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参考人(田中直毅君) 本日は、先生方の前で意見を述べる機会を与えていただきまして大変ありがとうございます。
本日は、お手元に参考資料として配らせていただきました「ペイオフ解禁のための処方箋」、ことし二月に私
どもの
研究所で発表したものでございますが、ここに述べましたことを中心としてお話しさせていただきたいと思います。
今回の預金
保険法の改正は、システミック
リスクを避けるために最低限必要な手当てはなされていると思っております。しかし、懸念すべき論点はありますし、最大の問題点は、二十一世紀における我が国の経済運営をいかなる原則で行うのかについて総合的なビジョンを示すのには成功していないのではないか、そういう懸念を持っております。本日は、そうした懸念すべき点を中心にして申し上げたいと思います。
金融自由化のもとで
個々の民間
銀行がどのような行動をするのか、そしてそのことが経済にどういう影響を与えるのかということになりますと、
金融自由化を
最初に手がけたところに最も経験値が累積しているわけであります。今回、我が国も
金融自由化のもとでバブルが発生し、バブルの後不良債権問題が我々の前に出てまいりました。そして、このバブルの処理の過程でシステミック
リスクを不幸なことにも起こしてしまったというのが一連の経緯でございます。
ここまで、日本ほどひどくはございませんが、やはり
金融自由化を行った国においては、その後民間
金融機関の行動に従来では予測できないことが起きているわけです。
アメリカで起きたことが我々の経験より十年以上早いわけですし、そして不良債権問題の処理というテーマについても我々より十年近く前にこの問題に取り組んでおります。
そういう
意味では、日本と
アメリカ社会との違いはもちろんありますけれ
ども、自由化のもとで民間
金融機関がどういう行動に出るのか、そして不良債権問題というものを引き起こしてしまったときに、その後の
金融監督から、いざそうした問題が顕在化したときにいかなるシステムでこれに対応するのかということからいきますと、
アメリカの事例というのは大変我々にとって勉強になることだというふうに思っております。
そこで、
アメリカの例を見ていただくために、お手元の資料の三十六ページに表をつくってございますのでこれをごらんになってください。
一九八〇年代の後半から九〇年にかけまして、
アメリカではSアンドLの破綻が相次いだわけでございます。このため財務省は
金融制度改革のための提言を九一年二月に行い、これを受けましてFDIC、連邦預金
保険公社の
改善法が議会を通過しております。
ここでは何が決まったのかということでございますが、まず第一には、預金
保険制度を小さく設計し直すということがはっきりうたわれておりますし、そして破綻処理に当たってもコストを最小にする努力を払うべきだと。その方向で制度改正が行われております。そして、
保険対象外預金の保護については、これは制限的に行うべきだ、これは小さい預金
保険制度という趣旨からくるわけでございますが、こういう仕組みになっております。
なぜそうすべきかというと、大きな預金
保険制度をつくりますと、預金者にも
金融機関経営者にもモラルハザードを起こすことになる。結果として
国民が負担しなければいけない破綻処理のコストは高くなってしまうというところから、小さい預金
保険制度をつくるという趣旨が貫徹しているわけであります。
それから、預金
保険料率に関しましても、
銀行の経営にかかわる健全性尺度をつくりまして、この尺度の違いによって明確に異なる預金
保険料率を徴収するという仕組みが提案されており、またそれが取り入れられておるわけでございます。
早期是正
措置の導入についても極めて具体的でございまして、問題
金融機関の債務超過に陥る前に閉鎖が可能なような法の手当てが行われているということがこの比較表からもおわかりかというふうに思います。そしてまた、万が一システミック
リスクに陥ったときにどうするのかというテーマについても問題の処理がなされているというのが現状でございます。
それでは、こうした
アメリカの事例は我々ちょっと勉強すれば勉強できるわけですし、既にこうした仕組みについて日本語で
研究論文、それから書籍も出ております。
日本銀行でもわかりやすく解説されたこともございます。
そうしたもとにおいて我が国の預金
保険制度改革というものが行われたわけですが、冒頭に申し上げましたように、最小限の問題処理はなされていると思いますが、懸念すべき点が四点あるというふうに私は思っております。
まず第一に、ペイオフの凍結
解除、いわゆるペイオフの解禁が一年延期されたこと、また流動性預金についてはその上さらに一年後まで全額保護されることになったということであります。
これは、預金者及び
金融機関経営者のモラルハザードを誘発する可能性がありますし、結果として
国民の負担する処理コストが膨れ上がる
リスクがあるということであります。こうしたことに対して少なくとも我々は自覚すべきだということであります。
第二点は、小さい預金
保険制度という原則が貫かれているとは私には思えないことであります。
個人貯蓄向けで転々流通しない
金融債が付保対象、
保険の対象になったわけです。また、預
金利息までもが付保対象につけ加えられております。そして、協同組織
金融機関の連合会も今回預金
保険制度の対象になったわけですが、このことの
意味が十分論じられてはいないというふうに思います。すなわち、もともと協同組織
金融機関が預金
保険制度の対象ではなかったということは、システミック
リスクというような形に見舞われる可能性がないようにそもそも設計されている。規律というものは、ごく少数の同じ地域あるいは同業者というような形で、規律が外部的に大幅なものが導入されなくても、
内部における一覧、
内部で一覧すれば問題が解決するということでこの組織原理があるはずですが、実際はそうはなっていなかったということについてどう
考えるかという問題でございます。
第三に、可変預金
保険料率の導入が見送られているということであります。
そして、最後に申し述べるべきは、こうした全体の構図からどういうことが起きるかといいますと、預金者と
金融機関、そして
監督機関の間にインセンティブが働かない仕組みになっているということであります。
結果として、モニタリングコストは高くつきますし、
監督機関はかなり膨大な事業量、事務量をこなさざるを得ないし、そして
監督機関が入った場合には処理コストは膨大になっているという可能性があります。
本来、こういうテーマも既に自由化が早く行われたところでは議論されておりまして、インセンティブコンパティブル、
個々の預金者なり
金融機関なりに働いている誘因と整合的な規制を行うべきだという、そういう原則が今回の全体のスキームからはうかがわれないことであります。結果として、悪くすれば
国民は過大なコストを支払う可能性があるというテーマでございます。
そういう
意味では、この問題の見きわめは立法府の皆様方にとっても大変重要ではないか。先生方に我々は我々の
権限を委託し、皆様方の監視、
監督を通じてこの国の規制のあり方についてより望ましいものを手にしようとしているわけですが、例えばでございますが、ことしの四月から始まった
金融監督庁による信用組合の
検査でございますが、一部にノンバンクに多額な融資を行っている信用組合があるとされているわけですが、この破綻処理に当たってどのような原則が適用されるのかという問題は極めて重要だというふうに思います。
こういう問題がどのような処理をされるのか、ペイオフの解禁延期の背景に我々はもっと注目せねばならないと思っておりますし、先生方のお役目もそこにあるのではないかというふうに勝手に
考えております。
どうもありがとうございました。