と言いますけれ
ども、その
可能性について考えなければなりません。
遺伝子組換えの
遺伝子を導入するときに既にそういうことを
技術として使っているものも少なくありませんので、そういう意味での動きやすさには留意が必要です。さらに、LMOから
環境適応性を高める
遺伝子を伝達された
生物がどのような侵入性を示すかの評価が必要となります。
それから第三に、比較的把握しやすい直接的な
影響で、それについてはもう幾つかのものの報告などがありますけれ
ども、生産される毒素、
花粉だとか根からの分泌物の毒素が
生物を殺傷する効果を持つなどということも、どのぐらいそれが生態系に
影響があるかはともかく、既に報告例があります。また、そういう毒素が、強い毒素が存在することによって害虫などに抵抗性を
進化させる効果というのも心配されていて、
アメリカ合衆国では、抵抗性の
進化をモデルでシミュレーションをして、毒素
遺伝子を導入した
作物の作付面積をある比率以下に抑える方針な
ども取られていたりもします。
四番目に、最も評価が難しいと思われることなんですけれ
ども、複合的な要因として
生物多様性に
影響を及ぼすということです。これは、LMOあるいはLMOから
遺伝子を伝達された
生物が、競合、捕食、病害などを通じて野生動
植物の
個体群の絶滅
可能性を高める効果なのですけれ
ども、こういう絶滅
可能性にかかわる要因としましては、生育、生息場所が縮小、分断化していることであるとか
汚染や他の外来種の
影響など、もう既に多様な要因がありますので、それとどのようにふくそうして働くかというようなことを予測しなければならないわけですが、この評価をどのように合理的に行っていくかについては今後に大きな課題が残されていると思います。
次に、
生物多様性影響評価における予測の不確実性と、それへの対処法について述べたいと思います。
自然
現象一般の予測と同様、
生物多様性への
影響の予測にも当然不確実性が伴います。
環境の変化や
生物自身の適応
進化により、時に性質が変化したり、そのことによって爆発的に増殖したりすることがあるということで、純粋な物理的
現象に比べて予測の不確実性は大きいと言えます。例えば、伝染病の予防や根絶の難しさというのは、病原体が急速に予測不可能な方向に
進化するためです。これまで、抗
生物質や抗ウイルス剤の投与は短期間のうちに薬剤抵抗性を
進化させていきましたし、異なる薬剤の併用によって多剤耐性菌を
進化させたという
経緯もあります。
こういう、ちょっと予測にとっては不確実性が高い
対象ということなんですけれ
ども、二つの、その不確実性には二つの要素があって、評価の制度においてはそれら両方に対して適切に対処できることが求められると思います。
第一は、今もう既に述べたことなんですけれ
ども、評価する
対象そのものの複雑性、可変性に由来するものです。多様な要素と
関係性から成る
生物多様性、生態系、絶えず変化する
可能性のある
生物といった複雑で変わりやすいものを評価しなければならないことに伴う不可避的な不確実性と言えますが、これに対処するには、まず第一に、予想外の
事態への対処法を
確保する、しておく必要があると思います。それは、万が一、十分予測し切れなかった
影響が現れた場合に、それを取り除く具体的な手段の有無が、その
生物を根絶したり封じ込めたり、あるいは制御するための実行可能で有効な手段があるかどうかを評価において重視することが必要であると思われます。それから、予防的な取組を重視すること。つまり、十分な
科学的な確証によって予測ができなくても、
影響が疑われるときには慎重な選択をするということです。
それから第二になんですけれ
ども、
知見の不足ということなんですが、
生物多様性影響、生態系における
遺伝子の挙動。もしかすると、組換え体の中における
遺伝子の挙動についてもまだ
知見が十分でない点も多々あると思います。それから、この
意見表明で何回も述べてきたミクロな
進化に関する
科学的知見が不十分だということです。これに対しては二つのやっぱり対処法が必要だと思います。
一つは、必要な
科学的知見を増やすための
研究の強化です。それからもう
一つは、評価の結論が出て、使い始めた後に新たな
知見が得られた場合に、それに応じて柔軟に方針の変更ができることを保障することだと思います。
最後に、評価の確実性を高めるために強化すべき
研究の分野を、下の方に項目を挙げたんですけれ
ども、
環境に放出されるLMOとその地域の
生物多様性の双方に関する十分な
科学的な
知見に基づくことで有効な評価がなされると思われますけれ
ども。それから、生態系
レベルでの
遺伝子の動きや振る舞い、交雑や水平伝達についての十分な
知見が欠かせないわけですが、現状では、LMOの利用のためのバイテクの
研究というのは
研究者も非常に多くてたくさん
研究が行われているんですけれ
ども、
生物多様性影響評価の基礎となる生態学や
進化学、生態遺伝学の
研究はごくわずかしか実施されていません。そういうようなアンバランスを解消して評価に必要な
知見を増していくことが求められると思います。
時間がかなり過ぎてしまっているようですので、あとは、下にただ項目が挙げてありますので、お目通しいただけたらと思います。
どうもありがとうございました。