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参考人(
田中清隆君)
弁護士の
田中清隆と申します。
私は、昭和五十年代の初めから今日まで、
暴力団などの
組織暴力による違法
行為の排除と被害の救済、いわゆる民事介入暴力対策ということに取り組んでまいりました。したがって、私といたしましては、
統計による数字とかあるいは理論的な問題というよりも、どちらかといえば現場の実感というものを中心にして総論的にお話を申し上げた上で、今回の
組織犯罪対策三法についての御
意見を申し上げたいと思います。
私たちは
弁護士でございますので、
捜査官ではございません。したがって、
組織暴力対策と申しましても、これは仮処分あるいは訴訟などの民事的な対策が中心であります。しかしながら、実際には刑事問題すれすれの場面あるいは暴力
行為や恐喝、脅迫などに実際に直面することも多いわけでございます。相手方はなかなか民事的な対応だけではおさまりませんし、被害者も大変恐怖にとらわれております。そこで、私どもは、刑事面で警察から牽制をしてもらいながら、他方で民事の交渉または裁判の場、法的な場にのせていくという形をとるわけでございます。
この通常の法的な場にのせるというのがみそでありまして、かなりのケースではその前に挫折してしまうことが多いわけでございます。私の
個人的な実感といたしましては、仮に十件のこういった相談があるといたしますと、実際に最終的に法的な解決にまでのるのは恐らくそのうちの二件か三件というところではなかろうかと思います。
それはどういう
理由かと申しますと、相手方は手なれた
犯罪のプロでございまして、証拠書類等を一方的に独占いたしております。被害者の方には証拠書類もなく協力者もいない、また脅迫等によって心身ともに非常に疲れ果てております。
お金もなくなっております。戦う体力がないわけでございます。さて、被害者が本当に戦おうとしても、怖さが先に立ってしまいます。警察は本当に守ってくれるのか、
弁護士は本当に味方をしてくれるのか、家族は大丈夫かと、あれこれ考えますと、結局気持ちがなえてしまう。私どもはそういった
実態を目の前にして切歯扼腕の思いの二十年であったと言っても過言ではございません。
被疑者、
被告人につきましてはいわゆる弱者ということで法的
保護の
対象となっております。しかし、私たちが現実に目前にしております
組織暴力、
暴力団などの被害者は、むしろこれは
被疑者、
被告人よりもかえってはるかに弱い存在であります。いつも報復の恐怖におびえながら孤独な戦いを迫られているわけでございます。
犯罪は最も重大な
人権侵害でございます。
組織犯罪の場合は特にそうでございます。私たちの社会はこの被害者の弱さというものを少し軽視してきた嫌いがあると思います。
最近、ようやく
犯罪被害者の救済にも本格的にスタートが切られるようになりましたけれども、
組織犯罪の被害者の救済というものは、まずもって迅速な
犯罪の摘発と適正な
処罰が
前提でございます。それも、
末端の
実行犯だけではなく、背後の大物に及ぶことが必要であります。
犯罪被害者に対するアンケート結果を見ましても、金銭的な賠償よりも、その希望の第一は犯人の検挙と適正な
処罰ということになっております。とにかく事件の真相を知りたい、無念の思いを晴らしたいというのが被害者の切実な願いでございます。
また、
犯罪による不正な
収益が
犯罪組織の中に蓄積されたままでは、そして被害者にこれが戻されないままでは、
犯罪組織はますます強大となり、一方被害者は実質的に救済されないことになっております。このようなことでは
捜査機関への被害の申告も証人などによる
捜査への協力も期待できないことになってしまうわけであります。
これまで多くの市民、企業が
組織犯罪による被害について泣き寝入りを強いられてきたということは、
皆様方恐らく近くにもその実例を御存じだろうと思います。それは多くの場合、
組織犯罪は特に
犯罪のプロの集団でありまして、その手口も巧妙であり、なかなかその
犯罪の実証が難しいということであります。とりわけ、故意であるとか、あるいは
目的であるとか通謀であるとかいった主観的な
要件につきましては、これは立証が非常に困難でございます。被害者が勇気を持って警察に駆け込んでも、結局なかなか立件されることは少ないわけであります。報復を恐れて目撃証人がなかなか協力してくれないということも現実にあるわけでございます。
こういった主観的
要件の立証を焦る余り、一方では、強引な自白の強要などが行われることになります。また他方では、どうせ立件できないという無力感にとらわれる
捜査官もいます。また、被害者側では、結局は長いものに巻かれろということになってしまうこともあります。
私たちからこの点に関して見ますと、今回の
組織暴力対策三法は、
対象犯罪が
限定されたとは申しましても大きな期待を持たせるものでございます。
私自身も、
弁護士といたしまして当然制度の乱用の危険というものは常に意識しておりますが、これは私どもも随分と議論をいたしました。その結果、
実務の観点からいたしますと、時間がございませんので余り具体的に申せませんが、このレジュメを見ていただきますと、三ページのところにございますが、制度的な担保が用意されております。これらは、私どもから見ますれば、国際的な
基準に照らしても制度としては恐らく妥当な
内容になっておるものだろうと思います。
しかしながら、過去に幾つかの不幸な事件がございまして、この点に関して警察に対する不信感といったものが払拭されない、そして前進の障害になっておるということはまことに残念なことであります。しかしながら、医学界において和田心臓移植を乗り越えて現在の移植医療の進歩、定着というものがあるように、この問題につきましても、
捜査機関側の協力と努力と情報公開法等の活用等によります民主コントロールの実現に期待をしたいと思うわけであります。
組織犯罪対策法の前置きがちょっと長くなりまして申しわけございませんが、
組織犯罪対策法、最も議論が集中しております
通信傍受、この
通信傍受の結果得られる証拠につきましては、まことにクリーンでライブな生の証拠が得られるということで、極めて信用性が高いと言われております。
供述調書などは
捜査官の作為が入る懸念がございますが、
通信傍受による証拠はそういうことはございません。それから、背後の大物も追及することができる。これは、
検証令状ではいろんな制約がございまして十分ではございません。
憲法上の問題、先ほどいろいろ御指摘がございましたが、私どもは、先ほど申し上げましたように、一応今回の
修正でもってそれ相当の担保がなされておるものというふうに思います。これは、恐れ入りますがレジュメをごらんいただきたいと思います。
次に、
犯罪収益等による
事業経営の
支配の
処罰等でございますが、
犯罪収益が
犯罪組織に蓄積されておるということは、これは一言で言いまして不正義であります。次の
犯罪の再投資にもなります。したがって、正義の実現、再発の防止の観点からもこうした不正の蓄積は排除しなければなりません。
そしてまた、これを被害者の視点から申しますと、
犯罪の被害の回復について、現在では刑事事件が終わってからやっと民事的な賠償がスタートする、大変なまた新しい努力が要るわけであります。むしろ追徴、
没収等の適正化によりまして、あるいは強化によりましてこれらを基金化いたしまして、
犯罪被害者に優先的に還元されるような制度のワンステップになればというふうに期待をしておるところでございます。
また、不正
収益による企業
支配につきましては、この不正
収益でもって運営される企業といいますのは、例えば税金を払わない、利息のかからない
お金を使える、不当に安い賃金で労働者を雇うということで、非常にアンフェアに強力な競争力を持っておりまして、こういったものが自由競争秩序を破壊し公正な
取引慣行を破壊いたします。オウムにおけるパソコンショップなどがまさにその好例でございます。
私がここで一つ強調したいのは、金融機関の疑わしい
取引についての報告義務でございます。
私は最近、金融機関の担保物件の任意売却にかかわることがちょくちょくあるわけでございますが、買い主を実際に調査いたしますと、会社の表示はありますけれども、シャッターは閉まっていて郵便物が郵便受けからこぼれている、実際にはだれもいないというような
状況であるにもかかわらず、例えばその場合は何と四億五千万円という土地代金を一括キャッシュで支払うというような契約を結んでおるわけでございます。どう見てもこれはまともな
お金とは思えません。これまでだったら金融機関は、要は貸し金が回収できればいいという
考え方で、数字さえ合えば抵当権抹消に応じてきたということでございますが、今回はこういったいろんな社会的な動きを見まして、怪しい
取引は回避しようという動きが出てきております。
こういった任意売却に応じるということは、実際にそれを契機として、疑惑のある企業あるいはやみの勢力と
銀行取引を介してつき合いをするということになるわけでございます。今回は、金融機関の疑わしい
取引につきまして報告義務が諸外国並みに強化されることになりまして、
犯罪摘発の有力な支えとなることと思います。実際、私どもが見ますと、こういった
規定があることによって金融機関が疑惑の
取引先との
取引を拒否したり、あるいはやみの勢力と手を切るための強い支えになるというふうに考えるわけであります。
この点につきまして、
金融取引の萎縮を懸念する声もありますけれども、公的資金を豊富に導入した金融機関がやみの疑惑の企業の汚れた
お金の
取引に利用されるということは到底許しがたいことでございます。
最後に、証人
保護につきましては、暴力対策の決め手は最後は証人であります。これはイタリアやアメリカのマフィアの裁判を見ても明らかなことでございます。これらの国におきましては、証人の戸籍を変えてしまう、あるいは転居先を保障する、年金を支給する、場合によっては変装をしたり整形手術をさせるというようなあらゆる手だてを用意しております。本法ではとてもそこまでは行っておりませんが、少なくとも証人の
保護に初めて目が向けられたということは評価したいと思います。
弁護権の侵害という懸念もございます。これは一面の真理だとは思いますけれども、要はバランスの問題だと思います。その
意味では、さらにこの点でのバランスをとりながら証人の確保をしやすいような総合的な方策が必要だと考えております。
長くなりまして恐縮ですが、最後に一点だけ。
私どもは、抽象的な乱用のおそれを
理由としてこの対策がおくれることは許されないというふうに考えております。ある
統計によりますと、
覚せい剤の
押収量は一日に何と十八万人の
人たちが一回使用できる量が日々押収されているというふうに言われております。対策の一日のおくれは、極端に言えば十八万人の
覚せい剤を供給させる、このようなことにもなりかねないわけであります。私ども、民主的な社会を望むことは全く同じ気持ちでございます。こういった民主的コントロールの外にある
組織暴力、これを私どもの民主的な社会を守るためにもぜひともこの
法律によってコントロールしたいというふうに考えておるところでございます。
どうもありがとうございました。