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参考人(紺谷典子君) 紺谷でございます。
私は
行政の専門家でも法律の専門家でもないですけれ
ども、一
国民として
行政改革について
意見を申し上げさせていただきたいと思います。
政府の
役割というのは何かと申しますと、
国民の
立場からいいますと、私たち
国民の安全と生活を保障してくれるものではないかと思うんです。ところが最近、
国民は非常に多くの不安を感じてしまっている。
行政の失敗はもう目を覆うばかりであるというふうに思うわけです。例えば、環境問題にしろ、それから医療
行政への不信にしろ、
経済の失敗というのも非常に大きいということだろうと思うんです。
特に、私の専門の
経済に関して言いますと、バブル処理の失敗というのがあった。のみならず、不良債権処理を先送りしまして、しかも
財政赤字まで生じたということですけれ
ども、
国民は日本の
経済に関して自信を持てなくなって、将来の不安を非常に強くしている。そのために、特別減税をしていただいても消費もできないというような状態になっているわけなんですけれ
ども、こういう近年の
行政の失敗というのがなぜ生じたのかという分析から
行政改革の
方針というのは決まるべきではないかと思うんです。
私は、
行政改革の真髄というのは実は政治の復権にあると
考えております。なぜ
行政が失敗したかと申しますと、何ら責任を負わない官僚の皆さんが
行政のリーダーシップを握ってきたというところにあると思うんです。官僚の皆さんというのは、早い話が失業もない、倒産もない、そうであるにもかかわらず、そういう方たちが
経済政策をするというのは
国民の
立場からとりますとこの上ないリスクがあるということでございます。しかも、
審議会の
先生方は学者の皆さんが多い。学者の皆さんもまた好不況と
関係のない業種であるということですから、日本の
経済運営が失敗してきたというのも、そういう好不況と
関係がないだけではなくて、
国民に対して何の責任も負わなくていいような方たちが政策を決めてきたということにあるのではないかと
考えています。
例えば、数々の
経済運営の失敗に関しましてどなたか責任をおとりになったんでしょうか。バブルをつぶして地価と株価を半分に下げると豪語なさった日銀総裁が日本にはいらしたんですけれ
ども、それは
国民資産を半分にするということを意味しているわけです。しかも、日本は信用の基盤が土地にあるわけですから、地価が半分になったらばたちどころに信用不安が生じる、金融不安が生じるということは火を見るより明らかなわけでございます。しかも、日本は銀行がたくさんの株を持っているわけですから、株価の下落が銀行の経営悪化に結びつくということもまた明らかなんです。
そういう
行政を行ってきたにもかかわらず、金融政策をとってきたにもかかわらず、日銀が何らかの過去の
行政の反省をしたかというとしていない、たかだか接待疑惑に関して多少の処分を出しただけということでございます。
同じことは大蔵省にも言えまして、不良債権の先送りという重大な失敗があったにもかかわらず、それに関して何の責任もとっていない。それどころか、これだけ景気が悪いときあるいは金融不安の強いときに緊縮
財政をとるような方向を打ち出した。アメリカの大恐慌もそれから日本の
昭和恐慌も、景気の悪いとき、
経済が非常に不安定なときにとってはならない緊縮
財政をとったことが大恐慌に結びついているわけです。
そういうタイミングの悪さという問題もさることながら、実は
財政が本当に深刻で緊急な状態なのかということを
国民はだれも知らないんです。大蔵省の発表の数字をうのみにして、なるほどそれは大変だ、今度は五百四十四兆を超えるそうでございますけれ
ども、それで増税やむなしとか、あるいは医療保険の自己
負担の増加も仕方がない、
国民年金の支給年齢の引き上げも仕方がないということで我慢してしまったんですけれ
ども、しかし日本の
財政というものの
実態というものはだれも知らないんです。多分政治家の皆さんもおわかりではないんではないかと思うんです。
そういう情報公開さえきちんとされていない。実は、OECDのデータなんかを見ましても、日本の
財政赤字は緊急でも深刻でもないということは明らかなんです。確かに負債は大きいんですけれ
ども、一方に資産もたくさん持っていて、資産で相殺した残りの本当の意味での
財政赤字の部分というのは、対GDP比で見て日本は非常に少なくて、
先進国の中でもむしろ
財政優良国であるということを一般には何も知らされていないわけです。
しかも、
財政に関してさらに申し上げますと、ほかの
財政赤字国というのは同時に貿易赤字でもありまして、いつか外国に返さなくてはいけない借金を国を挙げて抱えているという状態なんです。ところが、日本の
政府部門の借金というのは
国民が持っているだけなんです。つまり、奥さんはやりくりが非常に下手なんだけれ
ども、御主人様は大変な稼ぎ手で、たくさんお金を稼いで外国に多くのお金を貸してあげているという状態なんです。そういうときにあの家は危ないと言うでしょうか。言わないと思うんです。
そういう情報を壟断することによってにせの情報を流して、やってはならないときに緊縮
財政をとるというような大失政を行ったにもかかわらず、それに関して何ら責任をとっていない。金融不安、デフレ
経済の懸念についても何ら責任をとっていないわけです。
今日、
経済問題が政治問題、政治問題のほとんどは
経済問題と言ってもいいような状態にある中で、日本の
経済運営の大失敗というのがいかに日本の国家としての国際信用を失墜させたかということを
考えますと、大蔵省の
行政の失敗というのは非常に大きなマイナスを
国民に与えたと言わざるを得ないんです。
そういう情報の壟断を国会が何とかできる状態にあるかないかという、そこを吟味しなくてはいけないと思うわけです。国会が情報提供を要求しても守秘義務があると言ってそれを拒否する
省庁があるということ自体が
国民の目から見て信じられないことなんですけれ
ども、一体だれに対する守秘義務なのかということがわからないんですね。
ですから、私は、そういう一切何をやっても無責任
行政がまかり通って、責任を負うことのない官僚の皆さんの手に政策、立案をゆだねるということの危険というものを
国民はもう十分承知いたしましたので、せめて選挙という洗礼はお受けになる政治家の皆さんに
行政のリーダーシップを取り戻していただきたいと思うわけです。
そういう
観点から
考えますと、大変申しわけのないことながら、
行革会議そのものが
行政改革の精神に反していると言わざるを得ないわけです。つまり、あの
会議の存在自体が国会を通っていないんです。それから、十五名の大変立派な方たちが御
議論くださったようなんですけれ
ども、あの方たちの多くは、
行政の失敗と無責任に加担していらした
審議会
委員、それも重要な
審議会
委員を歴任なさった方がほとんどなわけです。そういう方たちに
行政改革を論じていただくというのは、一般
国民から見ますとブラックユーモア以外の何物でもないということでございます。しかも、国
会議員の皆さんが、中間報告にしろ最終報告にしろ、それに異議を唱えられるということがありますと、マスコミは何と報じるかというと、またぞろ族議員の暗躍であるというふうにお書きになるわけです。
ですけれ
ども、私は族議員のどこが悪いかと思っておりまして、族議員になれないぐらいじゃ困るということもあります。さまざまな
産業の利益代表、あるいはさまざまな
地域の代表、あるいはさまざまな階層の代表の方が国会の場で、開かれた場で御
議論いただいて、それで二十一世紀の
行政の枠組みをお決めくださるということが本来あるべき形であろうと思いますのに、中の御
議論も公開されないようなたった十五人の皆さんの御
議論で大方の方向が決まってしまって、国会でどの程度御
議論いただいたのかどうかよくわからないのでございますけれ
ども、でもそれでほとんどの枠組みが決まってしまうというのはちょっと心配がな、そもそもの
行政改革の理念というのが少なくとも私の
考えでいるところとは随分かけ離れているなというふうに思わざるを得ないわけです。
でも、最後に一つだけ申し上げますと、やっぱり
行政改革に手をつけていただいたということは大いにありがたいことでございまして、今回の
省庁の数を減らすというようなことがどの程度前向きな意味を持っているか私はよくわからないのでございますけれ
ども、少なくとも
内閣の機能強化ということをはっきり打ち出していただけたということはとてもいいことではないかと思うんです。ただ、実質的に本当に機能強化になるのかどうかということはこれからの御
議論でありますし、それから
省庁の数を減らすこと自体はちっともリストラにも何にもならないわけでございまして、むしろこれから各
省庁の設置法において各
省庁の
権限を明確にしていただく。
権限を明確にしていただくということは、裏返せば責任を明確にしていただくということであります。
今までの国家公務員法というのは、むしろ公務員を庇護するための法律でございまして、公務員が任務の遂行を怠ったりいたしましても、あるいは重大な過誤があったりいたしましても、その責任が追及されるような形になっていないんですね。何をやっても責任の追及がないということでありますと、たとえ
行政府が、
省庁の官僚の皆さんが単なる手足になりましても、やはり無責任な
行政というのが根本的には解決されないことになりますから、むしろこれからの御
議論が大事がなというふうに思っております。
国会の御
議論に大いに
期待させていただいておりますので、よろしく
お願いいたします。
どうも失礼いたしました。