○
杉浦委員 自由民主党の
杉浦でございます。
私と申しますか、私
どもは、きのう、
イラクから帰ってまいったばかりでございます。
与党の
現地調査団ということで、二十日に成田を立ちまして、
アンマンから
バグダッドへ、陸路千キロちょっとですが、一日がかりで視察かたがた参りまして、
バグダッドでは、後ほど詳しく申し上げますが、さまざまな
調査を行い、それから
南部の
バスラへ、これも車で参りまして、
バスラそれから
ウンムカスル港も見てまいりました。そして
クウェート経由で戻ってまいったんですが、その
調査団の
調査の御
報告を兼ねまして、
関係閣僚に御質問申し上げたいと思います。
私
ども参加メンバーは、自民党から、私と
岩屋毅君、
衆議院ですが、
参議院から
阿部正俊先生、
舛添要一先生、四名。公明党から、
衆議院の
斉藤鉄夫先生、
参議院の
山本保先生。
保守新党から、
参議院の
泉信也先生。七名の
議員。それから、
外務大臣政務官の
新藤さん、
防衛庁長官政務官の
小島さんと、
議員は九人でございます。
その他、
各党の
事務方、
関係省庁、同行いたしまして、車は、私
どもの
防弾車三台、前後に六台。九台の車列で長旅をいたしてまいりました。
主な
会談相手は、
連合暫定施政局長官の
ブレマーさん、
OCPAの
長官でございますが、この方は私
ども会えないと思っておったんですけれ
ども、
アンマンで開かれておりました
ダボス会議、
イラク問題の
ダボス会議に出ておられるので、ちょっとお目にかかれないということであったのですが、どうやら先方が私
どもの
ミッション、大事だと思われたのだろうと思いますけれ
ども、二十二日の夜戻ってきてくれまして、夜、一時間ほど
会談いたしました。戦後の
日本占領時期に例えますと、マッカーサーさんの立場にいられる、要するに
CPAの
長官でございますので、非常に有意義な
会談ができたと思っております。
当初の予定では、
次席の
ソーヤーズさん、これは
イギリスの方なんですけれ
ども、ナンバーツー、この方とはじっくり
会談いたしました。
また、
デメロ国連事務総長特別代表はニューヨークで所用があって戻っておられましてお目にかかれませんで、
デメロの
官房長でございます
ユーニスさんという女性ですが、この方と、ケネディさんという副
人道調整官、お二方と
国連の
活動についてさまざまなお話を伺いました。
それから、CJTF7、
連合軍総
司令部が
バグダッド国際空港の中にあるのですが、
サダム宮殿、二十八も
宮殿をつくったらしいのですけれ
ども、その
一つが
空港の中にある。その
宮殿を接収いたしまして、そこにございます。そこへ参りまして、
責任者はいらっしゃいませんでしたが、
佐官クラス、
尉官クラス何人かから、
連合軍の
活動状況について詳細な御
説明をいただきました。
それから、
米軍の
活動状況ということで、
バグダッド、五百万都市なんですけれ
ども、
バグダッドは十二の
軍管区に分けまして、それぞれの
軍管区に大体三十万人から五十万人ぐらいの人口を割り振っておるようなんですが、そこに一
大隊、一
大隊が張りつけられておりまして、
治安の
維持、それから、
日本でいうと区役所的な仕事ですね、
調整活動をやっております。その
一つの
地区、
バグダッド市の
北西部にある、
住宅が主の
地区でありますが、シェイク・ハミド・ウム・マアリクという
地区の
管区に伺いまして、
責任者である
大隊長、中佐でありますが、御
説明を聞き、
警察署ですとか
給油所あるいは
病院等を案内してもらいました。大変有意義な視察ができたと思っております。
それから、
バグダッドでは
市内を
会談のためにあちこち移動したのですが、その途中、
イラクの
大使館にも寄りました。
略奪とまではいかない、強盗に入られたらしいのですけれ
ども、コンピューターなんか盗まれたと言っておりましたが、見てまいりました。
外務大臣おられますが、あの
大使館はだめですね。
住宅地の中みたいで、もっといいところへ引っ越して、やはり独立した建物で、
警備もあれじゃだめですし、転居を考えているようなんですが、早く移った方がいいと思います。
人数をふやしまして、手狭だと思いますが、見てまいりました。
それから、
サダム・シティーと言っておりますが、今は
サウラ地区と言っておりますが、
シーア派の比較的貧しい
人たちが住んでおる
地域も車で詳細に見ました。大部分がいわゆるスラムと言われている
地域のようですけれ
ども、確かに下水があふれていますし、
ごみはいっぱいですし、しかし、人々は元気で、マーケットもあちこちでやっていました。物は随分ありますし、平穏な
市民生活が戻っているかなという
感じもしましたが、さまざまな部面で見てまいりました。
昼食の時間に、
現地の
イラク人に、
大使館にお願いして三人ほど来ていただきまして
懇談いたしまして、
イラク人のいろいろな考え方も聞けましたし、また夕方、夕食は、
NGO、ジャパン・プラットフォームとピース・ウィンズ、十人ぐらいの人に来てもらいまして、
懇談ができました。有意義な
懇談だったと思います。
バグダッドではそういうことで、夜は
ブレマーOCPA長官と有意義な
会談を行いました。
二十三日は
バグダッドを立ちまして、約五百キロ、車で向かいまして、
バスラへ参りました。
バスラ空港の中に、
ターミナルビルを接収して
英軍がいるわけですけれ
ども、
英軍の
責任者がちょっとお出かけでしたので、
次席その他から、
英軍、
デンマーク軍もおりました、
デンマークの人も
説明に来ていましたが、
南部の軍の
活動状況について詳細を聞き、
バスラ市内を見まして、
ウンムカスルへ参りました。
ウンムカスルは、UNDPの事業で
日本が二百五十万ドル
緊急支援をして港のしゅんせつをやったわけですが、終わっておりまして、三万トン
クラスの船が接岸できるようになったと大変喜んでいました。三万トン近い大きい船が入って
タイ米を陸揚げしておりましたが、その様子を見てまいりました。
ウンムカスルでは四十七・五度を記録いたしまして、大体昼間は四十度を各地超えておりましたが、大変な暑いところで、
連合軍、今十五カ国
活動していますけれ
ども、大変だなという
印象でございました。車の外へ出ますと、
サウナ風呂へ入ったようなもので、ちょっと風が吹きますと、ドライヤーでふっと吹きつけられるような、そういう暑さでございました。
帰ってまいりまして、私
ども、また詳細な
報告書を発表いたしますが、昨日の
委員会でさまざまな
議論が行われたようですけれ
ども、
末松委員の
質疑の概要をちょっと拝見いたしましたが、
現地の
治安状況についての
状況認識では、
末松先生の
感じられているところとそんなに変わったところはないという
印象でございます。
もはや
戦闘は終了している、これは
軍関係者も言っていました、
CPAからもそういうことでございました、コンバットは終わっていると。襲撃が各地でありまして、報道されておりますけれ
ども、これは散発的なもので、
人数からすると五人とか十人単位、あるいはもっと小
人数のものもあるようなんですが、
警備の手薄なところを突いた形で行われている、きちっと
警備しているところでは
事故は起こらないというふうな御
説明がございました。
例えば、ガソリンを買うために車が数珠つなぎになっているんですね。三時間、四時間かかるのは当たり前だという
状況のようですが、したがって、待っている人はいらいらする、割り込むのがいる。そういう整理をやっている
米軍、大体最低二人組んで、単独ではやらないそうなんですが、整理しているところを後ろからズドンと撃たれるとか、そういうような
事故が多いということでございました。
クウェートを立とうとしたら、
バスラの北方二百キロのところで
英国軍人が六人殺されたという
事故もございましたが、帰ってきてからいろいろ聞いていますと、これは
警察署の中で起こったことのようでして、
イギリス軍、
デンマーク軍そのほか入っていますが、
南部の方は
治安がいいということで、
軍隊が非常に軽装で、警官のような
治安維持活動をやっているわけですね。そういうような手薄なところを突かれたのではないかという
感じでございました。今
イギリスの方で
調査中ということなのであれですが、
南部の方は比較的
バグダッドや
北部に比べると
治安がいいというふうに言われておりましたので、少し意外な
感じもしておる次第でございます。
治安状況は日に日に
改善されておるということを
異口同音に皆さんおっしゃっておりました。
ブレマーさんは着任後三週間だと言っていましたが、彼が来たときにはまだ公然と商店が襲われるとか、路上で白昼公然と
犯罪行為が行われるという
状況だったけれ
ども、今は全くそういうことはないと。
ソーヤーズさんも、七週間になると言っていましたけれ
ども、
治安の
改善ぶりは非常にドラマチックだという
表現を使っていましたが、
改善されているということを言っておられました。
末松先生と違うところがあるとすれば、
末松先生たちの
ミッションは六月初めでしたね。ですから、二十日たっているわけですから、六月初めと比べると、三週間近くたっているということは、相当の
改善があるのではないかというふうに思われました。私
どもの旅行中で危険を
感じたことは、私、一度もございませんでした。人によっては、通常の大都市の
治安状況と余り変わりないぐらい
改善されているという
表現をされる方もおりました。
さはさりながら、旧
政権のいわゆる残党と言われている人はおるわけです。
サダム・
フセインに忠誠を誓う人で、敵意を持った
勢力というのは、人によって
表現は違いますが、数%はいると。武器は相当大量に出回っておって、
刀狩りを始めておりますけれ
ども、回収した量は微々たるものでございまして、何百万丁と言われている
小銃等が町の中にあるとのことでございますから、危険な
地域であることに変わりはないと思います。
バスラ周辺のケースも、
刀狩りをやるやり方が強引過ぎたのでそれに対する反発だというようなことをメディアが言っておりましたが、旧
勢力が一部なりともおり、そういう
状況があるということは、危険であるという点においては変わりはない、だから
軍隊による
活動が必要だと一面言えると思います。
ただ、バース党は崩壊しております。
イラク軍も雲散霧消しております。また、三人でしたけれ
ども、
イラクの方、これは民間の方ですけれ
ども、聞いた話、それから
NGOの諸君、あそこで
活動しているわけですが、彼らの話を聞いても、
サダム政権というのは、
イラク国民一般からは忌み嫌われているといいますか、崩壊することによってほとんどの人が喜んでおる、なくなったのを喜んでおるという
状況のようです。ただ、
サダム・
フセインが死んだかどうかわかりませんから、トラウマが残っていて、
外国軍隊がいなくなったら、
サダムが生きていてまた復帰してくるんじゃないかというような、そういうおそれというのはかなりあるようでございますが、
政権そのものに対する
支持基盤は全くないと言っていいと思われますので、今後、
組織的、計画的な
攻撃というまでにはもう至らないというふうに私
どもは観察してきた次第でございます。
ただ、
警察組織が不十分でありますし、また、
アメリカの
大隊長、
軍管区司令官の話を聞きますと、
イラク警察というのは、
パトロールをするとか取り締まるとか、そういうことは前からやっていなかった、
国民から苦情を受けてそれを処理するだけだった。そういうビヘービアの
警察だから、彼らを訓練して、
パトロールを
一緒にやっているらしいです。MPをつけて
一緒に
パトロールしているらしいんです。それから、人も徐々に採用して訓練し直して、
先進国の
市民警察のようなものにしていかなきゃいかぬ、ちょっと時間がかかるということでございましたので、当分の間は
米軍等が
治安維持をやっておるわけですけれ
ども、この
重要性はなくならないだろうというふうに思いました。
社会経済基盤は、戦争による被害は局所的なものだった、
末松先生の御
認識もそうですし茂木副
大臣もおっしゃっていましたが、実にピンポイントで
軍事施設をたたいておるということでございます。ただし、戦後の
略奪行為は相当すさまじく、今もつめ跡が残っておりますし、また、
サダム政権下の長年の間、
社会経済インフラへの投資が十分でなかった。
経済制裁もそれに加わりまして、
電力、上
下水道等々、
社会経済基盤は極めて不十分で、
治安を初めとする
国民生活全体に悪影響を及ぼしているのは推察できました。私
ども、
パレスチナホテルに泊まったんですが、
停電がしょっちゅうでして、
電気がついている方が珍しいという
状況でございました。
もちろん、
CPAも
インフラの回復に全力を尽くしております。
軍管区の方でも、それぞれ問題を見つけては
CPAに連絡をとって、各役所から道路を直したりいろいろやっておると言っておりました。
私
どもが行った
軍管区では十
幾つ項目があったけれ
ども、あと残されているのは、大きなのは二つであって、
一つは
電力、
一つは
下水道だ、こう言っておりました。
下水道はオープンシューエージ、川になっていまして、ひどい状態で、
ごみもいっぱいで、
電気はしょっちゅう
停電という、少し中長期的な課題になりますが、大きな問題であるというふうに思います。
各国の
イラク支援状況ですけれ
ども、現在
軍隊を出しておりますのは十五カ国でございます。
アメリカ、
イギリス、
アメリカ軍約十万人、
イギリス軍約五万人。その他、オーストラリア、イタリア、サウジアラビア、韓国、
デンマーク、ヨルダン、スペイン、
アラブ首長国連邦、
カナダ、ラトビア、リトアニア、チェコ、
ポーランド、十三カ国。合計十五カ国が
派遣しております。それぞれ
人数はまちまちでありますが、千人
規模から数十人
規模までであります。
既に
派遣を決定している国がそのほか十四カ国ございまして、
タイ、ニュージーランド、モンゴル、アゼルバイジャン、ウクライナ、オランダ、カザフスタン、ブルガリア、ホンジュラス、ポルトガル、ハンガリー、エストニア、ドミニカ共和国、ルーマニア、以上十四カ国が
派遣を決定しておる。
人数はこれもまちまちでございます。
そのほか
検討中は、
ノルウェー等、チリ、パキスタン、ウズベキスタン、フィジー、
キルギス等々が、十数カ国が現在
検討中というふうに聞いてまいっております。
軍管区、現在は、
北部と
中部は
米軍、
南部は
英軍という
責任分担になっていますが、
中部地区が今、
アメリカの
海兵隊が五万人、
中部地区をやっておるわけですが、
ブレマーさんの話によりますと、
海兵隊はできるだけ早く撤収したい。そこを、
ポーランドを頭にして、
ポーランドが三千人
規模を出すということになっているんですが、
ポーランドを頭にして多
国籍軍で
警備するという
方向を考えておるということを言っておりました。
それから、一番問題の、問題といいますか核心でございます
イラクの
暫定統治機構の
立ち上げですが、
ブレマー長官は、七月の中ごろまでにまず
政治評議会を
立ち上げる。これについては、二十人から三十人ぐらい
イラクの
各党各会派の
責任者格の人をそろえて
政治評議会をつくって、これをトップに据える。つまり
CPAの
カウンターパートにする。そして、九月を目途にしまして、そのもとに各
省庁、今崩壊しておりますが、を整備、
立ち上げていって、各
ミニスターを選任する、そして
行政機構の体裁を整えていくという
方向だと申しておられました。
並行いたしまして、七月中ごろに
憲法評議会を
立ち上げる。これは数百人
規模で、
学者等専門家、各界の
代表者をそろえて
憲法の策定に入る。つまり、旧
憲法といいますか、
サダム憲法は
選挙に関する規定がないので、新しい
憲法の
制定が必要だと。日時は未定ですが、早急に
憲法制定作業に入って、最終的には
国民投票で
憲法を定める。その上で
各種選挙を行って、
イラク人の手による
国家の樹立を目指すということを言っておられました。そういうものが並行して行われている。
また、
治安のもとになっている
大量失業ですね、
軍人、
官僚等についても手当てをしております。
警察等は再雇用していますし、
国家公務員もどんどん採用するようにしている。
私
どもが
ブレマーさんにお目にかかったときは時間がかかると言っておられましたが、
給与の
支払い、
年金の
支払い等は、私
どもが帰る飛行機の中で得た
新聞報道によると、
軍人に対しては再就職するまで
給与を支払うということを決めたようでございます。そして、二、三年かけて国軍を形成していくということも
CPAで決めたようであります。私
どもが会ったときには、まだ
検討中で、ちょっと時間がかかるとおっしゃっておりましたが。
年金の
支払いも、
バスラへ行きましたら
国立銀行の前が黒山の人でしたが、何だと聞いたら、
年金を受け取りに来ているんだという話でしたので、ああ
年金の
支払いも始めたのかなというふうに思っております。そういうようなことが行われますと、人心の不安も徐々に解消していくんじゃないかなという
感じもしたわけでございます。
日本の
自衛隊といいますか、
日本の
協力についてどういうことを望んでおられますかということをそれぞれお尋ねしたんですが、
日本に対してどうこう申し上げるのは失礼なことで、それは
日本においてお決めいただくことだと。これは
ブレマーさんも
ソーヤーズさんも、軍の
司令官も
国連の方も言っていましたが、
協力する
分野はあらゆる
分野であると。
戦闘は終わっているんだ、あとは
治安の問題なので、
日本からお申し出いただければどのような
分野でもお願いできるということを皆さんおっしゃっておられました。
私
ども九名、いろいろ話を聞きながら行ったんですが、例えば
治安の
維持でも、
各国軍隊に一定の
地域を割り当ててやっているわけですが、
治安のそんなに悪くないところだったら
検討する
可能性がないわけじゃないとも思いますが、
自衛隊を
派遣するとすれば、むしろ
自衛隊の持っている
能力、長所を最も生かした、しかも向こうが必要とする
協力も随分あるんじゃないかというふうに思われました。
私
どもの結論は、一刻も早く専門的、実務的な
調査団を
派遣して、どの
分野、どの
地域で、どういうことが求められてできるかということをするのが一番いいんじゃないかというふうに思った次第でございます。
例えば、これは個人的な
意見なんですけれ
ども、水の供給、これは
一つの大きい
分野だと思います。
軍隊は、ともかく二十万人近く展開しておりますから、飲む量だけでも物すごいです。一人当たり、あの猛暑の中で、ペットボトル大きいのを二本ずつしか配給がないという
状況であります。
一般の民衆にも水は
不足ぎみということでありますから、チグリス川、沼があちこちあります、そこから、
自衛隊の
浄水能力は高いようでありますから、
自衛隊が行って
浄水をして水を供給するということは大変喜ばれるんじゃないか。その話を
CPAや
国連の
ユーニスさんにもしたんですが、大変ありがたい、
国連としてもそういう
人たちが来てくれれば
国連の
人道支援等にも役に立たせてもらえるというふうにおっしゃっておられました。
また、
輸送というのがあると思います。特に
緊急輸送、
航空輸送。陸送もありますけれ
ども、
カナダが三機ほどC130を出しているんですが、とても足りない。病人を運んだり、
緊急物資を
輸送したり。今使える
空港は四つあるそうなんですが、これを八つか九つにふやす、
空港間の
物資、
人員等の
緊急輸送にもしC130を出してもらえば大変ありがたいというのが、お伺いした
関係者、
異口同音に申しておられました。
個人的な
意見でありますが、さまざまな
分野で
協力が可能だと思います。また、ああいう
治安状況、
各国とも完結した
組織である
軍隊を送っているという
状況からいたしますと、
日本としても
自衛隊を送るということが大切じゃないかというふうに私
ども思った次第でございます。
そこで、そういった
報告を前提にして
関係閣僚にお伺いするわけなんですが、きのうの
委員会の
議論でも、
戦闘地域であるかないかというのが
議論になったようでございますけれ
ども、この
法律で言うところの「現に
戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで
実施される
活動の期間を通じて
戦闘行為が行われることがないと認められる」
地域でないと出せないということですね。
現在の
イラクは、私
どもの判断では、
戦闘は終わっている、あとは
治安の問題だ。確かに、
治安は場所によっていろいろ違いがあるけれ
ども、
戦闘行為という点からすればもう散発的な、今テロのような、注意深く用心すれば避けられないものでもない
状況だと言っていいと思うんです。ですから、場所は選ばなきゃいけませんし、十分な対応はする必要があると思うんですが、私
どもは、今の
イラクの
状況が
戦闘地域というふうな
印象を受けて帰ってまいらなかったんです。
各国の
CPAも、軍の当局もそういう
説明でございました。
官房長官にお伺いしますが、どういう状態が現に
戦闘が行われておらず、かつ、行われることがないと認められるのか。その程度によって、ではこの
状況は変化すると思うんですね、一瞬にして、テロだったらどこで起こるかわからない。だから、その線引きも、しようと思ってもなかなか難しいと思うんですが、私
どもは、今
イラク全体として軍がきちっと抑えていますし、
治安を守っておりますし、散発的なテロ的な問題はないわけじゃないけれ
ども、これも時間の経過とともにおさまっていくだろうと思います。片っ方において暫定政府が立ち上がっていく、あるいは給料も支払う、
年金も払う、
インフラの復旧も行うというふうに
改善されていくと思うんですが、三十日後にはまたさま変わりになるんじゃないかと思うんですね。
例えば、
バグダッド空港もそれから
南部バスラ空港も、七月末には今のところでは民間に開放すると。民間
空港に。
バスラの
英軍は、ターミナルから撤退する場所を今探しているそうです。
そういう
状況で、日に日に
改善されていくと思うんですが、そのあたりの仕切りというのをどういうふうにお考えになっているのか、まず
官房長官にお伺いしたいと思います。