○
森公述人 森でございます。発言の
機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
私は、この
委員会に出てまいりますのは「むつ」の事件以来二十五年ぶりでございまして、中曽根さんや、お父さんですけれ
ども、岡良一先生のお手伝いをして、
原子力開発に四十数年携わった者として、特に
原子力関係者の一員が今回のような
事故を起こして皆様に大変、村の皆様はもちろんでございますが、御迷惑をおかけしたこと、大変遺憾に思っております。その結果、本日御提案のような、
規制の
強化あるいは定員の増加を伴うような、この世の中に全く逆行した
措置をとっていただかざるを得なくなったということは、本当にじくじたる
思いがいたします。
私
ども原子力産業
会議では、この
原子力産業
会議は産業界ももちろん入っておりますけれ
ども、
原子力関係者の八百
機関ほどの社団法人でございますが、三日目に緊急の
理事会を開きまして、今回の
事故をどう
考えるか真剣な討論をいたしました。その結果、とにかくやはり民間の
原子力関係者が自覚をすることがまず大前提であると。
最近、確かに軽水炉、
原子力発電所は大変順調な運転を続けておりましたけれ
ども、余りにも不祥事とかデータ改ざんとか多過ぎるとかねて私も思っておりましたので、この
機会に厳しい意識改革を実行しようじゃないかということを提案いたしまして、こういう時期でもございましたので、全員に賛成してもらいまして、「民間
原子力関係者の自己改革に向けて」という提言をいたしました。提言と申しましても、自分たちに自分で言っているものでございますけれ
ども。
その内容は御紹介する時間がございませんけれ
ども、中核は、やはりトップの人が安全の重視を最優先するという
責任感、それを具現することが一番大事なことである。これはいろいろ書いてございますが、さらに、同じ仕事をしておる者が、安全
情報、むしろ失敗
情報と言った方がいいかもしれませんが、そういうものを、競争
関係とかそういった垣根を乗り越えて共有することが必要だということを申し合わせたわけでございます。
早速、電力が中心になっておりますニュークリアセーフティーネットワークというものも近々立ち上がるようでございますし、特に、今回の
事故の
燃料加工部門、これは大変大事でございますので、たまたまその中の社長さんが明くる日外国へ行かれる
機会もあったものですから、外国にも呼びかけまして、核
燃料加工の世界の安全ネットワーク、これはむしろ早く立ち上がる、ごく最近立ち上がると
思いますが、そういったものをつくることになっております。
そういった努力をお互いに監視し合いながら、心を締め直していかなければいけない、こういうことをして初めて
国民の信頼が取り戻せると
考えております。
今回の二つの立法に関連いたしますこととしては、最初に二つのことを申し上げておきたいと
思います。
まず一つは、先ほど
村上さんからもお話がございました、
事故の性質が未曾有のものであったとはいえ、余りにもその
対応のおくれがあったために、これは少し詳しくお話ししたいので、後で御質問があればぜひ話したいのでございますけれ
ども、
村民の皆さんを初め、大変大きな
影響を招いてしまったという点、まことに残念でございます。私
ども原産といたしましても、私自身が、そんな柄でもないんですけれ
ども、座長になりまして、今回の
事故を深層にわたりまして、本当の教訓を引っ張り出すために執念深くと申しますか、調査を続けておるところでございます。
次に、やはり何と申しましても大きな問題は、
放射線の
影響についてでございます。
先ほど
村長さんからもいろいろお話がございましたとおりで、この混乱が大変大きくて、一層迷惑を拡大しておるわけでございます。これはよく言われることですけれ
ども、新聞が悪いようなことを言いますけれ
ども、新聞あるいはマスコミの前に、
原子力関係者の
放射線安全についての理解の不足と言っては言い過ぎかもしれませんが、不足を反省しなければならない。
例えば、ICRPの線量限度というものがございます。ICRP、国際
放射線防護委員会は、大変権威のある、非常に厳しい
委員会でございまして、ここでは、
放射線はどんなに量が少なくても必ず少ない量に比例した
影響があるという、まあ仮定ですけれ
ども、そういう仮定に基づいて
基準をつくっておるわけでございますが、そこで、一般大衆の
基準というのが一ミリシーベルト・パー・年というものがございます。これの説明等がなっていないというか、ちゃんとされていないということ。
例えば五十ミリシーベルト浴びた人は五十年分浴びた、こういうふうに言われておりますけれ
ども、これは全く間違いで、毎年五十年間
事故があれば、それは五十年分浴びることになりますが、その人一生にわたってこの一ミリシーベルト・パー・年。一ミリシーベルト・パー・年というのはつまり、東京と関西で自然
放射線の量が違いますが、その差も二倍かそれくらいの違いでございますけれ
ども、そういうことぐらいまでは、もちろん進んでやることじゃありませんけれ
ども、進んで関西へ移住する人もいますけれ
ども別にそういう意味で移住するわけじゃありませんから、やむを得ないというか、いいと言っておるわけでございます。
つまり、普通に言いますと、これは、ICRPなどで計算するときは、平均寿命を七十歳と
考えれば三十五、つまり、これ掛ける三十五年間程度は、じりじりと少しずつですよ、これは、一遍にというか、今度の三人みたいに瞬時に浴びると
影響は大きいのですけれ
ども、
影響はないだろうというふうな
基準なんでございます。
また、本当に
放射線のどのくらいのところから
影響が出るかということは、広島・長崎の何十万人の調査、とうとい犠牲の上に成り立った調査でございますが、もう五十年以上にわたって行われておりまして、がん等も含めて、二百ミリシーベルト、瞬時に浴びた場合ですが、それ以下の人には
影響はどう調査しても出ていないということがはっきりしておるわけでございます。
そういう
状況のもとで、療養中の三人の方は、これは瞬時に大量に浴びたわけですから、全く別でございますけれ
ども、そのほかの人も加えて、一般の人も加えて、いわゆる被曝した人六十五人というような発表を
政府というか
体制側の方がするわけでございます。そういうものを十把一からげにいたしますので、動揺も大きくなりますし、第一、一般の人に対して、もちろんこれは安全側に
考えなければいけませんけれ
ども、自然放射能の何倍かを浴びたかもしれない方を被曝したとかいうふうに言うことは、全く失礼でもございますし、非科学的な
言葉であります。
この際、そういった被曝という表現も含めて、どういうふうな場合に被曝したという表現をするかといったことを注意深く定義をし直す必要があると
思います。そうでございませんと、例えばジェット飛行機に乗った人は被曝者であるとか、銀座四丁目に三時間座っていた人は被曝者であるとか、温泉に行った人は被曝者だとか、みんな被曝者で登録しなきゃいけなくなるわけでございまして、そういう妙なことになってくるわけでございます。
これは、
原子力の開発が未曾有の
技術であるから、慎重の上にも慎重にというまじめな態度から由来したものではございますけれ
ども、余りにも形式主義に陥ってい過ぎると
思います。この点は、この
法律の直接の適用に
関係があるかどうかは別といたしまして、今後混乱を必要以上に広げないためにも、
関係者は真剣に
考えなければいけないことであろうと
思います。
この
法律二法につきましては、やはり運用が総花的になりましたら意味が薄いものになるおそれがあります。したがって、後で御質問があればお答えしたいのですが、よほど運用面で心しなければいけないということ。
もう一つは、
アメリカなどの場合は、風水害とかハリケーンとか、そういった
災害に対する対策と一緒につくっておるわけでございますね。先ほど
能澤さんからお話がございました
スリーマイルアイランドの
事故が起きたとき以降、
義務づけられた
災害対策体制があるのでございます。電話帳などにも随分出ておる。しかし、これが
原子力災害で役立ったことは一度もない。しかし、在来の
災害で大変役立っておるという皮肉な、皮肉というよりも褒められておるというか、やはり
原子力地域というのは近代的な
体制ができておるという意味の
評価を得ておるわけでございまして、今回のは、ちょっと拝見するところ、そういったものとは全く別につくっておるということに若干問題があろうと
思います。
こんな
事故がもう絶対ないなんて私は言いませんけれ
ども、
関係者が努力すればまずないと
思います。やはり一生仕事がないような職場というものはモラルは維持できないと
思います。一度も火事がない消防署なんというのはモラルが維持できないのです。ですから、
組織をつくればつくるほどその点は留意しないと、総花的に、やっておればいいというところに落ち込んでしまって、余り役立たないというおそれがあるわけでございます。
それから、先ほど
村長さんが言及になりました補償の問題でございますが、
原子力損害賠償法は、皆さん御
承知のとおり、
原子力による
損害はもう一元的に、操業しておる者、運営者に無過失無限の、今回のように過失があればもちろんですが、過失がなくても無制限に
責任を課するということがまず基本でございます。そのための一つの支払いの準備として保険があり、また、当事者が払い切れない場合に、国が、
国会の認める
範囲内において、一人の泣き寝入りもないように
措置するということでございます。
一人の泣き寝入りもないようにというのは、私も、もう四十年前でよく覚えておりませんけれ
ども、
損害賠償法のときに
参考人に出たときに、質疑応答をしておられたときに、担当大臣だったか有沢
原子力委員長代理だったか忘れましたけれ
ども、要するにその意味は一人の泣き寝入りもないように運用するということでありますという答弁が恐らく当時の
国会の議事録に載っておると
思いますが、そういう趣旨のものでございます。
したがいまして、現在
検討しております保険でどういうふうに払っていくかということは、その入り口でございます。それにしても時間がかかり過ぎる、私もそう
思います。恐らく
村長さんも本当にじりじりしておられると
思いますが、入り口でございまして、一人も泣き寝入りがないようにするということが基本でございます。そのために私
どもがなすべきことは、
法律の厳守も含めて、何でもやらなければいけないと思っております。
ただ、先ほどおっしゃっておりました
風評被害が大変難しい。
風評被害も、相当因果
関係がはっきり認められる、はっきりわかる
範囲は問題ない。問題ないという意味は、つまり
賠償の対象になるわけでありますが、その辺の線引きが大事でございますし、またその
風評を広げないための努力ということは、これは皆で努力しなければいけないところでございます。
以上、時間も参りましたので、私の所見の一端を述べさせていただきました。どうもありがとうございました。(拍手)