○
参考人(
瀬戸則夫君) 私は、一九八五年ごろから
弁護士として関西で、
いじめ、体罰、懲戒処分、内申書開示など、
学校での
子供の人権侵害案件にかかわってきました。その中では、
子供の問題をきっかけにして、
保護者と
教員、
学校との相互不信がのっぴきならないまでに増幅したケースも
相当見てきました。
子供の人権が侵害されるような問題が
学校で生じたときに、本来は
子供と
教員と
保護者と、その三者が建設的な対話に努めて、相互
理解を深め、信頼を回復して、そして問題を解決していくことが最も望ましいわけです。そういうふうに動いている
学校も少なからずあることはそのとおりでございます。しかし、そういった具体的な
取り組みが特に
学校という枠組みの中ではかなり困難な現状があるというふうに私には見えてきました。他方で、
学校の外には問題解決の
システムがあるかと申しますと、
子供の立場に立ちながら、関係する
学校や
行政とも適切な意思疎通のできる相談や
支援の機関となれば、残念ながらこれも、少なくとも身近で手軽に利用できる範囲ではほとんど存在しておりません。
私は、一九九九年に
川西市
子どもの
人権オンブズパーソン条例発効以来、そのメンバーの一人となって三年目に入っております。その経験を振り返りますと、今申しましたように、そういった問題については、市レベルでございますけれども、
子どものオンブズパーソン制度というのは十分にこたえ得る制度だと感じております。
本日は、
教育三法の討議に際しまして、私のつたない
子どもの
人権オンブズパーソンの経験から、
子供の救済制度一般やら、それから
子どものオンブズパーソン制度とその実情、それから
教育三法に関する
意見という、三方向の
意見を申し述べたいと思います。
まず最初に、
子供の救済にかかわる現状でございますが、本来、
教育委員会制度というのは
学校トラブル解決の
役割をも担うものと言えるかもしれません。しかし、例えば
いじめや体罰の被害を受けた
子供や
保護者が
学校の
対応に不信感を持っているような場合、少なくともその当事者の
子供や親からすれば、
教育委員会は必ずしも公平な機関とは見えません。むしろ、
学校を擁護する存在だと見える場合も多いわけであります。実際、裁判にでもなれば
教育委員会は
学校側に立つのは当然でございます。
そうすると、
学校に不満を持つ
保護者や
子供は、現状では法務局や
弁護士会の人権救済
システムを利用するか、簡易裁判所の調停を申し立てるか、裁判所に訴えを提起するか、そういった
方法、手段しかないわけであります。しかし、法務局や
弁護士会はそういった問題での調査権限を持っておりません。そこに大きな限界があります。それから、簡易裁判所の調停では、手続費用はそれほどかかりませんけれども、それは相互の譲歩を求めることに本質がありますから、よほど事実関係が明らかになっていて
学校側の責任が明確なケースならともかく、通例からいえば、
子供の人権問題に対する専門的な解決を期待することは困難だと言えます。では、訴訟はどうでしょうか。これは最終解決のための国家制度でございます。しかし、訴え提起と訴訟遂行には大きな手間と暇がかかります。個人には負担が重過ぎます。
さらに、私の経験からも、裁判となれば大人同士の感情的な利害対立が高じて、その過程では肝心の
子供の最善の利益がややもすると見失われがちな側面もあります。
保護者が仮に勝訴したとしましても、真に当事者である
子供の最善の利益につながったかというと、やや私の経験からすると複雑な思いにとらわれます。
このようなことから、私は、一九九七年に
川西市で
子どもの
人権オンブズパーソン条例検討
委員会への参加を要請されましたときに、まさにそれは必要な制度だというふうに心から賛同して参加したわけであります。
それでは、この
川西市の
子ども人権オンブズパーソン制度の特徴を申し述べますが、お配りしておりますハンドブックに概要がございますし、条例自体はその四枚目の表から二、三枚にわたって出ております。この制度の特徴は四点ぐらいに集約できると思います。
一つは、
子どもの権利条約に基づいて、あくまでも
子供の最善の利益を図ることを目的としているということであります。そのために、オンブズパーソンは既存の相談窓口と異なり、一定独立した公的第三者機関として市長の附属機関に位置づけられています。
第二は、
子供や
保護者にとってまず身近に、かつ手軽に利用できる制度であるということであります。
川西市は人口十五万、十八歳未満の
子供は二万人弱です。そのニーズを三人のオンブズパーソンと五人のスタッフで受けとめています。
子供の
教育、福祉、
法律、医療にかかわる各
分野の専門家の助力が電話一本で、もちろん無料で得られるわけであります。
三番目ですが、オンブズパーソンは単に相談
対応で終わるわけではありません。
学校を含む市の機関に対する調査権、行為是正を求める勧告権、制度改善等を求める
意見表明権、
措置報告請求権、さらに案件の公表権などを条例により付与されております。
そして四番目、最後には、こういった権限を前提としつつも、オンブズパーソンは
子供の利益の擁護者、代弁者、さらに公的良心の喚起者として、必要ならば
学校や
行政への建設的な批判に当たりますが、いたずらに対決や対峙をするものではなくて、あくまでも建設的な対話に徹して
学校や
行政が真に
子供のために働くことができるように促していく、
支援していく機関であります。言いかえれば、
子供、
保護者、
学校あるいは
行政が互いに対立し合う関係でなく、
子供の最善の利益を共通の目的に、互いに助け合い、支え合える関係になれるよう、ソーシャルワーク的な
活動も展開するわけであります。
次に、オンブズパーソンの行う相談
活動と調査
活動につきましては、これはお配りしております「
子どもオンブズ・レポート二〇〇〇」、これは二年目の報告集でございますが、これもまた後でごらんいただけたらと思いますが、相談
活動につきましては、相談、申し立て受け付けを開始した九九年六月から一年間で見ますと、相談は四百四十九回、件数で百五十九件でありました。二年目も大体同様な件数でございます。
保護者からの相談が最も多いわけですが、その次に小中
学生、
高校生などの
子供、そして
教員や保育士などの職員となっております。これは年次報告を御参照いただきたいと思います。
相談事項としては、やはり
学校に関係する事項が高い割合を占めております。ただし、現象としては、
学校で起こった問題でも、
家庭や
地域での問題が背景要因になっているケースが少なくありません。また、一人の相談者が複数の相談事項を持っているケースも多くあります。例えば、
子供同士の
いじめに関する相談でも、背景には家族との関係、
先生との関係で傷ついていたり、それが
いじめの被害や加害の現象につながっているというケースもまれではありません。個々の
子供が抱えている問題は極めて複合的、重層的で、とりわけ多様な
人間関係での傷つきが認められます。
この相談
活動では、私たちはまずじっくりと話を聞きます。もちろん、親からの相談でも、当事者の
子供からも話を聞きます。そして次に、相談者と一緒に課題を整理していきます。さらに、打開に向けての選択肢を検討していきます。こういったプロセスを通して、相談者自身が
子供であれ親であれ、問題の打開や解決に
取り組み始めるケースが相談の約八割です。残りの二割は、相談者の希望を受けて
教員などの関係者に私どもが直接お会いして、その関係者の話にも十分に耳を傾け、関係調整に入っていきます。これまでには、体罰、
いじめ、学級崩壊、その他
学校の
指導上の問題などでこういった調整
活動を実施しております。過去二年間では、ほとんどのケースで一定の打開や解決が図られています。
これらの経験からはっきりと言えますことは、これは今回の
法案審議の
参考にぜひしていただきたいことなのでありますが、当事者である
子供に寄り添って、その心情を受容しながら話をじっくり聞いていけば、多くの場合、打開や解決の道筋が開かれるということであります。だれよりも
子供自身が打開や解決の願いを持っているわけですから、その願いを本当に受けとめていくならば、実は
子供自身が打開力、解決力を発揮し得ます。それをどう
支援していくかということが課題であります。
大人同士で決着を
つけて
子供に解決をあてがうようなことは、
子供自身の力を奪うことになる場合はあっても、
子供の自尊心や問題解決力を高めることにはつながりません。ですから、オンブズパーソンは基本的に
子供や
保護者の要求を単に代行することはしません。当事者の
子供とその関係者が自分たちで打開、解決していけるようにエンパワーメントしていくということが常々心がけていることであります。
それから、我々が行う調査
活動と勧告、
意見表明ですが、これもまた「
子どもオンブズ・レポート二〇〇〇」に出ておりますが、こういった相談とは別に、条例は、
子供でも大人でも
子供の人権の擁護、救済の申し立てをパーソンに行うことができると定めております。この申し立てを受ければ、パーソンは条例上の権限をもって原則として調査実施します。そしてまた、申し立てがなくとも、必要な場合にはオンブズパーソンが独自に自己発意で調査実施するケースもございます。この調査結果に基づいて、必要な場合は関係する市の機関に勧告や
意見表明を行います。
調査案件では、相対的に深刻な事態となっているケースがやはり相談と比べて多いと言えます。例えば、既に公表した案件では、中
学校の夏季休業中の部
活動で熱中症によって
子供が死亡する事故がありました。こういった問題は、過去の
学校災害の死亡事故の多くの事例では、被害者側が我慢や泣き寝入りを強いられたり、あるいは裁判に訴えざるを得ないか、いずれかだったとも申せます。当事者間での解決が困難で、しかも救済の道は国の制度である裁判しかない。しかし、裁判で争っても、事故原因の究明や再発防止策の確立は必ずしも十分な結果が得られておりません。それらは
教育行政の先決事項として、司法では深く立ち入らない傾向があるからでありまして、それに関してこのオンブズパーソン制度というのは、再発防止、事故原因の究明について一定の
役割を担えたというふうに私は思っております。
それから最後に、
教育三法について、こういった経験をもとにして若干の
意見を申し述べさせていただきます。
五点に絞ります。
まず一は、
児童生徒の
出席停止についてであります。それに関するのは二つございますが、一つは
子供の
意見表明の
機会の保障の問題であります。
子供にかかわる問題の解決には、
子供自身の
意見表明を十分に尊重することが不可欠であります。
子どもの権利条約の規定から申しましても、その
意見は、一定整理された見解や主張だけでなく、
子供の気持ちや思い、そして願いといった心情も含むものであります。とりわけ、
子供の心情を共感的に受けとめることは問題解決に不可欠な大前提であります。
実際に私どもが扱った例えば
いじめなどの調整案件でも、被害と加害双方の
子供から十分に
意見を聞き、対話を積み重ねていくことで、加害行為が解消した事例もあります。加害者の
子供の
意見を聞く中で、その
子供自身が抱えている課題が
教員などにも
理解できるようになれば、その
子供の心情受容を初め、新たな関係づくりが可能となった事例であります。つまり、問題解決の基本は排除ではなく関係修復こそにあると考えるべきだと考えております。
ところで、今回の
法案を見ますと、親の
意見聴取さえすれば
出席停止ができるというふうに第二項にはなっております。なぜここに
子供の
意見も聞くというふうになっていないのか、私は非常に疑問を持っております。もちろん、運用ではそうされるんだろうというふうには信じておりますけれども、明らかに親とともに当該の
子供自身の
意見をきちんと聞いていくということが不可欠であります。こういったことを無視したのでは、関係修復というのは最初から期待できないわけであります。他方、
日本も批准しております
子どもの権利条約にも明らかに反することになると思います。
それから、
出席停止に関する二番目でございますけれども、この
法案の第二十六条の第四項には停止処分期間中の
支援ということが盛られております。もちろんこれは非常に重要なことでありますが、しかし、それと同時に、停止処分に至る過程の
子供と
保護者の
支援というのが不可欠でございます。これがなぜ入っていないのか、私は全く
理解できません。
ほかに、
出席停止というものが、課題を抱えた
子供と親にとってその問題を見直す非常に大きなきっかけになるわけです。その手続こそがまさに非常に重要な課題であるわけです。処分したことではなく、処分に至る過程こそが非常に重要なことなわけであります。例えば、処分にわたる
審査、審議をどのようにして行うのかというようなことですね。
それから、その過程で対象の
子供と
保護者を代弁したり
支援したりするというふうな人を確実に手当てするということが必要であります。少年法については非常に批判もあるわけですけれども、他方、少年
保護事件で少年と
保護者のために付添人を
つけるというふうな制度もございます。停止処分の対象になった
子供と
保護者にこそ、無料で費用のかからない付添人が寄り添って代弁していく。代弁していく中で、当該の
子供と
保護者自身が問題に気づいて整理していく。これがなければ
学校教員の過重はもう目を覆うばかりです。
私どもの制度がどれだけできるかわかりませんけれども、少なくとも、先ほど申し上げましたような制度と実情からしましたら、
川西市では、この
出席停止というふうなことがクローズアップされたときには、一定程度そういった
役割は担えるというふうな自信は持っております。
いずれにしても、こういった条件整備が整いませんと、
出席停止によっていわゆる問題児といったレッテルを
子供に張り
つけ、その
子供や家族を
学校や
地域から排除する結果となりはしませんでしょうか。また、その
子供や家族の
学校不信を増幅させ、関係修復をますます困難にしないか、ということは
対応する
学校教員の負担がますますふえるということでありますが、大きな懸念が持たれるところであります。
次に、
教員の転職についてであります。
私どもはあくまでも
子供の人権にかかわる機関であります。直接に
教員の云々ということについて発言権があるとは思っておりません。しかし、
川西市の相談の事例では、相談、調整、調査の過程で
学校教員との事情聴取やら
意見交換を多数重ねてきております。そういった
観点から、
教員の転職問題についても一定の
参考意見が申し述べられると思っております。
こういった問題について、その以前に
子供と
保護者と
教員、
学校が真に助け合って、支える関係をつくり出すための
システムが重要であると考えます。既に申しましたように、現状では
学校の中にも外にも、そういった信頼関係回復の
取り組みを適切に
支援できる
システムはいまだ構築されておりません。
教員自身も職場や
地域で孤立しがちでありますし、
子供や
保護者との関係でも、何か問題が起こると過剰に防衛的になったり、逆に過剰に攻撃的になったり、あるいは逃避的になったりもしています。
そういった
状況は単に研修を行うだけで解消できるとは思えません。
教員の転職も、排除の論理でなく、相互
支援と信頼回復の関係づくりを基本に据えて、処分決定までの手続的課題の検討と対策が重要な問題であると考えております。
それから、
教育行政の相談体制でありますけれども、これにつきましても、
教育行政の執行機関だけで担うことは実情としては非常に困難ではないかと感じております。何よりも
子供の最善の利益を優先して、
子供や
保護者の信頼が得られる相談窓口を設置しようとするならば、私どもの経験からは、明らかに一定の独立性を保持する公的第三者機関が必要と言えます。
子供に関係する問題では、
教育だけでなく福祉からの
支援も不可欠であります。私どもの経験からも、その両者を結び
つける
役割が公的第三者機関には果たし得ると言えます。もちろん執行機関でも、特にその説明責任や情報公開、
学校教育の補完的
役割などの
観点から一定の相談窓口が必要なものと言えます。そこで、執行機関の相談窓口と第三者機関とが
連携して、またチェック・アンド・バランスの関係をつくり、相互の機能を高め、
子供や
保護者のニーズにこたえていくことが望ましいと考えます。
第四に、総論的に言いますと、
子供が日々生活する
学校や
地域社会において
子どもの権利条約が今後どのように生かされていくのか、これが最大の課題だと私ども思っております。
今回の
法改正についても、
子どもの権利条約を生かす視点と方策が重要であります。条約を生かすということは、突き詰めれば、自分の権利が尊重されていると実感できる
子供を育てることです。自分の人権が尊重されていると感じられない
子供が他者の人権を尊重することは困難だからです。自分の権利を肯定的に自覚することから自他への責任の自覚も育ちます。例えば、
ボランティア活動はそのような視点があってこそ真にボランタリーな、すなわち自発的な
活動になり得ると思います。
最後に、
学校や
家庭を含め、久しく
地域社会の
教育力の
低下が叫ばれています。今回の
改正もそのような視点があるものとも
理解できます。それだけに、国においては、
子供たちの生活の場である
地域社会の実情に根差した、それぞれの自治体独自の問題、課題解決の
取り組みを
支援していく施策がこれまでにも増して重要であります。
その一環として、例えば各自治体で
子供のための公的第三者機関が設置できるような
支援を国で検討したり、さらに自治体では取り組めない課題に
対応する公的第三者機関を国に設置するなどが考えられます。
そのようなことも視野に入れて、今回の
教育三法については、特に自治体において
子供の
教育と福祉とを総合的に
推進できるよう、運用面を含めた十分な検討が求められていると考える次第であります。
以上です。