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参考人(千葉一美君) それでは、
少年問題に多く接することのある
弁護士として、本
法案について
意見を述べさせていただきます。
先に述べられました
被害者の
方々がおっしゃいますように、今回の
法案については、
被害者への配慮ということで、記録の閲覧、
被害者等に対する通知、それから
被害者の
意見についても聴取できるといった
被害者救済の規定が入ったことは、これはとても前進としてとらえるべきだと思います。今回の
少年法改正の
議論を通して、
被害者の
方々のいろいろな思いがこうやって国民の間に浸透して、それらが国会等で審議されるようになったという状態はとてもプラスの面だったと思います。
さらに、
被害者の方としては、司法手続への参加ということで、
審判にも
出席して、実際にどのような
審判が行われるのか見てみたいといった希望も非常に強いと思います。
これにつきましては、
少年の
審判手続ということに対する理解というものを
一つ私はここで述べさせていただきたいのですけれども、
少年の
非行事件が起こった場合には、まず逮捕、それから取り調べを受けますけれども、それから家庭裁判所に回されまして調査官の調査、それから鑑別所における技官のいろいろな心理分析、鑑別が行われて、それから
審判ということになります。
刑事手続と違うところは、これらの
審判手続の中では、すべての事実認定及びその
少年に対する調査なども、
少年の
保護矯正をやりながら事実認定を行う、そういった特殊性を持っております。
一つの事実については、これがあったかなかったかという問題だけではなくて、そのときに
少年はどういう気持ちだったのか、あるいはどういう事情からこういう行動を起こしたのか、そういった背景を探るということも含めて、それから
少年の心を開かせるといった技術も含めて、いろんな
審判手続が行われます。
したがって、最後の
審判廷でも、やはり
裁判官が一対一で
少年と向き合って、
少年の心を開かせて、それから
少年の反省を促す、そういった手続も同時に行われるものですから、やはりそこに
被害者の方がおられると、なかなか
少年の心も乱れて素直な反省がそのまま出てくるかどうかといった心配もございますので、非公開という原則はそのまま持続させていただきたいと思います。
しかし、現在の時点でも、矯正の現場に
被害者の視点を導入する。例えば、
被害者への手紙を書くとか、あるいは矯正施設に
被害者の方に来ていただいて、
被害を受けたときの心持ちがどういう
状況だったのか、
被害者の方としてはどのようなこれからの行動を
少年に対して望むのか、そういった指導
方法も導入されるというふうに聞いております。さらには、実際に
被害者と対面して、そのときの
被害者の気持ちを聞く、それによって自分がどういう
犯罪を犯したのかということを自覚する、修復的司法というふうに呼ばれていますけれども、そういった手続も採用されるということで、私どもも考えております。
被害者救済、
被害の回復といった、これは
犯罪被害者共通の
課題があります。実際に、身体的それから精神的に受けた損害に対する賠償問題、あるいは精神的な後遺症に対してカウンセリングなどのケアを行うこと、そういった問題につきましては、
少年非行だけではなくて、
犯罪被害者一般に共通する問題として今後も国民のすべてが考えていかなければならない問題だと思います。
私としては、法律家の
立場としては、現
法案については、ただ、今まで述べたような前進性はあるにしても、そのほか非常に問題がある点が多いというふうにも考えております。そのことについて述べさせていただきます。
まず、
厳罰化に対しまして、
少年は
凶悪化している、したがって厳罰で対処しなければ今後どうなるかわからないといった
議論がされました。しかし、まず量の問題として見ますと、さまざまな
統計資料が出ておりまして、今回もこの
参考資料の中に、「
少年犯罪の現状」とか、あるいは
法制審議会でも詳しい
統計資料なんかが出ております。
それを見ますと、やはり全体としては、実際この議員提案による
改正をしなければならないほどの
凶悪化、量的
増加というのは認められないのです。これについては、例えば
殺人が去年に比べてことしの方がふえているとか、あるいは
凶悪犯というのは
殺人、放火、
強姦、
強盗の
犯罪を言いますけれども、この中で
強盗は近時
増加ぎみであるとか、そういった一部的な動向はあるにせよ、全体の動きとして見るならば、決して今
改正を早急に急ぐほどの
増加はないと私は考えておりますし、一般的にもそのように言えるのではないでしょうか。
しかし、これに対して質の問題としましては、現在、昨日までは普通の
子供と思われていた層から、突然の非常に問題となるような犯行をするという事態が起こっております。これに対しましては、裁判所調査官などの現場などではボーダー論と言いまして、日常生活の中では見えないけれども、生育とかそれからいろいろな育ち方の過程で特殊な考え方しかできない人格を持つ
子供というのがふえている。そういう人格の偏りを持った
子供がふえていて、それがある
一つの要因をきっかけに爆発的な犯行を起こす、そういった傾向が見られるようになっております。
さらに、
被害者から加害者への転化という問題もあります。
平成十二年四月二十八日の読売新聞の記事によりますと、補導、逮捕された
少年の八割が過去にいじめとか
犯罪被害の経験を持つと。そういった従来いじめを受けた側の
少年たちが今度は加害者として転化していく、そういった事態も存在します。
これに対してどういった対策を講ずるべきかといいますと、これについては、こういった
少年が育つ基盤の問題ではないかと思うんです。
一つは、やはり現在の家庭とか親子のあり方、あるいは学歴
社会の中で教育のゆがみが生じていて、その教育の中で生ずる人格の偏りだとか、それからさまざまな文化的な問題だとか、あるいは両親が夜遅くまで働くことによって
子供たちが家庭において
保護されない、そういった労働
状況の問題など、これは
大人がつくり出した基盤から生じている
非行、そういったとらえ方をすべきではないかと思います。
さらに、先ほども申しましたボーダー的な
少年たちの処遇対象としては、従来的な矯正と、それから医療
少年院へ送ってそこで精神病的な病質について治療するといった対処ではもう足りなくて、その
中間的な新しい処遇形態を考案しなければならないんではないかと思います。それについては、やはり調査官とか専門家の育成とか分析、それから専門家の処遇が必要になってくるのではないかと思います。
先ほど申しましたように、
被害者とか地域的なつながりを持った修復的司法の導入と、それから専門家による分析、処遇という、この二つの両立した二輪のうまい兼ね合いによって
少年の
非行というのを処遇していくべきではないかと思います。
さらに、この
法案についての問題と思われますのが
刑事処分年齢の引き下げ、それから原則逆送などの
厳罰化の問題だと思います。
先ほどから出ていますように、厳罰というのはどういう
意味なのかということが
一つ問題になります。従来、この提案なんかを見ますと、刑事手続は厳しい罰で、それから
審判手続は軽いんではないか、そういったふうにとられている向きもあるし、国民もそういうふうに考えているところがあるんではないかと思います。
しかし、私どもから見ますと、刑事手続は確かに公開の法廷で、それから検察官に糾問的に突き詰められて、それは
少年にとって非常に厳しい罰ではないかというふうに一見は見えますけれども、
少年自身の内面からは非常に受動的な処遇なんです。
少年は、いわばこれは頭を下げていれば通過できる儀式と言っても過言ではない面があります。
それに対して、
審判手続というのは、先ほど申しましたように、実際に調査官の面接、それから鑑別所での技官との面接調査、それから
裁判官との面接、その間に常に自分の犯した
犯罪についての
意味とそれに対する自分の自覚、
あとそれに対して今後どうしていくかといった問題提起がされるわけです。本当に厳しいということを考えるならば、やはりこれは常に自分の犯した
非行と向かい合わさせられる、そういった
審判手続の方がより高度な厳しい罰だというふうには考えられないでしょうか。
それから、先ほど山口さんの御
意見にもありましたように、
刑事処分年齢の引き下げの問題は、これは中学生を
少年刑務所に送るということを
意味します。結局、中学生というのは義務教育であり、国家が責任を持って教育をするという
年齢であります。それに対して、教育の現場から引き離して
少年刑務所に送ってしまうというのは、これは国家がもう教育権を放棄したということになるのではないでしょうか。
これに対して、十六歳までは
少年院に置いて、十六歳を過ぎたら
少年刑務所に送るといったフォローがなされているようですけれども、これはちっともフォローにならないと思います。
刑務所に行かなければならないという前提として
少年院に行った場合、これは
少年の心として、素直に自分がここで一生懸命反省して、それで自分の反省によって
社会に出ていこうと、そういった気持ちになれないからだと思います。やはり
少年院の方としましても、実際の
少年院でやる矯正と
あと少年刑務所に行っての矯正というものの連続性がなかなか難しいものになるのではないでしょうか。これらの接ぎ木的な処遇では決して
少年の矯正にはならないというふうに考えます。
次に、原則逆送の問題ですけれども、これはこれまでの家庭裁判所の
判断に対する非常に不当評価じゃないかと思います。これは裁判所が怒らないのが私は不思議なような気持ちがしています。
これまで
日本における
少年非行の
再犯率は非常に低いです。これははっきり言って低いし、諸外国に比べても低いです。それから、
少年院出所後の
再犯率も二〇%前後に抑えられています。五人のうち四人はきちんと矯正を受けてそれから
社会に復帰しているといった
状況をあらわしています。これらはやはり家庭裁判所の
保護処分がうまくいっていることの結果ではないでしょうか。
家庭裁判所の例えば逆送と逆送しないという
判断については、実際に
判断が間違っていて矯正がうまくいっていない、それであるならば逆送と逆送でないものの原則と例外を逆転させろといった
議論は当然出てくるんだと思います。ところが、実際に処遇がうまくいっている、その前提としての逆送、非逆送という
判断も正しいという前提であるならば、何でこれを逆転させなければならないのか。そういったことに対して、提案者の
提案理由は全く合理的ではないというふうに考えます。
それから、今回の
法案では、二十条一項で調査の結果
判断した場合は逆送できるというふうにしながら二項で原則として逆送しなければならないといった、非常に矛盾した規定の仕方になっていますが、その二十条一項に対して
家裁調査官の調査が原則的に入るのかどうなのかというところも、これは議員の
方々にははっきり確認してほしいところなんです。
現在は家庭裁判所の調査というのはほぼ全件に入って、その家庭裁判所の調査官の調査とそれから
裁判官の
判断によって逆送か逆送しないかというのが決まっています。であるならば、家庭裁判所の調査官の調査が入るのであればそこで妥当な調査が行われるはずですから、それを無理に原則逆送しなければならないといった形で無理やり逆送させることの
意味はどこにあるのかというところをはっきりさせていただきたいと思います。
それから、先ほど武さんの方から出ましたように、事実関係をはっきりさせたいと、
被害者の方は本当にそう思われると思います。それについては、
一つは現在の
少年非行、
少年犯罪については事実を争う
事件がほとんど二割以下であって、
あとは大体事実関係については問題がないという
状況になっております。したがって、事実をはっきりさせたいということの多くはこの
審判過程についての情報を与えられることによって知ることができるのではないかと思います。
あと一割から二割の非常に事実認定が困難な事案、それについては確かに、山形マット
事件以来、裁判所からも言われておりますし、それから現場の
裁判官あるいは
弁護士なんかでもそういった
議論をしている面はあります。これに対しては、実際、今の例えば
審判手続でも、
裁判官の研修あるいは
裁判官のいろいろな配置、それから調査官の調査活動をもっと自由に認めることによってフォローできるのではないかといった
意見もあります。
これに対しても、非常に事実認定が困難あるいは
少年が事実を争う場合には、やはりこれについては場合によっては今の
審判手続ではなくて新しい制度を考えた方がいいかなと私なんかは思うこともあります。ただし、それについては、今回の
法案のように検察官を
審判の補助者として参加させるあるいは合議制をとるといった
方向は誤りだと思います。
なぜかと申しますと、
一つは合議制自体がやはり
少年の心を開くのを難しくさせるのではないか、そういうふうに考えています。従来のように、
裁判官と一対一で
裁判官の働きかけに応じて
少年も心を開いて自分の犯した罪を語っていくという形態がなかなか三人だととれなくなるのではないか、そういった疑念が生じます。
さらにその上に検察官が関与するということになると、もうこれはもってのほかだと思います。検察官という職業は
犯罪の追及者です。
犯罪を糾問するのが仕事なわけです。検察官を協力者として
審判廷に入れた場合、実際はもう
裁判官が検察官の
意見に非常に影響を受けて左右されると、そういった現実的な
状況になっていくのは明らかではないかと思います。
一つは、
少年の
審判には、実際、
大人の刑事手続で認められている証拠法則とか、
あと起訴状一本主義、それらの
保護規定は全く適用されていません。それはなぜかというと、
裁判官が
少年の
保護者的
立場に立って、すべての事情を考慮した上で、それから
少年の将来の
保護育成に対してどういった処遇が一番妥当なのか、そういう高所の
観点から
判断できるようにということで排除されているわけです。
ところが、実際に今回のもし
改正が実現しますと、捜査の書類はもう際限なく裁判所に上がってきているんです。その書類を見ますと、付添人たる弁護人が見てさえも
少年の悪性というか、それに対する立証資料がもう山ほど上げられるわけですね。しかも、その証拠能力については全く限定がなくて、すべての資料が上がってくる。それに対して検察官が
審判廷に参加して
少年の
非行について糾問するわけです。こういう図式は、
大人の
犯罪者よりも非常に不利な
立場に
少年を追いやることになります。そうしますと、これはもう憲法三十七条一項に言う公平な裁判所とはとても言えないというふうに私は考えます。さらに、やはり子どもの権利条約で認められている公平な裁判を受ける権利、あるいは三十七条に認められている権利なんかにも抵触するおそれがあるのではないかと思います。
したがって、もしこの
法案が実現していくようになりますと、実際、例えば
弁護士の
立場としては、憲法違反あるいは子どもの権利条約に違反している、抵触している、場合によってはそういった問題提起をしていくことになるのではないかと思います。
では、事実認定にはどのような裁判所がふさわしいのかということにつきましては、私の方で資料に出しておきました「行財政研究」の一番最後から二ページ目に「「フルセット型」家庭裁判所モデル」という形で家庭裁判所のあり方というのが図式に示されていますけれども、これから家事
事件については、人事訴訟については、地方裁判所で行われている訴訟を家庭裁判所におろしてくるという、そういう人訴移管の問題が今
議論されるようになってきています。それとリンクする形で、
少年事件についても裁判部を家庭裁判所に設けたらどうか、そういった構想があります。そうしますと、
審判部と裁判部の間の送致の関係とか、あるいは送致されても、現在
少年法五十五条で逆送された
事件でも
審判に戻すという規定がありますけれども、実際に今は死んでいるわけです。それがもっと柔軟に行えることができるんじゃないかと。
それから、家庭裁判所の調査官というのは
少年事件に関するプロなわけですけれども、実際、逆送されてしまうと、地方裁判所では家庭裁判所の調査官が関与できないといった問題があります。ところが、この形によりますと、逆送された
事件についても調査官が調査に入ることができる、そういった利点があります。こういった形もいろいろ考えることができるのであるから、今拙速に
少年法を
改正して、先ほど言ったような憲法違反とか子どもの権利条約の違反とか、そういった火種を抱えるような
法案をそのまま通すことがあってはならないと思いますので、よく慎重に審議していただきたいと思います。
以上です。