○山花
委員 ちょっとわかりづらいというか、大変お答えも難しいことだということは
理解できないことはないんですけれ
ども、もう少し明確にならないのかなという気もするところであります。
つまり、人の命を絶つという、
本当に重要な話なわけでありますから、今までの
ケースでも、例えば判決が古い順にでもないように見受けられます。もちろん今御答弁がありましたように、いろいろな事情をということはわかるんですけれ
ども、もう少し明確にしていただければと思います。これは要望として申し上げておきたいと思います。
ところで、今回の、十二月の二十七日のうちの一人でありますけれ
ども、長谷川死刑囚が執行をされたわけでありますが、恐らく個別の
ケースについては余りお答えいただけないと思いますが、ただ、今回、ちょっときょう本を持ってきているんですけれ
ども、今市販されているので、「裁判
資料 死刑の理由」という本があります。これは、一九八四年から九五年までに最高裁で死刑が確定した四十三件の
事件について、犯罪の事実とその量刑理由というものが収められております。
事実を読むと、大変ひどい、もちろん死刑判決がおりている
事件ですから大変ひどい
事件だと思われる
ケースが多々ございますし、長谷川死刑囚の
ケースでも、以前、人を一人あやめていて、原田さんの弟さんをやはり保険金を詐取する目的で殺害したということで、死刑判決がおりているわけであります。
死刑の次に軽い刑罰といいますと、もちろん申し上げるまでもありませんけれ
ども、無期懲役ということになるんですが、死刑と無期懲役というのは、刑罰としてももう質的に全然違うわけでありまして、こういう裁判の
資料を読みますと、
裁判所も大変慎重に検討されているんだなということは
感じます。例えば加害行為の態様であるとか、あるいは動機であるとか、さまざまな事情をしんしゃくして決定しているんだと思いますが、恐らく、裁判官としても非常に重大な決断なんだろうなと思います。
ただ、この四十三件の
資料を見てみますと、やはり被害者遺族の気持ちということがほとんど漏れなく出てまいります。被害者が極刑を望んでいるのももっともなことであるとか、被害者もいまだ許す気持ちにはなっていないであるとか、そういったような
言葉が出てまいります。裁判官なんかの方の判断において、やはり被害者の気持ちというのは
一つの大変大きな判断要素になるのではないかと思うわけであります。
例えば、ほかの事情からすれば無期か死刑かどっちかかなというところでも、やはり被害者がこう言っているから死刑を選択せざるを得ないという
ケースもあるのではないかと。逆に、先ほど御紹介したのは死刑判決が出た
ケースですから、被害者の方も許してあげるということを言っているからということで無期になった
ケースも中にはあるのではないかと思います。すべての
事件がそうだとはもちろん申し上げませんが。
そうだとすると、被害者遺族のお気持ちというのが分水嶺となる
ケースもあるのではないかと考えるわけでありますけれ
ども、例えば、判決時においては被害者の遺族の方が加害者に対して極刑を求めるという気持ちだったとしても、その後にいろいろな事情があって気持ちが変わることもあるわけであります。弟を殺された原田さんの場合には、長谷川死刑囚が後に自分のしたことの重大さということに気がつきまして、何通も何通も手紙を出すんです、申しわけなかったという。
最初は原田さんも読む気がしないで、全部捨てていたと言うんですよね。あるとき中を見たら謝罪の
言葉がいっぱい書いてあって、会ってみたいと思うようになって、被害者の遺族の原田さんと弟を殺した長谷川死刑囚と何度か会うようになってから、死刑を執行しないでほしいという気持ちになったと聞いております。
実際、もう御存じのことかと思いますけれ
ども、高村
法務大臣のときに原田さんは上申書を出していますね。全部は読みませんけれ
ども、「被害者遺族として彼等に対し望み要求要望する事は決して死刑執行ではなく謝罪、償いだと考えます。生きる存在があるからこそ、そこに謝罪、償う気持ちが生まれるのではないかと考えています。」途中略しますが、「私、一被害者遺族としまして加害者に対し必ずしも死刑を望むものではありません。」ということで、十三年四月十八日に高村
法務大臣にこういった上申書を出しているわけであります。
最終的に執行命令を出すのは
法務大臣ということになるわけですけれ
ども、こういった被害者の遺族の方のお気持ちというのは、もちろん判決時に
裁判所は恐らく考慮したんでしょうけれ
ども、その後のこういった事情というのも執行命令を出すに際しては考慮すべき事情であると考えますけれ
ども、いかがでしょうか。