○小林
参考人 御紹介を受けました南山大学の小林武でございます。
憲法学の研究に従事をしております。本日、
発言の機会を与えられましたことにつきまして、
会長を初めとして
委員の皆様に感謝いたします。
憲法は、主権者である
国民の作品でございます。九十六条が、
憲法改正の
発議権を
内閣には付与せず、
国民代表議会に限定いたしまして、その採択は
国民みずからが行うことを定めているのも、単なる
手続ではなくて、
国民が
憲法をつくるというその原理を表明したものにほかなりません。
私は、そのような地位にある主権者
国民の一人として
発言をしたいと思います。
公述を求められました
テーマは、二十一
世紀の
日本のあるべき姿というものでありますが、これにつき私は
憲法研究者の立場から考えをめぐらしました。九月以降のこの
テーマの
参考人に
法律家がほとんど含まれていないことにやや不思議の感を抱きつつ、私は
法律論、
憲法論にほぼ終始する
お話をいたします。
以下、お配りいたしました簡単なレジュメの項目に沿って進めたいと思います。
まず一では、二十一
世紀の
日本像に関する
憲法調査会としての検討はいかにあるべきかを述べまして、次いで二で、この半
世紀余りの我が国
憲法をめぐる
状況、特に
憲法の実現にさまざまな
影響を及ぼしてきた要因について検討いたしまして、その上で三で、二十一
世紀の
日本において
憲法を生かす
条件は何かということについて述べたいと思います。
一に入りますが、さて、二十一
世紀の
日本のあるべき姿という
テーマは、推測いたしますと、いわば二十
世紀のたそがれにたたずんで新
世紀のあけぼのをこの目にとらえようという趣旨から設定されたものであるのかもしれません。また、
日本の姿なる言い回しは、今は人口に膾炙しております司馬遼
太郎氏のこの国のかたちという表現になぞらえたものとも思われます。
それは、この作家が
日本について四季折々感じたことを盛り込む器を
意味するものとして使い始めたものでございまして、いわば融通無碍の用語であります。それだけに、いかようにも用いることができるものです。つまり、
統治の
仕組みを指すものとして使用されたり、また、それに飽き足らず、いわゆる国家の基本問題を含むものとして、この国の形と心として使う、そういう例も見受けられます。
私は、差し当たりここでは、姿あるいは国の形というこの言葉を、
憲法の諸原則の示す社会と国のありよう、その
意味で
憲法構造を示す言葉として用いたいというふうに考えております。
この国のありようが、
世紀転換点の現在、さまざまな立場からではあれ、広く論じられております。もとより、時の流れは自然の経過でありまして、新
世紀を迎えると必然的に
日本の姿に新時代が到来するというものではありませんが、今二十一
世紀の
憲法構造を
展望しておくことは、
憲法調査会にとっても必要な
課題であると言えましょう。
ただ、
日本のあるべき姿をほかならぬ
憲法調査会が
調査をするというとき、それは当然ながら
憲法に照らして
調査するのでなければなりません。逆に、もし
日本国憲法の五十年余りの歩みと切り離して国の未来像を描き、その描いた姿から
憲法を点検して、そこからの乖離を指摘して
改正の必要を説くなどといった方法をとるのであれば、それはまさに本末転倒であります。
国会法百二条の六に基づきまして、
日本国憲法について広範かつ総合的に
調査を行うことが本
調査会の任務である以上、なされるべきは、
憲法の半
世紀を客観的に検証して、それが実現され、また、実現を阻まれた要因を明らかにし、その上で二十一
世紀においてこの
憲法を生かしていく
可能性を追求することでありましょう。
また、
憲法に対する評価を行うとき、
憲法現象は自然現象ではありませんから、各人がそれとどのようにかかわってきたかが問われます。とりわけ
国会議員は、主権者
国民の代表者としての権限を授けられた地位にいて
憲法の実践に当たっておられるわけでありますから、
憲法に対して日々、
国民一般とは比較にならない強い
影響を及ぼし続けてきたのでありますから、みずからが、またその属する各
政党が、この半
世紀の間、
日本国憲法に対していかなる
態度をとってきたのかということが格別に重要な問題となると思います。したがって、そのことと切り離して、あたかも
憲法に対する審判者のごとき高みに立ってそのあるべき姿を論じることはできないと思います。
憲法は
制度疲労を来しているという
言い方もよくなされるわけでありますけれども、その場合、
憲法が疲労を来すほどそれを使ってきたのかどうかということを振り返る必要があると思います。また、本
調査会の
会議録を見ますと、いわゆる新しい人権を
憲法典に挿入すべきであるとの主張が少なからずなされておりますが、その場合も、これを主張する
委員方が、またその所属する
政党が、これまで、例えば環境権の実現に汗を流したことがあるのか、逆に、それに非好意的、さらには阻止的な
態度をとってこなかったかどうかを顧みないまま主張されているのは、いささか奇妙な感がいたします。すなわち、議会において
国民の代表者がする
憲法論議は、各自がこれまでどのように
憲法を解釈し、
政策化してきたのか、その実践について
国民に対する責任を自覚した上でなされなければならないと私は考えるものであります。
なお、付言いたしますが、先日、少年法
改正が、必ずしも十分な審議を尽くさないまま衆議院において可決となったようであります。思えば、少年法は、次の
世代とこの国の未来にかかわる代表的な立法であります。本
調査会で未来を論じている以上、せめてこうした立法は、
国民がさまざまな
意見を反映できる時間をとり、それを踏まえて各会派、各議員のできるだけ広い合意を追求すべきであろうと思います。
国会で行われていることは少々不整合、ばらばらではないかという印象を受けている次第であります。
(2)に入ります。
憲法調査会は、
国会法上、さきに触れましたとおり、
日本国憲法について広範かつ総合的に
調査を行う
調査機関として位置づけられておりまして、加えて、その趣旨を運営の場で具体化するものとして、議案提出権がないことを確認し、
調査期間はおおむね五年程度をめどとするとした申し合わせがなされているわけでありますが、これは、本
調査会が作業をする際に絶えず立ち返るべき基本ルールであります。このことは、
政治的動機は別にいたしまして、改憲の
発議はもちろん、それを
目的にした
調査もできない旨の法的束縛をみずからに課したことを
意味すると思います。
一九五〇年代に
内閣に設けられました旧
憲法調査会の場合は、当時の
憲法調査会法第二条で「
日本国憲法に検討を加え、
関係諸問題を
調査審議し、その結果を
内閣及び
内閣を通じて
国会に報告する。」と定められておりました。これは、そもそも
内閣は
憲法改正について原案といえども提案権を持ち得るのかという
憲法九十六条にかかわる問題を引き起こしたのでありますけれども、ともあれ、そこに言う審議は、議決を含むものと解されておりました。
このたびの本
憲法調査会は、
国会に設置されたもので、
法制度上は
発議権を持つ機関とすることも可能でありました。そのことを承知の上でみずからの権限を制約されたわけでありますから、本
調査会はそこからくる窮屈さに耐えなければならず、そしてそうすることこそが法治主義に忠実な
態度であるというべきであると私は思います。
それにもかかわらず、本
調査会のこれまでの
会議録には、拝見いたしますと、三年目には
調査会として新しい
憲法の概要を示す、五年目には新しい
憲法の制定を図るという趣旨の
発言が一再ならず記されております。そこでは、法の定めとみずからの申し合わせが顧みられておりません。法治主義への誠実さが求められるのではないでしょうか。
本
調査会の
役割は、あくまで
日本国憲法について
調査する、つまりその誕生と半
世紀の運用
実態及び新
世紀における運用の
可能性を、ほぼ五年をかけて客観的に
調査すること以外の、またそれ以上のものではありません。現行
憲法を改定するとの結論を積極的に出すことを本
調査会は禁じられているわけであります。もし改定が必要だというのであれば、おおむね五年をかけてするこの
調査の後に、新たに別個の場と
手続を設けるべきであって、それが法治主義の最低限のルールであると考えます。
活動開始後、これまで十カ月近くをけみした本
調査会は、
会議録を拝見いたしますと、その
実態において、あたかも
憲法改正調査会の様相を呈しております。例えば、本
調査会のする
調査は改憲
目的のものであり、護憲の立場を貫くことは
憲法調査会の本旨にもとるという趣旨の
発言まで出されております。護憲、改憲、いずれの立場を選択するかは各
委員の自由に属する
事柄でありますけれども、さきに申しましたとおり、
憲法調査会のありようは法に基づいて定められているのであって、その本旨を言うのなら、それは
日本国憲法についての客観的
調査にほかならないのであります。この点を強調しておきたいと思います。
なお、私は、本
調査会の活動計画、特に
調査テーマの設定をより体系的なものとされますよう望んでおります。これまで、
憲法の制定経緯から入りまして、戦後の主な違憲判決を一べつし、ヨーロッパ四カ国の
調査を経て今般の二十一
世紀論へ進んでいるわけであります。参議院の
調査にも同様の印象を抱くわけでありますが、それはさておきまして、本院の
調査にも必ずしも十分な
体系性が見出せないように思われます。
特に、違憲判決の
テーマにつきましては、
内容上、学説や下級審で違憲とされた法令を合憲と
判断した多数の最高裁判決を対象としなかったということに加えまして、最高裁の当局から説明を聴取するものでありましたから、三権分立や司法権独立の原則からしても、
国会の
調査権が限定されざるを得ないこととなりまして、しかも一度限りの
調査でございました。果たせるかな、この
調査について
会議録を拝見いたしますと、中身はほとんどなく、結局、
憲法裁判所制度の導入のためには改憲が必要であるとの主張を最高裁に認めさせたということだけが浮かび上がってまいります。
違憲審査の
あり方は、本来
憲法調査会が取り上げるべき最重要の
テーマの
一つでありまして、特に、
憲法価値の実現を阻む大きな要因となってきた最高裁判決を広く俎上にのせて
調査すべきであると考えます。この点は、後に私なりの角度から少し検討いたします。
二に移ります。
日本国憲法が
現実政治と乖離したものになっているとの
議論は、本
調査会でもしばしば出されております。この見解は、多く九条を取り上げまして、しかも自衛隊を合憲とする立場のものであります。自衛隊が合憲なら
憲法との乖離はないはずでありますが、論理の整合性にはとんちゃくせず、乖離を埋めるために改憲が必要だと説かれるわけであります。
確かに、
国民の実生活は日々進展し、変容を遂げますから、その
意味では、
憲法のみならず法規範はすべて、その制定の直後から古くなっていく宿命を持っていると言えます。そうであるからこそ、
日本国憲法も、変えてはならない幾つかの原則、つまり
改正の限界を示しつつ、九十六条の
改正条項をみずからの中に置いているわけであります。しかしながら、我が国の場合、そのような通有の
事柄に解消することのできない事情があることを見過ごすわけにはいかないと思います。つまり、単に古くなったのではなく、
政治の側が
憲法からの乖離をつくり出してきたのではないかと言わざるを得ない点であります。
すなわち、
政治の舞台における改憲の
動きは、周知のとおりでありますけれども、
日本国憲法制定から間もない一九五〇年代前半に早くも登場しております。当時の第三次鳩山
内閣は、改憲に必要な議席を獲得すべく小選挙区制の導入を図りましたが実現せず、改憲は一とんざを見ました。五六年に
内閣に設けられた
憲法調査会が第一次岸
内閣のもとで
動き出した五七年から最終
報告書を提出した六四年までの間も、改憲の
動きは活発でありました。しかし、この旧
憲法調査会は改憲の可否に関する統一見解を示すに至らず、そのため、
憲法典そのものの
改正、つまり明文改憲の主張は後景に退き、その後七〇年代末まで、
憲法を
政治方針に合わせて解釈する、いわゆる解釈改憲が主流になりました。明文改憲論は、八〇年代、特に第三次中曽根
内閣の時期に再び高まり、そして九〇年代に入っての高揚が今日の
状況へと続いていると言えます。
このような極めて大まかなデッサンからでも、少なくとも次の二つのことが指摘できると思います。
一つは、政府及び政権
政党が一貫して、みずからがそのもとにおいてのみ成立しているはずの
日本国憲法に好意的でなかったことであります。
国民の多数が戦後一貫してこの
憲法を支持してきたことと対照的であります。改憲は歴代政府のまさに宿願でありまして、そのため、改憲論議は戦後
憲法史を彩るものであり続けてまいりました。
これにつきまして、それにもかかわらず、改憲論議はタブーで、
日本国憲法は不磨の大典とされているなどと説かれることがよくありますが、それは、事実を正しく
認識していないか、あるいはこれらの言葉を誤用したものであるというほかありません。また、もしそれが、これまで少なからぬ
大臣が改憲
発言で辞職をしたことをとらえての指摘であるとするならば、九十九条の定める国務
大臣等の
憲法尊重擁護の義務についての無理解を物語るものというべきでありましょう。
もう
一つは、歴代政府のとった解釈改憲の手法が法治主義を逸脱している点であります。
法は、解釈により
意味充てんされるものでありますから、それは許される枠の中でなされるということになります。しかし、政府の
憲法解釈の幾つかは、明文改憲が実現できないがために、それにもかかわらず
政治目的を実現させようとしてとられたものでありますから、その解釈は
憲法規範の許容する範囲にとどまるものでなく、それを歪曲する結果をもたらしました。そのため、法を守らない政府への
国民の不信頼と
憲法軽視の風潮が助長されたと言わざるを得ないのであります。とりわけ、第九条に関する政府解釈は正当性を持たないものでありまして、九条をめぐって圧倒的多数の
憲法学説が、個々の学者の
政治的立場と全く無
関係に、現在に至るもなお政府解釈と対立しているのはそのゆえなのであります。
今日の我が国の改憲論の大きな問題は、
憲法の遵守に努めてきたというその実践の積み重ねの上で
改正に進むというわきまえを持つものではなくて、
政治課題の実現を優先させて
憲法を歪曲してきた経緯に立って、その
現実政治に合わせて
憲法を変えようとするところにあります。それゆえ、少なくとも現在では、改憲は純粋に理性的な
テーマとはなりがたいと思われます。また、したがいまして、解釈で
憲法を裏から潜るより表からその
改正を唱えた方がよいという、それ自体はまことに異論のない言説も、それが今述べたわきまえなしに説かれるときには、受け入れることをためらわざるを得ないのであります。
結局、
憲法と
現実の乖離は、我が国では、このような歴代政府の
憲法に対する姿勢によって増幅されてきた
事態なのであるということを否定することができないのではないでしょうか。私は、違憲の
現実に
憲法を合わせようとするのではなくて、今こそすべての
政党、議会における
国民代表のすべてが、
憲法を実現しようという法治国家、法治主義から当然に帰結される原点に立ち返ることが求められていると思います。
本
調査会の担う任務は、そのような姿勢を持って、この半
世紀余り、各
内閣、各
政党が
日本国憲法に対していかなる
態度をとってきたか、その具体化にどのように努めてきたか、また
国民は
憲法についてどのような要求を出し、それは実現されたのかどうかなどにつきまして、条文ごとないし問題ごとに客観的かつ詳細に
調査し、それを
国民に、中間的なものをも含めて逐次報告することにあると考えます。そのための期間として、五年は長過ぎるものではありません。五年をかけてでき上がった浩瀚にして水準の高い報告が、
国民が将来の
憲法のありようを決定するときに資するものとなるならば、本
調査会はその歴史的使命を立派に果たしたことになると私は信じます。
なお、あわせて、
憲法改正について最近説かれていることで、気がかりに思うところを二点申し上げます。
一つは、九十六条の定める
憲法改正手続の軟性化を説く
議論であります。その一例は、
国民投票を削除し、
国会の発案要件も三分の二を単純多数決にすべしとする、近くは本
調査会の欧州
調査の際に塩野七生氏が述べられたもので、かなり多くの
委員もそれに同調されたやの新聞報道がありましたが、これはそれほど単純なものではありません。とりわけ
国民投票を除くことは、
国民主権の原則と抵触いたしますから、
憲法改正の限界に当たるものとして、
改正対象になり得ないとするのが
憲法学の通説であります。
もう
一つは、外国
憲法の
改正の回数に注目して、改憲は常識である旨説く論法であります。これは、他国の
憲法との比較において我が国を論じる場合の比較
憲法のルールにかかわる問題でありますが、言うまでもなく、その国の歴史や
制度を十分に踏まえていることが大原則であります。
スイスを例にとりますが、なお、本
調査会では私のつたない論文を参照してくださった由で、研究がこのような形でお役に立ち、大変うれしく思います。それで、このスイス連邦
憲法の場合、百二十六年の歴史の中で毎年一回を上回る部分
改正を経験しているわけですが、それを見ますとき、そのほとんどが連邦と州、私の訳では邦でありますけれども、この連邦と州の間の権限分配にかかわる
条項である点が重要であります。つまり、スイスでは各州が今なお主権国家たる性格を持ちまして、したがって、本来州の権限事項であるもののうち、
憲法によって委譲された権限のみが連邦のものとなるという
仕組みをとっております。したがいまして、新しい
行政課題が登場するたびに権限分配が
憲法上の
テーマとなるわけであります。このようなその国特有の連邦制のありようが、
憲法改正がしばしば行われる主な要因であります。したがいまして、こうした
事柄を考慮せずに彼我を結びつけて説くことは、率直に言ってほとんど
意味がないのではないかと思われるわけであります。
(2)に入ります。
我が国の
憲法体系において最高裁が
憲法の番人と言われるのは、まさにそれが違憲審査権を持つ最終審であるがゆえです。最高裁がこの権限を望まれる姿で行使してこそ
憲法の実現が可能となるわけですが、この半
世紀余り、とりわけ立法府と最高裁の
関係には大きな問題が見出されるように思われます。
本
調査会でさきに最高裁当局から開陳された戦後の主な違憲判決についての説明からもその一端がうかがわれます。
すなわち、そこでは十一件の違憲
判断が紹介されておりますが、
法律を違憲としたものは、分類上問題のある関税法の第三者所有物没収事件、これを含めましても、刑法の尊属殺重罰規定、薬事法の距離制限規定、森林法の分割制限規定及び公選法の衆議院議員定数配分規定の五種類にすぎません。定数配分については、そこで挙げられた一九七六年の判決の後、八五年にも違憲判決が出ておりますから、それを数えれば、最高裁が
法律を違憲としたのは今日までに六つの判決となります。
我が国違憲審査制の五十三年間に法令違憲の判決がこれだけしか出されていないという事実が、もし
国会のする立法の
憲法的水準がかくまでに高いものであることを物語るものであるのならまことに慶賀すべきことなのでありますけれども、遺憾ながらそれは、最高裁の立法府への、総じて
政治部門への過度の寛容をあらわすものだと言わざるを得ないと思います。
すなわち、最高裁は、学説により、またしばしば下級審においても違憲の疑いが付されてきた法令につきまして、合憲の祝福を与え続けてまいりました。公務員の労働基本権及び
政治活動の自由の制限、選挙における文書規制や戸別訪問禁止、集団示威運動の許可制、外国人登録の際の指紋押捺強制、社会保障給付における併給禁止、また、民法上のいわゆる非嫡出子への相続の不均等規定や女子のみの再婚待機期間
制度などなどについて、それらをすべて合憲としてきたわけであります。
さきに違憲判決の例として最高裁当局が挙げた衆議院の議員定数不均衡にいたしましても、最高裁が違憲と見ましたのは格差が三倍を超えたケースのみでありまして、しかも、違憲としておきながらそれを無効とはしないいわゆる事情判決の手法を二度にわたって使っております。実は、格差が三倍までは許容されるとすることに
憲法理論上の根拠はありません。学説の通説は、一人一票という近代選挙法の大原則に基づきまして、二倍を超えることは許されないと考えております。最高裁判決はまことに腰だめ的としか言いようのないような数字の出し方で、立法府のほとんどの実例を追認しているにすぎないのであります。
このような我が国最高裁の
政治部門への過度の寛容姿勢は、今日に至るまで一貫して見られる極めて顕著な特徴でありますが、それはまた、当然、
国会の
法律制定の姿勢とも響き合っているように思われます。
最新の実例を取り上げますならば、参議院比例代表選挙に非拘束名簿方式を導入した公選法
改正がそれであります。この方式の実際上の主要点は、個人名の票をその所属する
政党の票に加算することにありますから、大量得票者の票は、自己の得た票では当選することのできない候補者をも当選させる
効果を持つことになります。この点でこの方式は、一人一票の大原則に抵触するものとして、
憲法と相入れません。まともな顔の見える比例代表制をまじめに追求するのなら、各国の
制度を参照して、個人名の投票はその
政党内の当選順位を決める
効果を持つにとどめて、票の移譲は行わない等々の方式が検討されるべきであったのであります。
しかし、今回の公選法
改正は、遺憾ながら、特異かつ恣意的なものと言わざるを得ないのでありまして、それが実施されるや、違憲訴訟の提起を免れ得ないのではないでしょうか。それでもなお
国会は、最高裁のこれまでの
政治部門への寛容姿勢があればこそ、いわば後顧の憂いなく、かくまでに
憲法への慎みを欠いた
法律をつくることができるのであろうという感を私は禁じ得ないのであります。
本来、
国会は、立法に当たりまして、違憲審査にたえ得るかという水準以上に、
憲法の要求を可及的に十全に満たしたものをつくる責務を負っていると言わなくてはなりません。例えて言えば、六十点ぎりぎりの合格の答案ではよしとせずに、常に百点満点の立法を目指すことが求められているわけであります。しかしながら、その要請にそぐわない立法が
実態として少なくなく、またそのことが、通常裁判所として違憲審査を行っている我が国裁判所にとって大きな負担となっているとも言えます。
このような、我が国における立法府と裁判所、特に最高裁判所との
関係が、この半
世紀に、現行
憲法の規範
内容の実現にとって大きな阻害要因となってきたことは明瞭であると思います。それゆえに、本
調査会においてこそ、これまで合憲性に疑問が提示されてきた法令につきまして、立法者の立場でその立法事実と裁判所の
判断、とりわけ最高裁判所の
判断に関しまして悉皆的に
調査されるべきことを期待したいと思います。
違憲審査の見方にかかわることでありますけれども、本
調査会の
会議録を拝見しておりまして驚嘆を禁じ得なかったことがあります。それは、国の軍隊を違憲だとして訴訟する国はほかにはなく、その合憲、違憲を
議論すること自体が道義上の退廃につながるという旨の
発言であります。
改憲、護憲、その他いずれの立場をとるか、自衛隊をどう評価するかなどの問題以前に、
議論の
前提として欠かせないのは、
憲法というものについての共通理解であると私は思います。
憲法をつくる趣旨は、国家権力に限界を設けるところにあります。違憲審査制が法治国家のかなめ石であるということは、この不可欠の共通理解の
一つであります。国家は
憲法の命ずるところに従って
政治を行うことを義務づけられており、そして、
日本の
憲法は九条において戦争と軍隊に関して国家のとるべき
態度を命じているわけでありますから、国家がそれを守っているか否かについて違憲審査がなされるのは当然であります。国家権力行使の必要は
憲法に優越するというのであれば、それは
憲法に退去を求めるものにほかなりません。国家による
憲法違反の事象が生じれば、
国民は大いにこれを
議論し、裁判所によってこれをただす、そこにこそ法治国家の道義があるのであります。
なお、近年、現行の司法審査制にかえて、あるいはそれに加えて、ドイツに見られる
憲法裁判
制度を導入すべしとする主張が、多く
憲法改正を伴って提案されております。その提案の中には、現在の最高裁が
憲法の番人たる機能を十分には果たしていない
状況への対応策として傾聴すべきものも含まれております。
ただ、私は、司法の本質的
役割が人権の保障にある以上、現行
制度の長所が生かせるように
制度の運用を改善することが肝要であると考えております。
その長所とは、まず、具体的事件に即して
憲法問題が
判断される、また、審査の開始に市民が主導的にかかわることができる、そして、下級審も違憲審査制を有するなどの点にあります。この積極性を生かすには、最高裁の独立とその市民的自由が十分に確保できるように、裁判官の任命の仕方を改めること、そして
国民の裁判への参加の道をより広くすること、そうしたことが基本になると考えております。
三に移ります。
憲法調査会の
テーマとしての二十一
世紀の
日本のあるべき姿論は、これまで述べましたように、この半
世紀の
憲法政治の現象を検証した上で、
憲法を次の
世紀の
日本社会にいかに生かし得るかの
調査に入ることになりましょう。
その場合、二十一
世紀の
日本の姿については、実は、既に改憲を先取りしたようなもろもろの
法制度がつくり上げられていることに留意したいと思います。それは、とりわけ、昨年、第百四十五
国会において成立いたしましたところの周辺
事態法などいわゆる新ガイドライン関連法を初め、国旗・国歌法、通信傍受法等々であります。
私の考えるところ、新ガイドライン関連法は、戦争をしない国是を転じて、平和主義のありようを根本的に変えたものであり、国旗・国歌法は、
国民が主権者であることを軽んじ、また、
国民の思想、良心の根底のところに
影響を及ぼすものであります。また通信傍受法は、自由な精神の交流を公権力による盗聴行為を合法化することによって遮断し得る、そうした
仕組みをつくったものにほかなりません。それらは、
憲法典の規範
内容を
憲法典を改定しないまま
法律によって大きく変化させたことを
意味します。これら諸立法を推進した
政党や
政治家の二十一
世紀日本像は、既にそこに代表的な形で示されているわけであります。
これに対して、
憲法的価値をより一層生かすべきであるとの見地からすれば、これら百四十五
国会の諸立法の示すものとは正反対の国の姿を描くことになりましょう。すなわち、戦争をしない国是を貫いて世界平和の建設に貢献し、
国民主権を揺るぎないものにし、また人権をより花開かせる
日本像であります。
二十一
世紀のありようはこのように具体的に論じられるべきものでありまして、したがって、本
調査会がその考察を進める場合、何より、現行の重要
法律につきまして、それぞれが二十一
世紀においてどのような
意味と
問題点を持つか、当然見解は分かれるわけでありますけれども、そのことを具体的、個別的に
調査することが不可欠ではないかと考える次第であります。
憲法の各項目の
調査では、人権から
統治機構にわたる
憲法の全体が取り上げられるべきことは言うまでもないと思いますが、その際、天皇制の
テーマを
調査の対象から除くことがあってはならないと思います。現行の象徴天皇制は、近代
憲法の普遍的原理としての
国民主権と調和させる形で
日本国憲法に残されたものですが、
内閣による象徴天皇制の運用
実態に
憲法からの逸脱がないのかどうか、つぶさに
調査して、それを
国民に明らかにしていただきたいと願います。その上で、二十一
世紀論にふさわしく、天皇制について、存廃も含めその
あり方を将来への
展望を持って論じてほしいと願う次第であります。
憲法九条の
テーマは今日の最大の問題でありますが、これはすぐ後の項目で別に扱うといたしまして、ここではもう
一つ、生存権について触れておきたいと思います。
すなわち、
日本国憲法は、周知のとおり、二十五条で健康かつ文化的な最低限度の生活を営むことが
国民の権利であるとしまして、その実現の
課題は国家の責務であるという世界的にも先進的な生存権規定を設け、それを軸にして教育から労働に及ぶ社会権
条項を備えております。
一方、現在、規制緩和、自由競争、また自立自助、自己責任を説くいわゆる新自由主義
改革が進められておりまして、それにより生じた失業や不安定就労の増大、福祉水準の引き下げ、年金や医療
制度の後退などは、むしろ必要なこととして語られております。しかしながら、
憲法の生存権の理念は、人が人間らしく生きるには人々の社会的連帯が不可欠であるとするところにあります。この
憲法の考え方は、弱者にも自己責任を要求して競争の場に置く市場原理万能論と正面から対峙するものであります。
それゆえ、改憲の主張の中には、二十五条を前文に移しまして、あるいはまた人権に対する一般的制限
条項と位置づけられた公共の福祉を二十五条にかぶせるなどして、この二十五条の規範性を希薄にしようとするものもありますが、しかし、そうではなく、生存権をより強く確保し実現していくことこそ二十一
世紀日本の
課題であると私は考えております。幾つかの地方自治体で見られる、
憲法を暮らしの中に生かそうという標語こそ、次の
世紀にまたがる地方と国双方の
政策原理とされるべきものと言えます。その柱が二十五条の生存権保障規定であると思う次第であります。
なお、本
調査会は、海外
調査におきまして、スイスの新
憲法については生命倫理規定に注目されたようでありますけれども、それは、いわゆるエコロジー
憲法、つまり生態系の中に人間社会を位置づける
憲法構造の一部をなしているものであります。スイスの
憲法では、被造物に対する責任、将来
世代への権利、持続的発展の保全などが強調されております。
日本国憲法につきましても、二十五条に基づいて環境権が保障され、また、何より生態系の持続的発展を支える不可欠の
条件としての平和の確保を根本的
課題とした
憲法であることが改めて注目されてよいと思います。そして、その点でも我が国
憲法は将来
世代に贈ることのできる
憲法だと、今の
世代の
国民の一人として誇らしい気持ちを持って思うものであります。
(2)に入ります。
さて、
日本国憲法の平和主義でありますが、戦後改憲論の
中心の位置には必ず九条が据えられてまいりました。本
調査会でも、
憲法と
政治の乖離を言い、二十一
世紀を論じる際に、いずれも焦点は九条であります。私は、この平和
条項を遵守した我が国の二十一
世紀をデッサンしようとする見地に立っております。
要点のみ述べます。
まず、九条を論じるに当たっては、当然の
事柄として、その規範的
意味を確認するところから出発すべきものと考えます。九条が全面的に戦争放棄、戦力不保持を公権力に命じたものであるところから、自衛隊を違憲と
判断するのが通説的学説の今日まで一貫してとっている見地であります。条文の文言と
憲法典の全体構造、そして侵略戦争を引き起こし、また核兵器の被爆を体験した歴史に照らして、それ以外の解釈は成り立ちません。そうであればこそ、政府も当初学界の通説と同じ解釈に立っていたのであります。
それが、
憲法は近代戦争遂行
能力を備えた戦力のみを禁止しているとか、また自衛のための必要最小限度の実力は戦力に当たらないなどの解釈へと変転したのは、専ら
政治上の必要、つまり、警察予備隊を創設して保安隊、警備隊、そして自衛隊へと展開し、また日米安保条約の体制が進行した、そうした
政治の必要に適合させるためでありました。また、最高裁がこれまで自衛隊を積極的に合憲とする判決を下していないのも、九条が戦力禁止規範として明確であることの証左であります。そして何より、
政党また
政治家の中で自衛隊を合憲と見ている者の多くが、そうであれば自衛隊の
憲法上の扱いについては現状を変える必要はないはずであるのに改憲を主張されていることの中に、それはよく示されております。
本
調査会が二十一
世紀の
日本の姿と関連させて
憲法を論じるときには、何よりもその
前提として政府解釈の変転の経緯と理由を客観的に
調査してくださることを望みたいと思います。
ところで、自衛隊を違憲と評価する立場に対しましては、近時の
国民世論はそれを容認しているとの反論がなされます。しかし、
憲法は、時々の
国民の決定をも、それが
憲法改正に至るのでない限り、それを制約する高次法でありまして、違憲の国家行為はどこまでも違憲であることに変わりはありません。
したがいまして、
憲法のもとで成立している政府は、本来、それがいかなる
政党に支えられた政府であるかを問わず、すべからく合憲の状態に戻し、
憲法のよりよい
現実化をもたらす責務があります。つまり、自衛隊についてはこれを
憲法に適合的な非軍事的存在へと転換させる
憲法政策が立てられなければなりません。それは、
国民世論、自衛隊員の生活と人権、日米安保のありようを含む国際情勢等々についての科学的、総合的な
判断に基づいて、実現までの道筋を立てた、考え抜かれた
政策であることが当然に求められると思います。
特に考慮すべきは、この非軍事化に至る過程で、自衛隊を災害時や、とりわけ我が国有事の場合に、仮にそれが想定されるとしてでありますけれども、そうした場合にこれを運用することができるか、運用すべきであるか、するとして、いかに運用するかにかかわる問題であります。これは、自衛隊に対する違憲の評価を変えることなく、それを
憲法に適合した状態へと改編、解消していくその過程で生ずる問題でありまして、学界においても護憲の研究者がつとに検討を重ねてきた難問であります。
もとより、
制度を違憲と評価しながらこれを運用することは、法理上その運用も違憲の行為とならざるを得ません。それゆえ、これに一切かかわることなく、仮に侵略があっても非暴力、不服従で抵抗する方策を選択するという立場をとるなら、この法理上の矛盾に陥ることはありません。ただ、この場合には、有事はもちろん災害の場合の自衛隊の出動もまた、それに市民的コントロールを施し、それを徐々に改編していく法的措置をとることまで、すべて控えるべきことになります。
他方、法理上の葛藤は避けられないものではありますが、警察予備隊から数えて半
世紀、違憲でありながら
制度が存続し、最高裁によって無効とはされてこなかったことを直視して、合憲状態の回復を目指しつつ、そこに至る過程で運用の
条件を追求することも、
憲法政策上の検討
課題となり得るものと考えます。この場合、自衛隊を違憲であるにもかかわらず合法的な存在であるとする論法はとることができないのではないかと思います。すなわちこれは、自衛隊は
憲法に違反しているが、
手続上有効に成立した自衛隊法や防衛庁設置法などの
法律に基づいて設置されたものである点で合法と言えるとする論理でありますが、問題は、自衛隊法そのものの合憲性でありまして、それを違憲と評価する以上、違憲の
法律に基づく
制度である自衛隊が合法のものと評価されるわけではありません。
したがいまして、法理上の矛盾を承認した上で、この矛盾を自衛隊を将来解消することで除去するという
展望を持ちつつ、その合憲の状態を実現させるための
憲法政策を立てていこうとするのがここで述べている考え方であります。
これにつきまして何より重要だと思いますことは、この矛盾が、違憲の国家行為が歴代政府によって重ねられてきたところから生じていること、つまり、違憲の自衛隊を運用するという
政策は、強いられた所与の
条件のもとでの選択であるということであります。これは、政府がつくり出してきたところの、平和
憲法が想定もしていなかった戦力の保持という違憲の
事態を合憲の状態に復元させる道を模索する苦難に満ちた
努力にほかならないわけであります。
これに対して、少なからぬ人々は、この
事態の方に合わせて
憲法を変えれば違憲問題は解決すると説くわけでありますが、こうした見解は法治主義を逆転させるものであると私は考えます。まずもって、違憲の
事態をつくり出してきたことについてのそれぞれの責任を明らかにすべきであると考えております。
なお、これに関連して触れておきたいのは、
憲法どおりの武力によらない安全保障を説く
意見に対して必ずと言ってよいほど出されるのは、攻めてこられたらどうするのかという
議論であります。本
調査会の
会議録でもしばしば拝見するところであります。しかも、この
議論は相手に対する冷笑を伴ってなされるのがしばしばであります。しかしながら、これがよって立つ、力の均衡あるいは抑止力による平和の維持という方策は、歴史上どれだけ確かなものであったのか。また、攻めてこられるという情勢が具体的、
現実的にあり得るのかを主張者
自身がまず論証すべきではないでしょうか。加えて、これまで
憲法に則した平和的手段による安全保障のための
努力をどのように行ってきたのかを自問すべきであります。
むしろ、近時の国際情勢は、分断された朝鮮半島の
状況が急速に平和と和解の方向に
動き出していることに代表されるような、
日本国憲法が生きるもの、すなわち我が国が平和
憲法を掲げて積極的な
役割を一層よく果たし得るものへと大きく前進していると見るべきでありましょう。
それゆえ、二十一
世紀の我が国は、平和
憲法の規範を誠実に実践して、次のような積極的な
憲法政策を展開することで、世界平和の建設に
日本としての
役割を果たすべきであると考えます。すなわち、今こそこの地球上から核兵器、通常兵器を削減し、さらにそれを経て廃絶に向かわせる
課題とともに、南側諸国の慢性的な絶対的貧困、累積債務、地球規模の環境・自然破壊、そして各種の人権抑圧など、いわゆる構造的暴力の問題の解決に尽力することであります。
我が国
憲法は、戦力を持たないという正しいことをほかの国より先に行った。この表現は、
憲法施行直後の一九四七年八月に文部省が出した「あたらしい
憲法のはなし」の一説でありますが、そこで言う「世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。」という信念に
憲法は立っているわけであります。この信念に基づいて、前文で、全世界の
国民が恐怖と欠乏から免れて生きるための土台として、平和のうちに生存する権利を保障し、そして、それが可能となる世界の建設に尽力することによって国際社会において名誉ある地位を占めたいという誇り高い誓いを発しているわけであります。
こうして
日本国憲法は、世界平和の実現のために
日本国民が積極的に汗を流すことを求めております。しかし、決して血を流させてはならないというのが
憲法のまなざしであります。平和的方法による国際貢献を、それはさぞかし、軍事的関与よりも実際にはより苦労の多いものでありましょうけれども、その平和貢献の方法を追求していく、それが平和
憲法を持つ国家にふさわしい国際的
役割の果たし方であると言わなくてはなりません。
そして、二十一
世紀の幕あけに臨もうとしている今、その実現
可能性が一段と高まっており、そのことに確信を持って
日本国憲法の大道を歩むことが
日本国家の選択であるべきだと私は考える次第であります。
最後に、結びを申し上げます。
戦後半
世紀余り、もし歴代政府が
日本国憲法の定めるとおりの平和
政策を進めてきたとすれば、今我が国はどれほどか世界において道義的権威を持った国になり得ていたかと、私は歯ぎしりをするような思いで考えている一人でございます。今からでも遅くはありません。もし逆に、今後
憲法から一層逸脱するような方向をとるのであれば、
日本は普通の国になるどころか、各国から何ら道義上の尊敬を受けることのできない普通以下の国家に堕してしまうに違いありません。
二十一
世紀には、この
日本国憲法の原点に立ち返って、それを人類の幸福と世界平和のために生かすこと、立法府を初め三権は、
憲法の規範
内容の実現にそれぞれ力を尽くすこと、それが
課題とされるべきであります。その先にこそ、平和、自由、民主主義の
憲法原理、すなわち
憲法の心をより発展させた、文字どおりの
改正を実現するための改憲論議がなされ得ると信じます。それに役立つ
調査を行うことで、本
調査会が主権者
国民から委託された歴史的使命をよく果たされますよう、心から期待いたしまして、公述を終わります。
御清聴に感謝いたします。(拍手)