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御輿参考人 私は、ここ一、二年、関西の
幾つかの大学での特別講義とか
幾つかの公民館などでの市民学習の場で、
クローン技術の問題について話す機会がありました。いずれの場合も、主催者側から
クローンについて話をしてほしいという要請がありました。この
クローンの問題について、国民の関心というのは結構高いのです。そして、その講義を通じて得た印象では、ほとんどの人が
クローン個体の
産生は、
体細胞クローンに限らず、どのような
クローンであれ
個体産生には反対である。さらに、
研究自体もやめてほしい、そういう声が非常に多くありました。
ですから、この政府の
クローン法案は、国民の
意見を反映していないということをまず申し上げたいと思います。ぜひ公聴会等を開いて、国民の
意見を広く収集して
法案に反映していただきたい、そのように思います。
次に、政府
法案の
問題点を具体的に指摘したいと思います。
本日お手元にお配りした資料に、大まかに五つ
問題点を箇条書きにしてございます。その資料に沿って若干の説明を加えさせていただきます。
なお、民主党の
法案は、政府
法案の対案として出されたものと思われますので、
問題点の説明の後に検討を加えたいと思います。
まず、お手元の資料を見ていただきたいと思います。
まず、
問題点の第一、
クローンの定義及び
クローン技術の定義に関してですけれども、この
科学技術庁から出された
法案の定義は非常に奇妙です。
科学的に、普通、
クローンを定義しますと、そこに私の資料にありますように、
クローンとは、遺伝的に同一のもの、同一の
個体とか
細胞の集合を指します。ですから、
クローン技術というのは、人為的に、遺伝的に同一のものを多数つくる、そういう手法ということが言えると思います。
そして、哺乳類、特に家畜とかにおいては、遺伝的に同じものを多数つくる方法として、受精卵を二つとか四つに分割する胚の分割及び核の除核卵への移植。これには、受精卵の卵割の進んだ胚から核をとってくるいわゆる
受精卵クローン、それとドリーに象徴される
体細胞クローンの二種類がありますが、そういう方法によって
クローン個体がつくられております。
胚の分割では最高四つぐらいまでしか得られませんので、多数を得る方法としては、核移植、
受精卵クローンという方法がとられてきております。ですから、現在では、畜産とか哺乳類の
動物実験において
クローン技術といえば、核移植
技術を指すということになっています。
資料の二ページ目に、農林水産省のホームページでの
クローンの説明と、それから
科学技術庁のホームページで「
クローンって何?」というのがあるんですけれども、それの説明です。そこでも、
クローンとは、遺伝的に同一である
個体や
細胞の集まり、そして
クローン技術というのは、
受精卵クローンと
体細胞クローンとある、そのようになっております。それから、文部省の用語の説明でも、
クローンとは、核が同一のものである、そして
クローン技術とは、そういうものをつくる核移植の
技術であるというふうに説明されております。
この政府
法案の、
クローンとは体
細胞の核を移植したものであるという定義というのは、ですから非常に奇妙です。そのような定義というのは、多分
科学的には受け入れられないというか、意図的にほかのものを外しているというふうにしかとられません。ですから、これは定義からしてもう一度検討し直す必要があると思います。
それからもう
一つ、
体細胞クローン個体は無性生殖であるからいけない、受精卵の核移植による
受精卵クローンの場合には有性生殖であるからいいというようなニュアンスの説明がありますけれども、これにも若干無理があります。
受精卵、受精胚でも、ある程度卵割が進んでそれぞれの器官になる分化の方向づけが決まったそういう
細胞は、体
細胞とほとんど同じ。ですから、受精卵からとったから、だから有性生殖の核で、本質的に体
細胞と違うんだとは言えないんです。それから、もう一度それを核移植する、二回核移植をする。そうしますと、その二回目のは完全に無性生殖です。そういうふうに考えますと、有性生殖、無性生殖という分け方
自体、無理があるというふうに思われます。
ですから、この
法案の第二条の定義、ここはかなり大幅な修正が必要と思われます。
次に、
問題点の第二ですけれども、
クローン胚をつくるには未受精卵が必要なんです。受精卵でやった場合、ネズミでも成功しておりません。
ここで、卵子、未受精卵についてちょっと説明をしたいと思うんです。お手元にある
ヒトに関する
クローン技術等の
規制に関する
法律案参考資料、十三ページから図示が始まっているんですけれども、十四ページのところに、右側に生殖
細胞の説明があります。
右側、卵
細胞なんですけれども、普通、女性の卵巣から排卵された卵子というのは、この一番最後ではなくて最後から二つ目、第二卵母
細胞というこの
状態なんです。この第二卵母
細胞が、要するに排出された卵子。これが一番左下にある精子と受精して、受精することによって、その後の第二分裂が進行して卵
細胞になるのです。ですから、ここで一番下のところで、卵
細胞、未受精卵と書いてありますが、これは、この段階ではもはや受精卵です。ですから、この図も、国民が見ると混乱を起こすという図です。
この一番最後の受精卵、この受精卵の核を抜いて他の核を移植してもうまくいきません。牛やマウスで行われているのは、その前の段階、第二卵母
細胞、あるいはその前の段階、未成熟卵
細胞と言いますけれども、そのもう少し前の段階の未受精卵を使って行われております。
ですから、
ヒトの
クローン胚をつくろうとするならば、未受精卵の
使用。それは、
体外受精に使うとするならば、採卵のときに二割程度、
体外受精に使えない未成熟卵がとられると言っています。その未成熟卵を使って実験が行われると思います。
そうなりますと、卵の採取のときに、本来とらないような未成熟なものまでとられる。ですから、卵子の過剰採取といいますか、それが起こります。それから、この未受精卵というのは、生殖能力があるのが二十四時間なんです。ですから、実験をやろうと思うときには、常に新鮮な未受精卵が必要になります。というと、卵子の提供、実験への提供ということが行われるようになります。それに対する歯どめというのは全く考えられておりません。
ですから、この点は、現在、卵の採取がどうなっているのか、そして未受精卵として捨てられているような卵子がどのくらいあって、それがどのように使われているのか、あるいは廃棄されているのか、そういう実態の把握。それから、卵を採取される女性の体の
保護、それについての検討がまず必要です。女性がそういうふうな
実験目的での卵子の採取、
使用等についてどう考えているのか、女性の
意見をぜひ聞くべきだと思います。
次に、
問題点の三番目です。
この政府
法案の、九種類ほどの非常にいろいろな種類の胚を並べてあるのですけれども、
ヒト胚というときには、
個人はAさん、Bさんまぜてあっても
ヒト胚、
ヒト成分一〇〇%なら
ヒト胚。そして、
動物の除核卵に
ヒトの核を入れた場合は、これは
ヒト性胚というふうに分類し、
動物の核を
ヒトの卵子の除核卵に入れた場合を
動物性胚というふうにしております。核が
ヒト由来であれば
ヒト性、核が
動物由来であれば
動物性というふうな分け方をしております。
ところが、卵
細胞自体、
細胞質
自体というのは、そうしたら全く
ヒトの要素なりがないかというと、そうではなくて、
人間の女性の除核卵に
動物の核を入れても、これは
動物の方の、その核の方の
動物の子宮に戻しても着床する
可能性はないですけれども、
人間の方の子宮に入れれば着床の
可能性があります。
このように、
細胞質、それから
細胞質にあるミトコンドリアのDNA、そういうことに関しては、何もわかっておりません。何もわからないのに、核にだけ
人間の遺伝的特性を与えている、そしてそういう分け方をしている。これはかなりの無理があると思います。
特に、まだわかっていないから、そうしたら
細胞質にどれだけ
人間の要素があるのかということは言えませんけれども、女性としては、そのような、女性の卵子に
動物の核を入れる、それが
動物性胚と言われるということに関しては、非常に心理的抵抗があると思います。これは、国民感情、女性の感情では絶対に受け入れられない定義だと思われます。
そして、
法案にありますけれども、
動物性の融合胚。
動物性の融合胚は、
ヒトの女性の除核卵子に
動物の核を入れたもの。これに関しては、子宮へ戻すことが
禁止対象になっておりません。ですから、
法案の第二条の定義と第三条の
禁止行為、これを修正する必要があると思われます。
それから第四点、
ヒトと
ヒトとの集合胚、これを子宮に戻すこと。
ヒトと
ヒトとの集合胚というのは、あるカップルの胚、受精卵と別のカップルの受精卵、これをまぜるというか、集合
技術によって、いわゆる
キメラ胚ですけれども、つくることができます。その
キメラ個体の
産生は
禁止項目に入っておりません。
動物と人はだめだ、それは当たり前です。でも、人と人、人というのは、個性のない
一つの
ヒト属という
動物種ではなくて、それぞれが個性を持つ
個人なんです。ですから、
個人と
個人になり得るその二つをまぜて、そしてそれを子宮に戻して
個体を発生させることを
禁止しないというのは、これはおかしいと思います。
そういうことをまさかやらないだろうと思われるかもわかりませんけれども、例えば、代謝性の疾患とか遺伝子疾患の場合、正常な胚と
キメラをつくれば、それで一応治療効果を上げることができるというような、そういう遺伝治療の
一つとしてこれは十分に考えられることで、もしも治療
目的で
キメラ個体をつくることを
ガイドラインで認めたとしたら、そういう
キメラ個体が誕生する。これは、
ヒトクローンよりはむしろ非常に
可能性として高い。ですから、これこそ早急に
禁止しなければいけないものなのに、そういうものは
禁止項目に入っておりません。ですから、
法案の第三条
禁止行為、これにも修正が必要です。
それから、他人の卵子、受精卵になる前ですね、卵子の核を抜きまして、例えばその方が高齢であったとしたら、核を抜きまして若い人の卵子、核を抜いた卵子にその高齢の女性のを入れる。これは、要するに卵子の若返り法。これはもうアメリカなどでは実験されております。そうした卵子の核移植をして、その後精子を受精させる、これに関しては何の検討も加えられておりません。これは実際に
生殖補助医療の一環として、アメリカで
日本人の
研究者の手によってやられておりますから、早急に検討するべき問題です。これはこの
法案では全く入っていないので、何も
規制の対象にすらならないということだと思います。
それから、ミトコンドリア異常症というのがありまして、
科学技術庁は、ミトコンドリア異常症では、核を入れかえることによって、異常なミトコンドリアを受け付けない子供をつくることができると。ミトコンドリア異常症の次の世代への伝播防止、だから次世代に対する治療であるというようなことで図示されて、しかももう効果があるような説明がインターネットのホームページに載っております。
ところが、これは、そのように考えられるというまだ空想の世界でして、
動物でも全く何の実験もやられていない。しかも、ミトコンドリアDNAというもの
自体よくわかっていないのです。
ミトコンドリアDNAは卵の
細胞質にありまして、もしも精子の方のミトコンドリアが入ったとしても、それは排出されていきます。そして、ずっと母親由来のミトコンドリアDNAが受け継がれていくことになっています。遺伝子の種類としては多くないですけれども、ミトコンドリアというのは
細胞の発電所と言われ、エネルギーをつくるところで、エネルギー生産の必要な
細胞では非常にたくさんあって、その数と配置というのは物の見事に合
目的的になされています。ですから、核とミトコンドリアの間に何らかの密接な連関がない限り、そのような
細胞の働きというのはあり得ません。
このミトコンドリアDNAに関しては、何にもわかっていないと言っていいと思います。何もわかっていないのに、それを全く遺伝的には、遺伝的
特徴として重視しない。そして今度は、治療効果があるということで、ミトコンドリアDNA治療のためには
クローン人間はいいと思えかねない、そのような説明をホームページで
科学技術庁がやっている。これは行き過ぎであると思います。
それから五番目。
個体産生を防止する
手段として、子宮に戻すことの
禁止だけでは不十分。
これは本当に
禁止しようと思ったら、
研究自体を
禁止しないことには、意図的、非意図的に子宮に戻してしまう、間違って戻してしまう。卵にそれぞれ
特徴があって、名前が書いてあるわけではないので、間違えて戻すということもあります。どこで実験をするのか。
ヒトの卵
細胞ですから、
生殖医療の現場で採卵したのを、隣の部屋で同じ顕微授精でやる。同じマニピュレーターでひょっとしてそういう操作をしたら、これは完全に間違えます。そういう間違いもあります。ですから、本当に
個体産生を防止しようと思えば、
研究自体も防止するということを考えなければ、早晩そういうことが起こると思います。
次に、民主党の
法案ですけれども、この
問題点から考えますと、民主党の
法案は、
ヒト胚に関して、これは全体の
生殖医療の流れの中で考えようということで、
ヒト胚の
保護ということを考えられていると思うのです。そして、
クローン胚に関しては、人の属性を有する胚ということで、その
個体の
産生は
禁止するということです。
体細胞クローンだけではなくて全部の
クローン個体の
産生防止ということで、それは評価できると思うのです。
ただ、どうして
クローン胚をつくることを
禁止しないのだろうか。外国、欧米でも、
日本の文部省でも
クローン胚の
作成自体を、これは
ガイドラインですけれども、
禁止しております。その辺で、
法律をつくられたところに流れる基本的な
理念が、何か混乱しているようなというか、見た者に混乱を起こさせるところがありますので、そのあたりはもう少し検討していただけたらと思います。
長くなりました。どうも失礼いたしました。(拍手)