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福井参考人 政策研究
大学院
大学の
福井でございます。
総務委員会にお招きいただきまして、まことにありがとうございます。
私は、
改正案のうち
住民訴訟改正部分については反対という
立場から
意見を申し上げたいと思います。
地方分権の本旨は、権限、財源を
地方に移譲して、きめ細かい
住民サービスと
地域の発展を促すことにあるわけでありまして、首長などの
自治体の幹部は、以前にも増して倫理的、
法的責任が求められることになります。逆に、責任が軽くなるということでは、強大化する権力の歯どめがなくなり、腐敗と
住民無視が助長されかねないわけでございます。
自治法に基づく
住民訴訟は従来、談合や不正経理など
自治体の財政上の違法を是正する上で大きな役割を果たしてきております。
現実に、
住民勝訴例につきましては、議員野球大会、架空の接待、公有財産の格安売却、私有財産の高価買い上げといった首をかしげたくなるものが累々と並んでおりまして、最近五年間でも、こういった勝訴や和解など実質的に
住民側の言い分が認められたものは
住民訴訟全体の一〇%を上回っております。一部で言われるような乱訴にはほど遠い
実態であります。
九四年度から九八年度にかけて提起された
住民訴訟件数がふえていると言われますが、八十九件が二百六十一件になったにすぎないわけであります。
自治体の総数が三千三百、歳出純計が九十八兆円という巨大な部門での総計でありますから、四千億円近くの公金について一件しか起こっていないということで、首長等の負担が重過ぎるという議論が果たして広い支持が得られるものでしょうか。
ところが、現在、
審議中の
改正案では、
個人の首長ではなく
機関の首長が
被告になるということでありまして、これは、過度に慎重になって業務に事なかれがはびこるのを避ける目的があるとお聞きしています。また、
被告が敗訴しても、
損害賠償をさせるためには、
監査委員が
個人としての首長等を相手に新たに
訴訟を提起する。また、談合業者など直接損害を与えた業者を
被告にすることも禁じられることになります。こういった点には問題があり、慎重な
検討が必要と考えております。
第一に、
住民訴訟は、首長等が
住民全体に損失を与えたという事実がまず
前提にあります。原告の
住民は、
自治体の利益を代弁する代理人としての
立場に立ちます。その意味で、本来、
被害者同士である
住民と
自治体の
関係があえて敵対
関係の構図に置きかえられるということは奇妙であります。
被害者である
自治体も、訴えられれば理由のいかんを問わず正当化するということは、公的
機関あるいは
訴訟担当者の職責でもあるわけです。
私自身、
建設省の
職員として、
成田空港
訴訟、長良川水害
訴訟を初め
行政庁側の
被告代理人を多数務めてきましたが、
被告代理人の職責は、およそ原告の訴えが不適合である、あるいは理由がないといったことを不利な
証拠をあえては
提出しないことも含めて徹底的に主張することであります。しかも、
行政庁の負担はすべて納税者により賄われておりますから、裁判の長期化は痛痒がないという事実もございます。仮に違法が存在していても、それが法廷で発見される確率は
行政訴訟一般に非常に低いというのが残念ながら
実態でございます。
住民訴訟と類似する私企業の株主
代表訴訟というのがありますが、これにつきまして、加害者、すなわち、取締役等の負担軽減を目的として、会社と株主という
被害者同士を争わせるのが適切だという議論はないわけでございます。これと共通して申し上げますと、
住民や株主から業務を任された首長や取締役の責任は、組織ではなくて
個人としてのものであります。
ちまたで
政策判断について
個人で裁判を受けるのはおかしいという議論もありますが、
住民訴訟は管理をゆだねられた従業員たる首長等が起こした
個人的な不始末の責任を追及するものにすぎません。だからこそ、
改正案でも究極の
賠償主体は首長等
個人とされているのだと
理解しております。
これまでにも
政策判断固有の
是非はもちろん争われたものはございますが、それを理由として
住民側が勝訴したという案件は絶無でございます。しかも、
自治体の場合、首長等の報酬は
住民から強制徴収された税金で賄われており、民間の役員よりも公金で賄われる首長等の責任が軽いという理屈は見出しがたいと考えます。
住民訴訟の
改正の
方向には、大きく、首長等
個人が
被告となっている現行の枠組みは変えずに、まじめに職務を遂行される首長等の負担が過重とならないように措置するという
改正の
方向もあり得ます。それからもう一つは、
個人としての応訴負担を一切発生させないようにするため、
被告をそもそも
機関としての首長等に切りかえてしまうという今回の案のような
方向もあります。
こういう
被告を変更するという
方向についてですが、メリットとしては、確かに、首長等が一切
訴訟事務から解放されるために煩わしい手間がなくなるという点はもちろんございます。しかし、デメリットとしては、いかなる
個人不祥事、例えば横領
行為や背任
行為も含めて、すべて
自治体が組織を挙げて
個人の首長等のために応訴をするという構造ができ上がってしまうという点であります。
民事
訴訟法上も
行政事件
訴訟法上も、
被告は、自己に有利な
証拠や
資料を相手方に開示する法的義務は一切存在していません。存在している
資料について存在していないと証言するようなことがあれば、偽証罪に問われるだけであります。
また、
証拠や文書については、およそ真実を明らかにする上でどのような
証拠が存在しているのかは、
行政庁の内部
職員以外は知り得ない
立場にあります。もし具体的な
証拠や文書を原告側が特定できているのであれば、文書
提出命令等によって法廷に
提出させるということも可能でありますが、問題はそのような場面で発生するのではありません。いかなる
証拠や文書がその事件に関連してそもそも存在しているのか否か、存在しているとしても、それは何かということがわからないことが多いわけであります。
自治体との
関係で原告に敵対する
被告という位置づけを与えられてしまうのであれば、
訴訟法上想定されておりますように、
被告側から自己に不利な主張、すなわち、原告側に有利な
資料等が
提出される可能性は、残念ながら極めて小さくなるわけであります。違法の
要件などが
実態的に内容に変更がないとしても、攻撃防御の観点から、
自治体が
被告に変更になるということは、実質的に真実の究明を妨げる効果を確実に持つことになります。
このような弊害を残したままで、これまでにもある違法
支出の是正がこれまでどおりなされるということは困難と思われます。
被告を変更することを
前提とする以上、腐敗防止に寄与してきた
住民訴訟の実を維持するということは極めて困難ということであります。
第二に、
改正案では、首長等は、弁護士費用を初め
訴訟に関する金銭、労力的な負担をすべて
自治体、すなわち、
住民に負わせて争うことが可能となります。これは、加害者が
被害者の負担で我が身を守るということにほかならず、一方、原告の
住民は手弁当のために、両者はおよそ対等性を欠いてしまうという
問題点があります。
第三に、勝訴した場合、首長等の弁護士費用は
個人負担とならないよう現行法でも措置されています。そのような意味で、みずからに恥じるところのない首長等が恐れることはないと考えられます。
本人が死亡した場合、遺族が困っているという
事例を
法改正の理由に挙げる向きもございますが、そういうことであれば、むしろ
賠償責任保険や
賠償限度額を
導入するという措置の方が直接対応した対案になろうかと思います。今般の
改正案が仮に実現しても、何億も命じられたという
賠償責任のその金額や負担が軽減されるわけではないということも御留意いただきたいと思います。
第四に、
住民の貴重な財産を回復する機会や権利を実質的に狭める機能を持つということであります。これは、規制改革や司法改革の流れにも逆行するおそれがあります。このような
改正で実際上利益を受けるのは、攻撃防御の観点から見て、無尽蔵の
訴訟資源を投入できる、むしろ、違法
支出に覚えがある首長等となってしまう可能性も大きいわけであります。
首長等は、現在でも
政策判断の
是非で責任を問われることはございません。最終的には、そういった
訴訟はすべて
被告側勝訴に終わっております。また、過大な負担が問題だということであれば、むしろ、
住民訴訟の
対象には
政策判断を固有に争うような内容は含まれないのだということを確認する規定を置くのが筋だと考えます。
第五に、誠実に職務を遂行する首長等に配慮することは極めて重要でございまして、その点、法の
前提となる目的には私は全く異存はございませんが、そうであれば、より適切な対案があり得るかと思います。それを提示したいと思います。
具体的な法
改正事項としては、一つ目は、原告取り下げの場合の首長等に対する弁護士費用の負担
制度を
導入するということです。
現在は、
被告側が勝訴したときのみ弁護士費用が
自治体から
支出されますけれども、原告が一方的に
訴訟を取り下げた場合についても、
被告側がクロであると確定したわけではありませんから、このような場合についてまで
個人に弁護士費用を負担させるのは酷であると考えられます。したがって、
被告の違法是正措置を伴わない原告の
訴訟取り下げの場合については弁護士費用は
自治体負担とするという措置は、十分妥当性があると考えます。
二つ目は、
賠償限度額の設定であります。
現在は、
財務会計上の違法
支出があると認定された場合に、それによって生じた
自治体の損失は、いかに巨額になろうとも全額
賠償を命じられる建前であります。それは、今般の
改正案が通ったとしても、その
実態に変更はございません。
しかし、軽過失のものも含めてこのような巨額な
賠償を背負うこととなるのは、当人に酷、あるいは遺族に酷という場合があり得ると思います。故意または重過失の責任についてはこれまでどおり全額
賠償とするものの、善意で軽過失の首長等については、原因となった
行為を行ったときの、例えば年収の四倍から六倍程度の
賠償限度額を法的に
導入する、こういった措置が十分考えられるかと思います。
なお、現在も、会計担当
職員の
賠償義務は故意または重過失のあるときのみ発生しているという立法例もございます。
六倍の根拠は、通常、一般人の住宅取得価額の年収に対する限度倍率が約五倍と言われていますが、それよりも若干高い倍率を、軽過失とはいえ、損害を発生させた首長等に命じるということは、国民感情にもそぐうものと考えられます。
ただし、首長等に違法
支出の利益が存在する場合にはこれを全額返還させるべきでありますし、また、談合企業など第三者に利得させた場合には、その第三者がいかなる場合も
賠償義務を負うということは当然の
前提だと思います。
三つ目は、
自治体の情報提供義務の創設であります。
自治体による
訴訟参加の有無を問わず、
自治体は当該
論点に関する
証拠や文書を
裁判所に
提出する実体上の義務を負うということを、むしろ
法改正で明文化するのが妥当だと考えます。
もちろん、このような実体上の義務が
導入されたとしても、その取捨選択の第一次的
判断権者が依然として
自治体である以上、これで
証拠提出が完全に図られるということは考えられませんので、あくまでも補助的
手段ではありますが、むしろこういった実体上の義務が
訴訟資料、真実を明らかにする上で有効だということは明白だと思われます。
四つ目は、
政策判断を争うことは不適法であるということを条文に明記することであります。
例えば、公共
施設の立地選定で事業費の多寡が生じる
ケースで、仮に高い事業地を選定したとしても、
政策的に正当な理由があるという場合はあり得ます。このような場合に
住民訴訟の
対象たるべきではないということもまた当然であります。また、赤字の事業に対して補助金を
支出したとしても、あるいは当該事業を継続させたとしても、それが
政策的に正当である場合も大いにあり得るかと思います。こういった場合など、
財務会計上の違法には該当しない
政策的な
判断を争うものについては、不適法であるということを明記する道もあり得るかと思います。
次は、
法改正以外の措置としては次のようなことが考えられると思います。
一つ目は、
損害賠償責任保険
制度の支援ということであります。これも、国や
自治体が首長等に対する民間の保険加入を奨励するということは十分可能であります。株主
代表訴訟でも、実際上、こういった
賠償責任保険の
導入が図られつつあります。
二つ目は、共済
制度であります。
賠償責任についての共済
制度を
関係機関により
導入する、こういうことも考えられるかと思います。
三つ目は、情報交換の組織であります。
自治体間の情報交換や連絡によって違法の発生を未然に防止するために、
当事者がこういった協
議会を設立するとともに国が支援する、こういった形もあり得るかと思います。
以上が私の
意見でございますが、最後に、配付させていただいた
資料のとおり、ジャーナリズムの論調は、社説、論壇等を含めて、圧倒的多数が
被告の変更には問題があるという
立場でございます。
また、お配りしたメッセージでございますが、
日本の憲法、
行政法研究者の大部分が加入する
日本公法学会会員の中でも一級の業績を持つ百数十名の専門家が、やはり
被告の変更を問題視しております。
国会におかれては、法治国家の最高
機関としての見識に照らして
改正案を再検証していただき、ぜひ良識にかなう措置をとっていただきたいと思います。批判が多い無理のある
改正案の当該部分、
住民訴訟部分を急いで成立させる必然性は少ないと思われます。どうか本当の
地方自治の定着を応援するための措置を衆知を集めて御
検討いただければと念じております。
以上です。(拍手)