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参考人(
西村隆雄君) ありがとうございます。
私は
弁護士として
活動してまいりましたけれ
ども、川崎の
大気汚染公害裁判、これの原告側の弁護団ということで裁判当初からかかわってきましたし、現在は
自動車メーカーも被告にしております
東京の
大気汚染公害裁判、これの代理人もずっとやってきております。また、
日本弁護士連合会の
環境公害
委員会、このメンバーとしても長年
活動しておりまして、この
NOx法を初め、時々にいろいろ
意見書なんかをお出している
関係で、それを踏まえてきょうはお話をしてみたいと思います。
早速本題ですけれ
ども、今振り返ってみると、一九七八年に国は
NO2の
環境基準、これを大幅に緩和をしました。そのときにそれと引きかえに、一九八五年、昭和六十年にこの緩和された
環境基準を達成するんだ、こういうことを公約に掲げたわけです。しかし、この公約に失敗をした。これ以来、今回の西暦二〇〇〇年に
環境基準おおむね達成、これにも失敗をして、三たび公約に違反をしたというのが歴史の現実だと思います。当初の達成期限の一九八五年から見ましても既にもう十五年が経過をしている、にもかかわらず一向に達成のめどは立っていない。事態は非常に深刻だというふうに思います。
我々、現場で、きょうも来ていますけれ
ども、患者さんと一緒にこういった裁判に取り組んできながら、一体何だろうか、
環境基準というのは一体なんだろう、三度も約束してどうしてそれが果たせないんだろう、一体どうしてだろうということを本当に自問自答もしながら考えてきました。
今回の経緯も振り返ってみますと、それは私はぜひ言いたいんですけれ
ども、この
環境基準というものが何か自己目的化をしている、とにかく達成期限を設けて、この数値、したがってそれを何とかしなきゃいかぬのだ。そうじゃなくて、一体本来何のために
環境基準をつくって、何のためにこれを達成しようとしているのかということが忘れられているんではないかということを強調したいと思います。
つまり、数字のマジックをやっているわけではなくて、現実に
大気汚染による被害者がいて、その被害者が苦しんでいる、そういった被害者を被害者として認めて、これ以上そういった被害者を出さないために、そのために
環境基準を達成していくんだということの根本が忘れられていないか、このことが最大の問題だと思います。
この
関係では、国は一九八八年三月に、いわゆる公健法、公害健康被害補償法の指定
地域を解除しました。それ以後、新しい新規の被害者に対する救済を国のレベルでは一切拒否をしています。
そこで、きょう
資料でお出ししましたけれ
ども、こういった一覧表がございます。
これは各地、補償法が解除された以降も
自治体の条例レベルで患者さんの医療費の救済を公費でやっている、そういった
自治体の統計
資料です。ごらんになっていただくとわかりますけれ
ども、一九八八年当時と比較をして数字を比べてみますと、例えば右側の川崎市の場合は、一九八八年の二千六百四十三人が、九九年度、つまり二〇〇〇年三月ですが、五千六百九十八人ということで二・二倍になっておる。それから、
東京で見ますと、全都が八八年度対比をしてこれは二・七倍になります。それから、二十三区で見ますとこれは三・八倍に患者が激増している。それから、もっとすごいのは大阪でありまして、大阪市あたりは、一九八九年との対比ですが五・五倍、こういう数字になっています。これは各地、ほとんどが未成年を対象にした救済です。十八歳あるいは二十を過ぎると一切そういった救済は受けられない。したがって、成人についてはいよいよ事態は深刻だというのが現場の
状況です。
若干ここで具体例を御紹介させていただきたいと思います。
昨年、実は今申しました
東京の
大気汚染公害裁判で第四次の提訴というのを行いました。これに加わっていただいた五十代の男性の方、大田区の京浜第一国道沿いに直面するマンションに住んでおられて、私
たち聞き取りに行ったわけですけれ
ども、大変ひどいぜんそくで、そのときもなかなか会話がままならない、大変苦しそう。それが夜、もっとひどくなるということで、一たん寝入っても、夜中の二時、三時になると発作が起きて寝ていられない。その状態のまま発作の苦しいのを我慢して明け方を迎える。そうすると、その人は
仕事に行くというんですね、ほとんど寝ていない状態で。どういう
仕事かというと、トラックの運転手なんです。一緒に奥さんと話を聞きましたけれ
ども、ぜんそくの発作も心配だけれ
ども、そんな状態で毎日夜を明かしていて、ハンドル握って事故を起こさないか、そのことが本当に心配だというふうに言っていました。
そういう患者さんが、実は聞いてみると余り満足に病院に通院していないんですね。生活が大変な中で病院にかかれば、当然自己負担分が振りかぶってくる。だから、なかなか病院にかかれない。あるいは、あなたのぜんそくひどいから入院しろというふうなことを言われたら、も
うそれこそ日銭で稼いでいますから、生活が全部成り立たない。そういうことを心配して病院にも行けないというふうに言っていました。
この話を聞いて、実は私は思い出すことがありました。それは、私は実は四日市の出身でありまして、四日市公害裁判の判決が高校
時代にありました。当時、マスコミが非常に取り上げておりましたけれ
ども、野田之一さんという方がおったんですね、これは磯津の漁師さんです。ただし、四日市ぜんそくに苦しめられて塩浜病院に入院を繰り返している。その野田さんが病院から発作をこらえながら抜け出して磯津の海に漁に行っておったという話がよく報道されていました。その事態が三十年もたった今、また繰り返されているというのが現状だと思います。
またもう一人、大田区在住の方ですけれ
ども、鉄筋工で五十代の男性です。一国沿いのマンションに、交差点のところに住んでいらっしゃいます。そこに引っ越してきて、ぜんそくの大発作を起こして、長年やってきた鉄筋工の
仕事ができなくなって、もう生活保護を受けていらっしゃる、こういう方でした。八車線の物すごい、あそこはトラックです、
大型車がばんばん通る、その交差点に直面するマンション、これはもういかにもひどいだろうと。もちろん、尼崎の判決でいけば、あるいは
名古屋の判決でいけば差しとめを認められる原告です。
その方に私は思わず言いました。あなたは裁判勝てるかもしれない、こういう
状況だと。だけれ
ども、ここにいたのでは命がもたないから、少し引っ込んだらどうだ、同じ町内でもいいからどこかアパートないのという話をしました。だけれ
ども、彼が言うには、引っ越すにもお金がない。生活保護でそのお金出ないのか、医者に言って、ここじゃあんまりだからという
意見書でも書いてもらって、それで引っ越したらどうですかという話をしたんです。しかし、そんな簡単じゃないよ、先生と。私は電動の吸入器、これがぜひ必要だと医者に言われて生活保護に申請をしたと、しかし、それについても生活保護は認めてくれなかった、だから引っ越し費用なんか出るわけがありません、そういうふうに言っているんですね。実際本当かどうか、私はもっと頑張った方がいいと言って話をしたんですけれ
ども、そういう現状です。
ですから、そういう患者さんがやっぱりあっちこっちに、もちろん
東京だけではありません、いらっしゃる。そういう現状を繰り返さない、何とかしたい、そのために
環境基準を達成するんだということをしっかり打ち出すべきだというふうに思います。
そういう
状況にもかかわらず、国の方はどう言っているかというと、もう一九八六年、中公審の答申に基づいて解除をしたんだと、したがって事は決着済みで、いまだに
大気汚染との因果
関係が明らかでない、したがって救済は必要がないということを言っていらっしゃる。その一方で
環境基準を幾ら唱えても、これは一体国民がついてくるのか、説得力はあるのかという問題だと思います。
その点で私は大変に評価をしているのが
東京都であります。
東京都は、今回、ディーゼルノー作戦ということで石原さんがペットボトルを振りながらああいう形で条例化までしたわけですけれ
ども、いろんなことはありますけれ
ども、私が一番評価すべきだというのは、
東京の
大気汚染というのはもう待ったなしなんだということをはっきり言って、そしてその
大気汚染が肺がんやぜんそくやあるいは花粉症の原因になっているということを知事みずから都民にアピールして、それでいろいろ弊害はあるかもしらぬ、不便を強いるかもしらぬ、しかし協力してほしいということを言って、率先して政策を展開している。これはもう非常に国の状態と対照的な差ではないかというふうに思います。ですから、ここの点をまずしっかり据えた上で、具体的な政策をぜひ検討していただきたいというのが一番の強調点です。
振り返りますと、
自動車排ガスの健康影響につきましては、九五年の七月に大阪の西淀川の二次—四次判決で明確な因果
関係が認定されました。これに始まって、私
たちがやりました九八年の川崎、そして昨年には尼崎、
名古屋と今度は差しとめを認める判決が相次いだ。その意味では、司法、裁判所のレベルではこういった
自動車からの
大気汚染との因果
関係というのはもう非常に明確になっているという状態だと思います。それに加えて差しとめまで認めたということは、これはもう裁判所が現在の
大気汚染による被害というのはもはや一刻も猶予ができないんだ、こういうことを痛切に行政にあるいは
国会に対して指摘をしたということだと思います。
先般、ハンセン病の熊本判決がありまして、
国会の立法の不作為というのが鋭く指摘をされたところでありますけれ
ども、この
大気汚染の問題についても今本当に早期に、しかも
実効性のある施策を立法化するということが
国会の責務として本当に求められているのだろうというふうに思います。
ところで、今回の改正法につきましては、以上のような現状認識と、それから早期に
環境基準を本当に今度こそ達成していくんだという決意が私は欠けているんだ、そこが最大の問題だろうというふうに思っています。
本
法案に先立つ中環審の答申を見ますと、非常に象徴的なことが書いてあります。先ほど、
猿田先生はいろいろもろもろあるんで十年はやむを得ないんではないかというふうにおっしゃいましたけれ
ども、達成期限を再度十年先だというふうにしたくだりの中で、
車種規制あるいは
単体規制を初めとする各種
対策の
効果を勘案すると、五年での達成は困難が大きく、現実的な
目標設定の観点から十年とせざるを得ない、こう書いてあるんですね。これはちょっと主客転倒ではないかというふうに思うんです。
既に実施すべきメニューというのは十分に挙がっています。中環審の議論の中でも出ていますし、それから
猿田先生も加わっていらっしゃる昨年三月に出された
自動車NOx
総量削減方策の検討会報告、この中ではほとんどのメニューがもう挙がっています。それにもかかわらず、とりあえず支障のないメニューでやってみると十年かかるんだ、これでは国民に対して説明ができないんではないかというふうに思います。
余り時間がありませんので、具体的な話をしたいと思ったんですが、少しはしょりながらやります。
具体的なメニューとしては幾つかもう挙がっています。
一つは、
自動車メーカーに対する販売義務づけ
規制です。私の
資料の中に
意見書もつけておきましたので、後でごらんください。これはアメリカのカリフォルニア州で実施されているものです。各メーカーの販売
自動車の平均
排出量を
規制をする、あるいはゼロエミッションビークル、公害を出さない車の販売を義務づける、こういった施策です。
現に、
日本の
自動車メーカーも商売をしているアメリカで既に
規制を受けているその中身がどうして
日本ではできないんだろうかということが大変不思議でしようがない。その意味では、この中身は、先ほ
ども申しました昨年三月の検討会の報告の中でも販売する
自動車の
NOx
総量に係る
規制というふうにして、
設定方法はメーカー別平均値、またはメーカー別
総量というふうにきちんともう明記をされていました。
それが、中環審の中間報告の中では
規制的な手段によるんではなくて、単なる平均値をメーカーに公表させる、こういうふうに相当にトーンダウンをしました。最終的な答申ないしは今回の
法案を見ますと、メーカーに対するこういった
規制、抑制策は一切脱落をして、何も内容が入っていません。これは一体どういうことでしょうか。本来やるべきメニューは十分に挙がって検討もされている、それが
法案に挙がってこない、非常に問題だと思います。
それから、
事業者に対する使用
自動車の排出
総量規制、長々とは申しませんけれ
ども、固定発生源についてはSO2あるいは
NOxの問題で具体的な数値を各発生源に示しながらそれをクリアするための義務づけをやってきた。そういう歴史的な教訓、経験も持っていながら、
事業者に対する
規制、抑制という面では今回も非常にトーンダウンをした。単に
計画を義務づける、数値
目標は示さない、そういうことに終始をしている、大変に残念だと思います。
それからもう
一つ、これは検討会の報告の中でも挙がっていた事項ですけれ
ども、軽油とガソリンの税額格差の是正の問題です。これは、もうこの間毎回公約違反を繰り返すたびに、
環境庁の報告書が、失敗をした原因は予想を超える
ガソリン車のディーゼル化だ、こういうことを言ってきています。その一番の元凶がこの税制にあることは、もう国民周知の事実です。にもかかわらず、この点に一切手がつかないということは、これはもう全くいかがなものかというふうに思う次第です。
もう一点、
あとはDPFの装着義務づけの点です。これはまさに
東京都の
環境確保条例が大きな目玉にした点であります。DPFに関しては、技術的な問題等々ということが言われていますけれ
ども、少なくとも先ほ
どもありました軽油中の硫黄分の低減が前倒しで二〇〇三年には実現する、その時点で考えれば十分にこのDPFの義務づけは可能だというふうに思います。したがって、この点も当然盛り込まれるべきだというふうに思います。
最後に、一言注文をつけ加えますと、本
法案によって各
自治体の独自
規制の足を縛るようなことはゆめゆめあってはならないということです。
東京都に関しては今言った条例が制定をされて実施段階に至っていますけれ
ども、周辺各県、埼玉県を初めとした各県もこれに倣った動きということで報道されています。ぜひこれを縛ることのないような形で法制化をしていただきたいと思います。
もう
一つは、先ほど来ありましたけれ
ども、中間時点での
見直しです。今回つくりました、また十年お待ちください、これでは患者の命はもう目も当てられません。したがって、中間段階で今度こそ本当に進行管理を厳格にやっていただいて、しかも施策の
見直しを制度的に担保するということまできちんとうたった法改正にしていただきたい。
以上です。