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山本正和君 どうも私は「さん」と呼ばれるよりも君と言っていただいた方がありがたいんですが、これは私の一方的な希望でございまして、できましたら
山本君と言っていただきます方がしゃべりやすいと、これだけ申し上げておきます。
実はこの前、どういう質問をするんだというのがありまして、
官房長官に対する質問をちょっと二、三用意したんですが、冒頭に海老原
先生の方から
日の丸・
君が代でお話がございましたので、私もちょっとそれに触れて感想を述べ、先ほどの
官房長官の御
答弁にもし加えることがあればいただきたいと思って質問したいと
思います。
海老原
先生は随分お年寄りに見えますが私よりも大分若いので、私がこの前調べましたら、
参議院で私よりも年上の方が十一名おるんです。そして、私の
時代が最後の兵役なんです。兵役というのは頭の上から足の下まで全部すっぽんぽんになって徹底的に検査を受けるんです。今の若い子だったら自殺します。それぐらいのむちゃくちゃな検査を受けた
世代の最後が私でございまして、一期上が
官房長官だと思うんです。いずれもすっぽんぽんの経験者です。
しかし、ここで私が申し上げたいのは、私は実は最後に、
戦争に負けまして二年間、中国の満州、今の東北地区に留用されました。留用期間中に鉄砲の弾も食らったんです。本当に
戦争というものはどれぐらい怖いか。小便がちびるとかなんとか言いますけれども、弾が飛んできたら大変なんです。
人間が
人間じゃなくなります。そういう中では正直言ってむちゃくちゃもやります。それぐらい
戦争というものは激しいものだと、こういうことを前提にして申し上げておきたい。
その私が、二年たって、いよいよ引き揚げ船に乗って、もう九月の末なんですけれども、それから
日本の国に帰るのに何と一月かかった。向こうは雪が降っておるんですよ。雪が積もっておる。
日の丸の旗を掲げた引き揚げ船が来た。うれしくてうれしくて、涙が出るぐらいうれしかった。
日本人というのはだれでもそんなものなんです。
ただし、そのことと先ほど海老原
先生が言われたこととちょっと中身が違うんです。それはどこが違うかというと、私は子供のときに、これも恐らく経験があるのは
官房長官と私ぐらいだと思うんですけれども、小学校、中学校を通じて、何か話をするとき、
校長先生や教官から天皇陛下という
言葉が出ますとばっとこうしなきゃいけない、その瞬間に。そして、小学校から中学校に行ったら
校長の教育勅語の奉読があります。そのときに、
校長が手袋を持ってこうやって上を指す、しわぶき
一つしたらぶん殴られる、け飛ばされる。そして軍歌にもあります。またこれも
官房長官、私どもが一番よく知っている歌ですけれども、「海行かば」の歌があります。「大君の辺にこそ死なめ顧みはせじ」とこう言った、海軍で、我々。
そのとおり、お国のためにと言うけれども、天皇陛下万歳と言ってみんな死んだんです。天皇陛下は神様だと、そういう
時代の
君が代の
思い出がある私どもとそうじゃない人との間にいろんな
時代的な感覚の差があります。したがって、
日本国憲法の中に言う思想、信条の自由。
しかし、そうはいって、私は、実は昭和天皇
時代に青年団長をしていましたから、昭和二十年代に陛下がおみえになって五メートル前でこう眺めていたんですよ。涙が出て涙が出て仕方がないんですよ。神様を目の前にしたわけだから。そんな
思いを私たちはしてきたんです。
ただ、一番腹が立つのは、八十代の政治家がおれは命がけで戦ってきたんだ、今の若い者は命がけで戦う気概がないと、こういうことを言うのを聞くと腹が立つんです。その人は弾を食っていないんですよ、大本営の中におっただけです。
私は、そんなことを含めて、だから
日本の
国民の中にある
国旗・
国歌というものの感情の整理をするためにはさまざまな議論をしなきゃいけない、このことを申し上げたい。私は
日の丸大好きです、今でも。特に、親方
日の丸とか母ちゃんと
日の丸大好き。
日の丸大好きです。
しかし、ここで申し上げておきたいのは、どんなことを言っても、私と同じ年の連中は兵役というのは義務なんです。いや応ないんです。どんな子供でも男であれば全部そういう目に遭っている。その兵役の中で戦ってきた者は
君が代というのは天皇陛下の歌だという教えを受けてきているんです。どんなに文部省がいろんなこと言おうと、私どもにとっては
君が代というのは天皇陛下万歳の歌なんです。そういう歴史があったということですね。そのことは十分に御理解いただきたい。私は、
国旗と
国歌は必要だと思うんです。しかし、その
国旗と
国歌がどうあるべきかは本当にいろんな議論をしなきゃいけない、こういうことを申し上げておきたい。そして、
日本の国を愛さない
日本人があってはいけないと思うんです。
もう
一つここで申し上げたい。
アメリカの青年は、星条旗よ永遠なれでもう一生懸命やりますよ。ところが、私は
アメリカの教科書を調べた、何が書いてあるか、
アメリカの独立なんですよ。イギリスとフランスからやってきた移民ですよね。徹底的に本国に搾取された、戦いの中で戦い抜いて独立をかち取った。したがって、
アメリカの憲法というのはすばらしい憲法なんです、改正しますよ。そして、
アメリカ人はそういう独立のもとに
アメリカンデモクラシーという新しい思想を出した。そういうものに対する誇りがある、
アメリカ国憲法、星条旗に対する、
アメリカは立派な国だという誇りがあるんですよね。
中国がなぜあれやったか。清朝以来ずっと西洋から抑圧されてきた中を独立した、解放した。解放の印があの旗なんですよ。旗を命がけで守ろうと、中国人民の誇りがあるんですよ。
ドイツはどうか。ナチスによってむちゃくちゃだった
時代を、これを本当の平和な国にしようと、あの第一次大戦後の、もう一遍平和
国家に戻そうというので新しい
国家をつくった、
国旗をつくった。国に対する誇りがあるんですよ。
我が
日本は
戦争に負けてからどのような誇りを持ってきただろうかというのが、私は
自分自身の年齢から感じて恥ずかしくて仕方がないんです、若い
人たちに対して。なぜもっと
日本の国はすばらしい国ですと言えるように私どもの
世代がしてこなかったのか。私より年上が
参議院には十一名います。
衆議院にはもっとおる。その七十歳以上の年齢の責任なんです、これは。その辺の者がもっと考えなきゃいけない。これをちょっと先ほどのお話に関連して申し上げておきたい。十分な議論が必要であるということだけまず申し上げておきたいと
思います。
ちょっと御感想があったらひとつ。