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参考人(
小西聖子君) 私は、一九九三年から、東京医科歯科大学の
犯罪被害者相談室におきまして最初は室長としまして
犯罪被害者の
精神的援助に当たってまいりました。去年からは
武蔵野女子大学に移りまして、こちらでも心理臨床
センターという名前で
犯罪被害者の
精神的援助をする場所を設けて実践
活動をしております。
私は、前のお二人の方と違いまして
法律の専門家ではございませんので、
法案そのものの法的なことについて何か申し上げるというのは難しいんですけれども、ふだんから
犯罪被害者の方の話を聞くというのが私の仕事でございますので、直接聞いたことあるいは問題と思うことを
お話ししたいと思います。
それからもう
一つは、やっぱり性暴力
被害者についても今回その
法案の中で扱われていますけれども、こういう
人たちについては、まず
弁護士さんも
女性じゃないと嫌だ、それから
精神科医も会うのだったら
女性でなくてはとてもできないというふうにおっしゃる
被害者の方も多いわけで、そういう
女性の立場からの問題というのも少し
お話しできればというふうに思います。
レジュメとしてちょっと
資料を、全部
資料なんですけれども、
資料をお配りいたしましたけれども、
資料の一は私が今やっていることはどういうことかということをちょっと御説明しようと思って持ってまいりました。
大体九三年から変わらずやっておりますが、対象としておりますケースは、そこに書いてありますように殺人
事件や交通事故による遺族あるいは強姦やその他の性暴力の
被害者、それからドメスティック・バイオレンスの
被害や児童虐待の
被害者、最近ではストーカーの
被害などもたくさん相談が参っておりますけれども、そういうケースを扱っています。
医科歯科大学の
犯罪被害者相談室をやっていたときも、一九九七年ごろからは年間千件を超す相談をいただくようになっておりまして、今回そちらは残ったままで新しくまた大学で
センターを立ち上げたんですけれども、実質上は半年で電話相談と面接を含めて七百件の相談を最初から受けております。これはどちらかというと、電話線が一本というところで制限されていたり相談員の数が足りないというところで制限されておりまして、もしもっとサービスができればニーズは非常にたくさんある。いつもお断りしてどこに紹介しようということで悩んでいるというのが現状です。
こういう相談を始めましたころは、現在のような
通知制度もなく、それから性暴力に対する関心というのもほとんど社会になく、それからPTSDという言葉も知っていらっしゃる方はほとんどありませんでした。その中ではたくさんの二次
被害の話を聞きまして、その二次
被害の中ではやっぱり
司法の過程における二次
被害というのは非常にたくさんあるわけです。
これは話せばもう切りがないのですけれども、例えば殺人
事件の遺族の方なんかは
裁判の過程に全く
自分が排除されている、何もできない、こんなに何もできないならば、いっそ
加害者とすれ違ったとき、大体そういうところですれ違うということが非常に負担なんですけれども、すれ違ったときに実は
包丁を隠し持っていた、だれもやってくれないなら私がここで刺そうかと思ったということをおっしゃる方もおられました。
これは特別な方ではなくて、ふだんは遺族の方はそういうことはおっしゃいませんけれども、話しても大丈夫だと思うまではたくさんの方がそこまで強い怒りをやはり持っていらっしゃいます。
それから、周りの人に対する不信感、だれも助けてくれない、私のことはわかってくれないというような孤立感というのが非常に強くて、まず
お話を聞けるようになるまでに何カ月もかかることも少なくありません。
それから、性暴力の
被害者の方も、むしろこちらの場合は
司法に乗っていく前の段階でたくさんの問題があります。実際に、これはみんな相談で聞いた話ですけれども、痴漢の
被害に遭ったと、非常にショックだったので
警察に行ったら、私が四十代だったために、さわってもらえてよかったじゃないかと言われて帰されたとか、本当に実際にそういう話はたくさんあるんですね。
それから、性的虐待の
被害者の場合に、ようよう何とか周りの人が
加害者から
被害者、子供を離すことができても、例えばやっぱりこれから先の不安のために、あるいは
加害者から再び虐待される恐怖のために子供が戻ってしまう、
自分から戻ってしまうということ、これはよくあることなんですね。むしろそこにこういう性的虐待の病理があらわれているわけなんですけれども、それを周りの人が、ああやっぱり親子の情があったね、よかったねというふうに評価したというふうな話も聞きます。
そういう点では、
犯罪被害者の心理とか
犯罪被害者の持っている傷に対する無理解というものが非常に
被害者を傷つけてきた。今回の
法案で扱われていることは、私にとってはその一部と思われるわけですけれども、その一部でもきちんとした文章になってすべての人にそれが行われるということは非常にいいことではないかと思っております。
今でも実際に電話を聞いているわけですが、電話を聞く対象の方というのはもうごく普通の、普通の
被害者というのは変な言い方ですけれども、例えばマスコミに登場したりそういうことのない
被害者の方が多いわけですが、そういう方の話を聞くと、今非常に個人差というか、ケースによって差が大きいというふうに思います。
時には、例えば
警察でも理解のある
警察官に当たった、それから
弁護士さんも理解のある人に当たった、
裁判の中でも尊重されたというふうに言われる方が、今までゼロだったのが出てきたということは確かにあります。ただ、たくさんの方は、やはり以前と同じように、
警察で心ないことを言われて、また
弁護士さんのところに行って、あんたそれは勝てませんよと一言で終わりにされた、それから
裁判でもやっぱり私は無視されたということをおっしゃる方も多いわけですね。世の中の関心が
被害者に向いてきたために、一部では随分よくなっているところもあるんだけれども、全体としてはまだまだ平均点としては上がっていないところもあるというのが私の印象です。
ちょっとPTSDのことも
お話ししたいと思いましたが時間がありませんので、もしあれでしたらまた後で御
質問いただければと思います。
実際に、例えば性暴力の
被害者が今回告訴する期間が撤廃されましたけれども、直後の
被害者というのは、これは性暴力だけではなくてさまざまな
犯罪の
被害者が非常に特異な
精神状態に陥る、これはもうショックの余りなわけですけれども、ということがございますので、具体的に例えばどういうことがあるかというのを少しだけ御紹介したいと思います。
資料三のところです。真ん中辺のところですけれども、「
精神的援助の概観」と書いたものがございます。これは、臨床
精神医学の本の中に私が
犯罪被害者のPTSDの治療について書いたところから持ってきたものですけれども、
事件の最中から
被害者の感覚というのは非常に変わるんですね。
例えば、もう強姦の途中から、その次のページにあります非現実感、起こっていることが現実でない感じ、
自分のことではない感じ、それから意志がなくて自動的に体が動いているような感じというのを味わう人、これはたくさんいます。
それから、時間感覚が変容する。急に時間がゆっくりになって、例えば五分ぐらいを一時間ぐらいに感じたりする、そういうこともありますし、それからその下の方にありますが、記憶がなくなって飛び飛びの記憶しか残っていないこともあります。
それから、非常にたくさんあるのが、その次にあります感覚、感情の麻痺ですね。例えば、暴力の
被害にずっと遭い続けているときに途中から痛みを感じなくなってしまうというようなこともあります。痛覚が麻痺するわけです。それで、ヒルマンというのは、これは研究者ですけれども、刑務所の暴動の際に人質になった看守に、これは十四人の看守さんの研究なんですけれども、無痛が見られたというふうにしています。
また、感情の麻痺も頻繁に見られまして、恐怖や怒りの感情がなくなってしまったということも多い。これが捜査の方
たちには、
被害者には怒りがない、訴える気がなくて相手に怒ってもいないという非常に誤解を与えることがたくさんあるということをこれまで経験してまいりました。
このような感情の麻痺は、殺人
事件の遺族の方に起こってくることもございますし、性暴力の
被害者にはかなり頻繁に見られます。直後に
お話を聞きますと、非常に淡々と冷静に
お話をされて、この人はこんなに冷静で
事件のことを本当に怖がっていたのかしら、それからショックだと思っているのかしらというふうに感じることがあります。これはもうこのことを知っていない限り絶対わからないと思います。どこも知能が下がったり見当識が落ちたりするわけではありませんから、名前を聞けばちゃんと
お話しされますし、それからどうしたいですかと言えば起訴しますと言われますけれども、感情がないんですね。
ほとんどの人に、周囲の人に聞きますと、こういう状態の
被害者を見て、元気だ、冷静だというふうに答えられます。ところが、本人はショックの余り麻痺しているわけですから、こういう人の予後は実は余りよくないんですね。この段階では心理的にもあるいは日常的な生活の援助も必要なことがたくさんあります。
今、直後と申し上げましたけれども、人によってはこういう状態が何カ月もあるいは何年も続く方もおられます。そういう場合にやはり六カ月というような期限がありますと、本人
自身がとても合理的に考えて告訴をするというようなことができないこともある。それから、もっとわかりやすいケースではやっぱり怖いからできないというようなこともたくさんあるわけですね。
性暴力
被害というのは非常に
精神的なショックの大きい
被害の
一つであります。これは
精神医学的な研究の中でいつも言われていることですけれども、さまざまな暴力
被害の中でPTSDを発症させる率というのは強姦が一番高いです。殺人
事件の遺族の方にもかなり高率で発症します。この二者が多分一番多いであろうというふうには思います。
こういうことがわからないと、なかなか援助というのが適切に入ることがないだろう、あるいはこういう状態にある人がそのまま
裁判の中に出されて、すごく素人の言葉で申しわけないんですけれども、
裁判というところは本人がイエスと言えばこの人は本当にはいと思っているとか、あんたはどう考えているんですかと言われたときに私はこう考えていますと表面上言うと、そのままこの人はそう思っているだけ、ほかには何も問題がないんだと思われるところのように私には見えるんですね。
犯罪被害者の場合には思ったことを言えない人がたくさんいます。実際に私が持ったケースで、ドメスティック・バイオレンスと、監禁、強姦が全部まじったような
被害を受けた方のこれは二十代の
女性のケースですけれども、そういう方が
裁判に出られたことがあります。
被告が三人、目の前に並んでおりまして、本人は治療のセッションの中では、相手を罰したい、私をこんな目に遭わせた人に何とか責任をとらせたいということを言っていたんですけれども、もう行く前から非常に安定感を失いまして、会ったら怖い、私は
自分がどうなってしまうかわからないというふうに言っていました。それでも悩んだ末に行って
証人台に立ったんですが、行った途端に目の前に三人いるのを見て非常に怖くなって、何もなかった、それから相手を罰してほしいということも言えなかったし、何もなかったと彼女は言ってしまったというふうに戻ってきてから泣きながら話をしていました。
実際に
被告人に対するということは非常に難しい。
犯罪の
被害を受けて恐怖を持っていて、さまざまなトラウマに対する反応を持っている人にとっては非常に大変なことなんです。やっぱりそれが外からなかなか見えないものですから、非常に気の毒な状態に置かれることが多いというふうに感じます。
最後に、一番最後の
資料四のところですけれども、これはランセットというアメリカの医学雑誌ですけれども、そちらに
日本の
女性への暴力
被害の
状況について
精神医学的なところから見て書いてくれと言われたので、それを書いたものを、ちょうどつい最近のものでしたのでそれを
日本語にしたものをまた少し変えて持ってきました。今回の
法案について、その上に私が思うことがあるとしたら、やっぱりこういうところだと思うのでちょっと
お話しします。
日本での潜在的な
被害の数とその後の
被害者の
状況というのは、性暴力については非常にこれが多いわけですね。数年前までそれを推測するための材料さえなかったわけですが、私どもが一九九五年から強姦の
被害率について調査を繰り返してまいりました。九九年には男女共同参画
審議室の方でなさった調査も出ましたし、最近一、二年で幾つか大規模な調査が出ております。
その中では、成人
女性における意に反する性交の
被害経験率というのはほぼ一定して数%というところにあります。これは諸外国と比べて決してけた違いに低い値ではありません。私
たちの行った東京における乱数標本調査では、四百五十九人の成人
女性のうち八・五%に、少なくともこれまでに一回以上の意に反する性交の
被害経験がありました。一方、
犯罪白書では、一九九七年の強姦及び強姦未遂の認知件数は千六百五十七件、十万対一・三であります。こちらの数はほかの先進国の
犯罪統計と比べると極めて低い数なんです。例えば、米国では強姦既遂の生涯
被害率は一四・八%というふうに調査がなされておりますけれども、同じ年における
司法機関に報告される強姦の数は十万対三十九・三です。ですから、三十九・三と一・三の場合と八・五と一四・八、これをなかなか直接比べることは難しいですけれども比べますと、
日本ではどれだけたくさんの人がまだ何も言えていないか。少なくともこの
法案で
保護される前の段階にあるんだということが言えると思います。
ですから、今回の
被害者保護関連の法というのは、私はぜひ実現していただきたいと思っているんですけれども、むしろこれらをきっかけにして、もう
一つ外側の社会を変えていくとかあるいは発見のシステムを変えていくということをしないと、本当の
犯罪被害者援助ということができないのではないかなというふうに思っております。
以上でございます。