○
参考人(
山本清君)
参考人としての
意見を申し上げます前に、まず、
国会という国権の最高の場におきまして
意見を述べさせていただきます機会を与えられましたことに対しまして、厚く御礼を申し上げたいと思います。
私に与えられました
課題と申しますのは、そもそも
政策評価というのはどういうものであるのか、あるいはどういった
機能なり
目的を果たすべきであるか、あるいは今後
我が国の
行政改革あるいは
政治改革も含めた場におきます
評価システムの
あり方というのはどういったことをイメージすればいいかということにつきましてこれから私見を申し上げたいと思います。
まず最初に、
評価とは何かということでございますが、
レジュメに書きましたように、
評価と申しますのは基本的にはある事象であるとか事物の
価値あるいは質を判定することでございます。したがいまして、
評価の
要素といたしましてはどういった物差しで測定するのかというのが第一点ございます。そして、その測定されました値をどういうふうな
価値基準でもって判定していくかという
二つの
要素から成り立つわけでございます。
簡単な例で申し上げますと、
レジュメにも書いてございますとおり、まずあるAさんならAさんの
身長が高いであるとか低いであるという
評価をするということはどういうことかといいますと、例えば、
身長ということをセンチメートルであるとかあるいはメートルで測定するという
段階がまず第一
段階にございます。そして、その測定した結果を、ここに書いてございますように、例えば
身長百七十五センチ以上の人は背が高いという
価値基準に照らし合わせまして初めてAさんが背が高いというふうに
評価するわけでございます。
したがいまして、ここで述べましたように、
評価という中には基本的には
評価者の
主観的要素というのが常に介在せざるを得ないということをまず認識しておく必要があるだろうというふうに思います。平たく言えば、こういった
国会等の場におきます
代議制の意義というのも、こういった主観的な
要素をなるべくたくさんの方の合意のもとにおいて
評価するという
一つの
要素であろうというふうに考えられるわけでございます。
そういたしますと、この
評価の
価値基準というのは基本的にどういうふうなタイプから成るかと申し上げますと、図で書きましたような四つの
類型に区分されるわけでございます。
第一の
類型といたしましては、例えば昨年に比べて
景気がどうであったかとか、あるいは要介護の老人の方がどれぐらい変わったであるとか、そういった
比較の
パターンでございます。これは
時系列比較というふうに一般に言われております。
二番目の
価値基準と申しますのは、ある規範的な
状態、例えばこれは法令でありますとかあるいは
社会通念等も入るわけでございます。
先ほども申し上げました、例えば
身長百七十五センチ以上の人は背が高いというのも
一つの規範ということに考えていただければ、これは
標準準拠の
パターンというふうになるわけでございます。
三番目の
パターンといたしましては、似たようなところを
比較するということでございます。これは例えば
A自治体と
B自治体とを
比較してどちらの作業が効率的でありますとか、あるいはどちらの市町村の方の
住民が満足しているかどうかといったことを
比較して判定するということで、これは
はやりの
経営学等の手法でいきますとベンチマーキングということに
対応するかというふうに考えられます。
最後の四番目の
パターンといたしましては、
計画でありますとか目標の
状態と
比較するということでございまして、これはよく言われますように
計画に対して実績がどうであったかといったことでございまして、
計画対比の
パターンというふうに分けられるわけでございます。
こういった四
類型に基づきまして
評価をするわけでございますが、さて、
公的部門におきます
評価の
目的でありますとか
機能といったものはどういうものがあるかというふうに申し上げますと、ここに書いてございますとおり、五つの
目的なり
機能があるというふうに私は整理させていただきました。
第一点は、
統制という
目的でございます。これはまさしく、
公的部門におきましては
税金等におきましてある程度
強制権限でもって徴収した
財源をもって
行財政を
執行するわけでございますから、当然その結果に対しまして
評価をしてコントロールしていくといったことが必要になるからでございます。
二番目は、
資源管理の
改善ということでございます。これは各
委員の方御案内のとおり、公務員とかあるいは
公務サービスにつきましては基本的にはマーケットの
評価がないわけでございますので、どうしても
改善しようとかあるいは安くしようというようなインセンティブが欠如するわけでございますので、これの
評価を通じて
資源管理の
改善を図っていくというのが二番目の
目的でございます。
三番目は、
フィードバックということでございまして、特にこれは今後新たな
政策等をやる場合におきましては
効果が出ること
自身が要するに
事前に予測できないということがございます。こういった場合については、とりあえず
政策を行ってみてその結果を見てまだ対策を見直してみようとか、あるいは新たな
フレームワークで
行財政を行ってみようということにならざるを得ないということで、
評価をすることによって
フィードバックにつなげていこうということでございます。
四番目は、
情報提供ということでございまして、これは特に
国民でありますとかあるいは
国会に対して
行政府が
情報提供するというためには、これは
評価結果が一番重要になってくるということで、最近の
はやりの
言葉で申し上げますと
アカウンタビリティーということが背景にあろうかというふうに思われます。
最後は、
正当性の根拠ということでございます。例えば、
議会におきまして
予算をつけるでありますとか
予算を承認する場合におきましては、これが
執行に値する
計画であるかどうかといったことにつきましては当然
事前評価の結果ということを踏まえてやらないといけないということになるわけでございます。
それでは、なぜ最近
我が国も含めまして国際的に
評価が重視されるようになったのかということでございますが、これにつきましては、
レジュメに書いてございますとおり、三点の
ポイントがあるかと思います。第一点は
アカウンタビリティーの
連鎖の
修復ということでございまして、第二点は
マネジメントサイクルの
完結、第三番目は不
確実性への
対応ということでございます。
まず、第一点から簡単に申し上げますと、私がなぜ
アカウンタビリティーという
言葉を
日本語で話さないのかというおしかりを受けると思うんですが、最近
マスコミ等、
行政庁あるいは
国会内部においても
一定の
説明責任という訳がかなり通用しているようでございますが、
アカウンタビリティーというのは決して
説明だけで済むものではなくて、当然その履行を果たさなかった場合におきましてはサンクションがある、いわゆる懲罰が伴う、そういった厳しい
概念であるということで、
説明責任ということだけでは言い尽くせないものがあるということで、あえて
アカウンタビリティーという
言葉を片仮名のままで使わせていただいているわけでございます。
それで、
アカウンタビリティーの
連鎖の
修復というのは、ここに書きましたように、
行政活動が非常に
専門化あるいは
複雑化になってまいりますと、結果的にだれがどこまで
責任を負っているかというのが非常に不透明なままになってくるわけでございます。その不透明であることを明確にするためには、やはり
一定の
基準でもって
評価をしていく、そしてその結果をオープンにしていくという
手続がどうしても必要になってくるわけでございます。昨年来、非常に
話題になっております
日本版エージェンシーというのは、まさしく
行政庁の
執行部門が
政策立案部門に対して不透明であったところを
契約という
概念を用いまして明確にしていこうということで、ある
意味では
アカウンタビリティーの
連鎖の
修復の
一つの
政策ツールであるというふうにも理解できるわけでございます。そのためには当然
エージェンシーがその
契約の責務を果たしたかどうかということで、当然そこにおいても
評価が重要になってくるというのが第一の問題でございます。
第二点は
マネジメントサイクルの
完結ということでございまして、これは特に
公的部門に特有の
問題点でございます。と申しますのは、
企業におきましては
計画とか
実施であるとか
評価というのが基本的には
完結しないとだめだ。例えば、商品が売れなければ当然
企業自身の
財源が確保できないわけでございますから、当然倒産するなりあるいは消滅するということになるわけでございますが、いわゆる
政府部門におきましては公権力の行使でもって
財源を調達できるものですから、その
評価の
マネジメントサイクルの
最後の
段階でありますプラン・ドゥー・シーで言えばシーに当たります
評価の
部門が欠落しても、
マネジメントサイクルはとりあえず回っていくという非常に不完全なところがございます。そこを補完するということが必要になってくるものでございますから、その
マネジメントサイクルの
最後の
部門をきちんとやることによって回していくということが必要になってくるということでございます。
その回すというためには、当然この
評価ということをできないできないということで頑張っていてもどうしようもないものでございますから、
公務サービスの
評価というのは難しくてもそれをやってみようということが国際的な
流れとしてはあるということでございます。
三番目は不
確実性への
対応ということでございますが、これは、
先ほど申し上げましたとおり、特に
我が国におきまして
キャッチアップが終わった後におきましては、要するに教科書がないということになりますと、今までは
欧米等においてもう既に成功した
政策をひたすら効率的にやるだけでよかったというところが、今度は
我が国自身が独自に
政策を考えてやっていかなきゃいけないということになりますと、当然これは途中の見直しどころか、
成果の
段階におきまして
評価をして不
確実性への
対応を進めていくほかないということになってまいるということが第三番目の
対応ということでございます。
次には、では
評価の
局面はどういう
局面があるかということでございますが、これも
レジュメに書きましたとおり、さまざまな
レベルがございます。そして、この
調査会におきます
課題の
政策というのも、話す方によってはどの
レベルを
政策と言うかということ
自身が
行政学等において非常に大きな
話題になるわけでございますが、大きく分ければ、一昨年でございましょうか、
山谷参考人がこの場で陳述されましたように、
政策の
価値、
目的から最終的な
事務事業の単位までどういった
レベルで切るかによって、
政策とか
施策の
レベルが出てくるということでございます。
ところが、現在、
我が国におきます
評価というのはほとんどの場合が
事務事業の
レベルで起きまして、
政策とか
施策の
レベルの
評価というのがほとんどなされてないというのが現状でございます。したがって、まさしく
政策レベルの問題というのは、こういった
議会の場におきまして
政治家の方々が
国民を代表して
議論されるという
意味において非常に
価値があるというふうに考えられるわけでございます。
それならば
評価の
局面というのはどういった
局面があるかと申しますと、簡単な
対比の図面が
レジュメの方に書いてございますが、
政府モデルというのと
企業モデルというのが
対比して書いてございます。
よく
マスコミとか、あるいは一部の
学者等の方が、結局
政府と
企業というのはいろいろ考えれば
対応するんじゃないかということをおっしゃいますが、唯一違うところというのを強調いたしますと、いわゆる
政府モデルにおきましては、我々
国民は
顧客であると同時に
消費者であるという点においては同じであるのでございますが、同時に
国民はスポンサーである、
出資者でもあるということが
企業と大きく違うところであります。この点は以降の
政策評価におきましてもよく認識していく必要があると思います。
それはさておきまして、
政策の
評価ということを考える場合に、よくすぐ最終的な
成果である
アウトカムを
評価するということが言われるわけでございますが、決して
政策の
評価というのは
アウトカムだけに限定されるわけではございませんもので、アウトプットであるとか、あるいは
顧客にとってどういった
満足度であったかといった
レベルにおきましても当然これは
評価の一
局面になるということを認識しておく必要があるだろうというふうに考えます。
さて、そういたしますと、
評価というのはどういった
視点でやるべきであるかということが今度は大きな問題に出てまいります。
公的部門の
評価の
視点として忘れてはならないことは、
企業と同じような
視点というのは
効率性ということでございますが、それ以外に公正である、エクイティーでありますとか、あるいは
信頼、安定というそういった
公共価値について
責任があるということを頭にとどめておく必要があるだろうと思います。
それはなぜかと申し上げますと、基本的には
公的部門におきましては
株主等と違いまして、
株主というのはある
意味で何株持っているかによって比例的に権利を行使できるわけでございますが、
国民であるとか有権者というのは、どういう身分の方であろうとも人格的に平等である、一人は一票である。平等の
権限を行使できるということが異なる。そういった公正なり公平の
概念が非常に重要になってくるということでございます。
そういうことで、最近は特に3Eと申しまして、
経済性であるとか
効率性であるとか
有効性というのが非常に最近またブームになっているわけでございますが、3Eの
観点というのは、先般の
会計検査院法の改正においても明確に条項が入ったわけでございます。
公的部門の
評価におきましては3Eというだけでいいのかといいますと、決してそうではなくて、今申し上げましたような公正であるとか
信頼であるとか安定という
要素が重要であるということを申し上げたいと思います。
それと、
先ほど来からたびたび申し上げておりますとおり、
施策なり
政策においては非反復的、あるいは非常にリスクがある、あるいは緊急的な
対応を要するということにおきましてはむしろ適応的にやっていく、あるいは学習して
プロジェクトなり
政策を進行していく必要があるということがございます。そういった
観点におきましては、むしろ3Eというよりも3Dという新たな
観点も必要になってくるのではないかというふうに最近私は考えておるところでございます。
さて、次はどういった
方法で
評価をやるかということでございますが、この点については多分後ほど
金本先生が諸外国の事例を中心にお触れになると思いますが、私は簡単に
評価する場合の
留意点だけを申し上げたいと思います。特に
アウトカムの
評価において注意しなきゃいけない点というのは、ここに書いていますような六個の
ポイントがございます。
それは、
政策の
効果というのは
行政庁が
政策をやるかやらないかといった以外に、
環境要因、例えば
職業訓練事業等を考えますと、
景気状態によっては当然
職業訓練によって再就職する方の
状況等というのは変わるわけでございますから、そういった
統制不能要素の
環境要因の影響を受けるということに留意しなきゃいけないというのが第一点でございます。第二点は、
複数の
政策によって
成果なり
効果が生じる場合があるということでございます。三点目は、
複数の
目的を
政策が持っている場合があるということでございます。四点目は、
因果関係が非常に難しいということでございます。それと五番目は四番目と
関係するわけでございますが、
効果の発現には時間のおくれが生じるということで、いつ
評価したらいいかという問題が出てまいります。これはまさしく
予算の単
年度主義との問題で、どれくらいのタイムラグがあるかということは財政の民主的な
統制という問題と非常に大きな
かかわりが出てくるわけでございます。六番目はまさしくテクニカルな問題でありますので省略させていただきます。
時間も余りないようでございますので、
我が国におきます
政策評価制度の
あり方につきまして
最後に申し上げたいと思います。
私は、
立法府におきます
評価におきましては、まず
行政府が
政策評価を必ずやるというふうに法律で義務づける必要があるだろうと思います。そして、これをするためには当然
一定の
予算を
政策評価に利用するということが必要になってくるというふうに考えます。こういったことにおきまして、
行政府の
政策評価の結果を踏まえまして、そこで足りない
部分を、特に参議院におきましては六年間という長期の特質があるわけでございますから、ここにおいて再審議をして
立法府が
行政府をチェックするということが
ポイントだろうと思います。
第二点は、
行政府におきます
評価でございますが、これにつきましては
二つのアプローチが必要だろうと思います。
第一点は、長い期間で
政策の
効果があったかということを長期的なトレンドで
評価するということと同時に、毎
年度モニタリングをやって
政策の
効果を
監視していくという
手続を並行してやるべきでおるということでございます。これは
世界各国の
流れでございます。
こういったことをやるための
前提条件といたしましては、第一点は、今申し上げましたとおり、
制度化をする、
財源を確保するということと同時に、
評価マニュアルなり
審査制度を確立する。三番目といたしましては、
評価研究の推進のためにいろいろな
プロジェクトをやる、そして
評価スタッフを養成し
評価の
専門職を確立する必要があると思います。それと
最後には、
国民の
意識変革ということでございます。特に
住民参加というのがここ二十年よく言われておるわけでございますが、
住民参加というのは、決して
計画であるとか
実施について参加するだけではなくて、
評価にも積極的に参加するというふうな
意識改革が伴いますと
アカウンタビリティーの向上にもつながるというふうに考えております。
あとは時間の
関係上省略させていただきまして、後の
質疑で
対応させていただきたいと思います。