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廣吉参考人 北海道大学の
廣吉です。
私は、
水産経済学を専攻しておりまして、現在、その中でも
漁業構造に関する研究をしております。
漁業構造といいますのは、簡単に言いますと、
漁業の存在形態とか存続条件などにかかわる研究だということです。
既に他の
参考人の方からも
意見があって、やや重複するかもしれませんけれ
ども、私は、また違った側面から二、三、
意見を申し上げたいと思います。
基本法の
理念が示すものとかあるいは目指すべき
施策の
方向というのは是とすべきだと思いますけれ
ども、それらは、石油ショックの発生だとか二百海里体制の形成定着を見た七〇年代及び八〇年代初頭の
事態を契機に、下部の
漁業、
漁村実態において既に形成されつつあるもの、また要請されてきたもの、そういう
観点から、
水産行政
施策の中で、なお一層改善、変化が求められている
課題の
一つと思われる
多面的機能、
役割の問題について述べてみたいと思います。
多面的機能の問題は、既に新農基法の
議論の中でも、
農業の
多面的機能論ということで、その概念化が図られておりますし、
漁業でもその概念を援用していいと思います。
漁業生産活動に伴って
生産される魚介藻類、
食料以外の有形無形のさまざまな
価値をつくり出す
機能とでも言っておいた方が適切だと思いますが、その経済的な性格、特徴というのは、私は二点ほどあると思います。
一つは、これは
農業でも指摘されております、整理されております外部
効果、公共財的な側面の
機能であります。
既に、今伺っておりましたら、
上田参考人の方から、
カツオ・
マグロを
中心として、
中小漁業でも
漁業協力だとか
技術援助だとか
技術移転の
機能、
役割は大きいとおっしゃっておりましたし、また、
多屋参考人からは、
漁業の
環境モニター機能というような話も出ました。こうした外部
効果、公共財的な
機能の問題は、既に
水産基本政策検討会の中でもかなり
議論されたと私は伺っております。
離島や半島など辺境地の
産業というのは、
農業よりもむしろ
漁業であるということは周知の事実だと思いますけれ
ども、そこの地域経済、社会、
文化の
維持、
活性化の
役割を果たしてきているということは言えますし、また、
植村参考人からお話がありましたけれ
ども、
沿岸域の防災、
環境保全、
管理、その
活動の事実上の
担い手で、それに責任を持ってきた。
水難救済会や合洗追放
運動、
環境を
保全する
機能というのは、取り上げれば切りがないということがあると思います。
また、
漁業が
沿岸域
利用の
中心であるという
我が国の特徴を見ますと、
海洋の
利用、
保全、
管理に、一定の秩序形成に役立ってきた。もし
漁業がこれほど高密度に
我が国の周辺になかったとすれば、もっと異なった
沿岸の
状況になっていたと思います。そういう外部
効果、公共財的な
効果は、
農業にまさるとも劣らない
機能を持っていると言わざるを得ません。御承知のとおりだと思いますけれ
ども。
さて、それが一点目ですけれ
ども、もう
一つ、きょうはむしろ強調したいのはこの点でありますけれ
ども、二点目に、
漁業生産活動なしには、あるいは
漁業生産活動によって、
多面的機能、
役割が果たされる。
漁業あっての
多面的機能、
漁業と
多面的機能は一体不可分の側面を持つ、このことであります。
例えば、卑近な例ですけれ
ども、いそ根
資源でも、御承知だと思いますけれ
ども、寒天の原料ですが、テングサのようなものは、これは今
輸入の方が圧倒的に多くて、産地が随分崩壊しているということがあります。テングサのようなものは岩盤をひっかいて採捕するわけですけれ
ども、そういう行為がないと、良好な岩礁域が
保全、形成されません。もしそれがないとすれば、ただ雑草が生えるだけで、一たんテングサの採捕をやめた岩礁域は、ただ雑草の自然域になって、取り返しがつかないと言う科学者がおります。岩ノリやヒジキにしてもそうだと思います。
また、
沿岸の干潟域の、例えばアサリのようなものについて想像してみますと、採捕という行為は干潟を耕すという
効果がありまして、
漁場の老化の防止に大いに役立っている。何もない干潟というのは、ただそれはナチュラルな形であるだけ。そうではなくて、むしろ人の手が加わることによって、干潟域がよみがえっているということを知るべきであります。
私は今北海道に住んでおりますけれ
ども、北海道は天然昆布のメッカでございますけれ
ども、それは、ほったらかしにして、自然をそのままにしておくということではないんですね。
生産時期は一時期ですけれ
ども、
漁業者が年がら年じゅう
沿岸域を
管理しておりまして、そういうことによって昆布の
沿岸域が雑草にならずに、見事な
沿岸域として
保全をされているということがあります。
つまり、もう一度繰り返し言いますけれ
ども、
漁業の
産業的な
活動が保障されることで、初めて
環境等の社会的
機能が
維持されるということであります。このような
漁業生産活動なしには、
環境というか、多面的な
機能の
役割を果たせないという側面には、二つの
漁業固有の特徴があることも知らなければなりません。
一つは、こうした
漁業生産活動というのは、大体漁期が短く、季節性があり、希少
資源として量産が非常に難しい。
沿岸の地域住民、定住漁民が年間を通じて
管理しておりますけれ
ども、その年間を通じて収入の対象にはできないという特性を持っておりまして、もともと条件不利な性格を持っております。
それから、
二つ目は、これらの
産業というのは、
漁業生産は代替性がないということがあります。非常に代替性がないか、乏しい。
例えば、モズクのようなものを考えましょうか。モズクは、今そのマーケットでのシェアは八割、九割が沖縄産で、沖縄といえばモズクのメッカです。モズク自身は、どこでも
日本の岩礁域で採捕されたものです。しかし、沖縄以外にモズクはないかというと、あります。きょう
参考人としておいでの
植村さんは青森の御出身だと思いますけれ
ども、下北半島は優良なモズクで有名なところだと思います。例えば、下北の大間などというのは、非常に貴重なモズクがあって
評価されております。それはほかにはありません。定番商品としてマーケットを席巻している沖縄モズクとはまた違った意味で消費に迎えられているということがあるわけです。
昆布でも同じです。北海道の昆布は、先ほ
ども申し上げましたように
日本の昆布
生産の
中心的な位置にありますけれ
ども、昆布といっても一言では言えない。これはもう釈迦に説法かもしれませんけれ
ども、日高では三石昆布といい、根室、釧路の方では長昆布、それからその少し北の羅臼では羅臼昆布という特産的な昆布があり、道北の方では利尻昆布ですか、それから私が今住んでおります函館近郊、噴火湾では真昆布がとれる。何か昆布というのは、あればいいだろうというんじゃなしに、栄養塩だとか海流だとか水温の差によって非常に異なった
環境を呈しております。そこで、異なった品質の昆布がとれる。それぞれ代替性がないんですね。昆布であれば何でもいいという形になっていない。マーケットがそういう形になっている。消費の社会的
評価と一体となった差別化商品として
沿岸生産物は
生産される側面が強いわけです。
極論ですけれ
ども、
農業の棚田の
保全というのは大変重要だと思います。しかし、棚田で
生産されるコシヒカリは棚田でなければならないかというと、それは、機械化一貫体系の
農業によってもっと広大な土地で
生産性の高いコシヒカリができているわけで、もちろん棚田の米でなければならないという消費者もあるかと思いますけれ
ども、
漁業はそういった側面が、もともと非常に強い側面があるということを御承知願いたいと思います。
消費者の国内
水産物評価によって、
日本の
沿岸漁業生産は代替のきかない
付加価値生産という位置をますます求められております。
水産行政もそういう形で、
輸入への競争的共存という形で、
付加価値生産という形でそういう
方向を追求してきたわけです。そういうことがあります。
私は、こういうことで、
最後に二点ほど提案したいと思います。
一つは、今回の
基本法の中で、三十二条は
多面的機能に関して入れた非常に特筆すべき、
評価すべき内容ですけれ
ども、さらに、これは今申し上げたように、
沿岸域
漁業生産の継続によって初めて
沿岸域の
多面的機能が得られる。強い位置づけが与えられるべきだろうと思います。
ことしの白書を見ておりますと、これは百十八ページに、「
漁村の現状と
活性化への取組」の中でこういう表現をしております。「
漁業者をはじめとして地域住民が居住し、
漁業生産活動が継続的に行われることを通じ、
沿岸域の
環境保全や海難救助への貢献等の多面にわたる
役割を果たしている。」こういう表現がありまして、これは私が二点目に申し上げた、
漁業生産活動なしには実は
沿岸域の
多面的機能、
環境を守れない、そういう特殊な側面を持っているということを表現しているわけです。そういう意味で、もう少し強い位置づけを与えられてしかるべきだろうというぐあいに思います。これが第一点。
第二点目は、そうした
沿岸域のこういう一次
産業というのは、今や人間
活動と
環境という問題を考慮の外に置いて考えることはできない。そういう意味で、社会経済的な分野を、あるいは社会経済、
文化、流通、市場、こういったものを念頭に置いた研究、念頭に置いた行政を意識して
施策を進めていく、こういうことが必要だろうと思いますけれ
ども、そういう専門スタッフにアドバイズする研究領域が全く寂しい限りです。
例えば、国の段階でいいますと、
農業試験場は二千五百人の所員がおりますけれ
ども、そのうち
経営経済とか流通
利用には三百七十人ぐらいおりまして、一五%ぐらいがこうした社会科学系の人たちの部門があります。都道府県では五千三百人ほどの研究員が
農業試験場におりますけれ
ども、そのうち六百六十人ぐらいが
経営経済とか流通
利用の分野におります。
もうこれも釈迦に説法でしょうけれ
ども、
水産関係は主に九つの研究機関があるというのは御承知でしょうけれ
ども、その中で、約四百名の研究員のうち中央
水産研究所のたった九名が
経営経済部研究員であって、これは二・三%、そんな程度です。都道府県では寂しい限りで、全体の千二百名の研究員の中でたった九人です。
こういう
状況に置かれているということに思いをいたすと、こういう専門スタッフ、行政マンをアドバイズしていく研究というのは非常に必要だと思います。
時間が超過しました。(
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