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木下委員 いや、本当に
文部科学省が本気になって調べると思えば、私だって一人か二人で何人も探してきたんですよ。それを紹介します。
私は大変、勇気ある彼の行動に本当に涙が出るほど感激しましたよ。自分が不正入学か裏口入学か、これはもうわかりません。ただし、合否判定前に多額の金を払って合格し、そして、十三年間もいたのに、毎年六百万円の授業料を払っています、留年留年を繰り返して、十三年たってほっぽり出された。その彼が私のところへ来ました。そして、私も何回も事実確認をするため文書をつくり、そして彼にも何回も、これで間違いないか、間違いないかと確認しながら書きとめたものです。長いですのでちょっと要約します。ちょっと古い話ですが、依然として同じ体質が残っているということを私は言います。
昭和五十七年、開業医である父親が大学
時代の同輩である開業医に会った際に、医学部入学の話が出た。結局、大学の後輩に当たる帝京大学M病院の幹部医師Yを紹介してもらう。五十七年十二月、紹介を受けたY医師の指示により、両親が帝京本部の総長室と思われる部屋に訪れ、沖永総裁とあいさつ。金額の話はなく、商談に終始した。
明く五十八年一月、Y医師より、大学へ二千五百万円の小切手を用意するようにとの指示。同輩のアドバイスでY医師にも五十万円用意し、帝京大M病院へ両親が訪問。Y医師に面談し、すぐに沖永恵津子院長、総長夫人です、にY医師より引き合わされた。その場で総長夫人に二千五百万円の小切手を手渡し、場所は
会議室のような小さな部屋、小切手の受領書を
要求したが、拒否された。この受け渡しについては、自宅近くの都市
銀行で自宅建物を
担保に三千万のローンを組んだので、登記簿等で金を用意したことは確認できる。
その後、二月に受験、合格発表。五十八年六月十日付の二枚の領収書が、そのころ帝京から送られてきました。しかし、この二枚の領収書のあて名に関しては、聞いたことがない、そういう領収書です。これがその領収書です。(パネルを示す)まず一千万円、そして千五百万円、二千五百万円を払っています。私も確認をいたしました。そして、登記謄本も、私も確認をいたしました。確かに三千万円借りて払っています。
そして、実は、先ほど言いましたように、領収書が六月十日付になっています。しかし、試験は二月に行われております。ですから、試験前に二千五百万円払ったのに、領収書を請求したらなかなかくれなかった。そして、六月になって、この日付で、しかも、帝京大学ではなく、学校法人帝京第一学園、学校法人愛媛沖永学園、こういう受領書が来ています。これは間違いない、本物です。
そして、三年まで順調に進級、しかし三年から四年に上がるときに初めて留年。留年の
理由は、字が汚いこと。四年のときには、落とした科目が一科目までなら進級できるとの
説明があったが、一科目め落としただけで留年。結局、三年を二回、四年を四回、五年を二回、六年を三回、計十三年間にもなった。落第すると、年間授業料六百万円、当時です、今はもっと高額になっていますが、余計に必要になります。
家計は大変だった。休学しても正規の授業料が必要。また、再試験、追試ですが、一科目につき五千円必要だったので、そのたびに数万円のお金がかかった。そして、六年生のとき、卒業が決定する前にアルバムをつくるので、
平成六年の卒業アルバムには載っている、そのアルバムは十万円。そこには、そのときの六年生だった学生の住所録が載っているが、それ以外に同窓会名簿などもなく、他の学生の住所などは一切わからない。
平成八年、卒業できない、これ以上医学部で勉強できない旨の書面が大学より届きます。その後、帝京技術専門学校へ転学する勧めの書類が送られてきましたが、申し込みをせず、首にするなら裏口寄附金だけでも返還してくれと折衝したが、拒否。結局、授業料などを含め総額一億円を払い、そして、本当につぶしのきかない年になって大学をほうり出された、彼はこう書いています。
そして、お母さんがまたこう言ってきています。彼のお母さんです。
先日、テレビ、新聞、ラジオに出たことは、もう、二十年前の医学部は、合格発表前に寄附金を取っていることは連綿としている、日付を、二月上旬なのに六月にごまかした医学部、そして受領書が他校名になっている、各学園の半数が、留年させ、学生数があふれている、今、単位を取っても卒業を認めない、それは、国家試験が通るかどうか、兼ね合い、すなわち、自校の国家試験の合格ランクが、上にすることができるかどうかを考えて卒業を見合わせられてたまらない、自殺者が複数出ているのも御存じなのか、こういうことをお母さんが連綿と書いてきています。
どうですか。どうですか、
大臣。こうした親御さんの気持ち、あるいは十三年間も、毎年六百万円、合計一億円、こういう親御さんあるいは息子さんを見てどう思いますか。
〔北村(直)
委員長代理退席、
委員長着席〕