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参考人(
ぬで島次郎君) おはようございます。
三菱化学生命科学研究所で
研究員をしております
ぬで島次郎と申します。よろしくお願いいたします。
私は、
研究所は分子生物学の
研究所ですが、私自身の
研究は
先端医療技術を
中心にした
科学政策研究で、
社会科学系の
人間でございます。その
政策研究者として内外のこの種の
政策を比較
研究してきた者として、きょう御
意見を申し上げます。
お
手元に「「
クローン法案」の
問題点と望ましい代案」と記しました一枚紙をお配りしてあると思いますので、その要旨に従って申し上げます。
衆議院を通過した
クローン法案、
政府が提案した
法案には幾つか重大な問題があると何人かの
方々が指摘されております。そのうち、私が問題であると考えることを順に申し上げます。
まず第一、
ヒトクローンを
禁止することはいいとしても、この
法案は
ヒトクローンの
禁止の仕方が人の
生命の
尊厳の十分な
保護にはならないと考えます。法の
内容として
説明されていることと本当に書いてあることがどうもずれているような気がいたします。と申しますのは、この
法案は、結局、一部の
特定胚を
母胎に移植することだけを禁じ、その前の
クローン胚とか
キメラ胚とか、そういう胚をつくることを広範に認めております。これは
クローン類似研究というのを国が
法律でもって認めた
世界でも非常に珍しい
クローン研究容認法ということになっております。これは、私は、
科学技術会議小委員会の
答申の線を超えている
部分があると考えますし、
文部省告示の線を超えている
部分もあると考えます。つまり、
審議会の
答申が正しく
法案に翻訳されていないのではないかと思います。
詳しく申し上げると時間がとられますので、
一つだけ例を申し上げますと、例えばこの
法案は、
動物の
細胞核を
人間の卵に植えて、そこから胚をつくるということを認めております。しかも、それを
母胎に移植することを
禁止しておりません。
幾ら研究の自由とは申せ、ここまで認めるのでしょうか。私もこの小
委員会のメンバーに加わっておりましたが、その
答申を幾ら読んでも、そこまで認めるとは書いてございません。
また、
文部省の
告示というのは既に
クローン研究において出され、
大学等で広く守られております。その
告示では人の
クローン胚の
作成は
禁止されております。認められておりません。しかし、この
法案はその
文部省告示の線を否定して、人の
クローン胚をつくることは認めております。その辺がちょっと私はおかしいのではないかと思う次第です。
よその国でも、例えば一番最近出たものでは、
ヨーロッパ連合が、人の
クローン胚の
作成を
禁止するべき、あるいはまだ時期尚早で認めるべきではないというような
ヨーロッパ連合の
倫理委員会が
答申を出しております。
この
クローン禁止の仕方のもう
一つの問題は、
科学技術会議が進めておられる施策が、この
法案はごく一部でありまして、同じ人の
生命の
始まりを
操作する
研究でありながら、
クローン、
キメラ、ハイブリッドだけは
法規制をすると。そうではない、
ヒトの胚をすりつぶして
胚性幹細胞というものをつくる、この
研究は法の対象から外して
行政指導のみで
規制しようと。それ以外の、
生殖医学などで広範に行われている
ヒトの胚をつくったり使ったりする
研究は公には無
規制と。そういう
トリプルスタンダードがこの
法案の
政策の全体像であります。これも
日本だけの人の
生命の
始まりに対する
倫理の
使い分けではないでしょうか。こういう
倫理の
使い分けを国民は認めるでありましょうか。
クローンは
クローンだから
禁止だというだけでは不十分であって、
クローンというのは認められる人の
生命の
操作の範囲を超えているから
禁止なのであると考えます。
ところが、
政府法案では、第一条、「
目的」というところで、人の
生命の
尊厳に関する
内容として、だれかのコピーではない、コピーされないということと、
人間以外のほかの
動物とまぜられないという
二つが書いてございます。それだけが人の
生命の
尊厳でしょうか。コピーされない、ほかの
動物とまぜられない、それだけが人の
生命の
尊厳なのでしょうか。
生殖医療、
生殖医学分野においては非常に広範に
生命科学の
進展の中で人の
生命の
操作をやっております。そのどこまでが許され、役に立ち、認めるべきであるのか、そういう包括的な
議論が必要であります。にもかかわらず、
クローン法案はそうした必須の検討を回避していると言わざるを得ません。
特に、
衆議院では、
無性生殖だから
クローンは
禁止なのだと、
クローンだけ特別扱いする
理由を
説明する
議論が多かったようですが、それでは
有性生殖なら何をやってもよろしいのでしょうか。
例えば、
代理母というのがございます。これは胎外で
ヒトの胚をつくってそれを使う、
ヒトの胚の
作成と使用の仕方の
一つのバリエーションです。これを
禁止するということについては国民の
コンセンサスはあるように見えますし、厚生省が検討しておる新
規制案でもそれは
禁止されているようです。
代理母は
有性生殖であります。ですから、それだけでは
クローンは
禁止ということには、ほかのものは
禁止しないでいいということにはならない。また、
禁止とは言わなくても、ほっておいていいとは思えないわけです。
もう
一つ、現在の
クローン法案の大きな問題として、この
法案は、人の
生命操作に対して
倫理の規定というのがない
法案になっております。この
法案を一字一句よく読んでいきますと、まず第二条、「定義」というので十何ページもございますが、その
内容は、
一般人はおろか、発生学、医学の専門の
研究者にも理解不能な用語が並べられております。
科学にない言葉が貫かれております。
規制されるべき当の
研究者にも理解できない定義というのは、適切なのかどうか疑問です。
そういう理解不能な用語と手続の規定、
届け出ろというような、それだけを定めた
法案で、
特定胚のごく一部を
禁止する、
母胎への移植を
禁止するという条項があるぐらいでございます。
倫理を定めた規定がない。
届け出制にするということは、すべて認めながら、それでもまだ認められないものはあるわけですから、その判断の基準というのが
倫理原則ということになります。それがどう読んでもこの
法案にはきっちり書いてない。
その具体的な
倫理原則は、
衆議院でつけられた附帯決議の中にしかございません。その
衆議院の附帯決議の
内容は、認められる人の
生命の
操作の
研究、
ヒトの胚の
研究とは、事前に基礎実験が繰り返され、
人間でやる
必要性と妥当性が認められること、それからその
ヒトの胚の材料となるもとの精子、卵子などを提供した御本人から、ちゃんと何々に使うと
説明し、同意をとるということ、そして
研究に用いる
ヒトの胚と卵子というものはやりとりをするときは無償にする。つまり、お金でやりとりしないと。そういう
倫理原則が附帯決議にしかないというのは大変問題ではないでしょうか。
こうした
法案が通ると、極端な話を申し上げますと、例えば
日本では
ヒトの胚や卵を売り買いしても
法律で罰せられない国だと
宣言するに等しくないでしょうか。
臓器の売買は
臓器移植法で
禁止されております。それと矛盾しないでしょうか。心臓や肝臓は売買してはいけないけれども、卵や胚は売買していいとは言わないまでも、
法律で罰しないというのは整合性を欠くのではないでしょうか。
厚生省でも
生殖医療の
規制が進められており、医療
目的において
ヒトの胚を
作成、使用することについて一定の
規制が進んでおります。そういう
規制が進んでいるということ、あるいは
クローン法案のようなものが必要だということは、人の命のもとをいじくる
研究に対しては何らかの
規制が必要だという
コンセンサスは医療分野でも
研究分野でも煮詰まってきているのではないでしょうか。
その厚生省の
生殖医療規制案でも、
ヒトの胚の医療
目的でのほかの人への提供を認める方向です。そして、
科学技術会議でも、
クローン法案とは切り離した形で、ES細胞
研究、
ヒトの
胚性幹細胞、マスコミで万能細胞と言われているものの
研究のために
ヒトの胚の提供を認めております。
そうすると、不妊治療
目的でのほかのカップルへの提供と、それ以外にまだ
生殖医学の
研究目的での提供というのもあります。そしてさらに、それ以外のES細胞
研究のような産婦人科と関係ない
研究目的での提供、そのどれが優先して、どういう順番で、だれが現場で
説明と同意をとるのでしょうか。厚生省、それから
科学技術会議、どちらの
審議会もそうした優先順位とか、かち合うということを想定しておりません。そのためのルールがございません。このままでは
ヒトの胚が生まれる現場で混乱が起きて、
研究者と医療者と、それぞれのほかの患者とかと胚の取り合いということにもなりかねないのではないでしょうか。これは非常に避けるべき事態であると考えます。
ですから、少なくとも
科学技術会議の事務をやっている
科学技術会議単独で指針をつくるのではなく、厚生省など、ES細胞
研究、
ヒトの胚を使う再生医学の
研究に予算をつけている関係省庁共同で
研究の指針をつくり、共同の
責任で
審査、管理するべきではないでしょうか。
ヒトゲノム、
ヒトの遺伝子の方の
研究ではそういう四省庁共同の
倫理指針の策定というのが進んでおります。
ヒトの遺伝子も命のもとです。
ヒトの胚や卵も命のもとです。であるならば、同じ
程度の扱い、共同所管にしていただきたいと考える次第です。
最後に、結論を申し上げます。
今、
生命科学が急速に
進展し、ついに来世紀は
生命科学の世紀になるのではないかと言われ、さまざまな
生命操作が現実のものとなったこの新しい世紀を迎える現時点で、
クローンを
禁止するだけでは対応できないと考えます。本来あるべき筋の
規制というのを一刻も早く実現していただきたいと思います。
その筋とは、
ヒトの
クローンをつくることを
禁止するのは、
ヒトの胚をどこまで
研究目的でつくったり使ったりしていいかという
ヒト胚
研究規制の一環として行われるべきで、
ヒトの胚の
研究規制は、その
ヒトの胚をもたらすもとになっている生殖補助医療の
規制の一環とするべきだというのが本来あるべき筋であり、
ヒトの
クローンの
禁止を
立法化したほかの先進諸国が実現してきた筋であります。
日本だけがその筋と違う
政策をとる
理由というのは本当にあるのでしょうか。
そして、これは
一般法では全くございません。
生殖医療、生殖技術という非常に限定された
個別法であって、十分個別的である。そういう
意味では、先ほど
位田先生がおっしゃられた
日本の法伝統にも合致したものだと考えます。
クローン法案は、
衆議院での
審議の結果、見直し規定が修正され、さらに膨大な附帯決議がつけられました。その
内容を解釈するならば、
クローンの
禁止だけではだめで、
ヒト胚全体の扱いも検討して見直すべしというわけですから、今述べたような包括的
規制の
必要性が認められたものと私は思います。
ですから、三年以内というふうに言わず、もうそこまで
必要性を
衆議院も
認識され、こちらでも
認識されることと考えますので、三年後と言わず今から検討をして、一刻も早く、来年にでも実現すべきではないでしょうか。生殖補助技術
規制、
ヒト胚
研究規制の中で
クローンを
禁止するという
政策の筋を実現するために、ぜひ良識の府である参議院で継続
審議にし、慎重な御検討をお願いしたいと思います。
以上です。ありがとうございました。