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参考人(
土本武司君)
土本であります。
まず、
国会がみずからを縛ることになるようなこういう
法案を御審議されているということに対しまして敬意を表するものであります。
成立させる方向で御
検討くださることを望むものであります。
私は、検事としまして
実務経験を経た上で、今は学界で
法律学、特に
刑事法のあり方を考えている者の一人といたしまして、本
法案につきまして専ら
法律的見地から
検討を加えてみたいと思います。
まず第一に、
本法における
地位利用収賄罪の
法的性格ないしは
保護法益をどう考えるかという点であります。
本
法案の
地位利用収賄罪と類似したものが
刑法の
あっせん収賄罪でございますが、これは
昭和三十三年に新設されたのでありますけれども、実はこの
あっせん収賄罪は、古く
昭和十六年から新設すべく
検討が重ねられたのに、なかなか可決、
成立まで行かなかった。非常に難産の上でようやく生まれ出たというものでありますが、その
昭和十六年の
国会審議のとき、この
あっせん収賄罪の
法的性格ないし
保護法益につきまして、
法案提出者である
政府側の
説明が十分でなかったために
関係議員を納得せしめることができず、それが立法化されなかった
一つの
理由であったと聞き及んでいるのであります。それだけに、本
法案につきましても、まずもってこの点を十分審議する必要があろうかと思われます。
恐らく、この
法案の
構成要件からいたしますと、公務の廉潔性の保持という点または
政治倫理の確保、このいずれかであろうかと思われます。
賄賂罪の
保護法益については、一般にゲルマン法に由来しますところの公務の純粋性かローマ法に由来するところの公務の不可買収性にあるとされているのでありますが、もし本
法案における
地位利用収賄罪の
法的性格というものが公務の廉潔性の保持にあるんだとするならば、
刑法の
賄賂罪、とりわけ
あっせん収賄罪の特別法ないし補充法という性格を持つことになります。もしそれに対しまして、本罪の法益が
政治倫理の確保にあるというなら、
公職選挙法ないし
政治資金規正法と
同一の基盤の法に属するということになります。かつてこの
法案に
関係しました民主党案では、たしか表題自体が
刑法の一部
改正法案ということになっておりましたので、そういうお考え方であるならば明らかに前者に属するということになります。
しかしながら、本
法案を拝見いたしますると、提案
説明におきましては、「この
法律案は、
政治倫理の一層の
確立を目指し、
政治に対する
国民の
信頼を回復するため、
国会議員がその
地位を利用して収賄等を行う
行為を
処罰しようとするものであります。」というように、かなり
政治倫理の
確立という点が強調されております。次に、この主体が
国会議員に限られております。次に、
刑法の
改正ではなく独立立法として審議されようとしております。こういうことからいたしますと、どうも
政治倫理の確保という点を重視した
法案であるように思われる。
つまり、
日本の
政治風土、民主
政治における
政治家の
活動のあり方を考えますると、
国会議員もいわゆる
公職選挙法によって選任されたところの
政治的
公務員としまして公務の廉潔性ということが要求されることは当然といたしましても、他方で
政治活動の自由が阻害されることのないようにしなければならない。つまり、公務の廉潔性という要請と
政治活動の自由という
二つの要請がぶつかり合うことになるので、そこの調和をどこに求めるかという問題になるわけでありますが、その際、公務の廉潔性が
政治公務員に要求されるとしましても、その限度は、
選挙時の廉潔性というのは
公職選挙法の買収罪で保持される程度のものを法は期待しているのである、
選挙後の廉潔性というのは
刑法の収賄罪で保持される程度のもので満足すべきものと法は期待していると言えるのではないかという考え方が
一つある。
そして、その一方では、しかし政界の汚職が何回摘発されても百年河清を待つごとく後を絶たない。その根底は
政治倫理の低下にある。とりわけ、顔をきかせて口をきいてやり口きき料を取るというやり方、これが我が国の政界の倫理性を低からしめている。法治国家にあっては法が最高であるべきであるのに、
日本ではしばしば要職にある
政治家の顔が法よりも優越するという状況にある、これを何とか正さなければいけない、こういう認識が出てまいります。
かれこれ考えますと、結局本
法案の
保護法益あるいは性質というのは、
政治倫理の確保と
職務の廉潔性という両面を持ちつつ、その主たるものは
政治倫理の確保であって、
職務の廉潔性というのは従たる法益としてとらえるのが相当であるように思われます。
そういたしますと、
本法の題名が「
国会議員の
地位利用収賄等の
処罰に関する
法律」というのは必ずしも適切ではない、かつての
自民党案のように、「
国会議員の
政治倫理の
確立に関する
法律」といった方がより適切ではなかろうかと思われます。
第二に、この罪の主体についてであります。
法案上は
国会議員に限定されております。
国会議員が積極的に自律機能を働かせましてほかの模範としようとする姿勢はもとより多とされるところでございますが、地方
議員にもあっせん
行為をして利得を得るということがあるのであり、現に先ほど申しました
昭和三十三年に
刑法の
あっせん収賄罪が新設されて以来、あれは大変要件が厳しいので、もともとざる法と言われたんですけれども、実際上も検挙事例が非常に少ない。その少ない中でも、十数件ある中でも
国政レベルのものは、過日また話題となりました衆
議院議員中村喜四郎氏のいわゆるゼネコン事件が一件あるのみでありまして、ほかはすべて地方
政治のレベルのものばかりなのであります。
しかも、かつてのさきがけや社民党案では、
地方公共団体の
議会の
議員さらには首長、つまりは
公職選挙法によって選ばれる
政治公務員はすべてこれの主体たり得る者という案になっておったのでありますが、そういう方向への転換の方がいいのではないか。法というのは一般的・抽象的な規範であります。特別の事情がない限り、規制の必要のある
対象はすべて規制
対象に組み込むべきであります。
第三に
目的でありますが、「
特定の者に不当に
利益を得させる
目的で」という要件になっているのでありますが、これは問題なのではないでしょうか。この要件というのは、恐らくは正当な
政治活動を不当に制限することのないようにするためのものでありましょうけれども、まずここで「不当に」という
概念は極めて抽象的で明確ではありません。
かつてさきがけは特別の
利益というものを要件とする案を出しておられたのでありますが、「不当に」というのは、特別な、ではありませんから、一般には得られない
利益を特別に得させる
目的であっても不当とは言えない場合が出てまいります。
例えば、融資において、金利は高くないけれども金融引き締め期間内に融資を認めてもらう、公共事業において、工事代金は格別高くないけれども建設工事を請け負わせてもらうということなどは不当とは言えないことになりましょうと思われます。
しかも、
目的規定ですから、
行為者において不当であることの認識がこの罪の
成立上必要であります。何が不当で何が不当でないかが客観的にはっきりしない上に、仮にそれがはっきり決められたとしましても、
行為者に不当性の認識がありませんとこの
目的がないことになって
処罰ができなくなってくるわけであります。
この罪というのは、要はあっせん、つまり口をきくということは違法ではない、しかしその報酬をもらうということに違法性があるというものとしてとらえますならば、
刑法の
あっせん収賄罪よりも広く浅く
処罰の網をかぶせるというところに
意味があるわけですので、こういう
目的規定といった主観的要件を加えますと、実際の運用面ではまさに骨抜き、ざる法になってしまうという危険があるのであります。
次に、第四に「その
地位を利用して」という要件でありますが、この要件は恐らく通常の収賄罪に必要な
職務権限が本罪では必要としないかわりに、本罪では
地位利用が必要とするということによってあっせんの方法を限定しようとしたのでありましょう。しかしながら、この
地位利用という
概念は甚だこれまた明確を欠くのでありまして、解釈運用上恣意を挟む余地が少なくなく、広くも狭くも解せられるというおそれが出てまいるのであります。
議員が他の
公務員に対して持っている影響力の有無とか程度は
個々の
議員によって千差万別でありまして、必ずしもその
地位だけによるものではない。そうすると、
地位の利用とその他の影響力の利用とをどう区別するのか、あるいは
議員が
弁護士だとか会計士だとか会社の顧問を兼ねている場合、そういう兼職の立場で官公庁と交渉するのも
地位の利用になるのかなど問題が多いわけであります。
実は、
あっせん収賄罪立法当時、まさにこの
地位利用という要件を入れるかどうかが問題となったのでありますが、今申したような問題性があるということから結局入れないことにしたわけであります。一たん死んだものを合理的な
理由もないのに生き返らせる必要性はないのではないかと思われます。
時間がありませんので、あと結論だけ申します。
第五に、
第三者供賄についてでありますが、
本法は
第三者供賄も
処罰対象にしております。しかしながら、
昭和三十三年の
刑法改正の際に衆参両院の法務
委員会におきまして、それぞれ「将来
第三者供賄の
処罰について
検討すべきである。」という附帯決議をなさっているのであります。それと
本法にいきなり
第三者供賄を入れることとの整合性はどうお考えになるのでありましょうか。さきに既に
国会において義務づけられている、義務と言っていいかどうかあれですが、附帯決議がある以上、その方の
処理を考えるべきではなかろうかと思われます。
以上であります。