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政府参考人(
佐藤行雄君)
佐藤でございます。本日はこのような機会をつくっていただきまして、まことにありがとうございます。
時間も限られておりますので、早速御報告をさせていただきたいと思います。
〔
会長退席、理事山本一太君着席〕
先ほど
緒方先生から繰り返し
現場の重要性を強調されておりまして、ニューヨークにおりましてもいかに
現場が大事かという感じがひしひしといたしております。ただ、私の
現場はニューヨークでございますので、若干抽象的な話になるかもしれませんが、お許しをいただきたいと思います。
お手元に出させていただきました紙に本日報告申し上げたい三点が書いてございますが、その前に、ことしは
国連にとってどういう年になるのかということだけ一言御報告させていただきたいと思います。
一口で言って、ことしはミレニアム宣言実施の第一年目だと私は考えております。ミレニアム宣言と申しますのは、昨年の九月六日から八日まで、
国連で百四十四カ国の
国家の元首、
政府首脳が集まりましてミレニアム総会というのを開きました。ミレニアム・サミットと呼んでおりました。その結果として、九月八日に百四十四カ国の代表あるいはそれ以外の加盟国、
国連はちなみに今百八十九カ国ございます、それが一致して出したものがこのミレニアム宣言でございます。
項目だけ御紹介させていただきたいと思います。というのは、この中でこれからの大事な点として八項目の指摘がございました。中身には入りませんが、題名だけ申しますと、第一が価値と原則、第二が平和、安全及び軍縮、三番目が
開発及び貧困の撲滅、第四が環境の
保護、第五が人権、民主主義及びよい統治、第六が弱者の
保護、第七が
アフリカの特別なニーズへの
対応、第八項目が
国連の
強化でございます。このあたりに、今二十
世紀から二十一
世紀に移ってまいりますときに、
世界の国々が感じている、
国連が何をすべきかということが集約されていると思います。
そういうことを前提にいたしまして、ことしは
国連の場におきましてもさまざまな
会議が開かれます。五月には後発
開発途上国を対象とする
会議があり、六月には
国連の
人間居住センターの特別総会があります。これは、わかりやすく言いますとスラムをいかにしてなくしていくかということで、これもミレニアム宣言の中に出てくることであります。六月にはエイズについての特別総会がございます。さらに、七月には
国連の小型武器に関する
会議、八月には南
アフリカで人種主義に反対する
世界会議、そして九月には
開発問題についてのグローバル・パートナーシップ・ハイレベル
会議、同じ九月には子供の特別総会がございます。そして、
国連総会、通常の
一般討論を挟みまして、包括的核実験禁止
条約発効促進
会議、さらに十二月には
国連文明間の対話等についての
会議がございます。こういう流れで、恐らくそれぞれの
会議にミレニアム宣言に盛られたさまざまの問題意識が投影されていくものだと思っています。
ちなみに、事実関係として御報告しておきますと、ことしは何々の年というのがいろいろございますが、ことしは国際ボランティア年でございます。これは
日本が提案して実現したことで、
国連ボランティア計画というのがございますが、それが中心になって
世界的にボランティア
活動をさらに広げていこうという願いを込めてことしを国際ボランティア年といたしております。もう
一つは、イランの提案によります
国連文明間の対話年というのが二〇〇一年でございます。それともう
一つは、先ほど南
アフリカで
会議があると申し上げましたが、人種主義、人種差別、排外主義、不寛容に反対する動員の国際年というのがことしのもう
一つの行事といいますか、標語的な問題でございます。
〔理事山本一太君退席、
会長着席〕
以上からおわかりになりますように、貧困、
紛争、そして弱者の問題、感染症の問題、先ほど
緒方さんが触れられました
人間の安全
保障にかかわる問題がさまざまな格好でこの年の間に取り上げられることになります。
日本も
人間の安全
保障を重視しようという姿勢を強調しておりますので、これらの
会議のそれぞれのテーマに応じて
日本の考え方を具体的に明らかにしていくことが求められていると思っております。
以上がことしの一年、これから起こることでありますが、まず、以上申し上げて、この三項目についての御報告をさせていただきたいと思います。
まず、分担率
交渉の経緯でございます。「主要国の
国連分担率の推移」という紙をお配りしてあるかと思いますが、これをごらんになりながら聞いていただければありがたいと思います。
ちなみに、
国連には予算が二つございます。通常予算とPKOの予算でございます。通常予算は二年間単位でございまして、大体二年間で二十五億ドル前後、ですから年間にしますと十二、三億ドル、それを百倍にしたのが大体の円だろうと思っていただきます。千三、四百億円が
国連の通常予算でございます。PKO予算は、そのときによってかなり変化がございます。一九九〇年代に入りまして、九三年、四年あたりがPKOが非常に大きくなった時期でございます。年間三十数億ドルという予算になったときもございます。最近はまた増加傾向にあると見られております。
それで、昨年ございましたのは
国連の予算の分担率に関する
交渉でございます。
国連の予算は先ほど二年単位と申し上げましたが、分担率は三年に一回
交渉をいたします。この表の例として通常予算分担率の二〇〇〇年、右から四つ目の二〇〇〇年を見ておいていただきますと、これが昨年までの予算でございました。アメリカの分担率が二五%、
日本が二〇%、両方合わせて四五%を負担しておりました。その下に、ドイツを飛ばしてフランス、英国、ロシア、中国、四つの常任理事国がございますが、その一番下の欄、P4の合計というのは四つの常任理事国、アメリカを除く四つの常任理事国の合計でありますが、一三・七%という
状況でございました。
そこで、我々の目標といたしましたのは、やはり予算の分担率の配分をより公平なものにしようというのが昨年の
交渉の
目的でございました。結果は、二〇〇一年から三年にかけて、若干の調整期間はありますが、アメリカは二五%から二二%、この点については後でちょっと御
説明いたしますが、
日本は二〇・五から一九・五へと一%減。それで、例えば下の中国を見ていただきますと〇・九から一・五、ロシアについても一・〇から一・二へ増、そういう格好になりました。税金の見地から見ますとまだまだ
日本の負担率は多過ぎるんじゃないかという御
意見はあると思いますが、百八十九カ国の中での
交渉でございますので、残念ながらこのあたりでとまらざるを得なかったというのが
実態でございます。
その背景にありましたのは、アメリカの議会が予算分担率を二五%から二二%へ下げるということを法律で決めました。もともと滞納金があったところで、無条件で払うべき滞納金でありますが、にもかかわらずアメリカの議会はこういうアメリカの分担率をさらに下げれば払うという条件をつけたわけであります。百八十九カ国の加盟国、恐らく百八十八カ国が全部反対だったと思います。ただ、最後の二週間の
交渉のときにはばたばたと各国おりまして、結局アメリカの要望をのむということになりました。
その中で
日本も一%を下げ得たのはなぜかと、この点が私、特に本日御報告を申し上げておきたい点でございます。
実は、十二月の最後のこの二週間は徹夜折衝が続くような
状況で土、日もなくやっておりましたが、その半ばぐらいになりましてナイジェリア、インド、南
アフリカといった国々の大使たちが私に、仮にもうアメリカの条件をのまざるを得ない場合にも、
日本については一切迷惑をかけないというのがG77というこの南の国々の集まりのコンセンサスだということを言ってまいりました。同僚の話を聞きますと、過去の三年前とかそれより前の
交渉ですと、EUとG77がいつの間にか手を握って
日本が最後にびっくりするという場面があったようですが、今回はG77の方から
日本に対して、
日本には絶対迷惑をかけないからと言ってまいりました。
我々、河野大臣からもお手紙を出していただいたりしまして、私も
現場でも言っておりましたのは、
日本は六兆ドルの借金、地方公共団体も足してそれぐらいの借金がある。そういう中で、多いときには百五十億ドルのODAも出している。さらに、
国連分担率でも二〇%もしょっている、こういう話を、
説明を繰り返し繰り返ししたわけでありますが、
開発途上国の
人たちは、
自分の国がどれだけ
日本のODAの世話になっているかという気持ちは非常に理解しているんですが、
日本の財政
状況がそんなに悪いということは知りませんでした。そういう
意味でかなりショックだったようでありますが、今回はそういうこともあって、
開発途上国の方からもうこれ以上本当に
日本に迷惑をかけちゃいけないという声が盛り上がってまいりました。おかげさまでこれができたというのが、下げ率は御満足いただけないことかもしれませんが、
現場で私はこの結果を、というか過程を見ておりまして、ODAの効果がきいているということがしみじみと感じられました。
私は、別にこれはODAを減らさないでくださいということのためにわざわざつくったお話をしているのではなくて、今度の予算分担率
交渉をめぐりまして、非常に私は強い印象を受けた点でございますので、御報告を申し上げておきたいと思います。
次に、邦人
職員の問題であります。もう一枚の紙を見ていただければと思います。
私、実は二年前
国連に赴任する前に、この
調査会の場で抱負を述べろと言われましたときに申し上げたんですが、それまでいろいろ議員会館を回っていて一番言われましたのがこの邦人
職員の数をふやすように努力しろということでございました。そこで、到着後早速私を本部長にして代表部全体で取り組む体制をつくりましてこの
国連邦人
職員の増強ということに取り組んでまいりました。
増強と申しておりますのは、実は数をふやすだけでなくて、なるべく大いに上のランクに引き上げていこうと。先ほど
緒方さんが言っておられました高級幹部をなるべくつくろうと。天下り的に入れるのもいいんですが、やはり私は若い方に入っていただいて、その方が生き抜いて上に上がっていくというのが一番いいだろうと。そこで、なるべくそういう昇進をお手伝いしたいということで増強と言ったわけであります。
結果がそこにございまして、三年の比較がございますが、まず
国連事務局だけでは、全体数が一九九八年の十二月三十一日、ついた年には百二名でございました。二千三百九十四のうち百二名というのが引き継いだ数字でありまして、翌年十二名増、三名減で百十一名になりました。ただ、昨年は七名増でしたが八名減になりまして、百十で一名減るというところで残念ながらとどまらざるを得ませんでした。
他方、昇任につきましては、一昨年十五名、昨年は十三名の昇任ができたと。それから、
国連事務局ではございませんが、ニューヨークにある大きな
国連機関で
国連開発計画、それから
国連児童基金、ユニセフですね、それから
国連人口基金とございますが、昨年は
国連開発計画で十一名増、二名減で三十名になりました。
国連のユニセフも六名増二名減で三十名に達する。
国連人口基金は残念ながら増減ございませんでしたが、全体で百七十八名の
組織ですので、なかなかここで人をふやすというのは難しい、そういう
状況であります。
結果について、私はこれはまだまだ満足しておりません。例えば、この一番上の欄、「
国連事務局」のところで、括弧の中に「望ましい
職員数の範囲」というのがございます。これは
国連が毎年各国の予算の分担率とかその他の条件を加味しまして、この国からはこのくらいいてもいいなと出している数字であります。今、この時点で
日本人の望ましい姿は二百五十七から三百四十八人いてもいいと。にもかかわらず百十名でありますので、まだまだとても満足できる
状況ではありません。そういう
意味で、この邦人
職員の増強計画には今後とも最大の優先度を与えて取り組んでまいるつもりでございます。
幾つかやり方が、これまでに覚えてまいりましたが、
一つは、やはり
国連あるいは
国連の関係
機関に口説いて
日本に採用ミッションに来てもらうというのがどうも具体的成果につながる一番早道のような気がいたしております。もう
一つは、
国連の競争試験を通った人をなるべく全員採ってもらうように各方面に働きかけていく。そういうことで今後とも努力をしてまいりたいと思っております。
それから三番目に、安保理改革の問題でございますが、まず安保理改革の
国連における議論は一九九三年に始まりまして、昨年でもって七年たっております。
国連の会期というのは九月から始まりますので、九三年の九月から始まったのが一年目で、昨年の九月から始まりました今の会期が八年目ということになります。
その間、基本的にはこの問題は、どれだけ一体安保理を大きくしたらいいのかという問題、それから常任理事国と非常任理事国の両方を拡大するのかあるいは非常任理事国だけでいいのかという問題、それから拒否権の問題と、この三つの問題をめぐってぐるぐると議論が回っているという
状況でございました。
まず、安保理の数につきましては現在十五でございます。常任理事国が五、非常任理事国が十ありまして現在十五でありますが、長いことアメリカが二十一まではいいけれ
どもそれ以上はだめという立場をとっておりました。オルブライト国務長官御本人が
国連大使をやられた経緯もあって、非常に数をふやすことに抵抗感を持っておられたようであります。ただ、これにつきましては、
日本政府としては、橋本総理、小渕総理それぞれのもとにおける外務大臣からも繰り返し働きかけをいたしまして、昨年の四月三日にホルブルック常駐代表がアメリカは二十一をもう少し上回る数字を考えてもいいということを発表いたしました。これは実は、
日本では小渕総理の緊急入院のときと重なってしまいまして、ほとんど大きなニュースにならなかったんですが、
国連加盟国の間ではかなりな衝撃波が走りまして、議論が少し前へ進むという結果を生んだと私は思っております。
もう
一つは、常任、非常任を拡大するかあるいは非常任理事国だけ拡大するかという議論であります。実は、これまでの議論というか昨年までの議論を総括いたしますと、常任理事国の拡大に反対している国が中心になった議論であったような気が私はいたしております。例えば、ドイツだけは絶対に常任理事国にさせたくないと思っているイタリー、インドだけは絶対嫌だと言っているパキスタン、それから原則の問題として常任理事国というのは非民主主義的だから反対だと言っている例えばカナダのような国、メキシコのような国、こういう国がコーヒー・クラブというのをつくりまして、そもそも安保理改革に反対する、どうしてもやるならば非常任理事国だけを拡大すればいいじゃないかと、こういう議論を展開してまいったわけであります。
我々は、常任理事国と非常任理事国両方を拡大すべきだということを主張してまいりまして、実は昨年の、先ほどちょっと冒頭に触れましたミレニアム・サミット、各国の首脳が集まるわけですから、ここを
一つの場として使おうと、八月には森総理から百五十カ国を超える国に親書を出していただきまして、私も
国連で八月だけで百人ぐらいの大使に会って理解を求めたわけであります。結果がどうなったかといいますと、ミレニアム・サミットとその後の
一般討論を通じて、九十八カ国が常任理事国と非常任理事国の両方を拡大しようということを言いました。その間、非常任理事国だけでいいと言った国は実は十五カ国しかありませんでした。
それに加えて、そのミレニアム・サミット及びその直後の
一般討論では発言しませんでしたけれ
ども、これまでにこの常任理事国と非常任理事国の両方を拡大しようということを明確にした国、その中には、例えばカリブ海の十四カ国の閣僚が
日本で集まったときに安保理改革については両方のカテゴリーを拡大するのが大事だと発表したわけですが、そういう国も足していきますと、実は両方を拡大しよう、常任理事国の方も拡大しようと言っている国は百五十カ国を超えます。
私は、昨年の十一月にその点を
国連の議論の場で発表いたしまして、もうこの話は大体決着がついたんだから先へ議論を進めましょうという話をいたしました。おかげさまで、ニューヨーク・タイムズが大きく報じてくれまして、ヘラルド・トリビューンにも出たんですが、
日本の新聞には残念ながら出ませんでした。ちょうど十一月の半ばというのはフロリダでアメリカの大統領選挙のカウントし直しをやっておりまして、ニューヨークで日ごろ我々を追っかけてくれている新聞記者の人が全員フロリダに行っておりまして、私の見たところでは全然ニュースにならなかったんじゃないかと思っております。きょう配っていただきました最後の外交フォーラムの原稿にその点を書きましたのは、やはりこれは記録に残しておかなければいけないと思いましたので書かせていただいたわけであります。
そこで、昨年までのところで、常任、非常任両方を拡大しようという話は、私はその点だけ取り上げれば話はもう決着がついたんじゃないかなと思います。あと安保理の数を一体どこまでふやすかというのがこれからの問題でありますが、私は、
日本は従来から二十四までふやしたいということを言っております。詳しく立ち入りませんが、そこで今度はこのブッシュ政権から二十四ということについての同意を取りつけるところから始めなければいけないと思っています。
実は、アメリカというのは
国連で決して好かれておりません。しかし、
国連の加盟国のほとんどがアメリカが動かないと物は動かないと思っています。そういう
意味で、やはりアメリカの理解と
協力なしには安保理改革は進まないと思いますので、まずはこの数についてアメリカの同意を得ることが大事だと思っています。なぜ大事かといえば、二十四ということが決まってまいりますと、やはり安保理改革そのものが動き出したという気運がさらに高まるからだと私は思っています。
そこで、これからはアメリカとの問題も含めて二つのことをしなくてはならないと私は思っています。
一つは、常任理事国五カ国と話し合い、それからいずれは安保理、
自分も常任理事国になりたいと思っている国にももっと前に出てきてもらって、その両方が理解、同意できるような具体的な案を模索していくというのがこれからの
課題だろうと思っています。
実は、これそう簡単なことではないとは思いますが、例えば中国については、よく中国は反対なんじゃないかという人はおりますけれ
ども、
現場で見ている限りは、中国は
世界の大勢が安保理を拡大して、その中に
日本が常任理事国として入るということが
世界の大勢だということになってくれば、正面から中国が反対するということはないというふうな印象を私は持っております。
ロシアについても同様ではないかと。ただ、ロシアは
日本と並んでドイツを重視していますので、ドイツと
一緒になってロシアと話し合っていくということが必要ではないかなと思っています。
英国とフランスは安保理改革に非常に賛成ですし、拡大する数を二十四とすることにも賛成しておりますので、我々の仲間として
協力し合っていく相手と考えております。
さてもう
一つは、どういう国を常任理事国にするかでありますけれ
ども、ドイツはなりたいということは明確にしておりますが、先ほど申し上げましたようにイタリーが反対をしております。かつてニューヨークにいたイタリーの大使の
言葉をかりますと、もし
日本とドイツが常任理事国になってイタリーが取り残されるようになれば、これはイタリーにとって第二の敗戦だと。そのようなことは、言うなれば第二次
世界大戦のときに
一緒に負けた三カ国のうち二カ国だけが常任理事国になってイタリーが残るようでは、これはイタリーにとって第二の敗戦なので、これは受け入れられないというようなことを言っています。イタリーも大事です。
それに、これからEU全体としての共通外交安保政策というものもできてきます。二〇〇三年にはEUの緊急
対応部隊がいよいよ実現します。そういう流れの中でヨーロッパの議席をどう考えるのかということはこれから大きな問題だろうと思います。
日本だけでできる話ではありません。イタリーやドイツとよく話し合っていかなきゃならない問題だと思っています。
次に、
アフリカでありますが、ナイジェリア、南
アフリカ、エジプトといった国がそれぞれなりたいと陰に陽に意思表示をしております。その中で、ローテーションを組んでいこうという動きも若干出ているようでございまして、そのあたりがどうなっていくかがこれからの見どころかと思っております。
同じように、ラ米の中でブラジル、メキシコ、アルゼンチンという国がそれぞれ関心を持っているようであります。メキシコは常任理事国みたいな制度そのものが非民主主義的だから反対なんだという、これまでそういう態度をとってまいりましたが、実は昨年の暮れになりまして非常任理事国に立候補いたしました。メキシコは今までずっと安保理そのものを無視していたわけですが、その理由はいろんな説があります。
例えば、安保理という場で重要な
隣国アメリカと対立する立場に立ちたくないからメキシコは安保理に入らないんだというようなことを言っている方もいらっしゃいましたけれ
ども、いずれにせよそのメキシコが突然従来の態度を変えて非常任理事国に立候補した、これもやはり常任理事国入りを視野に入れた動きではないかというふうに言われております。
アジアでは、インドの問題があります。ただ、インドは核保有のままで常任理事国になれるとは
世界のだれも思っておりません。だから、インドにとっていずれ重要な選択が迫られるときが来るんだろうと思います。
そういうことで、これからは現在の常任理事国とこれからなりたいという国の間で一体どういう案ならいいのかということをつくっていく
段階にだんだんと入るんだろうと思います。ただ、これはまことに難しい問題で、
国連自身もそこの道筋を描いておりません。私も具体的な展望は持てません。何か今までは丘を登ってきた、これからは絶壁を登るという感じがいたしております。
ただ、いずれにせよこの問題は少しずつでも進みつつありますので、いずれ
日本としてどういう形でならば常任理事国入りを果たすのかということを考えなければならないタイミングが来るものだと思っています。そういう
意味で、
国内的にもいろいろ議論をしておいていただくことが大事だろうと思います。
特に焦点となるのは、先ほど冒頭に申し上げました三つの問題のうちの最後の問題であります拒否権の問題であります。
拒否権の問題は、今、
世界百八十九の加盟国の中で、非常に大ざっぱに言えば、恐らく百八十四対五の問題ではないかと思っています。常任理事国の五カ国はそろって既得権を守りたい、残りの国はみんなで何らかの格好でこれを制限すべきだと思っている。
日本もそういう考え方を持っているわけであります。そういう中で、これをどういうふうに処理していくのか。
例えば、これは全くの想定の話でありますが、完全に拒否権つきの常任理事国入りを目指して永遠に待つのか、あるいは中間
段階として拒否権の問題については若干の、あるいは大きな制限を認めて、とりあえず常任理事国という席をとるのか、このあたりのことも問題の進展によっては
一つの選択として我々は直面しなきゃならないんではないかと私は思っております。
そういう
意味で、そういう問題がどういう
日本にとって
意味合いを持つのかということを
政治のレベルでもいろいろ今後議論をしていただければありがたいと思っております。
私、ちょうど三十分たちましたので、ここでとめさせていただきます。