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草野参考人 御紹介いただきました
連合事務局長の草野でございます。本日は、
参考人としてお招きをいただきまして、まことにありがとうございます。
では、以下、小
委員長の発言に従いまして、着席で発言をさせていただきたいと思います。
御案内のとおり、私
ども連合は、ちょうど十三年前に発足をいたしました。現在、約七百五十万人の組合員を擁する組織になっております。
まず、衆議院の
憲法調査会の皆様方が真摯な討議をされておりますことに、心から敬意を表したいと思っております。
本日は、私どもの立場から
労働基本権と
雇用対策についての考え方を述べるようにとのことでございますので、その件についてお話をさせていただきたいと思っております。
労働基本権と
雇用対策は、言うまでもなく、私
ども労働組合にとりまして最も基本的なテーマである、このように認識をいたしております。連合のこれまでの各
機関会議におきます
確認事項あるいは
取り組み等を踏まえながら、現時点でできる範囲のお話をさせていただきたいというふうに思っておるところであります。
なお、本日は、憲法問題に限定せずにお話を申し上げたいと思いますが、
憲法調査会での陳述ということでもございますので、憲法に関する連合の基本的な考え方をまず御報告申し上げたいと思います。
連合は、先ほど申し上げましたように、十三年前に発足をいたしましたが、一九九九年十月の第六回
定期大会で、国の
基本政策に関する見解の一環といたしまして、憲法についての当面の考え方を整理いたしました。それは、まず、
平和主義、
主権在民、
基本的人権尊重という
日本国憲法の三大原則を重視し、その貫徹を期すということでございます。同時に、
憲法論議を否定するものではないということにつきましても確認をしているところでございます。
連合では、国の
基本政策に関しまして三役会議で検討してまいりましたが、
安全保障や憲法の問題などにつきましては、現在、三役会議のもとに国の
基本政策検討作業委員会を設置して検討を進めているところでございます。そういう意味では、憲法につきましては、本年の五月から検討を開始したところでございますので、
検討開始といいましてもまだ勉強会の段階でございまして、具体的な討議までには至っておりません。そのために、連合として憲法に関する総合的な見解をまとめるという段階には至っておりませんので、そういう前提でひとつきょうは
意見陳述をさせていただきたいというふうに思っているところでございます。
したがいまして、今回の陳述では、
労働基本権あるいは
雇用対策、
労働条件に関する私
ども連合の
取り組みなどを紹介しながら、幾つかの点について述べさせていただきたいと存じます。
なお、私たちは、憲法の問題につきましては、個人の尊重、法のもとの平等、
強制労働の禁止、思想、良心の自由、
職業選択の自由など、労働問題に関係の深い課題に関心を持っておりますけれども、本日は、
労働基本権と雇用問題というテーマにつきまして、特に
労働権、
社会権についてお話しさせていただきたいということを申し上げておきたいと思います。
まずは、
労働基本権についてでございますけれども、言うまでもなく、最も
労働組合にとって重要な権利の一つであることは御承知のとおりでございます。しかしながら、
我が国の
労働基本権の状況は先進国とは言いがたい深刻な問題を含んでいる、このように認識をいたしております。すなわち、憲法第二十八条で団結権、団交権、
団体行動権のいわゆる
労働三権を規定しているにもかかわらず、
公務員関係法などが
労働基本権に重大な制約を加えているという点でございます。
公務員の
労働基本権に関するこれまでの経緯は先生方も御承知のとおりでございますが、簡単に振り返ってみたいと思います。
我が国の
労働組合法は、憲法に先立ち、昭和二十年十二月に制定をされましたが、当初の規定は、
警察官等を除く
公務員に
労働基本権を保障するというものでございました。しかしながら、昭和二十三年の
国家公務員法改正に始まる
公務員関係法の改正と制定によりまして、
労働基本権に大きな制約が加えられることになりまして、
公務員の
争議行為の禁止などが決められたわけであります。その後、
公務員関係法は幾つかの改正が行われましたけれども、
労働基本権を制約するという枠組みは、五十年余を経た今日なお、基本的には当時のままとなっているわけでございます。
このような憲法の趣旨に反する
公務員諸法の規定につきまして、
労働組合は、当然のことながら、強く抗議し、改正を求める運動を進めてまいりました。その主要な舞台の一つが
ILO、
国際労働機関でございます。
ILOは、
我が国の
労働組合の訴えなどを受けまして、
労働基本権の状況に強い関心を持つこととなりました。昭和四十年の初めには調査団を日本に派遣し、
我が国の
労働基本権の状況等を調査し、結社の自由を規定いたしております
ILO第八十七号条約の批准に向けての勧告などを行いました。政府は、同条約の批准に向けまして
公務員関係法の若干の改正を行うとともに、同年の五月に
ILO第八十七号条約を批准したわけであります。しかしながら、
公務員の
労働基本権を制約するという基本的な枠組みは変更されないままで来ているところであります。
政府は、また、
ILO条約の批准を受けまして、昭和四十年の十月に労使の代表を含みます
公務員制度審議会を設置し、
労働基本権の問題を含む
公務員制度のあり方について検討を始めました。
公務員制度審議会は昭和四十八年九月に第三次
審議会の答申を行っておりますが、その内容は
労働組合の主張からは大きく離れたものでございました。しかし、現業の
公務員につきましては、争議権の問題を解決するための諸課題の検討を政府に求めるなど、従来と比べれば前向きの内容を含むというふうな理解をいたしております。
しかし、その後、昭和四十九年のいわゆる
スト権ストをめぐる労使の対立などを経まして、
公務員制度をめぐる論議が繰り返されましたが、
労働基本権の問題が大きく前進するということはなかったと認識をいたしております。
平成九年に至りまして、
公務員制度審議会は廃止され、新たに
公務員制度調査会が設置されたと聞いております。
公務員制度調査会は労使の代表が参加するもので、平成十一年に
公務員制度改革に関して
関係制度の改善などを求める答申を行いましたが、
労働基本権を扱うものではございませんでした。
政府は、平成十二年の末に至りまして、
公務員制度を根本的に改革するとして
行政改革大綱を閣議決定いたしましたが、これは
公務員制度調査会の
検討経緯を無視するものでございました。
行政改革大綱を受けまして、
行政改革推進事務局は、
労働組合との協議は行わないまま、平成十三年三月には
公務員制度改革の大枠を発表し、同じ平成十三年の十二月に
公務員制度改革大綱をまとめたところでございます。しかしながら、その内容は、
労働基本権の回復は行わないとするだけではなくて、内閣と各府省の
人事管理権の強化を図るなど、
労働組合としての
基本的要求を無視したものだと認識をいたしております。
連合は、そのような内容に抗議いたしますと同時に、平成十四年の二月に、
ILO、
国際労働機関結社の
自由委員会への提訴に踏み切りました。そして、平成十四年六月、先月でございますが、
ILO総会の
条約勧告適用委員会におきまして、日本における
公務員制度の問題を
個別審査案件として審議を行いまして、
日本政府の
労働基本権制約を批判し、
公務員との協議、交渉を促進するよう求める
適用委員会議長集約を確認したところでございます。
この
条約勧告適用委員会におきます審議では、各国から
日本政府に厳しい批判が加えられるなど、
我が国の
公務員制度の問題は改めて国際的な批判にさらされる事態となっております。
私も、今回、六月の
ILO総会に出席してまいりました。
日本案件に関する
議長集約の資料もおつけいたしておりますので、後ほど御一覧いただければ大変幸いだというふうに思っております。
以上がこれまでの経緯の極めて概要でございますが、
我が国の
公務員の
労働基本権は、憲法二十八条があるにもかかわらず、大きく制約されていることは御承知のとおりだというふうに思っております。
公務員諸法の改正から半世紀以上経た今日、
社会経済情勢は大きく変化しております。
労働運動も、抵抗から要求、そして参加の段階へと発展してきているというふうに自覚をいたしております。
小泉総理がカナダのカナナスキス・サミットで奮闘されております姿をテレビで拝見いたしましたが、サミットの構成国である
我が国において、
公務員制度と
労働基本権に関する限り、国際的なルールから離れようとする動きが見られることはまことに残念でならない、このように感じている次第でございます。
政府が、
民間企業では普通のことであるように、
公務員の
労働組合を
社会的パートナーとして位置づけること、そのために国際的な視野に立って適切な
政策変更を行うことが何より必要だと考えております。その中で、
公務員関係法を改正して、
労働基本権を速やかに回復し、民主的な
公務員制度を確立するよう強く求めたいと思っている次第でございます。
なお、
民間産業の分野でも前時代的な
スト規制法がいまだに存在しており、対象である
電気事業や
石炭鉱業の
労働組合はもちろん、私たちもその撤廃を求めていることをあわせて御報告しておきたいと思います。
衆議院の
憲法調査会におかれましても、憲法第二十八条をめぐる状況について、十分検討されるよう要望させていただきたいと思っております。
次に、
雇用対策について若干述べさせていただきたいと思います。
言うまでもなく、
雇用対策は
労働組合にとりまして最も重要な課題の一つであります。
完全雇用の達成は、
我が国のみならず世界の
労働組合、世界の
労働者の共通の目標でございます。ところが、
我が国の雇用をめぐる情勢は未曾有の困難を抱えていると言っても過言ではないのではないでしょうか。
つい先日、六月二十八日に発表されました本年五月の
完全失業者数は三百七十五万人に上っており、
完全失業率は五・四%とこれまでで最悪のレベルにございます。
完全失業者の中で非自発的な
失業者の数は百五十二万人となっております。このうち、勤め先の都合による倒産あるいはリストラなどの
失業者は百十三万人にも達しておりますが、とりわけ四十五歳以上の中高年の
労働者が五十七万人に及ぶ事態となっており、このような状況の中で
自殺者が急増しております。平成十三年では三万二千人の方々がみずからの命を絶ったと報告されております。
自殺者の中で四十歳、五十歳代の
中高年者がほぼ四割を占める、そして
経済生活苦を理由とするものが増加しております。これはまさに現在の雇用問題の深刻さを示すものであると考えている次第でございます。
連合といたしましては、このような情勢を打ち破るために、政府に対しまして、積極的な
経済政策を通じて景気を回復すること、
雇用対策を抜本的に強化することなどを強く求めております。
お手元の資料の中に、六月十四日に連合として
小泉総理に要請した文書をつけてございますので、後ほどお目通しをいただければと考えております。
さて、憲法第二十七条第一項では、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」と規定をいたしております。ここで言う勤労の権利の内容については、政府による次の三つの
政策義務があるなどと解釈されております。すなわち、国民が完全就業できる体制をつくる義務、
失業者への就業の機会を与える義務、
失業者の
生活資金を給付する義務であります。政府は、
勤労権を確保するための
雇用対策を行うべき憲法上の義務があるわけでございまして、今御紹介申し上げましたような
政策義務に反するような法律や施策は違憲と考えるべきではないかと思う次第でございます。
このように見てまいりますと、現在の政府の
雇用政策は憲法の趣旨に沿ったものとは言いがたい面があるのではないでしょうか。
例えば、
雇用保険制度の状況であります。さきに述べましたように、憲法の
勤労権は
失業者の
生活資金を給付する義務についても規定していると考えられておりますが、これを具体化したものが
雇用保険制度であります。
現在、
雇用保険制度は主として労使が負担するものでありますが、長期の不況と
失業者の増加の中で、財政的に厳しい状況に立ち至っておるのは御案内のとおりであります。連合は、
雇用保険制度につきまして、
一般会計による負担増を考えるべきということを主張しておりますが、政府は一貫して
国庫負担を減らしてきており、それを当然とするかのような説明が繰り返されていると聞いております。このような姿勢は憲法の趣旨と相入れないものがあるのではないか、このように考える次第でございます。
雇用対策と憲法との
かかわりの問題としては、このほかにも、国民が完全就業できる体制をつくる義務、
失業者への就業の機会を与える義務について多くの検討すべき課題があるものと思われます。衆議院の
憲法調査会におかれましても、
雇用対策をめぐる状況についても、十分御検討、御審議をされるよう要望させていただきたいと思います。
続きまして、
労働条件、
労働基準の問題について触れさせていただきたいと思います。
憲法第二十七条二項は、「賃金、就業時間、休息その他の
勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」としております。これは
労働条件に関する根本的な規定でございまして、
労働基準法を初めとする
労働保護法の根拠となっております。したがいまして、この規定に反するような法律や施策は憲法に反するものとされていると伺っております。
労働条件と憲法の趣旨との
かかわりで申し上げれば、例えば男女の不平等の問題がございます。憲法は、
我が国社会における男女平等の実現をその主要な課題としておりますが、職場や社会の状況は、それが達成されたと言うにはほど遠いものがあると思っております。
我が国の多くの職場は、憲法が制定されて半世紀以上がたっても、なおいわゆる男社会であり続けております。
賃金格差も著しく、女性の賃金は、
パートタイマーを除く
一般労働者で比較しても、
所定内給与額で見ると、平均では男性の六五%程度であります。さらに、
パートタイマーの
賃金水準は
一般労働者を大きく下回っております。平成十二年では、
時給換算で見てみましても、
女性パートタイマーは
女性一般労働者の六七%程度となっております。
このような
賃金格差は近年拡大を続けておりますが、そのような状況をもたらしている原因の一つに、女性をパートで雇用し、コストを引き下げようとする傾向が強まっていることがあると理解をいたしております。ワークシェアリングの先進国と言われておりますオランダ初め
欧州諸国などでは、
均等待遇原則が法制化され、正社員と
パートタイマーの格差は労働時間の短い分だけの違いとなっている、このようにお伺いをいたしております。
雇用の場における男女の平等は、憲法上の直接の規定はありませんが、法のもとの平等の規定を見るまでもなく、憲法全体の趣旨に沿わないものと言わざるを得ないのではないでしょうか。
また、職場での過労死やいじめ、
セクシュアルハラスメントの問題などについても、
労働条件との
かかわりで考えなければならない課題であると考えております。
年間四千時間に近いような超長時間労働、一年間ほとんど休みがとれない、このような労働の果てに、病で命を落としたり、みずから命を絶つ
労働者の例が後を絶ちません。また、職場での上司や同僚のいじめから退職に追い込まれる、あるいは自殺をしたというケースを聞いております。また、
セクシュアルハラスメントにつきまして、行政や
労働組合の
各種調査などによりましても、引き続き問題がある状況でございまして、蔓延していると言っても過言ではないところもあると考えております。
これらは
労働基準の問題であるにとどまらず、
労働者の人間としての尊厳が失われている問題であると思います。憲法では、勤労の基準を法律で定めるとされておりますことから、これらの問題を防止し、禁止するための法律などの強化が必要であると思っております。
また、憲法は
最低基準の法定を求めておりますが、職場の中の
使用者や同僚によるものなど、私人間の行為のよるべき理念には触れておりません。しかしながら、過労死やいじめ、
セクシュアルハラスメントなどの問題は、
人権尊重を
基本理念とする憲法の趣旨に反するものであることは言うまでもないと思っております。
また、これらの問題は、生存権を規定いたしました憲法第二十五条、すなわち、「すべて国民は、健康で文化的な
最低限度の生活を営む権利を有する。」との規定ともかかわる問題であると思います。
憲法第二十五条は
社会権の
根本規定と言われており、
労働基本権や
労働条件の規定はその上に形づくられております。産業、企業の競争が激化する中で、労働の負荷が増加しており、さまざまな問題が生じておりますが、現在の職場の状況と憲法の趣旨との
かかわりを改めて見詰める必要があるのではないかと思っておるところでございまして、ここにつきましても十分な検討をお願い申し上げたいと思っております。
さて、憲法の規定いたします
労働基本権、
労働権、
社会権等は、言うまでもなく、
基本的人権の重要な柱として高い意義を持つものであります。連合は、既に述べましたとおり、
基本的人権尊重を初めとする憲法の原則を貫徹することを求めておりますが、
労働基本権や
雇用対策などにつきまして、憲法の趣旨に沿った立法や施策が強力に推進されることを求めるものでございます。
その上で、
憲法制定以降の
社会経済情勢の変化を踏まえて、現在の
労働権、
社会権などの規定で十分であるのか、新しい
労働権等の必要性についてどのように考えるのかという問題がございます。
この問題については、私どもは、さきに述べましたとおり、現在検討を進めている段階でございます。専門家の方々からは、連合は憲法と労働の問題についての十分な見識を持つべきである、新しい
労働権について積極的に検討してほしいなどの声が寄せられておりますが、連合といたしましては、繰り返し申し上げますが、これから具体的な検討を進めてまいりたい、このように考えている状況でございます。
ただし、
雇用労働者が五千万人を超える
我が国社会の現状などを踏まえて、
衆議院憲法調査会として、
国民生活に深くかかわる
労働権、
社会権について大いに議論していただくよう御要請を申し上げたいと存じております。
このことにつきまして、幾つかの
検討課題について触れさせていただければと思います。
まず、
雇用対策についてであります。
さきに述べましたとおり、憲法第二十七条一項は勤労の権利を規定しており、これは国の
政策義務を規定したものと解釈されております。これについて、解釈にゆだねることなく、国が
雇用対策を適切に推進することもあわせて明らかにしてはという意見があると聞いております。
国民生活の根本である
雇用対策について、どのような
根拠規定が本来は望ましいのかという問題であると考えます。
これに関連する最近の課題としては、
労働者の
能力開発の問題がございます。
労働者が
労働条件と生活の向上を図るためにも、みずからの
職業能力を高める機会を得ることを権利としてとらえるべき時期ではないか。国や
使用者が
労働者の
職業能力を尊重し、その開発に協力する義務などとする考え方であります。これは、勤労の権利の内容をもう少し内実あるものにするという議論だと考えております。
次に、
労働条件についてでございます。
憲法第二十七条二項は
勤労条件の基準を法律で定めることを規定しており、
労働基準法などを通じて国が
労働条件の
最低基準を定める
根拠規定となっており、意義の高いものと考えております。ただ、この規定には、現在の最
重要課題の一つである男女平等や
機会均等などが明示されておりません。このことをどう考えるのかという問題があると考えております。
さらに、
労働条件の規定を含め、憲法の
人権保障の規定については、一部を除いて、職場の
労使関係など私人間の関係には及ばないという基本的な課題があることが指摘されております。
人権保障の規定は、国家などからの自由を保障する自由権が主体であるからであると考えております。例えば、憲法十四条は法のもとに平等であって性別で差別されないと定めておりますが、この規定は
使用者と
労働者などの私人間の関係には直接の効力がないとされております。
この問題につきましては、二月十四日に開催されました
基本的人権小委員会で、
棟居参考人が私人間の
問題全般についてお話しになっておられますが、私は雇用の場における私人間の問題について触れてみたいと思います。
職場での
労使関係など、雇用の場での私人間の関係には、通常の
市民個人の間の関係とは異なり、特別な重みがございます。雇用の場においては、
使用者に比べて
労働者の力は極めて弱いことが通常であります。また、多くの
労働者にとって、職場は人生の多くの部分を過ごす場であり、決定的な影響力を持っております。その中で、
労働条件をめぐる
トラブル、あるいは雇用の不平等、過労死、いじめ、
セクシュアルハラスメントの今日的な問題を初めさまざまな
トラブルが発生いたします。
このように考えますと、私人間の職場での関係のよりどころとなる規定が憲法にあった方がよいとの議論があることは、理解ができるところであります。
以上の課題については、現行法の改正で対応することを含め、さまざまな論点があると思いますが、ぜひとも御検討いただければと思っております。
なお、憲法第二十七条三項の「児童は、これを酷使してはならない。」との規定は当然のことと考えます。ただし、この規定につきましては、国際的な子どもの権利条約などが進展している今日、
我が国の将来を担う子供たちのための憲法の規定は、本来はさらに充実させるべきであると識者の指摘が以前からございますことは、御存じのとおりでございます。
また、憲法第二十五条の生存権、
社会権は、
最低限度の生活保障と社会福祉の増進を規定いたしております。この規定は、生存権を明らかにするとともに、社会国家の理念を示す意義深いものと考えます。しかし、
我が国では、近年、経済のグローバル化と国際競争の激化が進む中で、アメリカであらわれているような社会的格差の拡大が進むのではないか、弱肉強食型社会になるのではないかとの懸念が強まっております。
この中で、憲法第二十五条において、社会国家、福祉国家の理念にとどまらず、社会的な連帯や弱者への配慮を重視する社会を目指すことをより明確にしてはどうかという考え方もございます。これにつきましても御検討を願えればと考える次第でございます。
私どもが二十一世紀の望ましい社会のあり方と
労働運動の新しい戦略をまとめました連合二十一世紀ビジョンの中で、その
基本理念を、労働を中心とする福祉型社会の構築、すなわち、働くということに最も重要な価値を置き、すべての人に働く機会と公正な
労働条件を保障し、安心して自己実現に挑戦できるセーフティーネットがはめ込まれた社会を目指すとしていることも、御参考までに申し添えておきたいと思います。
ところで、憲法の
労働権、
社会権のあり方について、かつて
憲法制定時に衆議院で検討された内容に改めて目を通させていただきました。資料として六番でつけておりますけれども、これは昭和二十一年に衆議院の
委員会で行われた憲法草案の検討に際しての各党の意見であります。ここでは
労働権、
社会権に関するもののみをお示ししておりますが、当時、
労働権、
社会権については日本社会党と協同民主党の二党から草案への修正意見が出されたということであります。
日本社会党の意見は、
労働権について、当時の憲法草案について、正当なる報酬、
機会均等と失業防止、休息の権利、最長八時間労働制などを追加すべきというものでありました。このうち、休息の権利につきましては、草案が修正され、現在の憲法第二十七条に記されることとなったということであります。
社会権につきましては、日本社会党が、草案に加えて、健康で文化的な
最低限度の生活の保障を規定するよう求め、これが受け入れられて現在の規定になっているということでございます。
協同民主党の修正意見は、草案にある勤労の権利に義務を加えるべきというもので、これについては日本社会党も同様な意見であり、原案が修正されております。
憲法制定時の論議につきましては、今日的にも示唆に富むものがあると思います。これらを含めて御検討いただければと思っておるところであります。
本日は、陳述の機会をいただき、
労働基本権と
雇用対策を中心に述べさせていただきました。陳述の結びに申し上げたいことは、
我が国がますます
雇用労働者を中心とする社会になってきているということであります。
失業者を含む
雇用労働者の数は、
憲法制定のころには千三百万人弱、労働人口の三七%、十五歳以上の労働人口の二四%でございましたが、今日では五千六百万人強、労働力人口の八三%、十五歳以上人口の五二%に達しております。労働に関する権利の問題は、多くの国民にとって日常的かつ切実な問題となっております。
また、委員の皆様方に申し上げるまでもなく、
労働権と
社会権の規定は、ドイツのワイマール憲法などに始まるもので、国際的にも先進的な憲法の特徴とされているものであり、その規定のあり方は国の形として見られるものであると理解をいたしております。
衆議院憲法調査会は、五年間の検討期間の半ばに差しかかっていると伺っております。調査会が多くの国民、勤労者の負託にこたえ、労働に関する諸問題について十分な御検討をいただくように重ねてお願いを申し上げまして、私の陳述とさせていただきます。
ありがとうございました。