○伊藤
基隆君 これは
質問ではないんですが、
質問しようと思ったんですが、ちょっと整理がつきかねていることでありまして、問題提起といいましょうか、感想的に申し上げておきたいと思うのでございます。
私は、先ほど
質問の中で情報化、巨大化、グローバル化ということをあえて申し上げました。これは並び言葉で申し上げたのではございません。金融というものが実物経済を補完する
立場から自己増殖して、その金融自体が増殖しながら活動するという時代になってきている。しかも、先ほど
大蔵大臣も非常にスピーディーにと、それは情報化の問題でございますが。
そもそも生産と消費というのは、多少のさまざまなミスマッチがありながらも神の御手によって結局は修正されつつ経済が動いてきた。そこに金融が入り込んできて、消費は消費
そのものの質的、量的な変化というものがその金融によって触発されて動いて、経済が動き始めて、巨大な消費、巨大な生産ということになってきた。しかし、その後はさらに金融が自己増殖したという時代になっておる、今なってきたと思うんです。
それでは、グローバル化の中で、
大蔵大臣の答弁にありました
日本のインフラストラクチャーについてどうやっていくかというようなことについて、この巨大化した、グローバル化した金融は力をかしてくれないんじゃないか。それはもう別世界の出来事になって、国籍はないんじゃないか。そうなったときに、では長期的なプロジェクトというのをどうしていくかということは、非常に国策的といいましょうか、国の基盤を守っていくときの非常な重要性がある。
私は、EUとかアメリカというのは基軸通貨ないしは基軸通貨になり得る通貨を持っていて、将来ともそのことは
市場原理の中で長期的プロジェクトも遂行されるという自信があるんじゃないかと思っていますが、
日本にはそういうものがないんじゃないか。というときに、
日本国内における国益をどうするかという視点での長期プロジェクトを遂行していく公的金融セクターというのをどうしても存続させていかなかったら、世界の中の一極と言われる
日本は一極の
立場を瓦解させるんじゃないかというふうに思っております。
そういう意味で、国益というのはさまざまな視点があるでしょうが、社会的なインフラストラクチャー、そういうものを確立していく、社会の安定をつくっていく、そこに住む国民の個人的金融資産の保全を図る、通貨の安定も図るというようなものはさまざまな国益としてあるわけですが、私は国益の視点から公的セクターの
仕組みというものを、システムの
仕組みというものを確立し続けていく責任が
政府というか国にはあるんじゃないかというふうに思っています。
もう
一つは、従来、個人部門からできるだけ低利で
資金を集めて
法人企業部門へ
資金を供給する、そういう仲介
機能を銀行が担ってきました。郵便局に集まった
資金も
財政投融資によって
民間金融
機関を補完する形で
法人企業部門へ供給されました。こうした金融システムでは、個人部門を低
コストの
資金調達対象とみなしてきたのではないかと思います。ただ、
企業の
資金需要が変化して、また
資金調達も間接金融から直接金融に変化してきまして、こうした
状況に対して個人金融資産の新しい活用を考えなければならないという時代ともなったのではないかというふうに思います。
調べますと、低成長時代に入って
企業の実物投資意欲は鈍化し、これまで恒常的に
資金不足部門であった
法人企業部門も一九九四年に
資金余剰部門に転じて黒字の
状況にあるそうでございますが、低利の金を、低利が当然のような戦後の
政策でございましたけれども、そのことが続いて
日本の復興があって、経済発展があって、今日は苦しんでおりますけれども、そういう経過が今日まであった。これの変化が起こっている。
これは
企業における
資金の蓄積と同時に、個人がそのことを知っているということ、金融
市場に対する直接的なつながりを持ってくるんじゃないかということで、私は、グローバル金融の中での国内的な国益をどう守るか、そういう変化の中で個人資産をどう守るかの両面で、ある意味では公的金融システムというのを変化させながらどう存続させるかということが重要な政治課題になってくるんじゃないかというふうに思っているところでございます。
さて、最終的にお聞きしたいことを冒頭
質問したわけでございますけれども、これから少し個別の問題について
質問してみたいというふうに思います。
財投、公的金融システムは長期の
資金を供給することでこれまで
我が国の社会資本整備に大きく貢献してきました。例えば
平成十年度末において
日本道路公団の整備した高速道路、有料道路は七千キロ以上、
住宅金融公庫の融資を受けた
住宅戸数は千七百万戸でございます。仮にこれらに必要な
資金をすべて租税収入で賄っていたとしたら、社会資本整備はここまで進んだだろうかという疑問は当然にしてございます。また、一昨年ごろ、
民間金融
機関のいわゆる貸し渋り問題が出てまいりましたが、これに対して
政府系金融機関が一定の役割を果たしたことも重要な問題でございました。
私は、
財投があったからこそ社会資本が整備され、国民生活の質が向上したと思っておりますし、
市場が不完全で失敗があるような場合には公的金融システムが必要となるというふうに考えております。そうした意味で、
財投、公的金融システムやこれを支えてきた原資である郵貯、簡保、年金は
日本経済に大きく貢献してきたと思います。
しかし、一方で、ここ数年、
財投に対する
批判、不満の声も高まってきておりまして、新聞記事をずっと時系列的に見ておりますと、
住宅・都市整備
公団、現在は都市基盤整備
公団でございますが、
日本道路公団、年金福祉事業団、雇用促進事業団、現在は雇用・能力開発機構、商工組合中央金庫、北海道東北開発公庫、現在は
日本政策投資銀行に
統合されておりますが、
本州四国連絡橋公団、石油
公団など具体的に新聞紙上でも取り上げられてきまして、特に
財投機関である
特殊法人などの
経営問題が注目を集めております。
だからこそ今回の
財投改革が行われることになったと私は思いますが、ここで
大蔵省の
財投改革の問題点というのはどこだったんだろうか、入り口とか出口とかという話もありますけれども、その点について
大蔵省の見解をお聞きしたいと思います。