○今泉昭君 先ほど
大蔵大臣が、古い世代に属する人間だということで、古い教育を受けた、古い価値観だということを盛んにお断りになるような形で言われているけれ
ども、私も実はそういう世代に育った人間でございますから、ある
意味では大変価値観を共有する一面が多いと思うんですが、そういう
意味で、私は国家というものについての意識は大変強く持っている人間の一人なんですね。
最近よく政治家の中でもグローバル化ということで、国連中心で何でもかんでも国連にというような形で、
世界国家であるとかなんとかと言う方もいらっしゃいますけれ
ども、物事の中心は、国家がしっかりしていて国家が中心になって
世界の平和を築いていくという立場ですから、国家としてのあり方をどうしていくかということがやはり基本になきゃならないというふうに私は思っているんです。
そこで、先ほど
大蔵大臣も製造業の話をされましたけれ
ども、私は、このことと比較しながら今後の
金融政策、
金融ビッグバンというものを考えていくべきだろうと思うわけであります。
たびたび申し上げましたけれ
ども、昭和三十九年にOECDに加盟をし、IMFの八条国に移行し、四十年から実は製造業の
自由化が始まっているわけです。自動車の
自由化が始まった、そのとき世の中が何と言ったか。当時、GM一社の売上高というのは
我が国の国家予算に匹敵する大きな規模、いや、それを上回るような大きな規模であったわけです。だから、
自由化になれば
日本の自動車メーカーなんというのはひとたまりもなく飲み込まれてしまうよと、これが一般的な危機感であったわけですね。
そういう中において
我が国は何をやっていったか。これは、そのときは、
世界的に悪名高くなっちゃったけれ
ども、通産を中心としたところのいわゆる産業政策というものが大変大きな役割を担ったことは私は否定できないと思うわけであります。ある
意味では精神的なバックボーンを受けながら、それぞれの製造業は物すごい苦労をしながら今日の冠たる製造業をつくり上げてきたということがあるわけであります。
そういう
意味であるならば、これからの
我が国の
金融政策というものもしっかりとしたやはり大蔵を中心とした
金融政策にする、隠れてでも。余り、今こういう時代ですから、
世界的に産業政策を打ち出すとまた袋だたきになるでしょう。あるいはそれが
規制だと言われる一面もあるから、それは別としましても、国としての
我が国の
金融産業というものを
世界的にどう位置づけていくのか。国内におけるところの例えば銀行にしろ証券にしろ生保にしろ、ある
意味ではどういう
整理統合が必要かというような大きな
一つのマップを描いて指導していかなきゃならないと思うわけでありまして、そしてそういうものがどのような形で
世界の
金融市場に役割を示していくかということがなければならないと思うんですが、どうも私
どもにはそれが聞こえてこないわけですね。
これは
一つは、このような世の中の
世界的な争いというのは文化的な衝突でもあるわけですね。
というのは、今から十二、三年前でしたか、ちょうどこの間サミットがございましたバーミンガムでIMFの
世界先端技術会議というのがございました。これはインターナショナル・マネタリー・ファンドのIMFではなくして、たまたまインターナショナル・メタルワーカーズ・フェデレーション、労働組合としての
世界会議でございましたが、私はそのときに
イギリスに行ったときに、たまたま
新聞を目にいたしました。これはガーディアンだったかイブニング・ポストだったか、ちょっと忘れましたけれ
ども、こういうタイトルが目についたわけです。「ホワイウィーウエルカムジャパニーズインベンション」、これがタイトルであります。
中身を見てみますと、どういうことかというと、
イギリスは大変な
イギリス病から逃れようとして盛んに苦労していたときでありまして、
日本からどんどん製造業が進出していきました。そして、
日本の製造業が実は
イギリスの製造業を立て直す形になって、
イギリスの製造業が
活性化をして、EUに向けての輸出の主導権を
イギリスが持つようになった時期でありました。
それに伴いまして、実は
イギリスの産業界においては、
日本的な手法におけるところの生産のあり方、企業経営のあり方というのが実は嫌だけれ
ども、受け入れなきゃならなかった。これは文化であります。
日本の文化というものを
イギリスとしては嫌だけれ
ども受け入れなければならなくなった。要するに、自分たちを守るためにはそういう文化も受け入れていかなきゃならない、自分たちのこれは再建のためだというようなことも言外に含んだ文章が書いてあったわけです。我々は今、文化的な侵略を受けているんだ、だけれ
ども、我々はこれを受け入れなければ
我が国の再建はないという形で書かれていたわけですね。
ある
意味では、今回のを見てみますと、
金融ビッグバンというのは、ちょうど
イギリスのことを
日本に今持ってきたような形というものが生まれつつあるんじゃないか。
金融環境を中心として
日本の文化的な価値観というのを今塗りかえなきゃならないようなことになっているんです。
それはなぜかというと、アメリカを中心としたフリーというもの、
市場に任せるという思想が余りにも前面に出過ぎて、今や
日本の今までやってきた企業経営のあり方、労使
関係のあり方すべて変えなきゃならないということになっているわけですね。例えば、真っ先に言われるのが年功序列が悪い、終身雇用が悪い、これを法的にも変えていかなきゃならないというのは基準法の一部にもう既に出始めているわけであります。これは実は文化の変化なんですよ。文化の侵略なんです、ある
意味では、別室言葉で言えば。そこまで
我が国がこの
金融問題を軸として今受け身になっているということを考えてみますと、これは大変なことだと私は思うわけであります。
そういう
意味で、私はこの
金融界の再建を何としてでもやるためにはもっと
日本が発言をしてほしいと思う、
世界に対して。何でも受け入れるという形でやってほしくない。
具体的に言いますと、この間の
新聞にもこういうことが出ていましたね。このアジアの通貨危機をなくすためにどのようにやっていくかというと、アメリカはさんざん口を出すけれ
ども金は一切出さない、みんな
日本に出せ出せと言ってきている。いい例が、IMFの追加
基金を依然としてアメリカは議会で否定しているわけですよ。しかも滞納しているんですよ、ずっと。国連の会議だってそうでしょう。言いたいことは言うけれ
ども義務を果たさない、そういうところが盛んに言ってくるやり方を唯々諾々と受けなきゃならない立場なのか。
日本はさっさと国会で批准している、積立金の増額に対しても。
しかも、例えば北朝鮮の原子力の軽水炉の建設問題にしたって、あれだって八十億ドルぐらいかかると思われているが、建設費は
日本と韓国で負担せよと言っているんでしょう。アメリカは何と、必要な重油の供給だけを持ちますと。年間六千万ドルぐらいですよ。
日本は韓国と両方で八十億ドルぐらい受け持たなきゃならない。そういうようなやり方をしてきている、アメリカの場合は。
そういうことに対して、例えば
日本が
金融政策の面でアジアのIMF
基金をつくろうという構想を出したらい拒否権を使ってつぶしちゃったじゃないですか。
だから、そういうことを考えてみますと、どうも
日本の国家戦略というものが腰が据わっていない、こんなことでやっていたのではめちゃめちゃにされちゃう一面があるんじゃないかという気がしてならないわけでありますが、
大蔵大臣、いかがでしょうか。