○
達増委員 いい
意見、悪い
意見、どちらとも言えないと、二つの質問に対して続けて同じ答えだったと思うんですけれ
ども、実はほかにも、国後島に宿泊施設を
日本の援助で建てる場合に、それは同じような気象条件である根室管内で工事の実績のある業者、そういう条件をつけて入札すればいいという
意見があったらどうかとか、あとは、これは青木参議院議員が実際やったケースですけれ
ども、十三の道路公団の工事の延期について延期を取りやめるべきだという
意見、これはいい
意見か悪い
意見かと。四つ、いいか悪いかを聞こうと思ったんですけれ
ども、実は、いい
意見、悪い
意見というのはわからない。また同時に、いい
意見であり悪い
意見でもあるわけですね。
総理お得意の演劇の世界、シェークスピアのマクベスというお芝居には、予言をする魔女が出てきますけれ
ども、いいは悪いで、悪いはいいというせりふがあるんですよね。
政治家の役所に対する圧力というのは大体そういうものだと思います。それぞれの現場で考えると、確かに、そこにダムなり道路なりなんなりできれば、そこの
人たちにとっては助かる、いいことだ。しかし、そういう
意見を言った人のところにだけできるとしたら、これは全体で見て公正を明らかに害しますよね。ですから、そういうのを自由に認めた上で、いい
意見だけ聞けと役所に言うという仕組みは機能しないと思うんですよ。
ですから、イギリス式が参考になるわけですが、特に
日本の場合には、イギリスは慣習としてそういう制度が確立しているわけで、
日本の場合は逆に政官業の癒着が慣習として確立しているわけですから、制度的にそこを断ち切ることをやっていかなければならないということを申し上げたいと思います。
次、施政方針演説への昭和天皇の和歌の引用について、これもまた
総理に伺います。
施政方針演説の結びのところで、「私は、初めての所信表明演説で、改革に立ち向かう決意を国民に問いかけました。さきの臨時国会における演説では、変化を恐れない勇気を求めました。改革の痛みが現実のものとなりつつある今、これまでさまざまな苦境を乗り切って新しい時代を切り開いてきた
日本と
日本人を信じ、未来への希望を決して失わない強さを改めて求めたいと思います。」という
総理の
言葉を受けて、
ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松そをゝしき人もかくあれ
という御製が引用されている。その歌について、
総理は、「雪の降る、厳しい冬の寒さに耐えて、青々と成長する松のように、人々も雄々しくありたいとの願いを込められたものと思います。」というふうにおっしゃっております。
よく考えたんですけれ
ども、「青々と成長する松のように」とおっしゃいますけれ
ども、松と成長という
言葉はどうも結びつかないんじゃないかと思いまして、杉ならわかりますよ。杉であれば青々と成長するというイメージがわきますが、どうも
日本語の世界では、松というものは、変わらないこと、特に、永久、不変性、そういう象徴に使われるので、実際、昭和天皇も、「いろかへぬ松そをゝしき」、色を変えない松が雄々しいのだと、変わらないことが勇気のあることだと歌っているわけですね。
このときの
事情、昭和二十一年の正月の歌会始、これは敗戦後、占領後初めての歌会始でありまして、言論統制、教科書の墨塗り、公職追放等々、GHQによる
日本大改造が始まっていたところであります。ハーグ陸戦規約は、占領軍が被占領国の政治や制度をいじることを禁じているわけですけれ
ども、それに反して、世界史上例を見ないような外国による改革ということが
日本で大々的に始まっていた。その昭和二十一年の夏から東京裁判が始まり、戦犯は既に逮捕されて取り調べを受けているところでありました。一方、新憲法というのはまだ全然できておりませんで、GHQも草案作成をまだ始めていない
段階。そういう
状況で、昭和天皇は、明治憲法下における国家元首、そして統治権の総攬者としてこの歌を歌っていらっしゃるわけであります。
そういう立場からこの歌を解釈しますと、これはもう、国民よ、変わるなと。GHQ、占領軍は、
日本を変え、
日本人をも変えようとするだろうけれ
ども、勇気を持って
自分自身を変えてはいけないということを言っている。もうこれはGHQに対する心のレジスタンスを指導しているようなものだと思うんですが、ブッシュ大統領来日直前にこういう引用を施政方針演説の中でやるのは変なのではないでしょうか。どう思いますか。