○渡辺(博)
委員 次の質問に既に答えられていましたので、私の方からは質問は割愛しますが、要は、大海原、太平洋とか大西洋とかそういった中で実習するわけですから、まずは安全管理、万が一そういった事故が起きたときには危機管理体制としてしっかりと取り組んでいただきたいということはもう申すまでもありません。
ただ、その上で、こういった実習活動というのはどうしても必要であるということでありますから、この事故をもとに実習が萎縮することのないようにしていただきたいな、そのように思っております。やはり
体験学習、
体験することの重要性というものは何よりも貴重でございますので、ぜひとも、実習活動は今後しっかりとやってくれ、ただし、安全管理、危機管理、そういったものに十分対応してくださいということで推し進めていただきたいな、そのように思っております。
別の質問に入ります。
今国会は、
教育改革国会とも言われております。
教育改革の視点は、それぞれいろいろとあろうかと
思います。
教育改革国民
会議で十七の提言が出されております。そういった
一つの方向性がこれからの二十一世紀の日本としての
教育のあるべき姿として提言されたというふうに思うわけでありますが、実は
教育基本法の中に、既に
大臣や副
大臣も御案内でありますが、第一条「
教育の目的」というものがございます。読むまでのこともありませんが、あえて読ませていただきます。
「
教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び
社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と
責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」というのが第一条であります。
極めて抽象的な
表現かと
思いますけれ
ども、この
教育基本法の問題についても
一つの改革の視点という形であろうかと
思います。私はこの中で、現行法前提で
お話をさせていただきます。
それは、人格の形成ということは、もちろんこれはすべての
子供たちにも大変重要なことでありますが、さらに、人はそれぞれ顔が違うと同様に個性がある、これもしっかりと評価しなければならないというふうに思うんですね。それはまさに「個人の価値をたつとび、勤労と
責任」、この
部分にどのように今まで
文部科学省としては対応してきたのかということをちょっと考えてみたいな、そのように思っております。
昭和四十一年、既にかなり前、三十年以上前の「後期中等
教育の拡充整備について」という答申がございます。この答申の中に、既に皆さん方御案内だと
思いますが、「期待される
人間像」というものがあります。その中に「個性を伸ばすこと」ということがうたわれております。「
人間は単に人格をもつだけではなく、同時に個性をもつ。
人間がそれぞれ他の人と代わることができない
一つの存在であるとされるのは、この個性のためである。」というふうにうたわれております。人格という点では
人間すべて同一であるが、個性の面では互いに異なる、お互いにその個性を尊重し合おうということであります。そういった
表現が三十年前にされております。したがって、こういった
人間を目指していくんだということがこの答申の中でうたわれております。
さらに、これは臨教審における「
教育改革に関する第四次答申(最終答申)」昭和六十二年八月七日でございますけれ
ども、その中にも「
教育改革の視点」というのがあります。「個性重視の原則」、今次
教育改革において最も重要なことは、これまでの我が国の「画一性、硬直性、閉鎖性を打破して、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律、自己
責任の原則、すなわち「個性重視の原則」を確立することである。」というふうにうたわれております。
さらにもう少し読ませていただきますが、「二十一世紀を展望した我が国の
教育の在り方について」、
平成八年七月十九日の答申です。骨子でありますが、「今後の
教育では
学校・家庭・地域
社会全体を通して、「生きる力」をはぐくむことを重視。「生きる力」をはぐくむためにも、個性尊重の考え方は一層推進されるべき。」というふうにうたわれております。
もう
一つ、同じことでございますけれ
ども、今回の
教育改革国民
会議の報告の中にも、「一人ひとりの才能を伸ばし、創造性に富む
人間を育成する」「一律主義を改め、個性を伸ばす
教育システムを導入する」ということをうたわれております。
いかがでしょうか、
大臣、昭和四十一年に、個性を尊重する、伸ばす、こういうことを言っていながら、本当にこれが実施されてなかったというのが現状じゃないかなというふうに思うんです。したがって、この問題についてはやはり、答申が出たからそれでいいというのではなくて、具体的にどうするか、これを明確に打ち出す必要があるのではないか、そのように思うわけであります。
現在の
学校の
状況を見ますと、個性重視、個性重視と言いながらも、例えば運動会においては、徒競走において一緒にゴールに着こうとか、こういったいわゆる平等主義、間違った
意味の平等主義が余りにもはびこっているのではないか、そのように思うわけであります。
子供の得意分野や
能力を積極的に評価して、スポーツ、芸術、技能、こういったものは一人一人違うわけでありますから、そういった
教育の充実が求められているというふうに
思います。
その結果として、
進路が、それぞれの個別の
進路に結びついていけばそれが一番望ましいのではないかなというふうに
思います。大学に進学するだけを目標とするのではなく、技能を身につけ、いち早く
社会に出て働き、そしてスペシャリストとして自分の才能を伸ばしていく、こういったことも考えていかなければならない、そのように
思います。
そのためには、今現在文部省の方で手がけておるのは、小中
学校から仕事について学んだり、職場
体験を通じて働くことの大切さ、こういったものを学ばせようとしております。そうした中で、工業や商業、農業、水産業、林業などの職業
教育を専門とする高校や短大、こういったものも、時代に合った形で転換していくことによって
一つの受け皿になっていくのではないかな、そのように思っているわけであります。
さらには、こういった多様な才能をはぐくむためには、今までのように相対的評価ではなく、個人個人が一人一人学んだことを評価できる絶対評価に結びつけることが大事じゃないかな、そのように思っております。
教育は、
子供のそれぞれの自己実現のためにあるわけであります。自己実現ということは、例えばの話でありますが、花が独自にその花を咲かせる、そのようなものではないかというふうに
思います。大きな花は大きな花として美しいし、小さな花は、かわいいけれ
どもそれまた美しい、その美しさには変わりはない。こういった、お互いに尊重し合う、すばらしい
能力を醸し出す、その実現する手段がまさに
教育ではないか、そのように思っております。
そこで、長々と
お話をさせていただきましたが、まずは、
大臣が小さいころ、自分は一体何になりたいんだろうということを思ったそのきっかけ、そしてまた、その後どうなったか。その後は、
大臣になられましたからもうわかっております、思った方向にいったと
思います。思ったとおりにいかれたとは
思いますけれ
ども、まずは、小さいとき何になりたかったのかな、その辺を、大変個人的で申しわけございませんが、
お話をしていただきたいと
思います。