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若杉参考人 東京大学の
若杉でございます。
私は、
年金局長の私的研究会であります
年金積立金の
運用の基本方針に関する研究会の座長として報告書をまとめた立場から、
年金自主運用の基本的な考え方、あるいはそこにおける前提というようなことについて
お話をしてみたいと思います。
私がきょう申し上げたいことは、皆様のお手元に「
年金積立金の全額
自主運用をめぐって」というメモがあると思いますが、少し長いので、時間の許す限りで
説明してまいりたいと思います。
そこでは大体四つのことに分けて書かれています。まず「
自主運用の意義」、二番目に「
年金積立金の
運用原則」、三番目に「
運用と
責任体制」、四番目に「現実の諸問題」というようなことでまとめてございます。
最初に「
自主運用の意義」というところからいきますけれ
ども、この辺は制度の前提でございますので、皆さんよく御存じのところでございますが、一応、なぜ
積立金があるかというところから
お話ししたいと思います。
我が国の
公的年金は、世代間、世代内の相互扶助の考え方で行われていることは皆さん御存じのとおりです。しかし、少子・高齢化の急速な進行によりまして、将来の現役世代の
保険料負担が急激に大きくなることが予想されておりましたので、その世代間の
負担の不公平を緩和する目的で部分的に積み立て方式が導入されました。
積立金とその
運用益とで将来世代の
負担を軽減するという工夫でございます。その結果、現在百三十四兆円余という
積立金が生じているわけです。この
積立金が効率的に
運用されるほど、現在及び将来を通じて現役世代の
保険料負担をより軽減できる、そういう
意味を持っているわけです。その
意味で、
積立金運用の課題は、いかに高い利回りを確保するかということになるわけです。
それでは、これまで
公的年金の
積立金は
資金運用部に
預託されてきたわけですが、どうして
自主運用に至ったかといいますと、それは、もともと
厚生省が、より高い
運用利回りを実現するべく、長年
自主運用による
市場運用を主張してきたということが一つあるわけですが、それと財投改革、そういうことがありまして、それを契機に
自主運用ということになったわけでございます。
ところで、
自主運用をする、
市場運用ということになるわけですが、
市場ではどういう原理が成り立っているかということですが、全
世界的に
金融の自由化、国際化が進んでおりまして、
市場においては
リスク・リターンのトレードオフという経済原理が成立するようになっております。つまり、安全確実な
運用を目指せば利回りはおのずと低くなり、また逆に、高いリターンを実現しようと思えば期間ごとの
運用利回りの変動は大きくならざるを得ない、そういういわゆるハイ
リスク・ハイリターン、ロー
リスク・ローリターンという関係でございます。
それでは、こういうような
市場の環境の中で、
自主運用をするという効果はどういうことなのでしょうか。
公的年金の
積立金を、
資金運用部の
預託よりも高い利回りの
運用に向けようとするということになるわけですが、そのことは、全体として
保険料を低めるということが効果でございます。
ただし、
運用には
リスクがありますので、
運用がよければ、その後の
保険料を低くすることができるし、さらに低めることができる。あるいはまた、
運用が悪ければ
保険料を上げざるを得ないということになるわけですが、五年ごとの財政再計算の際に改定される
保険料の変動を大きくする、そういう要素をはらむということになります。しかし、
積立金があるわけですから、これをバッファーとして利用することによりまして
リスクを吸収することが可能でありまして、安定的に
保険料の軽減を実現できるということになるわけでございます。
ただし、この場合、重要なことは、この
積立金の額というものがどういうような数理計算に基づいているかということをきちんとしておくことでございます。したがって、数理計算に基づいて
積立金残高の時間的な推移を計画しまして、
運用リスクにより
積立金が計画からどれだけ乖離しているか、多いのか少ないのか、そういうようなことを常に監視することが不可欠だということになるわけです。
それでは、実際に
年金積立金の
運用原則はいかなるものであるのでしょうか。そのことについて、しばらく御
説明したいと思います。
まず最初に、ALMということでございます。
年金積立金の
運用を現代の
資産運用の管理の観点から見ますと、次のようになります。
一般に、調達した資金には、
リスクと期間という二つの側面がございます。つまり、その調達した資金がどの程度の
リスクを負うことができるかという問題と、返済期限がいつかという満期の問題でございます。
他方、資金を
運用する場合にも、その
運用機会にいかなる
リスクが伴うかという
リスクの問題と、資金の回収までにどの程度の期間を要するかという時間の側面とがあります。したがって、資金の調達、
運用を安定的に行う、あるいはそこから安定的に利益を上げるためには、調達と
運用を、その
リスク、時間という二つの面から対応させる必要があります。
その観点から、調達と
運用とを対応させるための管理、それを
資産負債管理、あるいはALM、アセット・ライアビリティーズ・マネジメントでございますが、そういうふうに呼んでおります。そういうことで、現代の
資産運用の一つの原則はALMということでございます。
もう一つは、分散ということでございます。
資本主義におきましては、資本が
リスクを
負担するということが大前提でございますので、
金融資産の
運用には必ず
リスクが伴います。この
リスクは、通常、二つの部分に分けることができます。つまり、アンシステマチック
リスクと呼ばれるものと、システマチック
リスクというふうに呼ばれるものでございます。
前者は、いろいろな多様な
資産、ここで言う
資産というのはアセットクラスということなんですが、国内株、外国株、国内債、外
国債、あるいは転換社債、証券化商品等々、そういういろいろな証券を性格別に分けたもの、そういうものをアセットクラスといいますが、そういうアセットクラスを組み合わせることによりまして、あるいはさらに、同じアセットクラスの中で、例えば
株式の中でいろいろな銘柄を持つことによって、多数の銘柄を持つことによって、そういうアンシステマチック
リスクはお互いに相殺されて消えてしまうということが理論的にも経験的にも確かめられております。
このことから、現代では、なるべく多様な対象に分散投資をしつつアンシステマチック
リスクを消去し、分散投資によっても消すことのできないシステマチック
リスクをコントロールするということが
資産運用における大前提でございまして、それが合理的な行動というふうにされております。これを通常、銘柄分散、あるいは単に分散投資というふうに呼んでおります。そのいろいろな
資産、あるいは多数の銘柄を保有するためには、それだけ大きな資金を必要としますので、一般に、資金量が大きいほど効率的な分散投資が可能になるというふうに考えられております。
また、別の観点から見ますと、
資産の
運用収益率には、平均回帰、そういう現象が見られます。
これは、収益率が非常に上がったり下がったりしても、大体いつかは平均的な水準に返ってくるという、つまり、平均値の周りで行ったり来たりしているということなんですけれ
ども、そういう平均回帰現象というものがしばしば見られますので、
運用期間が長くなるほど全期間を通しての
運用利回りの変動を小さくできる、そういう効果も経験的に知られております。このことから、資金が許す限り長期間保有することが、
リスクの回避の点で効率的であるということが知られているわけです。これを時間分散というふうに呼んでおります。
それでは、こういうような一般的な
資産運用管理の原則があるときに、公的
年金積立金の
運用原則はどういうものかといいますと、やはり現代の
資産としまして共通のものがあるわけでして、ALMの観点から、調達資金の
リスク、期間に対応した
運用を行い、かつ銘柄分散、時間分散の効果を活用して、
リスク・リターンに関してより効率的な
運用を行うべきであるということになるわけでございます。
公的年金の
積立金は、常に一定額が存在する、ある額が存在すると予想されておりますし、また、事実上、非常に長期の資金でございます。しかも、額が大きいわけですから、十分に銘柄分散、時間分散を活用し、
リスクを有効に管理することが可能だということになります。
それに比べまして、従来の
資金運用部の
預託は、期間七年、元本保証、確定
金利の安全
運用でありまして、
年金積立金という資金の性格にはマッチしていないということでございます。その
意味で、非効率的な
運用であったということでございます。もちろん、安全、確実という点のメリットがあるわけですが、その分、
保険料が高くならざるを得ない、そういう問題があるわけでございます。
公的年金には、先ほど申し上げましたように、
積立金をバッファーとして利用できるわけですから、それを用いましてある程度の
リスクを
負担することが可能だということになります。
自主運用によって
市場運用が行われるならば、より資金の性格に合った
運用が可能になり、
国民の
保険料負担を軽減できるということになるわけです。
ところで、この
自主運用に関しまして、
運用対象を規制するべきだという考え方、御
意見がいろいろあるわけですけれ
ども、分散投資というのは、いろいろな銘柄、とりわけ異種のものを組み合わせるということによりまして、利回り水準、これをリターンと呼んでいますけれ
ども、それを犠牲にすることなく
リスクを低減できる、そういう原理を応用しているわけです。
例えば株の場合でも、個々の銘柄で見ると
リスクが大きくても、分散投資をすれば、
資産全体、つまりポートフォリオとしては
リスクが小さくなるということが経験的にも確かめられております。といいましても、
株式はもともと
企業の
リスクを
負担する役割を負っているわけですから、それ相応の
リスクが残ることは事実でございます。しかし、
株式のポートフォリオと債券ポートフォリオという異なる
資産を組み合わせることによって、
リスク・リターンが両者の中間にあるような
運用というものが可能になるわけでございます。
したがって、個々の銘柄や
資産の
リスクが大きいからといって
運用を規制することは大変非効率的なわけでして、資本
市場も
資産運用技術も発達した現在においては、従来のような
運用対象規制は望ましくないというふうに言えるわけでございます。
そういうことから、大事なことは、
市場で流通しております
金融資産を適切に分類して、その
資産分類、アセットクラスと呼んでいますが、そのもとで
資産の最適な組み合わせを実現すること、それが重要だということになるわけです。もし
リスクの小さい
運用を意図したければ、そういうものをねらっているのであれば、
リスクの小さい
資産の組み入れ比率を大きくすればよいわけでございます。
いずれにせよ、いろいろな
資産、銘柄を組み合わせて
リスクを低減させるポートフォリオ的な発想が重要だということになります。そういうことで、
公的年金の
積立金の
運用の原則も、ALM、分散投資ということでやっていくということでございます。
この後、私のメモには「
運用と
責任体制」というようなことが書いてありますが、そこでは「
受託者責任の確立」ということと、それからディスクロージャー、「情報開示の重要性」ということを強調しております。この点につきましては、ほかの
参考人の方が述べられたことと全く私も同
意見ですし、また、その報告書でもそういうことを特に強調しております。
時間が参りましたので、私の
意見陳述は以上とさせていただきます。
最後に、私は、
自主運用関連法につきましては賛成であるということを付言しておきたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)