○日下部禧代子君 私は、社会
民主党・
護憲連合を代表いたしまして、ただいま
議題となりました
議長不信任決議案に対しまして、
賛成の
立場から
討論を行いとう存じます。(
拍手)
まず、冒頭でございますが、
先ほど反対討論で
自民党の吉村
議員はこのようにおっしゃいました。
野党が
斎藤十朗前
議長の
あっせん案を拒否したからあっせんが不調に終わったと、そのようにお聞きいたしました。そうですね、
皆さん。(発言する者あり)
しかしながら、それは事実と違うことを強調しておきたいと思うのであります。
斎藤十朗前
議長の
あっせん案につきましては、十七日午後十時に開かれました各派代表者
会議で、
与党側は
あっせん案を受け入れないと回答なさったのでありますが、
野党側は
議長に対してなお調整に
努力するように求めたのであります。
斎藤十朗前
議長のあっせんを断ったのは
与党側なのであります。この事実を私は声を大にして
国民の
皆様に知っていただきたいと思うのであります。(
拍手)
さて、本日の本
会議で第二十三代
議長に選出されました
井上裕さんは、
議長就任に当たりまして、
国民主権の
原則を大切にしながら、
公正無私を旨として、
議院の正常かつ円満な
運営を図り、もって本院の
権威の
高揚と
使命達成のため、
全力を尽くす
覚悟でございますと、その決意の一端を述べられたのであります。
議長の
権威保つことかなわず、
議長の職を辞さざるを得なかった
斎藤十朗前
議長の
思いを受け継がれまして、いかにして
言論の府である
参議院の
権威を確立するか、そのことが
井上新
議長の任務であり、
井上議長の
思いもそこにあったと思うのでございます。
そのことをおもんぱかって、そのことを今から申し上げようかと
思います。私
たち社会
民主党・
護憲連合も、事の
経緯は別といたしまして、
与党第一党から
議長を選出するというこれまでの
与野党で確立されましたよき
慣例に従い、
井上裕さんに
投票したのでございます。
しかし、残念なことに、
井上裕さんは、その舌の根も乾かないうちに、
与党の口車に乗せられたのか、あるいは事前に
与党とお話し合いがあったのか、
公職選挙法の一部を改正する
法律案の本
会議採決を強行するためのベルを押されたのであります。
与党の
言いなりで、どこが
公正無私、どこが
参議院の
権威の確立でございましょうか。
議長も
与党の
暴挙に手をかす
法案処理マシンなのでありましょうか。
井上裕さんの行動は、
良識の府
参議院の
議長の
職責の重さにかんがみてまことに不
見識であり、到底
議長としての任にたえ得るものではないと断ぜざるを得ません。(
拍手)
私個人といたしましては、
井上裕さんのこれまで高い御
見識、お人柄を非常に尊敬を申し上げておりました。それだけに、今回の
井上新
議長のなされましたこと、残念で残念でたまりません。悲しくさえ思うのであります。
そもそも今回の異常
事態のきっかけはどこにあったのでございましょうか。一つは、
久世公堯前
金融再生委員長の大型やみ献金問題にあったのであります。比例区順位を上げるために三万三千人分の党員の党費の立てかえに使ったという、その献金問題でございます。
与党三党は、金で票を買っている、そのような疑惑を
国民から隠すため、
拘束式
制度自体に問題をすりかえようとしたのであります。
もう一つは、本年六月の総
選挙の結果であります。
自民党初め
与党は大きく
議席を、支持を減らしました。このままでは
参議院選挙が危ない、それには有名人のお名前を利用させていただいて票を稼ぐしかない、そのためには
拘束式では都合が悪いというものであります。しかも、非
拘束式にすれば、補助金交付団体などの支持団体を最後までフルに働かせることができる。まさに、
与党の
党利党略であり、個利個略の
暴挙と言わざるを得ないのであります。
言うまでもなく、
選挙制度は
主権者である
国民の代表を選出する
ルールであります。
議会制民主主義の根幹であります。選ばれる側の勝手な思惑で、しかも多数の暴力で変えてしまってよいものでは決してありません。
しかるに、
与党は、本年二月二十五日の各派代表者
会議における当面現行
制度を維持するという
合意を一方的に踏みにじる
暴挙に出たのであります。
この
合意は、
自民党の須藤良太郎さんを座長とする
参議院選挙制度改革に関する
協議会の結論を受けたものであります。九回にわたって真摯な論議を尽くした
協議会の
報告書は、「これらの抜本的な
改革は、次回の
通常選挙に間に合わせることは時間的に困難である」ことから、「当面は現行の
比例代表制と
選挙区制という
制度の基本的な枠組みは維持することを前提としつつ、何らかの
改革を行う余地があるかどうかを検討することとし、抜本
改革案については、
参議院の役割と在り方を踏まえつつ引き続き検討が行われるべきであることで
意見が一致した。」とあるのであります。
そして、「非
拘束名簿式又は
拘束・非
拘束混合方式は、旧
全国区と同じように個人本位の
選挙となり、金がかかるとともに過酷な
選挙運動を強いられるおそれがある」、「
拘束名簿式は政党が
参議院議員として相応しい識見ある
候補者を立てることができ、そのことを通じて
国民の多様な職域を代表する者が
議員となることができる」、「この方式には積極的に活用する余地がある」といった
意見があったことが記されております。
そして、「現行の
拘束名簿式
比例代表制の仕組みそのものを改めるとなると抜本的な
改革となり、その実現は容易でないことから、当面は現行の
拘束名簿式
比例代表制を維持することを前提として
議論を進めることとなった。」と明瞭に記述されているのであります。
与党は、そのような
合意はなかったとおっしゃっておりますが、振り返れば、
選挙制度に関する
協議会で
与党側は次のように発言されているのであります。
思い出していただきたいと存じます。
比例代表制は公平に
議席に反映させるということを大事にしていくべきだ、
拘束式も捨てたものでもない、その持ち味を大切にすべきだ、党全体の流れとしては
拘束式だ。
国民会議方式を打ち出した実績がある。党なりの
良識で、
拘束式のよさを発揮しようとしたものだ。
制度としてはなかなかのものであろうと、これは
自民党の野沢さん、公明党の魚住さんの御発言でございました。お忘れではないと
思います。
政治家の
言葉とは軽いものであってはなりません。
政治家が
言葉をくるくると変えるようでは
国民の
政治不信をますます募らせるばかりでございます。
そして、
与党は、
選挙制度に関する
特別委員会の設置を強行、我が党などの
反対を押し切り、
議長に
野党委員の指名を強行させるという前代未聞の
暴挙を重ねたのであります。しかも、
民主主義の根幹にかかわる
選挙制度を
与党だけのわずか四日間の
審議で
委員会採決を強行、
暴挙にさらに
暴挙を重ねたのであります。
民主主義の土俵を決める
ルールを
民主主義的
ルールを否定して強行する、これ以上の
参議院つぶし、
議会制民主主義の破壊があるでありましょうか。
与党が一方的に
導入を打ち出した非
拘束名簿式自体、民意にかなうものであるどころか、票の横流しによって有権者の民意を踏みにじる
制度でもあったのであります。しかも、非
拘束名簿式の
導入は、残酷区、
銭酷区と言われた旧
全国区を再現し、金権
選挙の再来につながるおそれがあります。そして、政党と
国民とのきずな、結びつきを深めるという
比例代表制導入で期待されました理念そのものも否定することになり、政党みずからの存在価値自体を問われかねないものとする
制度改悪であります。まさに時計の針をはるか昔に戻してしまうことにほかならないのであります。
全国区のひどい実態を知るため、かつて
全国区から
拘束式
比例代表制に
選挙制度が変えられるときの
議事録を私は読み返してみたのであります。非常に私は勉強になりました。私はその当時まだ国政の場に身を置いておりませんでした。非常に国政を批判する
立場にいた時期でもございました。したがいまして、今回改めて
議員の
立場になりまして、この一九八一年、昭和五十六年十月二十一日の
会議録を読み起こしてみまして、大変な参考、そしてまたそのときの御発言に対して尊敬の念を強めたのでございます。
その御発言、これは当時の
公職選挙法改正に関する
特別委員会における
会議録でございます。大変参考になるので、本当に全部
皆様に御披露したいと
思いますけれ
ども、一九八一年当時、まだ
議員でなかった私のような方々もかなりいらっしゃると
思います。かなりの部分を御参考までに紹介させていただきたいと
思います。(発言する者多し)
これは非常にすばらしい発言からスタートしております。
本来
参議院は、
衆議院とは違った視点で
政治に取り組まなければなりません。すなわち
参議院こそ
良識の府でなければなりません。それだけに深い理性と高い道義の
政治理念に立って、私心を捨てて国家百年の大計のもとに堂々と政策を論じ、院としての高い
見識を示すことによって
国民の
政治に対する安心感と信頼を得なければならないと私は考えます。しかし、それとはほど遠い現実に直面し、私は内心じくじたる
思いを持つと同時に、その解決策を模索してきた一人であります。
全くこれはもう感じ入りました。御発言の主は若き日の
村上正邦さんでいらっしゃいます。
さらに続きます。
日ごろから私、
村上先生を御尊敬申し上げております。この
会議録を拝見いたしまして、さらにその尊敬の念を強めたところでございます。
まだ続きます。
しかし、御承知のとおり
参議院の実態については、残念ながらミニ
衆議院あるいは
衆議院のコピーなどとの批判の声を耳にすることはまことに遺憾なことであります。私は、こうした現状を脱却するためには、
参議院の
選挙制度、とりわけ
全国区
選挙制度に根本的なメスを入れるときがきたのではないかと痛感するものであります。私自身
全国区
選挙を闘ってきた者の一人でありますだけに、その
思いはひとしお深いものがあります。
現行の
全国区
選挙は、国全体が一つの
選挙区であり、八千万人を超える有権者に対して
選挙運動をやらなければならないという世界でも最も類例のない
制度でありますだけに、資金の面においても
候補者の精神的、肉体的消耗度においても想像を絶するものがあります。残酷区とも言われます現行
選挙制度
これはそのときのですよ、
全国区で。
の陰で、われわれは多くのりっぱな先輩が病に倒れるのをかいま見、また失ってもまいりました。これはまさに国家的な損失にほかなりません。さきの
選挙においては
当時の
民主党の
向井長年議員が、(「民社党」と呼ぶ者あり)当時、民社党。当時、
民社党の
向井長年議員が
当選の報を待たずに開票半ばにして息を引き取られた悲しい出来事は、私の記憶に新しいところであり、同じ
選挙を闘った者の一人としていまも私の胸に熱いものが込み上げてまいるのでございます。このような犠牲を再び繰り返してはなりません。
加えて、一般有権者にとりましても、現行
制度は
候補者をよく知りその政見を十分に聞くこともできないまま百人を超える
候補者の中から一人を選択しなければならないという、まことにわかりにくい
選挙となっておりますことも大きな問題点であります。
さらに続けていらっしゃいます。
こうした実情にかんがみ、わが自由
民主党にあっては、昭和三十七年以来
参議院選挙制度の
改革について検討する正式機関を設けてこの問題に取り組んでまいりました。今回その
努力が
拘束名簿式
比例代表制を採用する改正案としてまとまったことは御案内のとおりであり、私は諸先輩の御
努力に深く敬意を表するものであります。同時に、私はこの改正案の実現こそ
参議院改革の大きな第一歩となるものと確信いたすものであります。
少し飛ばします、まだございますけれ
ども。
事実、現行
制度のもとでは、私は
与野党を問わず莫大な資金を要することは必然であると
思います。たとえば、単純に計算しても、百万票を目標にしたとき、その地盤培養
行為としての後援会
名簿は常識的に三百万以上を集めなければなりません。そのためのパンフレットの製作費用、さらに三百万名の
名簿を対象にして一回はがきを出すと
これは当時でございますね。
郵送料だけでも一枚四十円で一億二千万円を要します。これだけではありません。事前の告知ポスターの製作費、私の経験からいきましても
候補者が
全国各地を一通り
あいさつするのには約二年間の月日を要します。これにかかるところの交通費、さらに
全国的に設けられます後援会事務所設置に要する費用等々、後援会活動だけでも数億の資金が必要となってくるのが通例であります。手弁当、カンパ、ポスターを張る人件費が奉仕にいたしましても金がかかることには違いがないものと
思います。
こうした実態に対して、金がかかるのではなく、金をかける方が悪いのだという
意見もありますが、私はこれは逆だと
思います。このはがき代一つの例をとりましてもわかりますように、これは
全国が一つの
選挙区で、しかも八千万に上る有権者を相手にしなければならないという現行
制度そのものに起因する問題であると
思います
というふうにおっしゃっているのでございます。
私は、当時でもこのように大変なお金がかかったんだな、今度はもう、今一枚のはがき代におきましても当時より随分上がっております。これは計算し直すとどういうことになるのかと。頭の悪い私、計算能力がないのですけれ
ども、とにかく大変なことだということだけは非常によくわかったものであります。
もう一つ、大変にこれは私が参考になったものでございますが、もう少し引用させていただきたいと存じます。
参議院制度創設当初、その大きな目的の一つが学識経験者等の有為の人材を立法府に迎えるということでありました。しかしながら、現行
制度においては、もはやテレビ等にのべつ幕なしに出演し、
国民大衆に名の知られた有名人でなければ、有為の人材といえ
ども当選することはほとんど不可能にすらなっている現状であります。この点、
全国区
制度創設当初は今日のようなテレビの普及は全く予期しなかったことであり、状況は全くさま変わりしているのであります。こうしたことから考えましても、政党が責任を持って
候補者名簿を作成するという今回の改正案の方が、たびたび
提案者も申しておられますように、いわゆる出たい人よりも出したい人をという本来の趣旨にかなった
制度であると私は考えます
というお
言葉でございます。もう本当に私は感服しながら読ませていただいたわけでございます。
まだまだ非常にこれは長く続くのでございますが、
村上先生はこのようなお
言葉も述べていらっしゃいます。私もおりましたイギリスのお話でございます。これ、私の
言葉ではございません。
村上先生でございます。
イギリスの著名な
政治学者で
政治家でもありましたジェームズ・ブライスは、民主
政治とは弾丸にかえるに
投票用紙をもってする戦いであるとの名言を残しております。ブライスの言った弾丸にかわる
投票用紙をもってする戦いの
ルールの根本をなすものが申すまでもなく
選挙制度であり、その改正は政党の盛衰を左右し、
議員の死活にかかわるものであります。それだけに
選挙法の大
改革は、戦争に負けたとき、革命があったときなどいわゆる
政治制度そのものに大きな変革があったときに行われてきたのが世界の通例であったと承知いたしております。
というふうに、これも私、大変に勉強になったことでございます。
本当に感心をいたしてもっともっと御紹介申し上げたいのでございますが、ところが、どうしたことでございましょうか。
与党が決めたから、後は勝手に
与党だけでやらせてもらう、院内で積み上げてきた
ルールは関係ない、
議長が何を言おうと関係ない、文句があるんだったらやめたらいいじゃないか、
議長の
権威をもみじんにも思わない今回の
与党の姿勢こそ
民主主義への挑戦であります。
村上先生のあの御発言は何だったのでありましょうか。今こそ、私
たち全員が襟を正してこの御発言をもう一度
思い起こすそのときではないかと思うのでございます。(
拍手)
今や、
議会制民主主義の死、
良識の府
参議院の自己否定、そのような今回の状況を、我々一人一人の
議員が、
村上先生のこのお
言葉を胸によみがえらせながら考えねばならないまさに今そのときではないかと思うのであります。もうこれ以上、数の力で
選挙制度をみずからに都合よく変更する
暴挙が繰り返されることのないことを、
議員の一人といたしまして、国政の場に
国民の
皆様から送っていただいた者の一人といたしまして、心から願うものでございます。
さらに、ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団との関係で明るみに出た
村上先生の疑惑、本当に残念でございます。
久世問題に見られるように、今回の
暴挙は、まさに票と順位を金で売買する残念ながら
自民党の金権体質を覆い隠し、ますます
政治と金との癒着を厚くさせるものであります。
正常化のための
努力を一切拒否し、しゃにむに、なりふり構わずに
委員会採決まで持ち込み、
議長のあっせんすらはねのけ、詰め腹を切らせ、本
会議採決を強行しようという自公保
与党三党の無謀な暴走をこれ以上続
けさせてはならないのであります。こうした暴走を一つ一つ許すことが日本の
民主主義をますます危うくさせるものであります。
もう一つ申し上げておきたいことがあります。比例区
制度、これは女性の一人である私としてどうしてもつけ加えさせていただきたい。
北欧諸国、スウェーデンやデンマークなどの北欧においては女性の
議員は
議員のほぼ半数にまで迫っております。それはどのようにして達成されたか。これは比例区
制度を
導入したそのことが大きなきっかけになっていることを申し添えさせていただきたいと思うのであります。
どうしても、社会的な地位ということから見ても、女性が大きな組織を持っているということはほとんどないわけであります。金をたくさん持っている女性、それもまあ、これはないだろうと思うのであります。そうなりますと、やはり女性が国政の場に進出していくそのためにも、どうしても私はこの比例区という
制度は大きな大きな歴史的な意味を持っていたというふうに思うわけでございます。(
拍手)
私は、
先ほど村上先生のイギリスの
政治学者ジェームズ・ブライスの
言葉をお引きになりました。私は、もう少しさかのぼりまして、十九世紀のイギリスの思想家ジョン・スチュアート・ミルの
言葉を
思い出しております。
このようにジョン・スチュアート・ミルは十九世紀において言っております。他の人々を強制してその道を行かせるような権力は、他のすべての人々の自由や発展と相入れないのみではなく、強者自身をも堕落させることになるという
言葉が、今、私は、古くはなく、新鮮な輝きを持って私の心によみがえってくるわけであります。二十一世紀を目前にしている今、日本の
議会政治の成熟度は十九世紀以前ということになるのでありましょうか。
私は
教育者の一人でありましたし、そして新しい
議長はかつて
文部大臣でいらっしゃいました。今、このような
国会のありさまを私
たちの後に続く若い世代に何と言うのでありましょうか。
私は、
教育者としての、かつて
文部大臣をなさいました新
議長のお心をもう一度お聞きしたいのであります。本当のお
言葉をお聞きしたいのであります。あのベルを押したのは間違いであった、自分の今までのすばらしい経歴に汚点を残すことになった、そう思っていらっしゃるのではないのか、私はそのように考えております。
社会
民主党・
護憲連合は、
主権者である
国民の
皆さんの自公保
与党三党に対する厳しい審判を期待いたしまして、
賛成討論を終わりたいと
思います。
ありがとうございました。(
拍手)