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参考人(
樋口美雄君)
慶應大学の
樋口と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
鈴木参考人の方から、
ヨーロッパにおける
失業の
現状について、その
対策等々につきまして今御説明がありましたので、私は
日本の現在の
失業率をどう見ているかということ、そしてそれに対する
対策としてどんなことが考えられるかということについて
お話をさせていただきたいというふうに考えております。
御存じのとおり、
失業率がことしになりまして再び急速に
上昇してきたわけであります。三月の値で
失業率四・八%というようなことになってきたわけでありますが、
片方、
景気との関連で考えますと、経済企画庁を初め、
景気については
底入り、
底打ちをしたんじゃないかという
見方が出ているかと思います。
景気は多少なりとも少しずつ明るさを取り戻しているにもかかわらず、
失業率が一方的に上がっている。これはどういうことなのかということで、一部の
人たちは、この
失業率の
上昇というのはそう懸念することではないんじゃないか、中長期的には解決する問題じゃないかというふうに見ている方もいらっしゃるかと思います。私は必ずしもそういう立場はとっておりませんで、やはり
現状の
失業率というのはかなり厳しいものがあるというふうに受けとめております。
この問題を考える上で、
日本における
失業率、
失業者というのはどのように定義されているんだろうか、
調査上どうなっているんだろうかというようなことについて若干触れておく必要があるかと思います。
主に
二つの
条件が課されているかと思います。
日本では
労働力調査というものによって
失業率をとらえているわけでありますが、月末に
調査員が各世帯を訪問しまして、そこで
アンケート調査のようなものに答えてもらう、
調査票に答えてもらうというようなことをやっているわけであります。そして、
二つの
条件を満たしている
人たちを
失業者であるというふうに定義しております。
一つの
条件は、過去一週間に
所得に直接つながるような
仕事をしなかったというようなこと、そして二番目の
条件としまして、過去一週間に
求職活動、職探しを積極的に行ったというような
条件、この
二つの
条件を満たしている
人たちを
失業者であるというふうに呼んでいるわけであります。
今度の、四・八%に
失業率が上がった
段階で、実は今まで
景気が悪くて
雇用機会がなかったために例えば
専業主婦になっていた
人たち、その
人たちが新たに職探しを始めたんだ、そのために二番目の
条件を満たす
人たちがふえた結果
失業率が上がっているんですというような
見方をする方もいらっしゃいます。あるいは、今までは、本当は今勤めている
企業に対していろいろ不満を持っていたわけでありますが、
雇用機会がないというようなことで
離職をしなかった。その結果として
失業率が低かったわけでありますが、
離職がふえることによって
求職活動をするような
人たちがふえた、その結果が
失業率の
上昇なんだというふうに受けとめている方もいらっしゃるかと思います。
こういう受けとめ方ですと、
景気がよくなってきたからどうしても
失業率が若干上がってくるということはこれまでにもしばしば経験しましたし、
日本では
失業率というのは
遅行指標です、おくれて
現象があらわれてくる、
失業率が変化するというような特徴を持っているんだということから、今回もそれがおくれているだけですというふうにとらえる方がいらっしゃるかと思います。
ところが、私が見ますのは、非常に懸念しておりますのは、
失業率が上がっているという問題と同時に、
雇用者数、
企業に勤める
人たちの数が減ってしまっているということでありまして、必ずしも
雇用機会はそうふえていないんじゃないか、そのもとにおける
失業率の
上昇じゃないかというふうに思うわけであります。
こう話しますと、懸念されますのが
ヨーロッパにおけるジョブレスリカバリーという言葉で示されます
現象であります。ジョブレス、
仕事がない、
雇用機会がないにもかかわらず
景気は回復している。人によっては
雇用なき
景気回復が起こっているんだというような表現をなさる方がいるわけであります。
景気はよくなっているのに
片方では
リストラがどんどん進んでいく、その結果
雇用が失われていくというようなことが起こっているんじゃないかということでありますが、
日本でもそういう
傾向が少しずつ出てきている
可能性があるんではないだろうかというふうに思っているわけであります。
こう考えていったときに、今回の不況の中で
失業率が急速に
上昇する、こういう
現象はなぜ起こっているんだろうかということについて、少し背景的なものを、
労働の
需要側、そして
労働の
供給側、それぞれから見ていきたいと思います。
一つは、短期的に、
労働需要側の変化、これはどういうことが起こっているんだろうかということでございますが、
景気が悪化して、例えば
企業が
生産量を縮小する、そうしますとどうしても
過剰雇用を抱えるわけでありますが、この
過剰雇用を解消するまでに一体どれぐらいの
期間がかかるんでしょうかというようなことを私
ども計量経済学の手法を用いまして計算しました。それに基づきますと、例えば一九七四年から八四年まで、ですから第一次オイルショックからこの間の
プラザ合意の前の年までの
期間、この年につきまして
過剰雇用の解消が三・八年ぐらいで解消していたものが、今回、八五年から九七年になりますと二・六年に
短縮してきているというようなことがございます。その分だけ、
日本の
企業では
過剰雇用がなかなか解消できないんだといいながらも、全体の
日本経済の体質としましてこの
過剰雇用を短
期間のうちに解消するというようなものが徐々にできつつあるというふうに考えております。
これは一部には、
企業倒産というようなことによって、
雇用主は何とか
雇用を守りたいと思っても守り切れなかった、その結果
過剰雇用が排出されてくるというようなこともございます。しかし、私
どもが考えておりますのは、どうも正社員について、少なくとも経営が成り立っているような
企業においてこれまでのところはまだ
雇用を排出する、
過剰雇用を解雇するというような形では行ってこなかったのではないかというふうに考えております。
今回いろんなところで
企業が
リストラを発表しておりますが、これについても、例えば二年間とか三年間で従業員を一〇%減少させるというようなことを発表しているわけでありまして、これは既に雇っている
人たちを解雇しますというよりも、従来と同じように、例えば定年退職であるとか
早期退職であるとか、あるいは出向というような形で、
片方でやめてもらう、そしてそれを新規補てんしないという形での縮小、
削減を考えているんではないだろうかというふうに思います。
その一方で、なぜこれほどこの
過剰雇用を解消するまでの
期間が
短縮しているのかといいますと、どうも正社員の数が減少して、その一方で、従来、非正規社員、
日本で正しくない社員がいるのかどうかわかりませんが、非正規社員と呼ばれている
人たちの数がふえているというようなことがあるかと思います。
これは今回の不況の中で明らかになってきているわけでありまして、皆様にお配りしましたハンドアウト、図表1というのが二ページ目に載っているかと思います。これは、八七年から九六年までは年次の
数字でありますが、九七年からは月次の
数字が出ております。黒い棒、白い棒、それぞれあるわけでありますが、黒いところが前の年に比べて有期契約、期限つきの契約を行っている臨時
雇用者あるいは日雇い
労働者、これがどういうふうに変化したのか、白いところは常用
雇用者、これが前の年に比べてどう変化したのかというものを見ているわけであります。
これを見ますと、九八年以降、明らかに白い棒がゼロの水準を下回っている、前の年に比べて大きく常用
雇用者が減少していくというようなことが起こる一方で、まだ黒い棒はゼロの水準を上回っているということで、若干なりともこの臨時・日雇い
労働者の数がふえているということが
日本経済の中では起こってきているということではないかと思うわけであります。その分だけ
離職率がもともと臨時・日雇いの
人たちは高いですし、あるいは期限つきの契約ということになっていますので、解雇はしないんだけれ
ども再契約をストップしますというような形での
雇用調整というものがかなり進展してきているということだろうと思います。
このことは短期的な
景気循環の中で今何が起こっているかということでありますが、私が懸念していますもう
一つの要因というのは、今回の
失業の
上昇というものが必ずしも短期的な
景気循環だけの要因ではないのではないか、むしろ構造的に
日本経済の中で抱えている問題というものがこれを生み出している
可能性があるというふうに考えているわけであります。
それを判断します指標でございますが、その下の方に図表2ということで「
日本の開廃業率の推移」というのが出ております。
例えば、百の事業所があるうちこの一年間に幾つの事業所が新たに設けられたのか、これが開業率であります。廃業率の方は百ある事業所のうち幾つが廃業したのか、倒産していったのかということを示しているものであります。下の方に昭和四十一年から四十四年ということで、高度成長期におきましてはごらんのとおり開業率の方が廃業率をはるかに上回っていた、その結果、
日本全体で事業所の数がふえていったということがあります。
ところが、平成になりましてこの比率が逆転してきている、廃業率の方が開業率を上回ってしまうというようなことによって、
日本全体における事業所の数が減ってしまっているんだという問題が起こってきています。そこで、開業率を何とか上げなければいけないということが問題になってくるかと思います。それに対する
対策をどういうふうに打つのかというのも、これも議論されているところかと思います。
さらに、この
雇用保障の問題というのが、最近
過剰雇用の解消をいち早く進めるようなシステムに
日本も変えていくべきではないか、言うならば過剰設備を抱えている問題と同じように
過剰雇用の問題も考えるべきではないかということが指摘されているかと思います。
企業によっては
リストラ策を発表した途端に株価が上がるというようなことが起こっているわけでありまして、私はどうもこの
過剰雇用の問題というのも今後議論するべき重要な問題だと思いますが、個々の
企業の
雇用責任というのは重大な問題である、今まで雇っていた
企業で排出した
労働者を新たに雇おうとする事業所がどれぐらいあるのかということについては疑問視せざるを得ないというのが
現状じゃないかと思います。
長期的に新規開業がどんどん出てくる、新しい
雇用機会が生まれてくる、その
段階で議論するべきであって、今、もし仮に
過剰雇用を排出するというようなことになれば、それは転職ではなく、あくまでも
失業者の
増加につながるというふうに考えておりますので、この点についてはやはりいろいろ留意して考えていかなければいけないのではないかと思います。
その一方で、今度は働く側の意識、これも大きく変わってきておりまして、従来ですと、
日本の
失業率が低位で安定しているといった理由として、今の
企業の
雇用保障とともに、今度は働く側が、例えば
景気が悪化しますとなかなかいい
雇用機会がないということでそのまま
専業主婦になってしまうとか、あるいは
労働市場を離れて非
労働力化してしまうというようなことがありました。この
人たちは先ほどの
失業者の二番目の定義を満たしておりませんので、
失業者としてもカウントされないということで、ある
意味では
失業者の
上昇するのを抑制するバッファーの役割を果たしてきたということがあると思います。
ところが、今回どうもそういったことが特に女性において起こっていないというのが特徴かと思います。多少、
労働力率といいますか、
労働参加率は下がっているわけでありますが、それにしても従来の下がり方に比べて非常に小さいというようなことでバッファーの機能が薄れている。
これはなぜなんだろうかということを考えてみますと、やはり家庭の生活が苦しいというようなことによって、共働きで働いて初めて必要な生活費を稼ぐことができるんだというような状況が
日本でも生まれつつあるのかもしれないという状況になってきたかと思います。
アメリカですと既に六〇年代から七〇年代にかけて女性の社会進出が起こりましたが、その過程では
日本が今抱えているのと同じようなことがありました。このことによって、どうも従来の
失業率を抑えるバッファーの役割というのが今回はほとんど働いていない。世帯
所得の低下というものが、何とか
所得を稼がなければ生活費を維持できないんだということから、供給圧力という形で働いているのではないかと思います。
こういう
二つの要因が需要と供給それぞれで起こってきている結果が今回の
失業率の
上昇というふうに見てとれるわけであります。
これに対して、ではどのような
対策が考えられるのだろうかということでありますが、例えば競争が激しくなればどうしても
片方で勝ち残っていくような
企業がある一方、やはり敗れて負けていくような
企業も存在してくる。そういう勝つ
企業におきましては
雇用者数を伸ばすと言いながら、
片方、負けた
企業では
雇用者を排出せざるを得ないというような状況がどうしても出てくる。個々の
企業における
雇用保障に限界が出てくる。私は
雇用保障をするということは重要だとは思うんですが、どうしてもそうすることができないような
企業も生まれてくる
可能性があるわけであります。
そうなってきますと、余っている
企業から足りない
企業に人が移ればいいじゃないかというような話になるわけでありますが、それに伴って、
日本では今まで転職
コストというものが非常に高い、この転職
コストが高いことがある
意味ではミスマッチを生み出しているんだということが議論されているかと思います。
これを解消する
対策として、転職
コストをどういうふうに引き下げるかということで、制度的な変更というものが今いろいろ議論されているかと思います。
例えば有料職業紹介の職種の拡大でありますとか、あるいは派遣
労働についても今衆議院で議論されているところであります。あるいは退職金につきましても、今までの長期勤続者、長期継続就業者が有利に扱われるような退職金税制といったものがあったのではないか、その点についてやはり中立的にするべきではないかというような議論もあります。さらには、
企業の年金につきましても、ポータブル化を図っていく、ほかの
企業に転職しても前の
企業で積み立てたものをそのまま持って移っていくことができるというような制度を変えるべきではないかということも議論されています。
さらには、ミスマッチということを考えますと、今までと同じ
仕事を続けることが難しくなってくるわけでありまして、能力転換が必要だということから、能力の転換のための資金援助を政府がどういうふうにするのかということ、あるいはカウンセリングをどういうふうにするのかということも議論になってくるかと思います。
さらには、
雇用保険制度で、
失業期間が長くなっているんだから、その分だけ給付
期間を延ばせというような話も出てくるわけであります。
特に私は
最後のこの給付
期間につきましては、
ヨーロッパの経験は我々に何を教えているんだろうかということを考えてみますと、
ヨーロッパ、先ほど
鈴木参考人が御説明なさいましたように、
失業者が多くなる、
失業期間が延びる過程において
失業給付というものもかなり充実してきた。一度
景気対策としてこれをやってしまった結果として、今度は多少なりとも
景気が回復しても自立しようという
人たちがなかなかあらわれてこない、むしろ
失業という職業を選択するというような人も、全部の人ではございませんが、中には一部生まれてくるんだというようなことを言っているわけであります。
そうなりますと、
景気が回復しても
失業率といったものがやはり高どまりしてしまうという危険性があるわけでありまして、単純に
失業期間を延ばせばそれでいいというものではないだろうと。私は、
失業給付の問題を考える上では、
所得保障の問題と同時に、再挑戦をどういうふうにすることができるかというシステムづくりといった視点からこの
失業給付の問題は考えていった方がよろしいのではないだろうかと思います。再挑戦をするといった場合に、能力開発といった問題が出てくるわけでありますから、能力開発をしている間については
失業給付
期間を延ばしましょうとかという形で
条件をつけた上での
対策というものが必要になってくるのではないだろうかというふうに思います。
こういう形で転職
コストが引き下げられるというようなことが起こった場合に、果たして
労働市場は流動化し、転職
コストが下がってくるんだろうか、
失業なき円滑な
労働移動というのは達成可能なんでしょうかということを考えてみますと、私は転職
コストの引き下げというのはあくまでも
労働市場が流動化するための必要
条件にすぎないというふうに思っているわけであります。必要
条件にすぎないわけでありますから、十分
条件がなければこれは現実化してこない。そこでいう十分
条件というのは一体何だろうかというふうに考えますと、やはり
雇用機会がどれだけ用意されているのかということが基本的に重要な問題である。
過去の転職率を見ますと、
労働市場は流動化しているんだというようなことが言われる一方で、正社員についての転職率を見ますと、必ずしもそうなっていない。高度成長期の方が圧倒的に高かったわけでありますし、バブル期の方が高かった。このことは、
労働市場が流動化するためにはどれだけ人手不足の状況ができるのか、
雇用機会が用意されるのかということが重要であるわけでありまして、
雇用創出の力を回復するような施策というものが必要なんだろう。そのためにはベンチャー支援ということも必要ですし、私は、こういう
景気対策というような短期的な視点だけでこの問題は考えるべきではなくて、むしろ
日本の中長期的な視点に合った、ニーズに合ったような
景気対策というのを考えていくべきだろうというふうに思っております。
その中長期的な視点というのは、言うまでもなく少子高齢化が進展するということであるわけでありますから、その少子高齢化
対策を後々とらなければいけないとするのだったら、今のうちにそれを前倒しして
景気対策として利用することができないのだろうかというようなことを考えております。介護の問題あるいは保育、こういったものを充実させることによって働きながらかつ育児をすることができるような環境を整えていく、そういったものも
景気対策としても有効な方策ではないかというふうに思っているわけであります。
さらには、今、
鈴木参考人がおっしゃいました
ワークシェアリングの問題、これもどうしても考えていかなければならない。これにつきましては、労使でどういうふうにするのかといった議論をしていくということが必要になってくるかと思います。
そして
最後に、政府の役割として、自由競争の社会における政府が何を目指すべきなのか、
労働行政が何を目指すべきなのかということでございますが、私は、何でも自由競争をすればいいわけではない、ジャングルにおける自由競争というのは経済学で言う自由競争、自由経済社会とは違うというふうに考えております。あくまでも、
一定のルールにのっとった上での自由な競争、これによって自由競争の効率性、公平性というものは維持することができるのだというふうに考えておりますので、政府は今までのような事前規制というような立場から、むしろ事後的にちゃんとルールが守られているのかどうか、そして、そのルールは適切なものであるのかどうかということについて、事後的な監視機能を強化していくということが必要になってくるのではないだろうかと思います。
そういった視点からも、この
景気対策といったところで今いろいろなところで不公平の問題が出てきているわけでありまして、そういったところに目をつぶっていくということは適切ではないだろう、監視機能の強化というものはどうしても政府の役割として考えるべきことではないかというふうに思っているわけであります。
ちょっと一分ほど時間がオーバーしてしまいました。御静聴どうもありがとうございました。