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参考人(
横田洋三君) 中央大学の
横田洋三でございます。座って話をさせていただきます。
私は、国際法それから
国連法などを
専門に研究しております。今日は
イラク情勢等というテーマでお話をさせていただきますが、その中でも国際法、とりわけ
国連法との
観点でこの問題がどのように分析できるかということをお話しさせていただきたいと思います。
事務局から事前に配っていただきました資料の真ん中辺に、十二ページから二十三ページ、私が執筆しました
国連の下での
安全保障の体制についての教科書の一部がございます。今日はその中には余り詳しく触れませんが、随時御参照いただければ幸いでございます。
今回の
アメリカによる対
イラク強硬
政策の背景というものをまず考えてみる必要があるだろうと思います。私の考えでは三つあるかと思います。
一つは、
アメリカの
安全保障に対する
脅威、これへの
アメリカの反応ということでございます。御存じのとおり、第二次大戦後長く続きました冷戦構造の中では、
アメリカへの
脅威は主に
ソ連、社会主義国、共産主義国という形でもって説明されておりました。それに対する
対応策を
アメリカはいろいろと検討し、実施したわけでございます。冷戦後の
状況におきましては、それが国際
テロ及び
テロ支援国家が
アメリカへの
脅威だというふうに変わったということでございます。しかし、
他方で、対象は変わりましたが、
アメリカへの
脅威に
アメリカが
対応するというその図式そのものは実は根本的には変わっていないように思います。
第二番目の背景は、
アメリカ及び
アメリカ人に対する
武力的な攻撃に対しては自分たちの力で守るという
安全保障観、防衛観でございます。
国連憲章で言いますと、憲章の五十一条にあります個別的及び集団的自衛権というものでございます。
アメリカは、まず、よく
単独主義、一国主義ということが言われますが、その根底には、自国の
利益、自国の国民の生命、身体、財産は
アメリカの力で守るのだという自衛の観念が貫かれております。さらに、集団的自衛権という
考え方で、
アメリカ一国だけではなくて、そこに
同盟国も巻き込もうとする、そういう
考え方もございます。これが、
NATO諸国あるいは
日本のような
安全保障条約を結んでいる国、
アメリカから見て
同盟国と考えられる国と
協調してこういう
脅威に立ち向かおうという、こういう
考え方であるかと思います。
三番目に、
アメリカはその場合、
アメリカへの
脅威に
アメリカが立ち向かうということは、実は
アメリカへの
脅威だけではなくて、
アメリカと価値を共有し様々の
利益を共有する
同盟国の
利益にも合致する、そして
国際社会全体の
利益にも合致するという、こういう割合楽観的な
アメリカ人の、
アメリカの国益イコール
同盟国の
利益イコール
国際社会の
利益という、この図式が
アメリカ人の中にあります。ですから、
アメリカが自国の
利益を守ろうとすると、それに対して
国際社会でまともな国であれば
アメリカと一緒になって戦うであろうという
一つの楽観的な期待感があるように思われます。
アメリカが認識する具体的な
アメリカに対する
脅威にはどのようなものがあるかといいますと、話はやはり
イラクとの
関係では、一九九一年の湾岸
戦争の際の
安保理決議に対して
イラクがどう行動をしたかというところにさかのぼる必要があります。
もちろん、
イラクがクウェートに侵略して、その後の湾岸
戦争というのは
アメリカが
中心になりまして行った
軍事行動なんですけれども、これ自身ももちろん
アメリカに対する
脅威、
中東の
安全保障に対する
脅威、
国際社会に対する
脅威ではあったのですけれども、
アメリカにとって最も深刻な
脅威は、
アメリカの国土、
アメリカ人の生命、身体、財産、こういうものに対する直接的な
脅威という意味からいいますと、やはり
イラクのような国が
大量破壊兵器を開発し、そして
アメリカに対して使うことができる
状況になるということであるかと思います。
そこで、湾岸
戦争で
アメリカは、一応侵略軍である
イラク軍をクウェートから撤退させました。これで一応侵略に対する制裁は終わったわけなんですけれども、その後も
イラクに対する厳しい条件を付けた
国連決議、これは後ほど少し詳しく分析いたしますけれども、とりわけ
決議六八七、一九九一年の六八七という
決議でございますけれども、こういうものを突き付けて
イラクを非武装化する、事実上非武装化するというそういう
考え方を取ったわけでございます。したがいまして、この
決議によって
イラクは
大量破壊兵器の開発、保有そして配置、こういったことが一切禁止されておりました。
ただ、もちろんですけれども、
アメリカも
国際社会も、
イラクにこういう要求を突き付けても
イラクがそのとおり守るかどうか分からないということで、更にそれを守らせるための仕組み、とりわけ国際査察というものを予定し、それを実行しようとしたわけでございます。
ところで、その後に起こった
一連の出来事、
国際社会での出来事を見ますと、
アメリカの在外公館、例えばナイロビは、ダールこれはエルとなっておりますがエス・サラーム、タンザニアの首都ですけれども、こういうところに対する
テロ攻撃、それから
アメリカの軍艦に対する
テロ攻撃、さらにはパン・
アメリカン航空機撃墜
事件、これはロッカビー
事件と言われておりますが、こういう
一連の
アメリカを標的とした
テロ攻撃に対して、
アメリカはますます
アメリカに対する
脅威が
世界の中で醸成されているという、そういう認識をしたわけでございます。
それに対する
アメリカの
政策上の答えは、
イラン、
イラク、シリア、リビア、北朝鮮、キューバ、スーダン、この七か国が
テロ支援国家であるということを指定して、これらの国に対する経済制裁を
中心にした制裁措置を取るという形での
対応でありました。
ところで、昨年の九月十一日の同時多発
テロ、これが最終的な
アメリカに対する
決定的な攻撃、そして
脅威になりました。
アメリカは、第二次大戦のときの真珠湾攻撃以降、真珠湾攻撃も
アメリカの本土ではなくて遠く離れた太平洋の島で起こったわけですけれども、
アメリカの本土が攻撃されたという意味ではもう
アメリカの歴史始まって以来の大きな出来事になったわけでございます。このことに対してやはりブッシュ
政権はきちっと
対応しなければ
アメリカ国民の大統領に対する信頼が崩れてしまうということで、この
事件が
決定的になって、それまでずっと続いていた湾岸
戦争以降の
一連の
アメリカに対する
テロ攻撃、これにも全部答えを出さなければいけないという
政策になったのではないかと思います。
この場合の湾岸
戦争を終結させました
国連安保理決議六八七、これは一九九一年、今から十一年前の
決議でございますけれども、これが今回の
決議一四四一でも依拠されております。これが出発点でございます。
どういうことが規定されていたかと申しますと、第八項では、すべての
生物化学兵器の在庫及び研究、開発、製造施設の破壊ということが規定されております。それから、第九項では、第八項の施設等の所在地、数量、種類の申告義務及び特別
委員会による査察の実施、長距離ミサイルの破壊、こういったようなことが規定されております。さらに、十二項では、
核兵器の研究、開発、製造の禁止、十三項では、
核兵器関連施設の国際原子力機関IAEAによる査察の実施、そして三十二項には、国際
テロ行為の実行、
支援の禁止ということがございます。
この
決議は、
国連憲章第七章の下で下されておりまして、
国連の全加盟国を拘束しますし、
イラクをも拘束するというものでございました。しかし、
イラクに一層この
決議の内容を遵守させるために、この
決議は
イラクに対してこの
決議を受諾するようにと要求します。
その
イラクの外務大臣の書簡、一九九一年四月六日の書簡、これはこのような内容になっております。
イスラエルには
核兵器等の
大量破壊兵器の保有を認めつつ
イラクに当該兵器の撤廃を要求するのは二重基準である。次に、
安保理決議六八七、当該
決議ですけれども、これは
イラクの主権、独立及び領土保全のあからさまな侵害である。三番目に、しかし
決議六八七、一九九一は受諾せざるを得ない。この
イラクの外務大臣の書簡の中に明白に見取れますように、
イラクはただ力で押されたので負けてこの条件を受諾したということではなくて、自分たちの論理を一応展開しております。筋の通った論理かどうかは別にして、そういう主張をしております。こういうところに実は
イラクのしたたかさというのを見取ることができるように思います。しかも、そのしたたかさは実際にその後の行動となって現れてくるわけです。
一九九一年に実施されたIAEA査察では、
イラクの
核兵器開発が実際に行われているということを証明します。それ以後、
イラクは更に新たな
大量破壊兵器の開発の証拠を集められることに恐怖を感じまして、
国連の特別
委員会、UNSCOMといいますが、それから国際原子力機関による査察をあらゆる方法で妨害し始めます。これにつきましては、資料の四十ページから四十一ページにございます
決議七〇七、それから
決議一一一五、それから
決議一一三七の要約をごらんいただきますと分かりますけれども、
イラクが継続して
国連決議の要求を拒否し査察に
協力していない、
決議違反を行っているということを繰り返し
決議で言及しております。一九九八年以降、
イラク政府は徹底的に
国連の査察に非
協力になりまして、それ以降今日まで
イラクは
大量破壊兵器の査察を認めないでまいりました。二〇〇一年三月、昨年の三月、
ブッシュ大統領は議会演説で、こういった
状況を念頭に、
イラク、
イラン、北朝鮮をならず者
国家、無法
国家あるいはローグステーツと呼んだわけです。
昨年の九月十一日、同時多発
テロに関連しまして、その翌日の十二日に
安全保障理事会が採択しました
決議一三六八というのは、次のような文言を含んでおります。前文では、
テロ活動に対してあらゆる
手段を用いて戦うことを決意し、個別的、集団的固有の権利を認識し、そして第三項では、すべての国に対して
テロ攻撃の実行者を法に照らして裁くために緊急に共同して取り組むことを求める。この文言はやや抽象的になっておりますが、
アメリカはこれを盾に
テロの撲滅という口実の下にある程度フリーハンドに
軍事行動が取れる、
テロの実行犯を逮捕し処罰する、そのために
軍事行動を取るという、そういう口実を
安全保障理事会
決議の文言の中に見いだしているわけでございます。
二〇〇二年、今年の三月及び七月には、
イラク、それから
国連の間の、
イラクと
国連との間の協議が行われておりまして、そこで
国連監視検証査察
委員会、UNMOVICと略称されておりますが、これによる査察を
国連が要求したわけですが、
イラクはこれを拒否し、この話合いは不成立になりました。二〇〇二年十月には、
アメリカ議会が
ブッシュ大統領に対して対
イラク攻撃を承認する
決議を下します。こうして、今回の
安保理決議一四四一につながるわけでございます。
この
決議は、前文で、
イラクによる
安保理決議違反行為、これを国際の平和及び安全に対する
脅威であると認定しております。これは、
国連憲章第七章の下で安保理が行動が取れるということの
一つの前提でございます。さらに、前文では、
安保理決議六七八は
イラクに関連
決議を遵守させ、同
地域における国際の平和及び安全を回復するために加盟国に対しあらゆる必要な
手段を取る権限を与えたことを想起しとなっておりまして、ここにもまたいわゆる授権規定に該当するような、
アメリカの解釈を許すそういう文言が含まれております。そのほか、前文の中には、
国連憲章第七章の下に行動しということが明確に書かれておりまして、第七章にあります四十一条の経済制裁、さらには四十二条の軍事制裁を示唆する言葉が見付けられます。
さらに、第一項では、
安保理決議六八七の第八項から十三項までの違反行為があったということを認定しまして、三項では、
大量破壊兵器の開発
計画のすべての側面に関する正確、十分かつ完全な申告の提出を三十日以内に行うようにと、これは期限付でございます。さらに、UNMOVIC、IAEAの査察が即時、円滑、無条件に行われること、これは四十五日以内という限定がございます。そして、それを六十日以内に
報告するように。さらに、十二項では、UNMOVICとIAEAが違反行為があったということを
報告したときには即時に
安全保障理事会を招集する、そしてこの義務違反によって
イラクは深刻な結果に直面するという表現にまでなっております。
この
決議一四四一は、通常の
外交上の文書でいいますと、いわゆる最後通牒です。これらの要求が認められなければ
戦争をするという、第二次大戦以前の国際
関係においてよく使われた最後通牒でございます。これを
国連決議という形で
国連から
イラクに突き付けたということ、これが非常に意味を持っております。もう
一つは、これが
全会一致で採択されたということです。途上国や
アラブに同情的あるいは
アラブを代表するような国が入る、そういう
安全保障理事会で
全会一致で採択されたというところに非常な重みを持っております。
それでは、
アメリカによる対
イラク軍事行動は国際法的に正当化できるのでしょうか。
アメリカは自衛権の行使ということを言いました。しかし、
武力攻撃が前提になっておりません、今回の
イラクに対する攻撃は。それから、緊急性も存在しません。その意味では、これを自衛で正当化することは不可能だと思います。
それから、
テロ支援国家としての
イラクに対する攻撃としてはどうか。これは、
テロ支援国家であるということを明白に示す証拠が今のところ我々の目の前に示されておりません。しかも、
テロ支援国家に対して一方的な
軍事行動を取ってもよいという
国連憲章上の根拠はございません。むしろ、一般的に
国連は加盟国に対してこの種の
軍事行動を禁止しております。したがいまして、
安全保障理事会が憲章第七章の下で
テロ支援国家などに
軍事行動を取るようにということを認める
決議を下す以外には、
アメリカが一国でこういう行動を取ることは許されないというのが国際法的な
考え方であると思います。
安全保障理事会
決議一四四一は
アメリカによる一方的
軍事行動を容認しているかという問いに対しては、答えは否定的でございます。
アメリカの
軍事行動のためには、更に新たな安保理の具体的な授権
決議が必要であるというのが私の見解でございます。しかし、
アメリカは、このような
決議不在のまま
軍事行動を取る
可能性は十分にあります。この
決議が通ったことを踏まえた
ブッシュ大統領の
発言の中には、
イラクが
安保理決議に完全に従わなければ
アメリカ及びその他の国々が
サダム・フセインを
武装解除する、
国連が
武装解除すると言っていないところが非常に意味深長でございます。つまり、
アメリカは、
国連が容認
決議を下さなくても、あるいは制裁
決議を下さなくても、
アメリカと
アメリカと一緒に戦う国々とで
武装解除するという、そういう決意を示しているわけでございます。
残念なことに、
アメリカのような唯一の超大国、そして安保理で拒否権を持っている大国がそのような行動を取ったときには、現在の
国際社会の仕組み、とりわけ
国連の安保理の仕組みの下では、仮にそれが違法であったとしてもこの国に対して制裁を下すことはできない、そういう現実が目の前にございます。
この
アメリカの一方的な行動は、しかし国際
テロの
脅威、あるいは無法
国家による
大量破壊兵器の開発、保有の
脅威、これは確かに
アメリカに対する
脅威であると同時に
国際社会全体、
日本に対する
脅威にもなります。
国連憲章は、こういう大規模な
テロ集団、あるいは無法
国家による
大量破壊兵器の開発、保有、そういう
脅威に対して、
国連憲章ができたときには想定していなかったわけですから、こういうものに対してこれからどのような
対応をしていくかという大きな問いに答えなければいけない
状況に直面していると思います。
アメリカの一方的な行動を止めようとするのであれば、それに代わる国際的な仕組みを作るというイニシアチブを
国連等で取る必要があります。
日本には、そのような行動のイニシアチブを取る大きな責任があるのではないかというのが私の見解でございます。
どうも御清聴ありがとうございました。