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衛藤(晟)
委員 長官のそういう判断ということは、私はある
意味では当時の
マスコミ等にもいろいろ出てきたと思うのですね。
それで、もっと厳密に言うならば、今言われることはある
意味ではそのとおりかもしれませんけれ
ども、六十七兆円の
経済効果は、当時やはり三・二%を
回復するというようなことで、実はそのままほっておけば大
恐慌になったということから救った。単に下支えしたというだけの
評価、
それなりの
効果であったということのそういう
評価の仕方がやはり今まで私はむしろ誤ってきたのではないのかと思うのですね。
同時に、
信用収縮が起こってきたことを過小
評価し過ぎていた、あるいは
円安を過小
評価し過ぎていたということは非常に大きな問題になりましたけれ
ども、今のような表現が全体的に広がることによって、結局
財政構造改革法を出すということになったわけですね。ほかの手が打てないまま
財政構造改革法を出してもっと
支出を抑えたわけですから、当然のこととして
景気は非常に落ちていくという結果になったわけでございますから、一般的な風評に惑わされることなく、やはり六十七兆円
規模の
投資が大
恐慌を防いだんだ、そういうところなどを明確にしない限り、私は今回の
財政構造改革法の
停止の
意味はないというぐあいに思うのですね。
そのことを、実は私は
個人的でありますが、もう去年から、早い時期からずっと申し上げてきた。このまま幾ら低
金利政策を続けても
設備投資はなかなか起こらない、相当な間の
デフレギャップがある。
それに対して
政府は、
お金が一番あるときに、思い切った、例えば新
国土軸だとかあるいは
都市周辺の
交通体系の整備だとかあるいは
情報ネットワークをもっと早くやるとか、いろいろな
意味で将来の
日本にとって本当に価値ある
投資の方に回せなかったことでこういう問題が起こってきたのであって、その中身について問題はありますが、しかし、このころの
マスコミの論評を見ますと、とにかく
公共投資を減せばいいんだと。大学の先生もそうであります。改めてそこのところについての認識は僕は明確にしていただきたいというように思っているのですね。
さて、そこで
財政構造改革法が出てきたわけでありますが、今も申し上げましたとおり、よく
我が国は
土建国家なんというようにやゆされますが、実際の
GDPの構成を見ますと、
民間消費が六〇%、それから
民間設備投資が一五%強でその大宗を占めております。
政府投資が占める割合は八%にすぎません。だから実際には、
バブル前後のように
民間部門がこのように大きく振れますと、
我が国経済はひとたまりもなくこれに振られるわけであります。
この頭の
民間部門の
落ち込みをしっぽである
公共投資が四年にわたって支え続けた結果、
公債残高は膨れ上がりました。一方で、次の
世代は、少子・
高齢化が進む中で、
年金や介護の
負担を確実に背負っていかなければなりません。この
世代にさらなる
負担を負わせていいのか。
景気回復の兆しがかなりはっきりしてきたと思われた
平成九年当時、学界、
経済界、
マスコミもこぞって
財政構造改革をやるべきだと言っていたのであります。
例えば日経でもそうでございまして、昨年五月八日の社説では、「
公共投資を
中心とする
歳出削減を思い切って実施する一方、大幅な
所得税減税に踏み切ることである。」というぐあいに簡単に書いておりますけれ
ども、当時支配していたこのような
空気が、
空気というかそういう論調が実は大変私
どもの方向を誤らせたのではないかというぐあいに考えております。朝日新聞においても、「
公共事業は、」「大胆に切り込むべきなのに、
削減の幅、
内容ともに、いかにも及び腰だ。」と。
そこで実際に、先ほど申し上げましたように、本当に
公共事業の
切り込みをやったわけであります。ところが、支えるものがない
状況の中で
公共事業の
切り込みをやり、それにかてて加えて、
信用収縮が、
不良債権の問題に決定的な
対策を講じないままやったものですから、大変なことになってしまったというのが今の
状況であるというぐあいに考えます。
ところが、実際には
景気回復の足取りが当時まだ脆弱でありました。これは、だれが悪いということではなくて、やはり
景気が
回復し始めたら将来のために
財政を立て直すべきだ、
民需主導の
成長に早く切りかえるべきだという気持ちがみんなにあったのだというぐあいに思います。
しかし、よく言われますように、
法案成立後、さらにインドネシアなどの
アジアの
経済金融情勢の混乱、国内においては
大型金融機関の破綻、いわゆる貸し渋りが発生し、それが、
バブル崩壊後失った
自信を少し
回復しかけていた家計や
企業の
マインドをさらに徹底的に冷え込ませるようになってしまいました。
さらに、特に深刻なのは、
金融システムの不安であります。これは、長引く
資産デフレのせいで
担保価値がどんどん下がり、
金融セクター全体の体力が弱まる中で、
融資先が
不良債権化し、相乗的に
システム全体の
リスクが高まっていった
過程であります。
議論の中で、よく個別の
金融機関の
経営姿勢が問題にされ、
金融機関はどんどんつぶしても構わないという
議論が出ます。しかし、それは
金融システム不安が高まる中での
対応の仕方に問題があったということで、
システム全体の
システムリスクという問題の本質をきちんと把握しなければ
政策対応を誤ることになるというぐあいに思います。
さらに、
円安の
影響がこの二、三年は大変大きかったようであります。
野村総研のリチャード・クー氏がよく言いますように、
円安は
金融機関の
資産内容を悪化させ、
BIS規制のためにどうしても貸し渋るという
自己防衛行動を加速したという
事情があります。その
意味で、返済の不安を緩和するために
セーフティーネットワーク、
信用保証の充実が必要であると思うわけであります。
以上が、
我が国の
経済が今極めて厳しい
状況に立った経過ではなかろうかというぐあいに思います。
後から見れば、
公共事業の
平成七年、八年
補正後比較で、既にこの時点で六・二%減、それから
財政構造改革法成立によって、
平成十年度の当初は、九年度と比較しましてさらにマイナス七%絞ってしまったことと、
金融機関の
システム不安という問題が直接的な
原因であったということは否めないというように思います。
そこで、
総理は、今は
景気回復に全力を尽くそう、そして必ず来年度
プラス成長、再来年以降を
民需主導の
安定成長に乗せようということで、
財政構造改革法を凍結し、第一次
補正の十六兆円に続きまして二十四兆円、合計四十兆円という
史上最大、いや、恐らく
人類史上世界最大の
緊急経済対策を決断したところであります。
財政健全化の
必要性は変わっていないということはだれもがわかっています。
国民もそれをよく承知しているからこそ将来への不安がぬぐえない。本来、
GDPの八%しか構成していない
公的部門が
経済全体を押し上げようとするような国のあり方はそろそろ変えていかなければなりません。にもかかわらず、再度、
公的部門で
景気の
回復を図ろうとしているわけであります。何度もこのような歴史的な
対策を打つことは恐らく許されないと思います。
私が本日、るる
不況までの
プロセスを論じてきたのはこのためでありまして、今回の
対策は、単に
税金を投入するものではなくて、今回の
景気低迷の
原因が何であって、どこに対処するものであるか、さらには、それが将来の
日本の
活力につながるものであるかどうかということを真剣に
議論し、
国民の前に明らかにしなければならないと思うからであります。
個別に論ずれば、一、
金融対策は貸し渋りを生んだ
金融システムの不安にこたえるものでなければならないと思います。単に銀行に
お金を出すというのではなくて、
金融機関の不安、
融資先の
貸し倒れ等の不安、それから
企業の不安、
融資打ち切りの
不安等を除去いたしまして、
民間の
資金循環の健全な流れを取り戻すものでなければならないと思います。
二は、
公共投資は単に
税金を投じただけの箱や道路ができるということだけではなくて、これが
雇用を生み、地域の
活力につながり、そして将来の
日本の、そしてまた将来の
子供たちの
財産になるようなものでなければならないというように考えます。
こうした観点から、
経済企画庁長官に、今回の
緊急経済対策の
考え方をお伺いいたします。