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都築委員 おはようございます。自由党の
都築譲です。
まず、
坂口厚生労働大臣には、今回の
熊本地裁判決に対する
控訴断念に至るまでの御努力に、心から敬意を表したいと
思います。
ただ、私
どもの
立場からすれば、実は今回の
判決内容はまことに当たり前の話でありまして、当たり前の
控訴断念に至るそれまでの過程がこれほど大きく報道された、そのこと自体が、今日の日本の社会の閉塞
状況といったもの、あるいはまた
人権の取り扱い方、そういった
状況を端的に示しているのではないのかな、こんなふうに思うわけであります。
きょうは、先ほど来、例えば家西
議員初め、なぜ今日まで放置されてきたのか、そういった指摘が行われておりますが、私もこの観点について、立法の不作為が今回の
熊本地裁判決の中で指摘をされたわけでございまして、立法府の活動のあり方、こういった観点から
幾つかお聞きをしたい、こんなふうに思っておるわけであります。
しかし、実はこの
委員会の形式自体が、極めて、立法府の
責任あるいは不作為、そういったものを議論するにはふさわしくないしつらえ方になっているなとつくづく思うわけでありまして、先ほど来の
お話を聞いておりましても、各
質問の
皆様方が、それぞれ
厚生労働大臣にお聞きし、また
厚生労働省の
局長さん
たちにお聞きをするという形で議論が進んできている。
ただ、この十年の間に随分
幾つか改革が行われ、そして党首討論というものが行われ、あるいはまた
政府委員制度といったものが
廃止をされる。こういう
状況の中で、政治家同士が、大いにお互いに
国民の声をしっかりと聞いて議論を闘わせ、
国民の耳にわかる声でしっかりと
政策を議論し、そしてそれを
政策として実現、実行していく、こういう改革が行われてきたわけでありまして、そういったことを
考えると、まだまだこの
委員会の仕組み自体も大きく本当に変えていく必要があるのではないか。そんな観点から問題を提起いたしたい、こんなふうに思っております。
そして、実は一番の大きな問題は、例えば
昭和二十八年の
らい予防法が制定をされたときの審議記録を私も読ませていただきましたが、それぞれ本当に国
会議員の
皆さんがちょうちょうはっしと議論をされておられますが、その答弁に当たるのはほとんどが当時の
厚生省の医務
局長さんとか公衆衛生
局長さん
たちでございまして、政治家というのは、冒頭に趣旨説明をやる、それから最後の段階で
厚生大臣が、たしか山県さんという方だったと
思いますが、出てこられて大所からの
お話をされるということで、ほとんど
政府のお役人と国
会議員との討論というふうな形になっておったわけであります。
そのことを
考えると、先ほど
坂口大臣が、
法律については自分は、こういうふうな
お話をされておられました。
坂口大臣は実はお医者さんでございますから、医学的な
専門的な知見はたくさんおありだろうと
思います。また逆に、
法律問題あるいは
訴訟問題、こういった分野については、それぞれ長い
議員の経験がおありですから、十分御経験等知識を集積されておられると
思いますが、それでも、法務省とか
厚生省の
法律を
専門に預かってきた
皆さん方の意見というものが強く出てくると、実際にどうなのかなという戸惑いを覚えられたのではないのかな。そんな中での、大変呻吟をされた御苦悩の中から今回こういう英断に至ったということは、本当に御苦労さまです、こうつくづく思うわけであります。
ただ、私自身は、そういう問題を実は議論してみたい。すなわち、
専門性といったものを今ほとんど役所が独占をしているのではないか。先ほどの家西
議員のエイズの問題にいたしましても、厚生関係の医学、薬学関係、あるいはまた、例えば道路一本つくる、公共建築物を一本つくるときの建築技術の問題、それからまたさらに、予算をつくる。さまざまな問題について、
専門性というものがほとんど役所の官僚機構の中に独占をされてしまって、それで運営をされているのが今日のこの国の現状ではないのかな、そんなふうに思うわけであります。
先ほど金田
議員が指摘をされておられましたが、
控訴断念の
政府声明の中に、立法府の不作為行為について
政府声明がなぜ言及をしているのか、
国会に御相談があったのか、こういうことを指摘されましたら、これまた
厚生省の
局長さんが、それぞれ衆議院、参議院の事務局の方に問い合わせをして、返答がないとか、保留する、こういう
結論だった、こういうことでございました。
では、国
会議員は一体何をやっていたのか。自分
たちのみずからの問題ではないのか、それを事務局に全部だれが一任をしたのか、こういう議論だって実は出てくるし、結局、
国会を預かっておる事務総局の、これまた
言葉は失礼かもしれませんが、役人の
皆さんと
政府の役人の
皆さんが
お話しになってこの国全体を運営していってしまっているのではないのか、こんな感じさえ実は覚えてしまうわけであります。
今、この
ハンセン病訴訟に対する
国会決議がまだ与野党の間でまとまらない。立法府の不作為、そういったものについて、謝罪とかは認められるけれ
ども責任までは認められない、こういう議論でとんざをしているという
状況が続いておるわけでありまして、このこと自体、私自身は本当に残念だなと
思いますし、本当に長年にわたって
強制隔離をされ、
差別と
偏見の中で苦しんでこられた
患者さん、元
患者さん、そしてその
家族の
皆さんたちの御苦労あるいはまた大変な
苦痛といったものを
考えると、一人の国
会議員として、本当に申しわけありませんでした、そういう
思いがするわけでありまして、そういう
思いをなぜ国
会議員が
国会で堂々と表明することができないのかということをつくづく思うわけであります。
少し前置きが長くなってしまいましたが、そんなことで、こういった
国会の仕組みのあり方そのものをそれぞれもっと本当に変えていく必要があるのではないか、こんな観点から
幾つかお尋ねをいたしたいと思うのであります。
まず、事実関係として
幾つか御確認をさせていただきたい、こう思うのでありますが、
一つは、例えば戦後の
国会においても請願といったものが幅広く認められるようになりまして、私がいただいた資料では、この
ハンセン病関係について、
療養所の待遇改善とか
施策の
充実とか、あるいはまた、そもそも、
らい予防法のあり方についての請願などがたくさん実は指摘をされ、請願をされてきたわけであります。
そして、私自身がずっと見てまいりまして、
一つ、
昭和三十九年でございます、第四十六回
国会に、二件の
らい予防法の改正等に関する請願、一八九六号、同名の第二七七九号、この二本が提出をされ、これはいずれも採択をされておるわけです。
この請願の要旨は、「
ハンセン氏病医学の定説を無視し、
患者の
人権を不当に侵している
らい予防法をすみやかに改正するとともに、次記事項について
措置されたい」というものでございまして、「(一)長期の
隔離生活から解放された退所者のために、退所支度金、生業資金、住宅及び就職のあつせん等について十分な保障を行うこと、(二)誤つた
強制収容、
隔離政策によつて受けた
患者の損失を補償すること、(三)
病気をなおすための
医療を
充実し、あわせて
療養生活全般の改善をはかること、」などなどの実は要望項目が出され、そして、当時の社会労働
委員会、私も記憶をしておりますが、恐らくこういった請願の取り扱いについては、会期末に
理事会に、これだけの請願がこの会期中には出されました、それについて要旨はこうであります、そして
政府の
考え方はこうでありますということを、社会労働
委員会の
調査室がよく整理をされ、そして
理事の
皆さん方にお諮りして、採択、不採択というものを決定されていっただろうと思うのであります。
そのときの
厚生省の回答でございますが、「一、「
らい予防法」の改正については、制度的に目下
検討中である。 二、一部すでに実施の運びに至つているものもあるが、今後さらに改善に努力したい。」などと、
措置の改善についての提言について回答しておりました。それで採択に至ったわけであります。
実は、こういう、役人の
皆さんに全部お任せをしている、こういう
状況の中で起こりましたが、しかし一番の問題は、では、
昭和三十九年に、一九六四年、オリンピックの年でありますが、あの年に、「制度的に目下
検討中である。」ということを
厚生省の方は
理事会に対して回答をした。それから、
らい予防法が
廃止される一九九六年まで、実に三十二年間かかってしまった。一体何を
検討されておられたのか。そして、立法府は、この請願を採択したことによって、もうそれで何か
一つ仕事は終わったと思ってしまったのではないだろうか。
そういうところに、実はみんな役人の
皆さんにお任せをしてしまう今の立法府の仕組み自体が今回の
熊本地裁の
判決で厳しく指摘をされたのではないかと私は思うのでありますが、まず
厚生労働大臣の御見解をお伺いいたしたいと
思います。