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位田参考人 京都大学の
位田でございます。おはようございます。よろしくお願いいたします。
先ほど
岡田参考人が
生物学的及び科学的な観点から
ヒトに関する
クローン技術等の
規制についてお話しされましたけれども、私の方は、もともと国際法を専門とする
法律屋でございますので、
法律及び
生命倫理の観点からお話をし、同時に、私は、そこのレジュメに書いておりますように、現在
ユネスコ国際生命倫理委員会の
委員長をしております観点で、そういう立場から、国際的な観点も交えまして御
説明を申し上げたいと思います。
私が御
説明申し上げたい点は二つございます。
一つは、
クローン人間を
禁止するということの
意味、これはどういうふうに考えるかという問題、それから第二に、
クローンを
規制するという場合の
規制のあり方についてお話を申し上げます。
まず、
クローン人間を
禁止することがどういうことであるかということでございますが、
クローン人間をつくるもしくは
クローン問題を考えるということの
前提は
生命倫理であるというふうに考えます。
生命倫理というのは、よく言われるように、例えば宗教道徳であるとか、もしくは絶対的な
倫理であるとか、そういったものと必ずしも同じではないというふうに考えます。そういった、例えば宗教観がベースにはなっておりますけれども、一言で言えば、それぞれの
社会が持っている行動
規範、もう少し言い方を変えれば、やっていいことと悪いこと、もしやっていいとすれば、どういうルールに従ってやっていいのか、もしくはやっていけないのかということが
生命倫理であると思います。
もちろん、それは
生命に関連すること、ここでは特に
人間の
生命に関連してそういうやっていいことと悪いことを判断する基準、これが
生命倫理ということでございます。
生命倫理の最も
中心になる基準が
人間の
尊厳で、より
法律的な方に近づけますと
人権ということでございます。
人間の
尊厳と
人権を基準にして、それぞれ具体的なケースで、具体的な
倫理ルールもしくは
倫理的な判断を行っていくというのが
生命倫理の
考え方だと思います。
他方で、しばしば科学
研究の自由ということが主張されます。確かに、科学
研究の自由というのは、
人権におけるいわゆる思想の自由の
一つとして認められております。しかし、科学も自由もそれぞれ
社会の中で存在するものでございますので、
社会のルールの制限を受けない
研究の自由というのはございません。
ここで議論をいたしますのは
生命科学という科学の一
分野でございますので、
生命科学を取り上げれば、
生命倫理によって制限を受ける、つまり
生命倫理という
社会規範によって制限を受けるということになります。具体的には、
クローン人間をつくるということがここでは
中心的な問題になっておりますので、
クローン人間をつくるということが、それが仮に科学
研究の中身であっても、
生命倫理の観点から見て許されるかということでございます。
例えば、私が
関係いたしました、一九九七年十一月にユネスコ総会で採択をされた
ヒトゲノム及び
人権に関する世界宣言の中では、
人間の
尊厳に反する
行為として、
クローン個体の作製、つまり
クローン人間をつくることを
禁止しております。この
考え方は、また後にも申し上げますが、国際的に統一された
考え方であろうと思われます。
それでは、こういう
生命倫理という
社会規範と法との
関係はどういうことかと申しますと、
生命倫理というのは、御承知のように
法律ではありませんので、ある
意味では精神的な拘束力はございますが、法的な拘束力はない。つまり、
倫理に反する
行為をいたしましても、当然、刑務所に入るわけではないし、警察に捕まるわけでもないということになります。したがって、その
社会の中である
行為を確実に
禁止しようとすると、最後は
法律に行き着くということでございます。そのために国会という立法機関があるというのはもちろんのことでございます。
クローンの問題につきましては、
クローン人間は絶対にやっていけないことである、いかなる
社会であってもそれを認めるべきではないというのが、我が国でもコンセンサスがあると思いますし、国際的にもコンセンサスがあることでございまして、したがって、
クローンを
法律で
禁止するという理由が十分にあることになります。
しかし、それでは、なぜそれを
法律で
規制するのかということでございますが、
クローン小
委員会で議論いたしました結果としましては、
人間の
尊厳に反するという問題、そして、生まれてくる
クローン、
クローン人間と申し上げますが、の
安全性に問題があるという大きく分けて二つの理由でございます。
もっとも、
人間の
尊厳とは何かというのは余りよくわからないということもございますので、
クローン小
委員会での議論では、そこに書いております、
クローン人間をつくるということは、まず第一に、
人間の育種もしくは道具化、手段化につながる、だからだめなんだということが
一つ。
それから第二に、生まれてくる
クローン人間のことを考えれば、その
クローン人間は個人としての尊重がないがしろにされる危険性が極めて高い、そのことは憲法のうたう個人としての尊重ということに反する、したがって、著しい
人権侵害につながるということになります。
また、科学的に見ますと、これは
無性生殖ということでございますので、
人間の生殖という基本認識からは逸脱しているということになります。
この三つをあわせて
人間の
尊厳に反する
行為である、したがって、これを法で
規制するというのが
クローン小
委員会での議論でございます。
その上に、生まれてくる
子供が本当に十分に育つかどうかわからないという
安全性の問題がつけ加わることになります。
これらを総合して考えますと、
クローン人間をつくるということは反
社会的
行為である、とりわけ我が国にとっては反
社会的
行為であって、したがって、これを刑罰で
禁止することが妥当であるという結論が
クローン小
委員会での結論でございます。
クローン小
委員会では、単に
クローン人間をつくるということだけではなくて、それに関連して、その
個体をつくること、つまり
クローン人間をつくること、もしくは
ヒトの胚を
研究目的で操作することにつながることもやはり
人間の
尊厳に反するというふうに考えました。したがって、
クローン人間づくりと
クローン胚等の利用を、いずれも今回出ております
法案で
規制するという
考え方が結論でございました。
ただし、
クローン胚等につきましては、
クローン人間をつくるということと比べると、医学的な
有用性、言い方を変えれば、人命を救助する、例えば免疫の拒絶反応のない医療ができる可能性がある、もしくはミトコンドリア異常症という病気を治す可能性がある。このことは人命を救助することにつながる、そういう重要な
有用性があるので、その道はやはり開いておきたい、しかし、それ以外は原則として
禁止するという立場をとりました。
したがって、
指針で
クローン胚等の利用については
規制をいたしますが、その基盤は
法律に基づかせる。その
指針に違反をすれば、最後は法に戻ってきて、これで刑罰が科される可能性があるという形をとられているわけでございます。
それでは、
規制の話に入りましたので、具体的にどういうふうな
規制のあり方があるかということを次にお話しいたします。
国際的には、
クローン人間を
禁止するというコンセンサスがございます。各国の動向を見ましても、イギリス、ドイツ、フランスなどでは、既に
生命倫理等に関連する
国内法がございましたので、九七年の二月に
ドリーが誕生して直後に、既に
クローン人間をつくるのは
国内法に反するんだという結論を出しておりますし、その他
国内法を持っていない国は、それぞれ
国内法をつくる。とりわけ、最近は、
クローンを
禁止するという
目的の
法律をつくる国が出てきております。できている国と、我が国と同じように、現在国会で
審議中という国もございますが、
一般的に見ますと、
クローン人間を
禁止するというのは国際的に統一した方向である。しかも、それを
法律で
禁止するというのが統一した方向であるというふうに考えられます。
国際機関におきましても、先ほど申し上げたユネスコのほかに、WHO(世界保健機関)それから国連総会の
人権委員会、さらにヨーロッパにあります欧州
審議会等では、宣言でありますとか決議で
クローンを
禁止する、もしくは条約で
禁止するということをやってきております。
禁止の手段としては、
法律によるという傾向が出ていると申し上げましたが、
法律をもしつくらなければ、我が国では
クローン人間づくりを効果的には
禁止をしないんだということを世界的に宣言することにつながります。
人間の
尊厳に反すると考えながら、しかし
禁止をしないという、非常に中途半端な立場をとることになります。そのことは、
日本がそういう中途半端な立場をとるということにつながりますので、これについては早急に対処する必要がございます。先ほど
岡田参考人もおっしゃいましたが、
平成十年の末には
アメリカ人の
研究者が、
日本で
クローン人間をつくる可能性があるんだということも発表したわけでございます。
もっとも、その
規制の方式は各国の文化的、
社会的、法的な状況に合わせて行われてきておりまして、必ずしもどの国も
生命倫理もしくは
生殖医療関連法によっているわけではございません。
例えば、フランスは
生命倫理法という
一般法をつくりました。必ずしも
生殖医療法ではございません。イギリスは、確かに
生殖医療に関連する
法律がございました。ドイツは、
生殖医療ということではなくて、むしろ
受精の瞬間から
人間の
生命が発生するという
考え方から、胚保護法という
法律をつくっております。その他各国では特別法として
クローン禁止法をつくる傾向がありますし、
アメリカなどでは大統領命令で、
クローン人間をつくることについては政府の資金は提供しないという決定をしております。さらに、さまざまな国の
生命倫理委員会、
国内の
生命倫理委員会等では
クローン人間を
禁止するというのが一貫して出てきておりまして、可能なところからそれぞれ立法作業を行っているというのが現状だと思います。
我が国の立法の仕方は、従来から、
一般法をつくるということよりも、むしろ具体的な問題が生じた場合に、適切な
対応をするために個別法をつくる、特別法をつくるという方式をとってまいりましたし、そのことは従来から非常に実効的な
規制をすることに役立ってきております。
先ほど申しましたように、
クローン問題につきましては、必ずしも
生殖医療と完全に同じ枠組みとはどの国も考えているわけではございません。特に、
クローン個体は
無性生殖であるという点は、例えばフランスの
生命倫理委員会の
報告では、
クローン個体を作製するということは
無性生殖であるので、
有性生殖という通常の生殖からは逸脱をするという
考え方を明らかに示しております。
また、
クローン胚等につきましても、
ヒト以外、もしくは自然の人と人との
関係から生まれてくるような生殖から外れる部分がございますので、これを生殖もしくは
生殖医療という枠内で考えることには無理がございますし、もし
クローン人間が生殖ということであれば、
クローン人間をつくるということが人の生殖であるということを認めることにつながりますので、これは認めるべきではないというふうに思います。
それでは最後に、実効性のある
禁止、
規制についてはどういうふうに考えるかということでございます。
今回の
法案では、
クローン人間をつくると懲役五年以下もしくは五百万円以下の罰金ということになります。例えばフランスでは、これに反しますと、二十年の懲役という極めて重たい刑が科されております。
私自身は、懲役五年というのは軽いという印象がございます。というのは、
クローン人間というのは、
人間を生み出すということと同時に、その生み出した
人間を道具として使う、とりわけ臓器移植に使うということを考えておりますので、いわば人を殺すために
人間をつくるということから考えると、五年というのは少し軽いかなというのが私の印象でございます。もっとも、五年であっても実刑になる可能性がありますから、
医師免許を剥奪する理由には当然なります。
それから、
クローン胚等の
禁止につきましては、これも先ほど申し上げましたように、
人間の
尊厳を害する可能性が高い。ただし、
クローン人間をつくることよりは若干低い。すなわち、胚の段階でとどまることにすれば、
人間が生まれてくるということには必ずしもつながらない可能性がありますから、これは、基礎は
法律で定めることにしても、具体的な内容は、それぞれの胚
研究の進展の度合いに合わせて具体的なルールをつくる必要がございますので、そういう場合には
指針が妥当であるというふうに思います。
我が国ではもともと、従来から科学
研究を
法律で細かく
規制するということはやってきておりませんので、最終的な基盤は
法律に求めるとしても、具体的な
規制のルールはやはり
指針で適切な形で定めていくというのが、従来からの我が国のやり方にも合致するのではないかと思います。
最後に一言申し上げますが、
クローン人間問題というのは
生命倫理にかかわる問題でございまして、これを
生殖医療という枠の中に入れて議論をすることに私はむしろ危惧感を覚えております。本当に必要なのは、
生命科学の発展によって生じてくる具体的な問題に対して、どういうふうに
生命倫理の立場から議論をし、かつ解決していくかということでございまして、個別の問題にそれぞれの
生命倫理のルールを
適用して適切に対処していく中から、我が国の
生命倫理が確立していくように思います。
残念ながら、我が国では
生命倫理の議論というのはこれまで余り行われてきませんでした。そういう観点からいたしましても、この
クローン問題をきっかけにして、
生命倫理がこれから醸成されていくということを私は期待しておりまして、そのことが
日本の
生命科学及び
生命倫理における国際的な立場をも上昇させるものであるというふうに信じております。
御清聴どうもありがとうございました。(拍手)