○佐伯
公述人 佐伯でございます。大変時間が限られておりますので、ごく要点に問題を絞って私の
意見を申し上げさせていただきたいと思います。
私は、現在かけられています新
基本法について、
基本的には
賛成でございます。この
法案は、私の印象で言いますと、ベストとは言えないけれ
どもベターであるというのが
基本評価でございます。
私は、
基本法を
考える場合の
最大の問題点は、どういう
基本法をつくるかということではなくて、どのようにして守られる
基本法にするのか、そこが
最大の問題点だと思うのですね。いかに
法律に美辞麗句を並べてみても、それが守られなかったら何の
意味もない。本来、
基本法は個別
施策の上にあって
農政の
基本的、長期的
方向づけをする、そういう役割を
期待されているわけですね。
ところが、
現行基本法は一体どうなったか。そうした
機能を全く果たさなかった。その他の個別の
農業施策というのは、
基本法とは全くかかわりなく、それぞれの利害、それぞれの
状況に応じて展開され、現在まで来ております。
それどころか、しばしば
基本法の規定あるいは
方向に反するような
施策が行われてきた。恐らく、私の記憶によりますと、
国会でも個別
農業施策が
基本法に照らしてどうであるかというような
議論はほとんどなされなかったのじゃないかと思うのですね。それで
基本法は飾り物になってしまった、いわば形骸化、空洞化してきたというのがこの三十八年の
実態だったというふうに思います。
なぜそうなったかということは、いろいろ理由がありますが、きょうは申し上げません。少なくとも、新しい
基本法を
考える場合に、これまでの
基本法が空洞化し役に立たなかったということの反省を踏まえて、できるだけ
基本法を現実に近づけるとともに個別
施策との関連づけを
考えるということが何よりも必要だと思うのですね。個別の
法律の文章をどうするかという話は、余り観念的に
議論しても全く
意味がないというふうに私は
考えているわけであります。
その点について言いますと、今かけられている
法案にはいろいろな形でもって現実に近づける、あるいはそれを個別
施策とつなぐ、こういう工夫なり
措置が
考えられている、その点私は大変高く
評価するわけであります。いわばそれが私の総論的な
賛成の理由でございます。
その点をもう少し細かに、具体的な今想定されている仕組みについて、各論的に四点ほど申し上げてみたいというふうに思います。
第一点は、これまでたびたび皆さんがおっしゃいましたし、御
議論になったと思いますけれ
ども、
農業政策の守備範囲が拡大された、あるいは
対象が拡大された、いわば
農政の広域化といったもの、あるいは広角化と言ってもいいと思うのですね。
現行基本法は、
対象を
農業内部に限定して、しかも主として
農業生産、そこに焦点が絞られていた。これに対して、新しい
基本法は、その名称が示すように、
農業政策以外に、
食料政策、
農村政策の分野まで
対象を拡大している。いわば
農政の
食料政策化、あるいは
地域政策化、そういう
方向が非常に明瞭に出ている。
一部には、これは地盤低下している農水省が領土拡大
政策を図っているのだというふうな悪口もあります。そういうものがあるいはあるのかもしれぬけれ
ども、私は、やはり
基本的には、現代社会における
農政というのは、もはや狭い
農業の分野にはとどまり得ない、こういうことが
基本的にあるのだと思うのですね。
農業生産だけでなく、流通、加工、
消費、それを含めた全体的なシステムみたいなものを
考えざるを得ない。そういうような意欲があらわれているというふうに私は理解しているわけです。
特に、
食料政策は、今も和歌山県の中央会副
会長もお触れになりましたけれ
ども、私は、タイトルとしては
食料の
安定供給の
確保となっていますけれ
ども、もっと端的に
法律に則して言いますと、これは
消費者政策だと思うのですね。
消費者視点、あるいは
国民全体の視点から見た
食料需給のあり方をどうするかというのは、
食料政策の本質だと思うのですね。その
意味では大変重要な
政策だと思うのです。
私はかねがね、現在の
日本の
農業問題は、もはや
農業なり
農民の問題ではない、それはもう
国民全体の問題であって、そういう視点から
考えなければもう展望はないだろうというふうに言っていたのですけれ
ども、今度の
政策では、そういう
食料政策、
消費者視点、それを真っ向から取り上げようとしている。内容として十分かということについてはまだ
議論の余地がありますけれ
ども、少なくともそういう意欲が示された、そういった点は私は大変買うわけであります。以上が第一点であります。
それから第二点は、
農政の
理念が転換した。これはもう皆さんそれぞれおっしゃいましたから特に詳しくは申し上げません。
現行基本法がいわば効率視点、目標としては農工間
生産性格差の是正と
所得均衡、いわば
経済的効率性、そういう視点から
農業を律しようとした。それに対して、今度の
基本法ではそれを超えて、いわば
経済以外の価値、それを二条から五条までに四つ挙げてあるわけですね、それが目標だと。
食料の
安定供給が二条、それから
農業の
多面的機能が三条、
持続的発展が四条、それから
農村の
振興が五条、こういう四つの点を挙げている。これはまとめて言えば、
農業の非
経済的価値ないし公益的
機能ということかと思います。つまり、
農業は、単なる
市場原理ではかられる以上のプラスアルファを持っているんだ、そういう
理念を打ち出したというふうに私は解釈しているんですね。
これは
EUなどでは社会的な常識でありますけれ
ども、
日本ではともすれば、
農業は効率的視点からのみはかるという風潮がこれまで強かった。それに対するアンチテーゼというのか、それに対置する、こういう点でそれを明確にしたということは私は高く買いますし、恐らくここにいらっしゃる皆さんの大部分もそうかと思います。
それから第三点は、今度の
基本法の法的性格でございます。それは、恒久法からいわば時限法的なものに変わった、あるいは変えようとしているという点であります。
現行の
基本法は、明示されていませんけれ
ども、大体恒久法というのがいわば暗黙の前提であった。それは、決められた以上ずっと変わらぬ、未来永劫変わらぬというのが暗黙の前提であった。ところが、
農業政策というのは、社会
状況が変わっていけばだんだん変わっていかざるを得ないのですね。望ましい
農業政策のあり方というのは、全体の
状況が変わったら変わっていかざるを得ない。ところが、従来の
基本法はそれに
対応するようなメカニズムを持っていなかった。
これに対して新
基本法は、明確に時限法と言っているわけではありませんけれ
ども、時限法的な要素を入れた。それが
基本計画であります。あるいは、それ以外のいろいろな、
農政改革大綱あるいは改革プログラム、これらを五年ごとに見直すことによって弾力的に
状況に
対応していこう、こういうものを入れたという点は大変大きなメリットであって、少なくとも、これによって、
実態に合わない
基本法とかあるいは時代おくれの
基本法という弊害をかなりの程度克服する可能性を持っている。可能性です。そうなるかどうかはまた別であります。それが第三点です。
それから第四点は、今の問題に関連して、
基本法と個別
施策とをつなぐ媒介項、それから
制度的な
措置、仕組みを
考えているということです。
先ほど言いましたように、
基本法の
最大の欠陥は、
基本法だけ宙に浮いてしまって、個別
政策と全く関連なくやられていたという点にあるんですね。それをつなぐために今度の
法案では、
基本計画、
農政改革大綱あるいは
農政改革プログラム、こういうものを入れている。それを五年ごとに
見直していく。こういうことを
考えているんですね。それによって中間的に
方向を
修正していこうということです。
こういうふうに、実施計画を五年ごとに見直すことによって弾力的に
対応して、そこに具体的な
施策のつながりを結びつける。それは私は大変大きなメリット、少なくともこれまでに比べたらメリットであって、多分大部分の人はそこを大変高く
評価しているんじゃないかと思いますし、私も大体そうであります。
以上が、私が新
基本法を
評価するゆえんあるいはその理由であります。
ただし、では全面的に
賛成かというと、かなり問題があります。
基本的に
賛成であるけれ
ども、しかし同時に幾つかの問題点とか注文もあります。そのことを、今申し上げたことに関連して四点ほど申し上げてみたい。
第一点は、
農政あるいは
政策の統合化ないし省際化についてであります。
農政の守備範囲が次第に拡大する、あるいは拡大しようとしている、
食料政策あるいは
地域政策まで射程に入れる、そうなればなるほど他省庁の
政策との重複が生ずるのは当然であります。従来のように、
農政だけであると大体農林省の守備範囲でおさまった。ところが、
食料政策になりますと、農水省以外に自治省であるとか厚生省であるとか文部省であるとか通産とか、こういうものに関連してくる。
地域政策になりますとさらに関連が広がりまして、ほとんどの省庁がこれに絡まってきますね。農水省の役割といったら非常にマイナーなものでしかない。それを私は省際化と呼んでいるんです。
省際化というのは、学際化という言葉もありまして、いろいろな学問がダブる部分を学際化と言っている。それになぞらえて私は省際化というふうに称して呼んでいるわけです。私のつくった新造語です。
いずれにせよ、そういう形でもって各省にまたがる分野がふえてきた。その場合、これをどう調整し全体としての総合性を
確保していくのかということが大変重要になる。
ところが、そこのところは非常に不明確で、最初の第一条に、
施策の総合的、計画的
推進を図ると言っている。総合的とは一応言っているんですけれ
ども、一体、総合化の主体はだれにするのか、あるいはどういう仕組みを
考えるかはっきりしない。
国民的な視野という点に立てば、場合によっては農水省の省益が犠牲になることがあり得る、そういう覚悟で総合化を
考えなければ、どうも視野を拡大したことの
意味が生きてこないのではないかというのが第一点であります。
それから第二点は、
農政における地方分権化の
方向がまだ非常に不徹底であるということですね。
御承知のように
現行基本法は、地方公共団体はいわば国の下請機関であるというような位置づけだった。独自性あるいは主体性をほとんど認めなかったですね。
具体的に言いますと、今の
基本法の三条に、地方公共団体は国の
政策に準じて
施策を行う、準じてということですね。これに対して新しい
基本法は、幾つかの改善を
考えている。例えば七条、国と地方公共団体は、適切な役割分担をして
農政をやっていくんだというような規定がある。あるいは、三十七条では同じく、国と地方公共団体は相協力して
農政をやっていく、展開していくと言っている。こういった、適切な役割分担なり相協力という発想はこれまでの
基本法になかったんですね。それが入れられたというのは一応私は
評価するんです。
ただし、望蜀の嘆を言いますと、それを一歩進めて、
農政の地方分権化についての
基本的な
方向づけをしてほしかったというふうに思います。
私は、地方分権化というのは、すべての
施策を同じように地方に移すという話じゃ全然ないと思うのですね。その
施策の性格に応じて、地方分権的に運用すべきものとそれから中央集権的に運用すべきものとおのずから分かれる。分かれる中、何が地方分権として今一番重要かというと、構造
政策とそれから中
山間地域
政策です。これはもう申し上げませんけれ
ども、それぞれが非常に多様な形で末端で進んでいる。それを上から一律に規定したら、百害あって一利ない。そういう
方向づけぐらいはあってしかるべきであったのかというのが第二の注文であります。
それから第三は、先ほど言いました最後の点です。
基本理念と個別
施策との関連づけが欠如している。
これは皆さんも御承知かと思いますけれ
ども、この
基本法案が発表されたときに、
日本のマスコミは競って、
市場原理の強化だ、それによる
農業の効率化を目指すというのが今度の
基本法だ、こういう報道をしたわけですね。素直に
法律的な文面だけ読んでみますと、
理念のところに効率化とかいうことは出ていないです。唯一出ているのは、合理的な
価格形成、合理的な
価格という文章だけですね。それにもかかわらず、なぜマスコミは
市場原理の強化を目指す新
基本法という
評価をしたかというのは、やはり
価格政策の部分で
WTOの規定に沿った形で
市場原理の強化が目指されているということがあるのだと思います。
それだけではなくて、最初に挙げた四つの
理念、いわば
農業の非
経済的価値、公益的
機能、それについて、それをいかに個別
施策に反映させていくか、そのつながりが全く触れられていない、そこに問題があったのじゃないかと思うのですね。公益的
機能なり外部
経済性というのは、要するに
市場原理に反映されない、
価格には反映されない。
では何でもってそれをカバーするのかというと、結局は、何らかの形の受益者負担かさもなければ
財政負担、そこでカバーするということでなければ
農業の非
経済的価値は反映されないですね。そこを、どういう
施策についてどういう
方向でもって非
経済的価値を
政策化していくか、そういうつながりの多くが書かれていないために、これは
理念だけで、要するにこれはPR効果、言葉であって、実際はこっちなんだというふうにマスコミは受け取ったし、あながちそれはマスコミの認識不足とも言えない点があるということ、そこに問題点が残ったという感じがします。
それから、もう時間がありませんから一点だけ、第四点は実施計画ですね。
基本法があって、実施計画として
基本計画その他があるわけですが、それは五年ごとに見直す。その見直すやり方、主体ないし視点、これが非常に不明確であります。
経緯からいいますと、この話はもともと、
基本問題調査会の答申の中で、情勢の変化に柔軟に応ずるために五年ごとにそれまでの
農政の総点検と
評価を行うというふうに書かれたのを
法律化したということだと思うのですね。そこで総点検と
評価というふうに言ったことの中に、私の解釈では、暗黙のうちに、インプリシトに、第三者機関による客観的かつ透明な
評価、点検ということが含意されていたというふうに私は解釈したわけです。
ところが、今度の
法律案では、そこまで書いてありませんけれ
ども、だれが
評価するのか、どうも農林省ないし農林省の中の機関が
評価するような印象を与える。それで果たして透明性、客観性を
確保できるのかどうかということですね。やはり
農政当局自身が自分がやったことを反省するということはできないし、やりたがらないし、やっても客観的にはできない、
国民が納得するような形でできないのだろうと思う。そこの公平性、客観性あるいは透明性を
確保するために、どういう形でもって
見直しをするかということをもうちょっと明確にする必要があったのではないかということ、それが第四です。
以上述べましたのは、いわば大部分は
法律の文言というよりもむしろ運用の問題かもしれません。しかし、私は、
基本法にとっては、最初の繰り返しになりますけれ
ども、形式的な文章をどうするかというようなことを観念的に
議論をしても何の
意味もないと思うのですね。やはり、運用を含めて
実態との関連をどう
考えるかということが大変重要ではないかというふうに思っております。
個別問題に入れませんでしたけれ
ども、一応私の話をこれで終わらせていただきます。(拍手)