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田名部匡省君
家庭、
学校、
地域社会が一体となってと、こういうことがありますが、今
家庭を見ますと、私は、
子供の
教育というのはやっぱり親に相当部分
責任があるなと。それは、少子化でありますから、手がかかるんですね。
家庭ではお年寄りは一応長寿で、孫でも生まれようものならもう猫かわいがりでしょう。私のところにも孫がおりますけれども、見ておりますと、朝起きると顔を洗ってやる、御飯食べるときは口の中に御飯入れてやる、洋服は着せてやる、出かけるときは靴履かせてくれる、ああいうことを私はうるさく怒るものですが、
子供が何にもしないでもなるようになっているんですね。
一方では、
学校というと、不登校の問題でありますとか、
崩壊だとか荒れるとかさまざまある。あるいは
地域社会を見ると、毎日の新聞を見ると、だれがどうした、これがこうした、役所を初め政治家も、地方の市町村長は何か金をもらったといっては逮捕される記事がしょっちゅう載っている。
文部大臣、大変いろいろお書きになっていますが、これを変えるというのは容易じゃないなと思うんですね。思うけれども、やらなきゃならぬというふうに思います。
これはお答えいただこうと思ったけれども、時間が余りないので先へ進ませていただきますが、不登校問題について、わかりやすい授業の実施に努める、楽しい
学校をつくろうと。私
たちのころといえば、年とったやつはすぐ昔の話ということになるけれども、六十人ぐらいの学級で、今三十人学級とか四十人とかっていろいろ議論しておりますが、
生活もそんな豊かではなかったけれども、私は
学校が楽しくて、勉強しに行くんじゃないんですよ、友達と遊ぶために
学校へ行くようなものでして、それでもやっぱりそこそこ人に迷惑をかけないで今日を迎えたということなんですね。
しかし、わかりやすい授業ということになると、どこにポイントを絞って
教育するか。今
ゆとりの話もありましたが、
ゆとりが出てくるとどこへ行くかというと塾へ行くんですよ。お金を持った人
たちはみんな塾へ通わせるんですね。そうすると、教室の中に、塾へ行って相当進んだ
子供と、お金がなくて勉強もろくにしない
子供と一緒に置いておくとどういうことになるか。
私もアイスホッケーの監督を随分長くやりました。どこに絞って教えようかといつも悩んだんですね。トップの選手に的を絞ると今度は下の方がなかなか
理解してくれない。真ん中辺に合わせるとうまい選手はおもしろくない。
教育というのは難しいなと思う。この間ある
学校長の
文部大臣賞受賞祝賀会へ行きまして、あいさつしろというから、やっぱりこれからは、特に頭のすぐれた
子供は
一つの教室に集めた方がいい、一緒にしない方がいいと。そうするとレベルの高い授業ができますよ。ただ問題は、
教育というのは、
知識を高めるのか、
人間をつくるのかというところがどうもこうして見ておってよくわからない。
そこで私は、高校、
大学受験のときに一番困るのは、スポーツの方でもありますが、
体育の
先生というのは盲腸みたいなものですよ。これは受験科目にないんですから。ですから、今我々の
世代になると、会うと体に気をつけて頑張れと言うんですよ。だれも勉強して頑張れと言う人は一人もいない。体に気をつけて、体に気をつけてと言う。それほど健康というのは大事なんですね。大事なんですけれども、
体育の
先生というのは、
体育の時間に英語の勉強したり数学の勉強しているから、もう全くスポーツやらないんだ、
体育の時間に。
私は、ボランティアを一生懸命やったとか、スポーツとか音楽とか絵とか、それぞれ
能力はあるんですね、卒業するとみんなそれぞれの道でやっぱり役に立っているんです。だから、別に物理学者を誕生させるなとは言いませんよ、
文部大臣のように優秀な科学者もおるし、それはそれでいいんですよ。だから、受験のときにそういう
能力をそれぞれ
評価をして
大学へ入れる、高校へ入れるということになると、勉強ばっかりしておっては入れませんから、今度はその人
たちも別の分野で一生懸命になるんじゃないだろうか。
これが、いろいろ書いてありますよ、ここに。学歴によらず、
学校の選抜方法を多様だとか、あるいは改善をしていくというところで私はお考えいただいたらどうかなという気がするんですが、
大臣、どうですか。