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国務大臣(
扇千景君) 昨年の、今、大沢議員がおっしゃいましたように、一番
最初、私、第一報を受けたのが昨年の十二月三十日でございました。私も、
冒頭に
お話しございましたように、私、兵庫県
神戸市なものですから、私が想像し得る場所であったものですから大変ショックを受けましたし、また、この公園を造りますときに、地元の
皆さんにいかに喜んでいただけるかということでの工事だったものですから、十二月三十日に、私は、十三年ですけれ
ども、金月美帆ちゃん、当時四歳でございました。まして私、お父様の目の前でということを聞いたものですから、これも大変ショックを受けました。ずっと御看病に当たられ、しかも仕事を中止してまでお父さんが看病に付いてくだすった。私は兵庫県の方だと思っていたんです。東京の方で、お父様は東京の仕事を休んでまで看病に当たってくださいまして、心から私もお見舞いを申し上げたいと思って気は遣っておりましたし、また担当者も度々お父様、御家族の御希望等々を
伺いながら、残念ながら二十六日の午後七時三分に、当時四歳が五歳のお誕生日を寝たまま迎えられて亡くなられたと。
本当に取り返しの付かない大変なことだと思って、私も、一昨日でしたか、国会で
冒頭に、共産党さんの緒方先生の御
質問の前に哀悼の意を表さしていただいたわけですけれ
ども、幾ら哀悼の意を表しても表し切れない。御両親、また御親族の御心中、察するに余りあるということで、本来はお通夜、お葬式に私、出たいと日程調整をいたしました。私は東京だと思ってたんですけれ
ども、
神戸で行われたということで、国会でどうしても御許可が出ませんで行くことができませんでしたけれ
ども、本当に、今、大沢議員が言っていただいたように、心から哀悼の意を表したいと
思います。
他方、それだけではなくて、我々は、国として管理する公の営造物であるこの海岸の保全施設、その
安全性が結果として十分でなかったということは今になってはっきりと分かってきたわけでございます。
その当時、私も、これはいけないということで、全国に調べろと、同じようなものがないかということで、あの当時すぐに調べてもらいました。再発防止、また同じようなところがあって、
皆さんに何かあってはいけないということで、その当時全国に指令を出して調べてもらいましたときに、全国で五千九十六地区を対象にすぐ調査に入ってもらいました。これは
平成十四年の一月四日でございました。これだけの、全国の五千九十六地区、人工海浜がある、そのうち人工海浜が二百四十七地区、そしてその二百四十七地区のうちの四地区で陥没とかくぼみを確認して、立入
禁止、そして安全対策を図るということをいたしました。
もっと早くできていればということは、今、大沢議員が仰せになったとおりでございますけれ
ども、私は、少なくとも我々、大蔵海岸を本当に利用していただきたいということでしたものからこういう事故が起こったということに対しては、先ほど申しましたように、十分でなかったということは認識をし、また、管理をしている国の責任は、これは当然あると私は
考えております。
御家族に対して心からお悔やみを申し上げますとともに、でき得る限りの誠心誠意、対応をさせていただきたいと思っております。