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野沢太三君 自由民主党の
野沢太三でございます。
本年九月五日から十三日にかけて行われました
特定事項調査第一班、
憲法調査の概要を報告いたします。
調査目的は、
ドイツ連邦共和国、
スペイン及び英国の
憲法事情につき
実情調査をし、さらに、これらの国の
政治経済事情等の視察をすることでありますが、本
憲法調査会の
調査に資する観点から、御報告をさせていただきます。
本班は、
憲法事情に関する具体的な
調査項目として、一、
ドイツ連邦共和国においては、
議会制度、特に
立法過程及び
二院制、
連邦制度及び
地方自治制度、特に
連邦政府と州との関係、人間の尊厳の
不可侵と
基本的人権、
環境権等の新しい
人権、
安全保障、特に
NATO域外の派兵問題、
基本法改正の
動向等について、二、
スペインにおいては、一九七八年、
憲法起草時の状況と
問題点、
議会制度、特に
二院制と
地方を代表する
上院のあり方、
地方自治制度、
基本的人権、特に国民の
人権を守る
護民官制度等について、三、英国においては、
成文憲法典がない理由と制定への動向、
議会制度、特に
二院制と
上院改革、
地方分権及び
地方自治制度、
基本的人権及び
人権法等について、四、また三
国ともにEUの
主要構成国であることから、EUとの関係、特に今後の
統一促進の動向と
各国憲法に及ぼす
影響等を挙げ、
調査に臨みました。そして、各国の
議会や
政府関係機関だけでなく、著名な
憲法学者、
市民団体等も対象として
調査いたしてまいりました。
ベルリンでは、
連邦議会、
連邦参議院、
フンボルト大学、
NGOを、マドリードでは、
議会上院、カルロス三世大学、
護民官を、
ロンドンでは、
議会上院、
ロンドン大学、
NGOを訪れました。
以下、
調査内容につき、その概略を
訪問日程に従って御報告いたします。
まず、九月六日に
ドイツ連邦議会を訪ね、
外交委員会委員長であり前副議長の
ハンス・ウルリッヒ・クローゼ議員と一時間にわたって会談いたしました。その要点は次のとおりです。
基本法の重要な
改正の流れとして、一、一九五〇年代半ばの
ドイツの
主権回復、
NATOへの加盟及びそれに伴う再
軍備規定、二、六〇年代の
非常事態法制導入、三、九〇年の
東西ドイツの統一が挙げられます。ここで強調したいのは、
ドイツは第二次大戦後
ヨーロッパ社会の一員として戦前とは違う道を歩もうとしたことです。
基本法改正は、
連邦議会及び
連邦参議院によって行われ、
国民投票は不要だが、それぞれの院で三分の二以上の多数が必要であり、党を超えた
コンセンサスがなければできません。
連邦制については、
ドイツでは国よりも州が第一であり、州が国家をつくっているとも言えることから、州は
基本法上も政治的にも強い立場にあります。
連邦議会は
人口比例で選出されるのに対し、
連邦参議院は
州単位で構成されており、したがって両者の
政党勢力比が異なることがあります。法案によっては
連邦参議院の同意が不可欠なものもあるから、その
重要性は高く、
ドイツでは
二院制が積極的な機能を果たしていると言えます。
また、EU、
NATOへの参加なしに
ドイツの
存在理由はないと言えます。
バルカン紛争は、
ヨーロッパの利害、安全と深い関係を持ち、また人道上の理由に加え、
ドイツの
歴史的経緯から生まれた、
キリスト教の十戒に続く第十一戒として、どこかでだれかが苦しんでいるのを黙って見ていてはならないとの判断から、
域外派兵を決定しました。ただし、
ドイツの派兵は
NATOとしての参加であり、
ドイツ一国だけで派兵することはあり得ず、そのような意味での歯どめがあります。
続いて、
基本法所管委員会である
法務委員会委員長であり、
ミュンヘン大学法学部元教授の
ルーベルト・ショルツ議員と昼食を挟みながら二時間にわたって会談いたしました。また、同
委員会委員の
ハルテンバッハ議員も同席しました。その要点は次のとおりです。
ドイツの
基本法がなぜ四十八回も
改正されたかについてですが、
基本法は、制定当初は、統一も近い将来可能であり、そのときに正式な
憲法を制定すると考えていたので、必要不可欠な規定のみを置いた簡単なものでした。しかし、統一が遠のくにつれ、
改正によって
基本法を補足していかなければなりませんでした。ただ、
改正には技術的な事項が多く、基本的な内容、すなわち人間の尊厳の
不可侵及び
基本的人権の保障という本質は制定時と変わっていません。
憲法か
基本法かというのは、あくまで名称だけの問題です。
東西ドイツが統一されたとき、名称についてもいろいろな意見があったが、
基本法という言葉はいわば一つのブランドとなっており、また国民も
基本権という言葉と同じ基本に愛着を持っていたことから、
委員会では
全員一致で
基本法の名称にとどめることを決定しました。
基本法で
社会権の規定が少ないことは確かですが、
基本的人権における自由と平等をはっきり規律している上、
ドイツが
民主国家、
社会福祉国家であることを宣言しています。
ドイツでも
少子高齢化の問題があり、いかにこれに適応し配慮するかを議論しているところですが、
基本法の
改正ではなく、法律の
改正、整備で行うつもりです。
外国人の
地方参政権については、
EU加盟国国籍保持者で、その国も
ドイツ人に
地方参政権を認めている場合に限って認めています。ただし、
連邦憲法裁判所の判決から、
州レベル以上は認められないとしています。
また、
徴兵制については、少子化及び軍備の
ハイテク化の方向から、廃止すべきとの意見、また、維持しつつ
徴兵制と
職業軍人の
中間形態にするとの意見などもあります。
連邦憲法裁判所についてその
中立性が守られているかですが、
裁判官は、
連邦議会、
連邦参議院おのおのが三分の二以上の多数をもって選出することになっており、一つの党で三分の二以上の多数を支配する党はないことから、各党は妥協せざるを得ず、互いの主張が相殺される結果、
政治的中立性が確保されていると考えます。
さらに同日の午後、
ドイツの
代表的環境NGOの一つ、
ドイツ環境保護リングを訪ねました。同団体は今から五十年前に創設され、自然及び環境の保護を
活動目的として発展してきた
NGOであり、特に、
各種環境保護団体、
NGOを束ね、いわばその
上部団体として、傘下にある
NGOの活動の調整、
広報等の役割を果たしています。現在、
加盟団体、
NGOは百を超え、これらを合わせた
会員数は約五百万人に達しているそうです。ここでは、
EU諸国の
環境運動の動き、温暖化ガス問題、
基本法における
環境権、政治との連携の問題、
原発廃止法の
評価等、環境に関する多岐にわたる問題について話し合い、
NGOが国の
環境政策の上で果たしている役割を知ることができました。
翌七日の午前には、
連邦参議院で
憲法問題を所管する
法務委員会を訪ねました。
法務委員長は、
ハンブルク市長でもあり、その公務のため
ベルリンには不在であったので、
連邦参議院事務局の
ホフマン法務委員会担当課長から、
連邦参議院及び
法務委員会の概況を伺いました。その要点は次のとおりです。
連邦参議院の特徴は、各州の代表で構成されることにあり、
二院制を導入している国でも、一つの院が
州政府の
首相等閣僚で構成されるのは珍しい例です。
連邦参議院議員となる各州の
代表者数は、それぞれの州の人口に基づいて配分され、
連邦参議院では、その州の
代表者の一人がその州を代表して州の
持ち分の票を投票しています。
州政府の閣僚は、自動的にすべて
参議院議員となることができます。現在、州の閣僚は全体で約百六十名ほどで、それらの者が
連邦参議院議員ということになります。
州の
持ち分票は、各州三票の
基礎票のほか人口に比例して配分しています。これは、各州に二人しか
上院議員のいないアメリカ型と完全な
人口比例型の折衷ともいうべきもので、一つか二つの大きな州が
連邦参議院の意思を決定してしまうことがないような工夫と言えましょう。
連邦参議院は、
基本法が定める一定の法案について
同意権を有しています。
基本法では、一、
基本法改正、二、重要な
税法案、三、州がその
法律執行に当たって
州事務に影響を及ぼす法案を
連邦参議院の同意を必要とするものとして挙げていますが、実務的にはなかなか判断が難しい面があります。例えば、
原発廃止法案は、
政府は同意を要しない法案と判断したため、
連邦憲法裁判所に提訴される
可能性が残っています。しかし、
連邦憲法裁判所にまで提訴される法案は例外中の例外で、これまで一件しかありません。
なお、外交・
安全保障上の問題については、州は外交には直接かかわらないから、
連邦参議院は控え目な態度をとっています。
連邦参議院の改革に関して、二年前は与党の
コール政権は
連邦参議院で過半数を有していなかったため、改革の渋滞と呼ばれた現象が生じ、改革を試みようとしたことがありましたが、現在はこうした動きはありません。
午後は、
フンボルト大学に
クレプファー教授を訪ねました。同教授は
ドイツの有力な
憲法学者であり、また、東北大学及び神戸大学で
客員教授を務めた日本の
憲法事情にも詳しい方です。その要点は次のとおりです。
ドイツ基本法の
改正が四十八回もあったことについて、数字だけ見れば確かに多いし、それだけの
必要性があったのか疑問に思う一人であるが、
一般論としては、
憲法においても、何か変わるものだけが生命を有していると言えるのではないでしょうか。死んだものは変わりません。また、歴史を一つの道と考えると、道を整備しながら運転していかなければならないだろうし、
憲法が政治に
影響力を与えようと思うなら、それなりに改造されていかなければなりません。
一九四九年制定時の
基本法は、まだ完成されたものでないと理解されていたので、
基本法という言葉を使い、実際、多くの空白があったので、その
必要性に基づいて空白を埋めていきました。
特に、軍備や主権の回復については、
基本法制定当時の状況も考えなければなりません。
基本法が制定された当時、軍備はなく、一九五五年に再軍備されたが、これは
防衛戦争のみを認め、防衛するだけの軍隊を有すると理解しなければなりません。
また、それ以外にも、一九四九年制定時の
基本法の条文と二〇〇一年の
基本法の条文を比較すると大きく変わっています。例えば、
環境保護、
国防軍の位置づけ、財政、
非常事態法制など、また、
欧州連合の諸原則を定めた第二十三条は制定時には考えられなかったのであり、その意味で
基本法は建物に例えるなら、内部は完全に改築されたと言えます。
首相公選制については、
ドイツにおいては、
ワイマール時代の
歴史的反省から、強い
指導力を持つ首相という考えはありません。しかし、
ドイツの首相の
指導力がなぜ強いかは、
建設的不信任決議案という規定があるためで、これは後任の首相が選出される場合のみ
不信任を表明できるという制度です。力の空白が起きないようにするための工夫ですが、結果的に首相の地位を強くしています。
二院制については、
ドイツの
連邦参議院は
連邦制度に基づく機関のため、日本の
参議院と比較するのは無理があります。
ドイツは十六の州から構成され、各州は完全な主権を有しているわけではないが、国際法的な主権を有しています。日本は欧州から多くを学び取ったが、
連邦制は昔から取り入れたことがないので、まず日本は、フランス、イタリア、
スペイン等を参考にしながら
地方分権化を進め、これにより
参議院に
地方を代表させるという
可能性があります。英国の
上院も同じような問題を抱えています。
ドイツ基本法の条文を読むと、
ワイマール体制や
ナチスの反省から発した条文が多いし、実際、
ナチスが権力を掌握した一九三三年の状況を避けなければならないというのが
コンセンサスです。
民主主義は
多数決原理に基づきますが、自由の敵には自由はないという考えから
非合法政党を禁止していますが、この手続は
ドイツ基本法の歴史でもあります。
憲法と現実との乖離の議論については、第一は
基本法の条文の
改正、第二は解釈によって
基本法を実質的に
改正するとの二つの考え方があり、後者の例として、
IT技術・
データ処理から生じる
人権侵害のおそれに対し、
連邦憲法裁判所は国勢
調査に関する事件の判決で
自己情報決定権という概念を認め、解釈による重要な一つの
改正となったことを挙げることができます。
連邦憲法裁判所については、非常に大きな役割を果たし、その名声は国民の間にも非常に高いものがあります。
違憲判決は割合としては約一%程度ですが、
審査件数が多いためその数も多いのです。
九月八日には、
ベルリン近郊にある
ポツダムに行き、英、米、ソ連による
ポツダム会談会議場となった
ツェツィリエンホーフ宮殿を視察しました。ここで協議が行われ、日本の運命が大きく変わり、また現在の
日本国憲法が制定されることに至ったことを思うと、非常に感慨深いものがありました。
同日午後、
スペインに移動し、日曜日を挟んで翌々日の十日、
スペインの
憲法事情の
調査を行いました。
午前には、一九七八年に制定された現在の
スペイン憲法の
起草者の一人グレゴリオ・ペセス・カルロス三世
大学学長を訪ねました。同学長は、かつて
下院議長を務めた
大物政治家でもありました。
憲法起草時の背景、
問題点、現
スペイン憲法の特徴、今後の課題と話は多岐にわたりましたが、その要点は次のとおりです。
現在の
憲法は、ほとんどすべての政党の合意を得て成立したものであります。それ以前の
憲法は国の半分の支持しか得ておらず、そのためもあって
市民戦争や
専制政治という悲惨な体験をしてきたので、現在の
憲法草案に当たって、すべての
政治勢力が集まって、今までの
憲法のような失敗の経験をしないために次の点に苦心しました。
第一は国の形をどうするかという問題で、
君主制をとるか
共和制をとるか、第二は宗教の問題で、カトリックの国として成立してきた歴史から、国としての
宗教的立場はどうあるべきか、第三は
地方の問題で、
スペインには一つの
国とも言える
地方が存在するがそれをどのように共存させるか、を特に議論してきました。そして、現
憲法は、
国民投票で支持を受け、しかもすべての県で支持を受け成立したのです。
スペイン憲法の特徴の一つである
議会君主制というのは、立法、行政、司法いずれも君主が実権を持っていない、国の機関であるが権力ではない、すなわち英国の王室と同じで、権限は持っているが行使はしないということです。国王は国の元首で、継続と統一のシンボルであるが力ではありません。例えば、国王は
憲法裁判所の
裁判官を任命しますが、公式の場で表明するだけで、実際は十二人の
裁判官について、四人を下院が、四人を
上院が、二人を
政府が、二人を司法総
評議会が決めています。また、国王は軍の長でもありますが、これもシンボル的な力にすぎません。ただ、一九八一年二月の
軍事クーデター未遂事件で、通常の
政府権限が麻痺しているときに、国王がテレビで軍、
政府、国民に訴え解決したことがあり、このような
政府機能停止状態の場合の国王の存在は大きく、また国民の信頼も一層高まりました。
二院制について、
上院は
地域代表ということになっていますが、その機能は十分に果たされているとは思っていません。
上院議員のほとんどを各県から直接選出するという今の
選出方法が適切ではないからで、各
地方の
議会で選出された議員で構成されるべきと考えます。また、
上院には、
州政府の閣僚により構成する
ドイツ型と、
州議会を通じて構成する
議会型の二つの型がありますが、同じ権限を持った、いわば並行した二院は求めていません。だから、下院と
上院の関係は、下院が優越し、
立法面で強い力を持っているべきです。
地方自治制度は、
自治州の下に県が、県の下に
市町村があるという構造になっており、この制度をさらに強化すべきです。
自治州、県、
市町村については、おのおの異なる価値を持っており、県については、
県民意識も固まっているので、県をなくし
地方自治体の構造を簡素化することは極めて困難です。
午後は、
上院憲法委員会を訪れ、
ペドロ・アグラムン上院憲法委員会委員長ほか五名の
憲法委員と懇談しました。その要点は次のとおりです。
スペインでは、今まで自由と
専制政治の間で争いが続き、特に悲惨な
市民戦争では
スペインが二つに分かれてしまった、これを二つの
スペインと呼んでいるが、唯一の
スペインにしようというのが現在の
憲法であります。そのために、自由と
地方という二つの問題を解決しなければなりませんでした。
まず、
憲法では
基本的人権を強く保障しています。
人権には、
自由権や
社会権のほか経済的なものもあるし、
自治州の住民としての文化の尊重もありますが、これらはいろいろな法律を通して具体化されており、また国はそれらを保障する義務を持っているので、そのために
憲法裁判所等の制度があります。
地方自治制度については、七八年の
憲法制定当時はどうなるかまだよく見えていなかったが、現在の
スペインは、すべての県がどこかの
自治州に所属し、
自治州に
憲法上の権限が大きく与えられています。実際、どの
自治州も最大限の権限を行使しており、
連邦制の国と比べても、
スペインの
自治州の権限は非常に強いものがあります。
上院の
選出方法について、どの政党も共通して考えているが、大切なのはもっと
地方の声を聞き反映できるようにすることであり、基本的には今のシステムは適切と思います。
スペインの
政治形態は
議会君主制であり、王は君臨すれど統治せずです。
憲法でも規定されているように、国王の行為は首相、
担当大臣の副署が必要であり、責任は署名した大臣にあって、
ヨーロッパのすべての
立憲君主制の国と同じです。
EUの統合が進んでいるが、今の段階では、現在の
憲法で特に問題はありません。
その後、同日の夕方に
エンリケ・ムヒカ護民官及び二人の副
護民官と会談いたしました。
護民官という言葉は古めかしく感じられるかもしれませんが、要するに国民の
人権を守る
オンブズマンであります。その要点は次のとおりです。
護民官の
憲法に規定されている役割は、市民の
基本的人権の擁護及び
行政権の監視であり、
公権力を対象にして行いますが、司法の独立との関係から、
司法権は別です。
調査の端緒としては、市民から
人権を侵害されたという訴えの書面を受け取ることもあるし、我々が調べることもあります。
人権が侵害されたと思われる場合、その場所、例えば病院、
刑務所等を訪問しながら
調査します。また、
調査において
行政省庁が協力しない場合、
護民官に従わないということで罰則を科すことができますし、さらに
憲法裁判所に提訴することもできます。
憲法上、
憲法裁判所に提訴できる機関は、一、
内閣総理大臣、二、五十人の
下院議員または
上院議員、三、
自治州政府及び
議会、四、
護民官で、その意味でもその役割は大きいのです。
護民官はすべての機関から独立しており、任期は五年です。選出に当たっては、両院の五分の三以上の
賛成票が必要で、与党と主な野党の合意がないと任命できません。なお、二人いる副
護民官の任命も五分の三以上の支持がなければなりません。
議会には
上院議員と
下院議員で構成された
委員会があり、必要に応じて出席し、また
報告書を提出しています。
ヨーロッパ各国には
オンブズマン制度がありますが、
スペインの
護民官ほどの権限を持っていません。
スペインは、
専制政治の苦い経験を持っており、その経験から
人権に対する強い保障を
憲法で定めたのです。
ラテンアメリカでも
民主化を進めるに当たって、
スペインをモデルにして
護民官を設置し、その結果として
ラテンアメリカ諸国のそれは似たものとなっています。
公権力による
人権侵害の監視について、
公権力の不作為の場合でも
護民官のイニシアチブで勧告できます。ただし、
マスコミ等民間機関による
人権侵害は対象ではありません。
同日夜、英国に移動し、翌日の十一日及び十二日、英国の
憲法事情の
調査を行いました。
十一日の午前は、まず
チャーター88を訪ねました。
憲法NGOの一つですが、組織的なメンバーがいるわけではなく、いわば憲章に対する
署名運動で、約八万二千人がこれに署名しているそうです。そして、キャンペーンを
地方、全国各
レベルで行っているユニークな団体です。会談しましたピエトローニ副代表の話の要点は次のとおりです。
チャーター88は、
サッチャー政権時代の一九八八年に創設されました。これは、非常に強い
政府が存在することに対する運動でもありました。国民への
政府コントロールをチェックする機能を強化するには
憲法的改革が必要という分析に至りましたが、これは最終的には
成文憲法に至るものです。
政府へのチェックを強めるために、一、
地方分権、二、下院への
比例代表制導入、三、
上院の
民主的選挙、四、
人権法、五、
情報公開法の目標を設定しました。当時の野党である労働党の
選挙公約に盛り込むことに成功し、九七年に政権交代してから多くの
憲法的改革が推進されました。我々の活動も多少これに寄与したと思います。例えば、一、
地方分権では、スコットランド
議会、ウェールズ
議会の創設、二、EU条約による
人権法の制定、三、
情報公開法の制定、四、
上院も不十分ではあるが改革は行われました。しかし、我々の要求である下院の
比例代表制導入と
上院の民主的改革の二点についてはまだ手がつけられていません。
なお、先ほども言ったように、これらをすべて取りまとめた
成文憲法はなく、以前にも増して
成文憲法の
必要性が高まっていると考えます。
成文憲法の制定には、世論
調査会社が行った国民
調査によれば、約七〇%が賛成しています。ただ、
調査が行われるまではその
必要性を意識している人はそれほどいませんでした。
憲法的改革のプロセスについては市民を参加させた形で行われておらず、我々は、改革のための改革ではなく、いかに市民の参加、影響を得るかを重視しています。
その日の午後に痛ましいアメリカの同時多発テロの報に接しました。英国全土も緊張の中に置かれたのですが、幸い、予定どおり翌日の十二日、英国
上院の
憲法問題特別
委員会委員長を務めるノートン
上院議員と会談することができました。その要点は次のとおりです。
上院憲法問題特別
委員会は、昨今の
憲法的変化、例えばEU
人権条約などEU諸条約や、また
上院改革、
地方分権等の動きに対応するために、ことし前半に設置することになったものです。非常に広い観点から
憲法的改革を検討し、また関係する法案の審議もします。
今、最初の
報告書を発表したところで、まず自分たちが何をやるか明確にし、広い観点から
憲法的改革を見ていき、細かい部分にはとらわれないことにしています。二番目の
報告書は、今秋、
議会に提出されるが、
憲法的改革の手続のあり方、すなわち
憲法的改革をどのような手続を踏んで行うべきかを十分顧みようとするものです。三番目の
報告書が続いて出されますが、英国
議会及び
政府とスコットランド及びウェールズ
議会との関係など、各組織間の関係を見ていく重要なものとなります。
まず、
上院の意義ですが、下院を補足する院ということにあります。
第二院のパターンには二つあり、第一は、対立型で独立性を有し一院をとめる権限を持つもの、第二は、補足型で一院を助け補助するもので、我々の目指すのは第二の型であり、第一院とは質的に異なった審議を行い、第一院で行われた審議を繰り返すのではなく、異なったものを行うことにあります。
我々
上院には、有効に機能している点が二点あります。
第一は、予算審議がないので下院より時間的余裕があること。第二は、議員に芸術家、科学者など異なった経験、専門性を持った人物がなっており、それゆえ異なった目で見ることができることです。現在、
下院議員はますます職業政治家になってきていますが、
上院にはいろいろな分野からの出身者が来ているので、それらの経験を生かし、違った目で見ることができます。しかし、我々には民主的正当性がないので下院の決定を覆すことはできません。ただ、下院よりさらに詳細な審議をすることができるし、また、
上院では党議拘束が下院に比べて少ないのです。
上院議員をいかにして国民の目からも、正当性ある者として見てもらうかは大きな問題です。
まず、選挙で選ばれていないため、国民に責任を負うことができない状態にありますが、政治全体としては、両院の役割分担が明確になることから、かえって信頼を得られることができる状態にあると思います。すなわち、
政府は公選の第一院から選ばれ、したがって政策に責任を負うのはあくまで下院であり、
政府です。これにより、国民にはだれが責任をとるべきか明確になるのです。
次に、貴族という名称は今問題になっています。既に世襲貴族は廃止の方向にあるし、議員の一部は公選になる方向であるので、選挙で選ばれた
上院議員をどうするか、一時的に貴族にするのかの問題がありますが、最終的に貴族院という名称は残ると思います。
昨日のテロについてですが、
憲法問題特別
委員会は広い視野から
憲法を見ているが、
安全保障という個別分野については見ていません。なお、
上院には
安全保障に関する
委員会はなく、議員のグループの中に安保・情報関係を監視するグループがあります。英国では北アイルランド問題があるため、ある程度危機管理の歴史、経験を有していますが、あれだけの規模のテロに対処するものはありません。
しかしながら、一般的なポイントとしてはバランスをとることが挙げられましょう。
すなわち、第一は、危機管理を行い、これを継続していくこと。しかし、第二には、普通の生活を守っていくことです。普通の生活ができなくなるなら敵に負けたことになります。英国
議会では、第二次大戦中、
ロンドンの空爆の最中も
議会を停止することはなかった、つまり普通の生活を守り続けたのです。
議会はもちろん標的になっていたが、別の建物を使って審議し続けたことを国民も誇りにしています。
その後、
ロンドン大学の
憲法学教授であり、
憲法NGO、
憲法ユニットの代表を務めるハーゼル教授と会談しました。その要点は次のとおりです。
英国が
成文憲法を持たないのは、約千年にわたって平和な歴史が続いたからです。
成文憲法は、通常、次の四つの場合に制定されます。一、革命、二、戦争の敗北、三、植民地が独立、四、前政権、政治体制の崩壊ですが、英国はどれにも該当しませんでした。ただ、ここで注意したいのは、我々の
憲法はほとんど文書にはなっており、一つの成文典にまとまっていないだけということです。例えば、法律によって実質的な
憲法が書かれている場合があります。イングランド・スコットランド連合法、
議会法、
人権法などです。
憲法ユニットは、独立、超党派・中立、特に非政党の立場の
NGOです。六年前に発足したが、当時、野党であった労働党が
憲法的改革には熱心だったが実施するには余りに準備が不十分だったので、このような団体をつくりました。私が積極的に行ったのは、他の国の
憲法から学ぶことです。
人権法については、カナダ、ニュージーランド、香港などコモンロー体系のもとで
人権憲章を導入した国から、
地方分権については、連邦国も含めオーストラリア、カナダ、
スペイン、
ドイツなどから学びました。要するに、
憲法ユニットは、
憲法改革のための提案をしたりキャンペーンをしたりする団体ではなく、政党の
憲法的改革のプログラムを詳細に研究するシンクタンクと言えます。
二院制について、我々は、第二院というのは、第一院と同じことをやるのではなく、これを補足するものでなければならないと考えています。すなわち、第一院と異なった役割、構成を持たなければなりません。もし公選制とするなら、異なった選出の仕方であるべきです。典型的な連邦国家では、第一院は国民を代表し、第二院は州を代表していますが、このあり方は我々が
上院改革において提案している一つです。英国は連邦国家ではないが、既に
地方分権が行われ、
地方に権限が大幅に移譲されているので、第二院へは各地域からの代表が送られるべきでしょう。
会談に快く応じてくださったこれらの方々、また、仲介の労をとってくださった日本大使館その他関係者各位に心から感謝申し上げます。
詳細は、別途冊子を作成し配付いたしますので、ごらんください。
以上、御報告申し上げます。
ありがとうございました。