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参考人(
谷垣千秋君) 本日は、
マンションに居住し、管理の現場に携わる私どもに
発言の機会を与えていただきましたことに心より感謝申し上げます。
私どもは一九八六年に設立されました
マンション管理組合の全国組織であり、これまで十六年にわたって良好な住環境の実現を目指して
管理組合の自立を図ることを目的に活動を続けてまいりました。今回の区分所有法
改正法案は私どもにとって直接のかかわりを持つ
内容であり、重大な関心を持って見守っているところであります。
私どもは長年
マンションの現場において
管理組合の活動に携わってまいりましたが、ここでは
共同所有、共同管理、共同居住という
マンションの
特性を踏まえたその活動は、多くの
区分所有者の意思を
一つにまとめていくという
合意形成の困難性が常に付きまとう活動でもあります。一人の人間の意思で
マンションというのは何も決められない、常に多くの
区分所有者の意思を
一つにしていくという作業が付きまとう。その意味で、
合意形成というのが
管理組合の活動にとって極めて重要な活動であるわけです。
民主主義の学校とも言われる
管理組合におきまして、
区分所有者の多様な
意見を保障しつつ、全体の意思を
一つにまとめていくときの重要な要素が
マンションの憲法とも言われる区分所有法であります。区分所有法並びに各
マンションの管理規約を
区分所有者の共通認識とし、それを
合意の集約軸とすることによって多くの人々の多様な
意見を
一つにまとめていくことが可能となります。その意味で、この
法律には何よりも多くの
区分所有者が納得できる
合理性が要求されます。そして、この
法律が
マンションにおける日常の規範であることを考えると、だれにでも容易に理解できる平易な文章であることが重要であり、難解な専門用語や表現は厳に慎むべきであるというふうに考えております。
さて、先ほども述べられましたが、
阪神・
淡路大震災の復興過程で
現行区分所有法の様々な問題点があらわになったわけですが、区分所有法は
マンションの現場において極めて重要な役割を担っており、それゆえ、その
内容は住民自治の理念に即した実際的なものでなければなりません。しかし、
阪神・
淡路大震災において
現行区分所有法はその欠陥をあらわにし、多くの被災
マンションを大混乱に陥れました。今回の法
改正はこのことを大きな契機としていると認識しております。
問題となった
建て替え決議要件は、今回の
改正法案では五分の四以上の
多数決のみに
変更されました。しかし、この
変更は妥当なのでしょうか。
現行法のどこに問題があり、何を改善すべきであるのかという点について、私は次のように考えております。
一、
現行法の
過分性
要件は受け入れられているというふうに私は判断しております。
私どもは、
区分所有者が
建て替えか補修かという判断を下すときの判断
基準として、
現行法の
過分性
要件は一定の
合理性を有していると認識しています。
阪神・
淡路大震災の被災現場においても、また
建て替えをめぐって争われた五件の
マンションにおいても、
過分性
要件を批判している例はありません。このような事実からも、
過分性
要件は
区分所有者の間で一定の理解と支持を得ていると認められます。
二、
過分性
要件の解釈と運用を明確にすることが法
改正の出発点。
現行法の問題点は
過分性
要件の解釈と運用が不明瞭であったところに存在します。すなわち、どのような状況に至った場合を
過分というのか、そしてその判断の前提となる
建物の効用の維持、回復に要する
費用の算出は、どのような調査、方法に基づいて行われるのか、また
費用算出に用いられる工事単価は何を根拠としているのかというような点が全く明確ではなく、実際に様々な工事業者が様々な調査に基づき様々な工事計画によって
費用を提示してきたところであります。
例えば、現在もなお最高裁で争われているグランドパレス高羽の復旧
費用は、
建て替え賛成の被告側が十一億二千三百万円掛かるとしているのに対して、
建て替え決議は無効とする原告側はその約六割の六億五千二百万という金額を示して争っております。同じ
建物を復旧するのにこれほどの
費用の差が生じており、これではとても
建て替え決議の客観
要件とは言えません。この原因は取りも直さず
過分性
要件の解釈と運用ルールが明確になっていない点にあります。これを明確にすることが今回の法
改正の出発点だったはずであります。
三、
過分性
要件の明確化としての五〇%ルール。
過分性
要件を明確にする最も具体的な方法として私たちが支持しているのが、米国連邦緊急事態管理庁、FEMAが採用している五〇%ルールであります。この五〇%ルールを基礎にして、次のようなルールを定めることが
建て替え決議要件の混乱を解決する現実的な方法であろうと思われます。
一、劣化あるいは
損傷した
建物を原状に復するのに必要な工事計画を作成し、それに基づいて必要な工事
費用を算出します。二、劣化あるいは
損傷する前の
状態と同じ
建物を新築するのに必要な
費用を算出します。三、一と二を比較して一の
費用が二の
費用の五〇%を超えれば五分の四以上の
多数決で
建て替え決議ができるものとします。
この五〇%ルールを運用するために、
建物の劣化度や
損傷度を判定する評価制度や、そうした業務を担う独立機関の設置等も併せて整備することによって
過分性
要件の総合的な運用体制を確立することが可能であると私たちは考えております。
次に、
改正法案についてですが、
改正法案は、
建て替え決議を
区分所有者の
多数決にゆだねることとしました。
区分所有者の自治を尊重するという考え方は
一般的には十分支持できるものであります。しかし、問題は、今回の
改正法によって
区分所有者が適切な判断を下す条件を十分に与えられたのかという点にあります。すなわち、
過分性
要件が外れたことによって、従来存在していた
区分所有者の判断
基準が失われてしまい、ルールなき
多数決といった状況に陥る危険性があります。
我が国の
マンション管理組合の現状を見たとき、
建て替えのような重大な
決定を自律的に実行し得る自治能力を有している
管理組合は必ずしも多くないのが実情であります。そのような現状で、
管理組合に対して適切な情報提供や専門的な助言等を行っていく社会的な制度が整備されていないことは、十分な判断材料なしに
建て替えの
決定を
区分所有者の
多数決にゆだねることにつながり、合理的な
決定が担保されるとは言い難い状況が予想されます。
以上のような状況の招来が予測される
改正法案は、
建て替え決議をめぐって
区分所有者間の対立を再び生み出しかねない危険性を有していることを指摘せざるを得ません。
維持管理の徹底と
建物の長寿命化・再生の重要性と環境保護。
全国の
マンション管理組合は、これまで日常管理及び長期
修繕計画を
中心とした
建物の計画的管理を実践することによって
建物の耐用年数を延ばすための
努力を続けてまいりました。このことは、同時に社会的にも良好な住宅ストックを形成することに貢献してきたと言えます。多くの
管理組合にとって、適正な管理を行うことによって
建物を長く使い続けることが
管理組合活動の大きな目標となっております。そして、そのことが
管理組合活動の着実な蓄積にもつながってきた経緯があるのです。しかし、今回の
改正法案は、
改正論議の過程で声高に叫ばれた
マンション三十年説や、さきの
建替え円滑化法の成立とも相まって、国の
マンション政策が
建て替えへと大きく転換した印象を与え、現場の
管理組合に少なからぬ戸惑いと動揺を与えています。
私は、今回の
改正法案については、
管理組合を主体とした管理体制と、それによる
建物の維持管理を徹底することによって良好な住環境及び住宅ストックを実現していくというこれまでの国の
マンション政策との矛盾を指摘せざるを得ません。したがいまして、従来の国の
マンション政策との整合性を担保するためには、衆議院の附帯
決議でも指摘されているように、
建物の長寿命化や再生に向けて法整備を含めた必要な措置を早急に取ることが肝要であると考えます。
他方、環境面からこの
マンションの高経年化問題を考えますと、京都議定書に示された世界のコンセンサスから見たとき、我が国の
マンションの将来に対して
建て替えという針路だけを示してこれを乗り切ることには無理があります。持続可能な発展が世界の潮流となっている現在、資源活用、環境保護、低コスト、コミュニティー重視の方向性をこそ国は国民に示すべきでありましょう。この点からも附帯
決議の早急な具体化が望まれるところであります。
最後ですが、少数
意見の尊重と国民の権利への配慮です。
最後に、今回の
改正法案、とりわけ
建て替え問題はこれまで我が国の
マンション管理組合が蓄積してきた住民自治に基づく直接民主主義のありように大きくかかわる問題であります。憲法で保障された居住に関する権利や財産権は特に尊重されなければなりません。少数
意見に対する態度は民主主義の成熟度を示すバロメーターとも言われます。この
法律が我が国市民社会における民主主義の発展に寄与するために、このたびの法
改正に当たりましては、
管理組合が今日まで築いてまいりました直接民主主義と住民自治の蓄積の上に立って、少数
意見の尊重と憲法で保障された国民の権利を擁護することに十分な配慮をすることが強く望まれます。
以上が私の
意見です。ありがとうございました。