○笠井亮君 私は、
日本共産党を代表して、
預金保険法等の一部改正案に対して、
反対の
討論を行います。
この間、金融システム安定の名のもとに行われてきたことは、結局、銀行への野方図な公的
資金の投入、それをてこにした金融再編による巨大銀行づくりでしかありませんでした。そのもとで進行していることは、預金を守り、融資を行うという銀行本来の業務が後景に追いやられ、デリバティブ取引など投機的な業務を売り物にした銀行のカジノ化であります。その結果、銀行融資を待ち望んでいる中小企業に
資金は流れず、少なくない中小業者が商工ローンや悪質な日掛け金融などの食い物にされてきたのであります。これが政府の言う金融システム安定のいわば総決算ではありませんか。
今問われているのは、地域経済や
利用者の利便に反し、ひたすら収益追求の投機的な道を突き進む銀行を支援するのか、それとも日本経済を立ち直らせるために銀行に公共的な力を発揮させるのか、まさに我が国の金融行政のあり方の根本であります。
ところが、今回
提出された本法案は、またしても銀行支援に徹したものと言わざるを得ません。
これに
反対する第一の理由は、預金の
全額保護、いわゆるペイオフ解禁の延長を口実に、六十兆円の公的
資金の枠組みを温存するばかりか、新たに六兆円の交付国債の積み増しなどにより七十兆円の規模に膨らませることであります。
既に、拓銀、長銀や日債銀などの破綻金融機関の処理で、損失の穴埋めに使われ、確実に戻ってこない公的
資金は九兆円を超えているのです。大蔵大臣も金融危機は去ったと認めている今日、預金者
保護は金融業界の自己責任で行うのが当然ではありませんか。にもかかわらず、金融機関に何の負担増を求めることもなく、国民の税金で処理し、
財政破綻を一層深刻化させる税金投入の延長策など到底認められません。
しかも、三兆数千億円もの公的
資金をつぎ込んで日債銀をソフトバンクグループに譲渡しようとしています。ネットバブルとも言われる含み益依存の不安定な経営が指摘され、株価も急落しているような企業に、まともに
審査もせず譲り渡し、さらに莫大な税金投入を重ねるようなことがあってはなりません。
反対の第二の理由は、来年四月以降も資本増強などを続ける仕組みをつくり、銀行への恒久的な税金投入に道を開くことであります。
金融危機への対応と言うが、一体、いつ、どんなときに公的
資金を投入するのか。政府の答弁は、何十年に一度あるかないか、最近では昭和二年の金融恐慌のような状況、長銀、日債銀とか拓銀など、この数年間に経験したようなケース、来年起こるかもしれないなどと無責任に二転三転しました。結局、判断基準もあいまいであり、
国会に諮ることなく、総理大臣などごく一部で、信用秩序の維持に重大な支障が生じるおそれがあると恣意的に判断しさえすれば、今後いつでも公的
資金で銀行の資本増強ができることが判明しました。
こんな仕組みをつくれば、銀行業界のモラルハザードを助長させるだけであります。
巨大銀行をますます巨大化させ、その業務をますます投機化し、しかも失敗した場合には被害が極めて大きく、広範囲に及ぶ危険性をはらむものであります。本法案で想定されている事態とは、こうした大銀行による投機競争に突入する中でも起こり得るものであり、それに備えて
財政措置を講じるなどという本法案は、銀行の投機による破綻の手当てを国民にツケ回しすることにほかなりません。
本法案に
反対する第三の理由は、信用金庫、信用組合などに優先出資の発行を認め、公的
資金で資本増強を図ることが、信金、信組に期待されている役割をゆがめるものだからであります。
これら協同組織金融機関は、本来、会員、組合員の相互扶助組織であります。取引先のほとんどすべてが中小零細企業であり、長引く不況のもとで赤字企業が六割を超え、三社に一社は債務超過などという状況にあります。このもとで、大銀行と同様に自己資本比率を基準に選別し、整理淘汰していくやり方をとるならば、信金、信組は圧倒的多数の取引先中小企業を不振として切り捨てざるを得ない状況に追い込まれることは明白であります。
今日、大銀行には公的
資金の枠組みを延長、恒久化し、合併、統合には減税
措置まで用意するなど、ひたすら銀行支援を続ける政府の責任は極めて重大であります。国民に必要な
情報を公開するとともに、検査・監督を通じて銀行の自己責任原則の確立を促し、公共的役割を果たさせることこそ金融行政の本道であることを強調し、私の
反対討論を終わります。(
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