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参考人(
角田博君) 経団連
経済本部長の
角田でございます。本日はこのような機会をちょうだいいたしまして、まことにありがとうございます。
さて、経団連では、
国民生活審議会での
審議に合わせまして、九八年の三月に、それまでありました製造責任問題検討部会というのを改組いたしまして
消費者法部会を設け、
消費者法の検討を始めました。その結果、九八年十二月に「
消費者契約法のあり方について」という
意見書を公表いたしまして、その中では「
規制緩和と自己責任原則に沿う「
消費者契約法」の立法化について、時代の趨勢や各国の現状を勘案すれば、基本的に賛成である。」というふうに申し上げております。この基本的姿勢は現在も変わっておりません。こうした観点から、現在提出されております
消費者契約法案に対する経団連としての考え方を申し述べたいと存じます。
まず初めに、
消費者契約法の政府案に対する評価についてでございます。
国民生活審議会では、
消費者契約法の具体的内容につきまして、
消費者団体や
消費生活相談員、弁護士、学者の先生方、そして
業界とか
経済団体など各界各層の
委員の間でさまざまな角度から長年の検討を重ねて、昨年十二月に
報告書を取りまとめられました。
審議の過程では、私は
経済界の立場から、
消費者取引に対して単に幅広い網をかぶせるというのではなくて、明確かつ予見可能性の高い
ルールを設定するよう報告に盛り込んでほしいということを繰り返し繰り返し申し上げてまいりました。
今
国会に提出されております政府案は、施行に当たって
幾つかの課題が残されていると
思いますけれ
ども、法案としてはかなり具体的になっておりまして、非常に高く評価できるものだというふうに認識しております。
消費者契約法の早期制定が必要であることは各界の共通認識であります。この政府案の方向でぜひ早期の立法化をお願いしたいというふうに感じております。
続きまして、
消費者契約法に対する私
どもの基本的な考え方につきまして、四点に絞って御説明いたしたいと
思います。
まず第一は、
消費者契約法の目的についてでございます。
御承知のとおり、
消費者契約法は、
規制緩和時代の新しい
市場の
ルールとして
消費者、
事業者双方の自己責任の範囲を明確にし、公正な
消費者契約のあり方を求めるものでありまして、その
意味では
消費者を一方的に
保護するための
法律ではないというふうに認識しております。当然のことながら、
事業者も基本的に優勝劣敗の
市場原理の中で積極的な
情報開示と
ルールの遵守を求められているわけでございまして、本法の立法の
意義を厳粛な
思いで受けとめております。
消費者契約法という明確な
ルールが定められることによって、今後、
消費者、
事業者双方の
契約に対する認識がさらに高まり、
市場における円滑な取引が促進されていくことが期待されるわけでございます。
第二に、取引現場の実態を踏まえた立法であるべきということを申し上げたいと
思います。
近年、
消費者取引をめぐる
トラブルが増加していることは事実ですけれ
ども、それでも大部分は善良な
消費者と
事業者との間で正常な
消費者取引が行われております。本法の立法化によって、
消費者契約を行う
事業者は、
業種、業態や規模の大小を問わず新しい
法律に
対応するためのコストを負担する必要があり、それはある
程度やむを得ないものと考えられます。しかし、
トラブルを起こしていない善良な
事業者に余計かつ過大な負担をかけることのないよう配慮をお願いしたいということでございます。そのためには、取引現場の実態に即した具体的で明確な
ルールと、
法律の具体的内容の周知など立法に伴う措置が望まれる次第でございます。
特に、本法の対象となる事業所数は全国で四百五十万というふうに推計されておりますが、その九五%は中小企業であります。こうした中小企業からは、現在の政府案以上に
事業者に厳しい内容の
法律になりますと、例えば十分な説明をしていないという
消費者側からの一方的なキャンセルによるコスト増といったものに耐え切れないという強い不安の声が上がっております。現実の取引実態を十分踏まえた法制度にすることが強く求められているわけでございます。
第三は、予見可能性の確保がぜひとも必要ということでございます。
消費者契約法は、
契約の取り消し、無効といった
民事上の強い
法律効果を定めるものでありまして、
事業者の立場から申し上げましても、
ルールを守り
トラブルを回避するためにあらかじめ
情報提供のあり方、
契約条項を再検討するために、具体的にどのような
行為をすればどのような
効果が発生するのかといった、できるだけあいまいさを排した予見可能性の高い
ルールにするということが求められるわけでございます。これは
消費者の側にとってもぜひとも必要なことでございます。
また、取引現場で実際に
トラブルが発生した場合に、
裁判外
紛争処理機関などでも円滑な
解決が図られることが重要でありますけれ
ども、その指針を明確に示すといった
意味でも予見可能性の高さが求められると
思います。
四番目でございますけれ
ども、
消費者契約法の包括的
民事立法としての
性格ということでございまして、御承知のとおり、
消費者契約法は取引形態の異なる
消費者契約のすべてを対象とする
法律でございます。
このような
性格上、考え得る悪徳
商法のすべてに広い網をかけようとして
法律の条文を抽象的なものにいたしますと、悪徳
商法以外の合理的な取引まで取り消しとか無効の対象になるのではないかといった懸念を生みまして、それを回避するための余計なコスト負担を強いられるおそれがあります。これは、
事業者に対する負担となるだけではなくて、価格上昇あるいは取引の萎縮といった事態を招きまして、社会的な負担増となってしまいます。
そうはいいましても、私自身、悪徳
商法の存在を容認すると申し上げているわけではございません。ただ、包括的
民事立法である
消費者契約法の
性格上、本法だけで悪質な
商法すべてに完璧に
対応することは事実上不可能だというふうに申し上げているのでございます。一部の悪徳
商法につきましては、先ほどお話もございました
訪問販売法とかあるいは割賦
販売法といった
個別法と連携した
対応を進めていただきたいと、ぜひお願いを申し上げたいと存じます。
次に、現在、
国会等で
議論されております
消費者契約法の個別具体的な問題点について僣越ながら私の考え方を申し上げます。
第一に、政府案第三条第一項では、
事業者の
情報提供の努力規定を定めておりますが、これを
義務規定とするといったことにつきましては
国民生活審議会の場でもいろんな御
意見がございました。
確かに、私も、
消費者と
事業者の
情報量の格差を埋めるためには、
事業者が適切な
情報開示を行う必要があるということについて否定するものではございません。ただし、各業態、
業種によって
契約の締結過程に影響を及ぼし得る
情報の内容は多種多様でございまして、
情報提供の方法もさまざまなものが考えられます。そうした中で、提供すべき
情報の範囲を一律に
消費者契約法だけで明確にすることは非常に困難であります。
法律の条文の
意味があいまいなまま
情報提供を
事業者の
義務として
消費者契約法に法定した場合、かえって
事業者、
消費者双方が混乱することにもなりかねません。
さらに、
消費者が
消費者契約を締結するに際して、
事業者から提供された
情報を活用し、
消費者の
権利義務その他
消費者契約の内容について理解するよう努めることは当然のことではないかと
思います。そうすれば、不明確なまま
消費者契約を締結してしまい、後で
トラブルに巻き込まれる危険性というのはかなり低くなるんではないだろうかと
思います。
消費者契約は
消費者と
事業者との間の
契約ですから、双方に
努力義務を課すのは当然でありまして、片方だけにするといったのはバランスを失するのではないかというふうに考える次第でございます。
二番目に、政府案第四条では、取り消しの類型として、
重要事項について事実と違うことを告げること、それから将来における変動が不確実な事項について断定的な判断を提供すること、それから三番目に
消費者に不
利益となる事実を故意に告げないことという三点を挙げておりますけれ
ども、三点目の故意という要件を外す必要があるんではないかという御
意見があるというふうに聞いております。
しかし、日常の取引におきまして、
消費者の混乱を防ぐためにあえて知っていることを告げないとか、ついうっかり告げないまま取引が成立してしまったといったことはよくある話だというふうに聞いております。単に言わなかったというだけで取り消しという重大な
法律効果を認めることにつきましては、取引の安定性、予見可能性といった点から大いに問題ではないかというふうに考えます。
三番目は、
困惑の要件ということで、政府案では不
退去と監禁ということを挙げて明確化をされておりますけれ
ども、それをもっと拡大すべきだという御
意見があるようでございます。
これにつきましても、
事業者が
威迫すること、
消費者の私
生活または業務の平穏を害し、
困惑させること、その他
消費者が合理的に判断することを妨げることといったような規定の仕方をした場合に、具体的にどういう行動が
困惑に当たるのか、実際に
消費者が
困惑したというふうに主張してきた場合に本当に
契約の取り消しを認めるべきなのかどうか、非常にわかりにくい、予見可能性が低くなるということで、これについても慎重に検討すべきだというふうに考えております。
四番目は、先ほどから話が出ておりませんでしたけれ
ども、
取り消し権の
行使期間の話でして、追認できるときから六カ月、
契約締結時から五年ということでございますけれ
ども、これをもっと長くすべきだというふうな御
意見があるというふうに聞いております。
これにつきましては、
事業者にとりまして、いわゆる
消費者契約というのは日々の事業
活動でありまして、これが数年後にいきなり取り消されるといったようなことになりますと、日々の
営業活動に重大な影響をもたらすという可能性がございます。また、
消費者にとっても、
契約の内容について確認し、
取り消し権を主張するためには数カ月あれば十分なんではないかというふうに考えられます。本当に
契約を締結してしまったことについて後悔をして、ぜひ取り消ししたいということを強く望むのであれば、その
契約を半年もほっておくということが本当にあるのかなと私
どもちょっと考えている次第でございます。
五番目は、
重要事項や
威迫といった取り消しの要件の判断基準の指針を内閣総理大臣が定めたり、あるいは不当条項の具体的基準を政令で定めるといった点につきましては、立法府で
法律の
中身が明らかにされないまま
行政府に大幅な裁量を認め、大きな権限をゆだねることになるのではないかと、ちょっと懸念しております。これもやはり
一つ予見可能性が低くなるといった点で若干問題ではないかということを考えている次第でございます。
最後に、
消費者契約法の立法に当たっての今後の課題ということで四点申し上げたいのでございます。
まず第一点は施行の時期でございます。政府案では本法の施行は来年の四月からというふうになっておりますけれ
ども、
事業者にとりましては、
法律が制定されてから施行までに新しい
ルールに
対応するために、従業員の教育とかマニュアルの作成、現在使用しております
契約、
約款の再点検、下請
販売店への徹底といった、こうした入念な準備
作業を行う必要がございます。既に立法を見越して準備に着手されている
事業者もありますけれ
ども、大部分の
事業者は、制定後、コンメンタールとか逐条解説等が示された後に準備に入るというのが実情ではないかと
思います。そうした点からぜひ施行の時期について考えていただきたい、あるいは逆に早期の成立を図っていただきたいということをお願い申し上げたいと
思います。
二番目は、これと関連する話ですけれ
ども、
裁判規範であると同時に、
事業者にとっても行動規範として機能するというものですので、
法律の内容がより具体的になるように解説書の作成をできるだけ早くやっていただきたいということ。
それから三番目は、
消費者契約における紛争
処理の迅速化といった観点から、
地方自治体における
消費生活センター等の
裁判外
紛争処理機関の充実をぜひ図っていただきたいということでございます。
四番目がいわゆる
消費者教育の充実といった点でございまして、特に日本人のような同質社会に生きる者にとりましては
契約に対する考え方が甘いというふうに言われております。商品、
サービスの多様化、複雑化、さらには
経済のグローバル化に伴う国境を越えた
消費者取引の増加に
対応するために、
消費者契約についての教育の重要性はますます高まっているのではないかというふうに考えております。担当の各省庁におかれましても努力をされているところでありましょうけれ
ども、
経済界といたしましても教材の作成等に企業の方の参加をお願いするなど、できるだけの協力を惜しまない所存でございます。国の施策として、いわゆる
契約に対する考え方を一層明確にするという
意味で努力をしてまいりたいし、またそれをお願いしたいということでございます。
以上、
消費者契約法に対する私の私見を申し上げましたけれ
ども、繰り返しになりますが、
消費者契約法の内容がゼロ
サムではなくて
プラスサムの
ルールになるよう配慮をお願いしたいというふうに考えております。つまり、公正で予見可能性の高い
ルールが設定されますと、
消費者、
事業者双方が自己の責任と
権利を正しく認識して、
トラブルのない
消費者契約を結ぶことができるために、全体として消費
活動の活性化が期待できます。
しかし一方で、単に
消費者の
保護とかあるいは悪徳
商法の排除といった短期的視点からだけの点で立法化がなされますと、その対象となる一部の悪徳
商法の
被害者にとっては
プラスですけれ
ども、残り大部分の正常な取引を行っている人のコスト増、あるいは取引自体の萎縮を招いて、社会全体としてはゼロ
サムあるいはマイナス
サムになってしまうおそれがあるということを恐れているわけでございます。
この
消費者契約法の立法化が
契約に対する日本人の意識を高め、二十一世紀に向けての発展の礎になるよう祈念いたしまして、私の陳述とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。