○都築
委員 今の
大臣のお答えを聞いておりますと、地方公務員法の二十八条の一項の第一号は「勤務実績が良くない場合」、第二号は「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」、それから第三号で「前二号に規定する場合の外、その職に必要な適格性を欠く場合」、二十八条の一項の本則は、「その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。」実はこういう規定になっているわけでありますから、
指導力が不足をするというのは、それは心身の故障があった、そういった
状況の場合は第二号に該当するでしょうが、「勤務実績が良くない場合」あるいはまた第三号で「前二号に規定する場合の外、その職に必要な適格性を欠く」、
指導力を欠くということは適格性を欠くということにも実は該当するんではないか、そんな
思いがするわけであります。
だからこそ、本来、この分限処分といった形で
対応できるものが、実はほかの職場に移すということで回していこうということなのかなということを
考えると、私は、いかにも本来の公務員制度の仕組みを、大きくではありませんが、むしろゆがめていくような感じがしないでもない。現に今、公務員制度全般について
見直しが行われている。これは国家公務員が中心でありましょうが、しかし、恐らく地方公務員につきましてもその
見直しの
内容がいずれ
議論をされることになっていくんではないか、そんなことを思うわけでありまして、むしろ今の公務員制度そのものを根本から改めていく必要があるんではないか、そんなふうに思うわけです。
そして、私自身がここで提起をしたいのは、先ほど申し上げましたように、
出席停止の中で、本当に
学校の
先生方の負担が大変大きい。そんな中で、実は心を病むような
状況にまで追い込まれてしまう、あるいはまた、バーンアウトと言われるように、燃え尽き症候群というような
状況の中で心身ともに本当に疲労してしまって気力を失ってしまう、そういった原因も大変大きいんではないか。だから、こんな
状況に至った中で、あなたは不適切だ、不適格だ、こんなことを言われたって、教員の立場からいったら、それはたまらぬという
思いもまたあるんではないかというふうに私は思うわけであります。
今の
教育公務員制度全般を
見直していく、そして教員の皆さんが、世の中はこんなに大きく変わってきた、豊かになって便利になって、情報化も進んで、
子供たちが本当に何をやっているかわからないような
状況の中で多くの課題を抱える。例えば、
自分は
教育大学の中で国語を学んだ、あるいはまた数学の教える技法を学んだ、そういった専門の
先生が来たけれども、生活
指導だ、進路
指導だ、ありとあらゆる問題を全部面倒見てくれというふうな
状況、あるいはまた、
通知票をつけるとか成績を取りまとめるとか試験を採点するとかというだけではなくて、逆にもっと管
理事務的なものにまで目配りをしなければならないような膨大なストレスを与え続けておいて、あなたは
指導力不足だと言われたって、それはたまらぬという
思いがするわけであります。
一人の人が、教員という、教職という人生を歩む、そしてそれが
自分に合っていないという
状況があるんだったら、むしろかわりやすい仕組みといったものをつくっていく。そして、何もこんな形で、あなたは不適格ですという烙印を押されて、その後の一生をまたうつうつと過ごしていくようなものではなくて、もっとオープンな形に改めていく仕組みといったものも
考えたらいいんではないか。
だから、一つは専門分化、いわゆる分業ですね。
学校の中で、先ほどスクールカウンセラーということを文部
大臣が言っておられましたけれども、スクールカウンセラー、心理学の専門的な知識、知見を持った人、あるいはまた、実際にさまざまな
スポーツや何かをやりながら
子供たちを引っ張っていけるような人、あるいは突発的な暴力行為に及ぶような危険がある場合だったらしっかりとそれに
対応できるような人と。例えば女性の
先生だったら、国語とか音楽とか、そういったのを習ったけれども、
子供たちに本当はいろいろ言わなきゃいけない。大人の立場ですから言わなきゃいけないかもしれないけれども、中学になったらもう大人と同じような
状況の中で、大変な身の危険を感じながら、ストレスを感じながらやり続けているということ自体がおかしいんじゃないか、私はそんなふうに思うわけであります。
むしろ
教育公務員制度そのものを改めていく一つの
提案は、
学校の中の仕事といったものを、教科の
指導とか生活
指導とか進路
指導とか、あるいはまた事務的な面とか、そういったものをもっと分業化して教師の負担をもっと軽くしてあげるとか、あるいはまた、これはちょっといろいろ
議論があるかもしれませんが、私は、例えば
日本の雇用慣行自体も、もう今までの右肩上がりの、終身雇用慣行が支え切れるようなそういう仕組みはなくなってきているという
状況になれば、そしてまたたくさんのストレスが集まってくる仕組みになれば、例えば十年ぐらいの勤務期間の中で、次に任用されていく人と、むしろもう
自分は別の道を選んだらいいんじゃないかということを堂々とオープンで
議論できるような仕組みに改めていくとか、そういったものを
考えていくことの方が大事じゃないか。
私はもう一つ、私の両親も実は
小学校の教員をやっておりましたのであれなんですが、要は、今の公務員制度そのものが、人事院勧告に基づいて毎年賃金が上がって、そして、何十年勤務したら退職金が幾らで年金が幾らもらえる、そういったものを失いたくない一心でさまざまな不祥事も起こっておりますし、そしてまた、そこにすがりついてしまうという人間の特性もあるわけでありまして、そういったものが今の経済
状況、あるいはまた雇用慣行の中で本当にふさわしいものなのかどうか、そういったものも
考えた、制度全般の改革といったものに今それこそ取り組んでいかなければ、六月四日の読売新聞に出ておりますけれども、今申し上げたような、本当に抑うつ感などで休職者が大幅に増加している現状というのは解決できないし、
学校の抱える問題も解決できないと思うのであります。最後に、今の点について
文部科学大臣の見解を聞かせていただきたい、こんなふうに
思います。